モチベーション
古典力学のハミルトン形式は、量子力学に向けた解析力学でさらっと触れただけになり、あまり関心のない方もいらっしゃるかと思います。この記事は、非正準ハミルトン形式を含んだより一般的なハミルトン形式を紹介することで、実は面白いハミルトン形式に興味を持ってもらえるために書きました。
※ 筆者は、研究者でもなければ博士でもありません。5年前に修士で卒業してしまったのですが、それでも物理学が好きでゆっくり勉強している身であります。今回の記事も復習&思い出しつつ書かせていただいています。
ハミルトン形式を思い出す
最初に、教科書などで出てくるハミルトン形式の簡単な例を思い出しましょう。
正準座標 $q$ , 正準運動量 $p$, そしてハミルトニアン(=エネルギー)を $H(q, p)$ とおくことで以下のような運動方程式が得られるのでした。そして、この形式をハミルトン形式と呼ぶのでした。
\begin{align}
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} q &= \frac{\partial H(q,p)}{\partial p} \\
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} p &= - \frac{\partial H(q,p)}{\partial q}
\end{align}
ハミルトン形式というとこの式だけをイメージして、他のことについてはあまり知らないという人もいるかもしれません。この記事では、
- より一般的なハミルトン形式がどのように表現できるか
- それによりどういう知見が得られるか
について紹介しています。
一般的に書いてみる
先程の表現をもう少し一般的に書きましょう。 先程の例の $(q, p)^t$ が属する空間を相空間(phase space)と言いますが、これを $V$ とおきます。上の例では2次元でしたが、以後では、より一般的な $V$ を考えます。ハミルトニアンは、$z \in V$ の $C^\infty(V)$ として $H(z)$ のように定義できます。
運動方程式は以下のように表現できます。($\partial_z$ は $\frac{\partial}{\partial z}$ を表すこととします)
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} z = \mathcal{J} \partial_{z} H \tag{1}
先程の例を当てはめると、 $z$ と $\mathcal{J}$ は、
z =
\begin{pmatrix}
q \\
p \\
\end{pmatrix}
\\
,\quad
\mathcal{J} =
\begin{pmatrix}
0 & 1 \\
-1 & 0 \\
\end{pmatrix}
(:= \mathcal{J}_c)
であるので、運動方程式を $(q,p)$ を用いて書くと次のようになります。
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \begin{pmatrix}
q \\
p \\
\end{pmatrix}
= \begin{pmatrix}
0 & 1 \\
-1 & 0 \\
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
\partial_q H \\
\partial_p H \\
\end{pmatrix}
$\mathcal{J}_c$ を(2次元の)シンプレクティック行列と呼びます。
非正準ハミルトン形式とは
非正準というとわかりにくいのですが、要するに一般化です。 $\mathcal{J}$ に注目して一般化することで、多様な物理を表現できることが知られています。
自由剛体運動(free rigid body)の例
非正準ハミルトン形式の例として、力のかかっていない剛体の運動を取り上げます。
角運動量 $\boldsymbol{\pi} = (\pi_1, \pi_2, \pi_3) \in V_{rigid} = \mathbb{R}^3$ を用いると、運動エネルギーは以下のように表すことができます。ただし、$I_1, I_2, I_3$ はそれぞれ主慣性モーメントとします。
H (\pi_1, \pi_2, \pi_3) = \frac{1}{2} (\frac{\pi_1^2}{I_1} + \frac{\pi_2^2}{I_2} + \frac{\pi_3^2}{I_3})
運動方程式はオイラーの運動方程式と呼ばれるもので次のとおりです。
\begin{align}
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \pi_1 &= \frac{I_2 - I_3}{I_2 I_3} \pi_2 \pi_3 \\
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \pi_2 &= \frac{I_3 - I_1}{I_3 I_1} \pi_3 \pi_1 \\
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \pi_3 &= \frac{I_1 - I_2}{I_1 I_2} \pi_1 \pi_2
\end{align}
これは、ハミルトニアン $H$ の勾配 $\nabla_{\mathbb{\pi}} H$ で表現すると3次元ベクトルの外積( $\times$ )を用いて次のようにかけます。
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} \mathbb{\pi} = - \mathbb{\pi} \times \nabla_{\mathbb{\pi}} H
$\mathcal{J}$ を $ (- \mathbb{\pi} \times \circ )$ なる作用素と捉えると、これはハミルトン形式であることがわかります。この $\mathcal{J}$ をポアソン作用素といいます。この例のポアソン作用素( $\mathcal{J}_{rigid}$ とします)は行列でも表現でき、次のようになります。
\mathcal{J}_{rigid} =
\begin{pmatrix}
0 & \pi_3 & - \pi_2 \\
