はじめに
ChatGPTやClaudeなど、最近のLLM(大規模言語モデル)を触ったことのある人なら、一度はこう思ったことがあるはずです。
「同じプロンプトなのに、なんか出力が違うな……」
LLMの出力には非決定論的な要素があります。トークンごとに確率的に出力されるし、GPU計算や温度パラメータの微妙な差もあります。
では、こういった「あいまいで一貫しない対象」をどうやって“科学的に”評価するのか?
この記事では、この問いに対して、 自然科学・統計学の方法論
とくに「RCT(ランダム化比較試験)」 を軸に考察してみます。LLMだけでなく、人間や教育、社会実験などにも共通する話です。
「同じ条件で比較する」がどれほど難しいか
たとえば、以下のような比較を考えます:
- ChatGPTとClaudeに同じ質問をして、回答の質を比べたい
- あるUI改善を導入して、ユーザーの反応が良くなるかを確かめたい
- 研修Aと研修Bで、どちらが人材の成長に効果があるか調べたい
ここで多くの人が直感的にやろうとするのが、「同じ条件にして比べる」ことです。プロンプトも固定、状況も固定、できるだけブレをなくす。
ただ、問題があります。
LLMは出力が揺らぐ
- モデルは確率的にトークンを選ぶ(非決定論的)
- サーバー状態やランタイム、GPU計算の微細な違いが出力に影響
- 同じプロンプトでも何回か生成させると答えが変わる
人間も一貫していない
- 同じ質問でも、そのときの気分や文脈で答えが変わる
- 「同じ条件にする」こと自体がほぼ不可能
- 人間はステートフルで純粋関数ではない
だからこそRCTが効く 曖昧さを前提にした科学的手法
「同じ条件で比較できないなら、科学的じゃない」と思う人もいますが、それは科学の一側面にすぎません。
自然科学、特に医学や心理学では、人間というノイズまみれの存在を扱うために、別のアプローチを使っています。
その代表が RCT(ランダム化比較試験) です。
RCT
- 被験者を無作為(ランダム)に複数のグループに分ける
- 各グループに異なる処置(例:薬Aと薬B)を与える
- 結果を比較し、統計的に意味のある差があるかを見る
ポイントは「すべてを統一する」のではなく、ランダム化によって交絡因子(=結果に影響する余計な変数)を平均化することです。
LLM評価における“疑似RCT”的手法
この考え方は、LLMの評価にも応用できます。たとえば
プロンプト改善の効果検証では
- 被験者(ユーザー or 評価者)をランダムにA群・B群に分ける
- A群には旧プロンプト、B群には改善後のプロンプトで回答を生成
- 回答をブラインド化して提示
- 評価者にスコアをつけてもらい、統計的に差を検定
このように、一貫性を無理に求めず、ばらつきを前提にした実験設計によって、科学的な比較が可能になります。
「双子研究」と「現実の実験」
余談ですが、人間対象の研究で「条件を完全に揃えるべきだ」と主張する人は、よく「双子研究」のような理想ケースを引き合いに出します。
たしかに、遺伝的に同一な双子を使えば、いろんな条件を統制できます。でも現実には
- 双子を集めるのは非現実的
- 双子であるという因子が偏りを生む可能性(←重要!)
- 完全に同じ環境・経験というわけではない
- サンプルサイズも小さい
RCTはこういった「完璧さ」を求めず、不確実な世界のなかでも比較可能な設計を提供する、むしろ正しい方法論です。
あいまいなものを評価するということ
「あいまいだから評価できない」のではなく、
「あいまいだからこそ“科学的な設計”が必要になる」のです。
LLMに限らず、人間、教育、政策、UX、あらゆる分野でこの問題はつきまといます。
完璧な条件統制を諦めて、ランダム化・統計・設計の力で乗り切る。
それが現代科学の“戦い方”なのだと思います。
まとめ・科学的とはどういうことか
「科学的な比較」とは、単に条件を揃えることではありません。
条件を揃えきれない曖昧で複雑な世界において、それでも信頼できる方法を設計できることです。
LLMの評価、教育の効果、行動変容の検証
あらゆる「あいまいな対象」こそ、科学的手法の真価が問われる分野です。