- \pi_3 & 0 & \pi_1 \\
\pi_2 & - \pi_1 & 0 \\
\end{pmatrix}
ポアソン作用素
どのような $\mathcal{J}$ でも良いのかというとようではありません。$\mathcal{J}$ がポアソン作用素である、つまり、ハミルトン形式であるための条件があります。その説明のために、ポアソン作用素と内積によって定まる、ポアソン括弧を定義します。
相空間 $V$ 上で定義された $C^\infty$ 級関数を物理量と呼びます。物理量の集合 $\mathscr{X} = C^\infty (V)$ 上に $ \lbrace \circ , \circ \rbrace : \mathscr{X} \times \mathscr{X} \rightarrow \mathscr{X}$ をポアソン作用素 $\mathcal{J}$ を用いて次のように定義します。物理量 $F, G \in \mathscr{X}$ に対して、
\lbrace F, G \rbrace = \langle \partial_z F, \mathcal{J} \partial_z G \rangle \tag{1}
となる $ \lbrace \circ , \circ \rbrace $ をポアソン括弧といいます。$\langle \circ , \circ \rangle$ は $V$ の内積です。
ポアソン括弧の満たすべき性質の話をする前に、物理的意味がわかりやすくなるようにポアソン括弧とポアソン作用素を運動方程式の表現として対応させておきます。ポアソン括弧を用いると物理量 $F \in \mathscr{X}$ の時間変化が次のように書けます。
\begin{align}
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} F(z)
&= \langle \partial_z F, \frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} z \rangle \\
&= \langle \partial_z F, \mathcal{J} \partial_{z} H \rangle \\
&= \lbrace F, H \rbrace \tag{2}
\end{align}
式変形の途中で 式(1) を使っています。 式(1) は、相空間上の点が相空間上をどのように動くかを表現しているのに対して、 式(2) は、物理量の時間発展を表現しています。このことを念頭に、ポアソン括弧が満たすべき、次の4つの性質を見ていきましょう。
<1> 双線型性
\begin{align}
\lbrace F + G, H \rbrace &= \lbrace F, H \rbrace + \lbrace G, H \rbrace \\
\lbrace F , G + H \rbrace &= \lbrace F, G \rbrace + \lbrace F, H \rbrace
\end{align}
<2> 歪対称性
\begin{align}
\lbrace F , G \rbrace &= - \lbrace G , F \rbrace
\end{align}
<3> ヤコビの恒等式
\begin{align}
\lbrace F, \lbrace G, H \rbrace \rbrace + \lbrace H, \lbrace F, G \rbrace \rbrace + \lbrace G, \lbrace H, F \rbrace \rbrace = 0
\end{align}
<4> ライプニッツ則
\begin{align}
\lbrace FG, H \rbrace
&= \lbrace F, H \rbrace G + F \lbrace G, H \rbrace
\end{align}
物理量の時間発展の式(2) を念頭にすると、<2> 歪対称性により、不変な物理量は、ハミルトニアン $H$ とポアソン括弧において交換可能であることがわかります。顕著な例として、ハミルトニアン(= エネルギー)自体は常にポアソン括弧において交換可能であり、不変であることも導きます。
\begin{align}
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} H
&= \lbrace H, H \rbrace \\
&= - \lbrace H, H \rbrace \\
&= 0
\end{align}
剛体運動の例で確認してみましょう。
<1> 双線型性 は、ポアソン作用素がベクトルの外積や行列で表されることから成立することがわかります。 <2> 歪対称性も、外積の性質 $ a \times b = - b \times a$ から成立します。 <3> ヤコビ恒等式は直接的な計算でやるのは少し大変ですが、ベクトル演算の公式を使って証明することができます。 <4> ライプニッツ則は、ナブラ $\nabla_{\pi}$のライプニッツ則より従います。
これで一般のハミルトン形式(非正準ハミルトン形式)を定義することができました。 式(1) において、ポアソン作用素 $\mathcal{J}$ が上記の4条件を満たすとき、その表式をハミルトン形式と呼びます。
カシミール不変量
非正準形式のポアソン作用素には、正準形式のときにはなかった顕著な違いとして、 $\mathrm{Ker} \ \mathcal{J}$ が単位元以外にも要素を持つという点が挙げられます。実際、剛体の例では $\mathbb{\pi} \times \mathbb{\pi} = 0$ より、 $ \mathbb{\pi} \in \mathrm{Ker} \ \mathcal{J}_{rigid} $ という非自明な要素を持ちます。したがって、 $C(\mathbb{\pi}) = | \mathbb{\pi} |^2 $ という物理量を考えると、以下のような計算から保存量になることがわかります。
\begin{align}
\frac{\mathrm{d}}{\mathrm{d}t} C(\mathbb{\pi})
&= \lbrace C, H \rbrace \\
&= \langle \nabla_{\pi} C , \mathcal{J}_{rigid} \nabla_{\pi} H \rangle \\
&= - \langle \mathcal{J}_{rigid} \nabla_{\pi} C , \nabla_{\pi} H \rangle \\
&= - 2 \langle \mathcal{J}_{rigid} \mathbb{\pi} , \nabla_{\pi} H \rangle \\
&= 0
\end{align}
2行目から3行目の変形では、 <2> 歪対称性の性質を使っており、4行目から5行目の変形は $ \mathbb{\pi} \in \mathrm{Ker} \ \mathcal{J}_{rigid} $ を利用しています。
大事な点としては、この $C(\mathbb{\pi}) = | \mathbb{\pi} |^2 $ は、ハミルトニアンによらず常に保存するということです。上の式変形で、$H$ の性質を何一つ使っていないためです。授業などで最初に習う解析力学では、ハミルトニアン対称性から導かれる保存量に注目することが多いですが、この保存量はいわば、ポアソン作用素から導かれる保存量ということができます。このような保存量をカシミール不変量と呼びます。
剛体運動におけるカシミール不変量の存在は次のように解釈できます。相空間 $ V_{rigid} = \mathbb{R}^3 $ 上の各点は、系の状態を表しています。カシミール不変量によって、この点の運動が $ C(\mathbb{\pi}) = | \mathbb{\pi} |^2 $ 一定、つまり、 $\mathbb{R}^3$ 内における球面上に束縛されていると見ることができます。つまり、初期状態が一つ決まれば、相空間上の点は $\mathbb{R}^3$ 上を自由に動くことができずに、球面上しか動けないということになります。
完全非圧縮流体の例
実は流体力学の運動方程式もハミルトン形式で記述できることが知られています。最もシンプルな例として、完全非圧縮流体の例を考えます。運動方程式は、オイラー方程式とも呼ばれ、速度場 $\mathbb{v}$, 圧力場 $p$ を用いて次のように記述されます。(密度場は簡単のため一定とします)
\frac{\partial \mathbb{v}}{\partial t} + \mathbb{v} \cdot \nabla \mathbb{v} = - \nabla p \tag{3}
また、 $\mathbb{v} \cdot \nabla \mathbb{v}$ 渦度 $\mathbb{\omega} = \nabla \times \mathbb{v}$ を用いて、
\mathbb{v} \cdot \nabla \mathbb{v} = \frac{1}{2} \nabla | \mathbb{v} |^2 - \mathbb{v} \times \mathbb{\omega}
のように変形することができるので、 式(3) の両辺に $ \nabla \times $ を作用させることで次のシンプルな形式にすることができます。
\frac{\partial \mathbb{\omega}}{\partial t} + \nabla \times (\mathbb{\omega} \times \mathbb{v}) = 0 \tag{4}
ハミルトニアン $H$ は運動エネルギーに等しいので $H = \frac{1}{2} \int | \mathbb{v} |^2 \mathrm{dV}$ です。したがって、 式(4) は
\mathcal{J}_{fluid} = - \nabla \times (\mathbb{\omega} \times \circ)
をポアソン作用素とした、ハミルトン形式であることがわかりました。(本来ならこのポアソン作用素が4つの条件を満たすことを示すべきですが、割愛しています。)
そして、カシミール不変量 $C$ は、
C = \int \mathbb{v} \cdot \mathbb{\omega} \mathrm{dV}
で定義され、この保存量はヘリシティ(helicity)と呼ばれています。流体の場合は、相空間自体が $C^{\infty}(\mathbb{R}^3)$ の集合なので、このヘリシティがどのような相空間上の束縛になっているかはイメージしづらいですが、剛体のときと同様に構造を持っていると考えられます。つまり、このヘリシティもハミルトニアンの対称性からではなく、ポアソン作用素が規定する空間的な制約から定まる保存量になっているわけです。
まとめ
以下の点を紹介しました。
- 自由剛体運動と完全非圧縮流体の運動を例に挙げて、非正準ハミルトン形式がどのような形になるか
- ハミルトニアン(の対称性)とは無関係の保存量、カシミール不変量が相空間に構造を与え、相空間上の運動に制限をかけていること
ハミルトン形式というと$H$ と $(q, p)$ のみのイメージだった方に、少しでも興味を持ってくださったら幸いです。それ以外の方にも少しでも何か気づきがあれば幸いです。
参考文献
- V.I. Arnold and B. Khesin (1999) Topological Methods in Hydrodynamics, Springer.
- S.G. Rajeev (2018) Fluid Mechanics: A Geometrical Point of View, Oxford University Press.
- Marsden J.E., Ratiu T.S. (1999) Introduction to Mechanics and Symmetry. Texts in Applied Mathematics, vol 17. Springer.
- 特に Chap. 15
余談(Further reading 的なもの)
カシミール不変量の応用
カシミール不変量をハミルトニアンに足しても、運動が変わらないという性質を用いた、energy-Casimir method は平衡・安定性の解析にも使われています。以下に energey-Casimir method について書かれた論文はこちらです。
正準化
剛体の例でもピンと来た人がいるかもしれませんが、剛体運動も $\mathbb{R}^6$ の中で記述すれば正準ハミルトン形式で記述することができます。実は、非正準ハミルトン形式をクレブシュ表現することで正準化できることが知られています。以下にクレブシュ表現について書かれた論文はこちらです。