今年(2023年)でプログラマー歴7年目になる者です。これまで受託開発、自社開発、副業、フリーランス、旅人など様々な働き方・生き方をしてきたので、時系列順に思いのままに書き記し、教訓をまとめました。
今後のプログラマーとしての生き方や、これからプログラマーを目指す方の参考にもなればと思います。
プログラマーを目指したきっかけ
プログラマーになりたいと思ったのは大学生のときで、講義でプログラミングに触れたことがきっかけとなりプログラミングに興味を持ちました。
最初はC言語から始め、その後にPython、Ruby、PHPなど気になった言語を趣味程度に遊んでいました。
だんだんとコードを書くことにのめり込んでいくことにつれ、将来プログラマーになることを考え始めました。ちょうど3年次から4年次になるときのことです。
プログラマーデビュー
思い立ったが吉日です。大学4年次になったタイミングで受託会社のエンジニアインターンに応募し、無事に採用されました。
選考は面接とプログラミング思考をチェックするテストがありました。テストは適性がありそうという結果だったことと、過去のハードコアバンド活動とブラック企業で働いてみたい願望に興味を持たれ採用されたようです。ここで適性がありそうというのを知れたのは大きかったと思います。プログラマーとしての適性がないのにも関わらずプログラマーへの道を歩んでいた可能性もあるので。
入社後は趣味でWordPressを経験していたこともあり、WordPress案件とPHPフレームワークを使った案件の開発業務を担当していました。
ほぼ週5勤務でみっちり働いていたおかげ、インターン時代にかなり経験を積むことができました。
将来目指している職業がある方は沢山いると思います。本当にその道で食べていこうと思ったなら、どれだけ早く始めてもいいと思います。早く始めた分だけ周りと差を付けられますし、収入面でも期待が得られます。
社会人になる
インターンを始めてから1年。そのままインターンとして所属していた会社で正社員になりました。
就活はやるつもりだったのですが、インターンの仕事を優先させすぎていつの間にか卒業間近だったため諦めました。(サボりの言い訳)
学生の頃はプライベートの時間を卒業研究に費やしていたのですが、社会人になってから余裕ができてきたためプライベートは気になる技術で遊ぶことに時間を使っていました。
当時ハマっていたのがPythonで、Djangoフレームワークを使ってサービスを作ってみたり、Raspberry Piで自宅サーバーを構築してみたりと遊び倒してました。
Raspberry Piはサーバー以外にもカメラを取り付ければネットワークカメラにもなりますし、機械学習もできるので使い道が豊富です。最近は値段が上がって手が出しにくいですが、1家に1台はあってもいい代物です。
仕事はフルスタックな業務が多く、受託だったため幅広い技術に触れさせてもらいました。
今もフルスタックでフロントエンドもバックエンドもインフラもそこそこにやっているのですが、この時の経験が土台になっている気がします。
フルスタックエンジニアというのは貴重な人材らしいです。なので、経験年数が浅いうちからフルスタックに経験を積んでおくとその後の仕事のレパートリーや評価にも直結してきます。いろんな仕事に挑戦して収入もたくさん得たい方は、フルスタックエンジニアという選択肢はありだと思います。
副業を始める
2020年春ごろ、とある技術に興味を持ち情報発信をしていたところ、個人のお問い合わせフォームから仕事のお誘いを受け副業として始めることになりました。
副業やフリーランスをされている方、これから考えている方は、個人のお問い合わせフォームを持っておくと意外と仕事の相談が来たりするのでおすすめです。ただし技術記事などを書いて自分を知ってもらうための情報発信をすることは怠っていけません。
退職を告げる
所属していた会社に3年ほど在籍したころ、そろそろ自分も人生の節目時だなということで、退職を意識し始めました。
一般的なのかは分かりませんが、新卒から3年で転職する方が多いなと思っていたことと、同じ会社の同年代の方と3年目が節目だよねみたいな有る事無い事を話していたので、ステップアップすることを考え始めました。
もちろん、退職した決定打はあります。1
そんなこんなで、退職を告げました。
転職先は決まっていませんでした。
フリーランスを決意
一応、退職前に転職活動はやっていましたが、本業以外の時間をほとんど副業に費やしていたため転職活動は続きませんでした。何社か受けてみたものの、就活もろくにしてこなかったので履歴書の書き方もノウハウも分からず何となく受けたところは撃沈し面倒になりました。
ので、フリーランスにでもなろうと思いました。
たまたま、副業での仕事を増やすことができそうであったり、ちょっとしたつながりで仕事の話をいただくことや国外のSaaS企業からお声がけいただくことが重なり、この先何とかなりそうな雰囲気がムンムンでした。
ですが、この何とかなりそうと思ってしまったのが間違いでした。
フリーランスデビュー
2020年秋頃、退職と同時に開業届を出し無事に個人事業主のフリーランスになりました。
晴れてフリーランスになれたものの、退職前の本業がやたらと忙しくなり、副業にも無計画に時間を割いていたせいか退職時にはメンタルも撃沈し酒に走り倒し最悪のフリーランスデビューでした。
プログラマーを辞める
副業を始めるきっかけとなった技術にフリーランスになってからも関わり続けました。世の中が良くなればという思いで関わっていましたが、何とかなるわけでもなく徐々に希望を見出せなくなり、自分の仕事に対して疑問を思うようになりました。
1年ほどフリーランスを続けましたが、この先やりたいこともなくなり最終的にプログラマーを辞めました。
旅に出る
プログラマーを辞め、時間だけが豊富にできたため一度やってみたかった放浪の旅へ出ることにしました。
自宅は解約し、旅の資金作りに売れるものを売却し絵を描いて売ってみたりもしました。食費は投資の運用益で食い繋ぐこととしました。(何とかなった)
旅の目的地はとりあえず行ってみたかった北海道にしてみました。何日もかけ電車と船と徒歩で野宿やホテルなどに泊まりながら北海道に上陸した頃には、仕事を再開することへ前向きになり社会復帰の扉を開けつつありました。
北海道で数日過ごした後、この先どうするかを考えながら日本を南下していきました。
旅の終焉
旅を始めてから1ヶ月近く経ち関東に戻ってきた頃には、1度は辞めたプログラマーにまた戻りたいと思うようになっていました。旅の途中は地方で農業をしながら自由に暮らすか、旅先で出会った大工に弟子入りして働こうなどと考えていましたが、結局自分のできることで貢献していくことが最も社会に還元できる最善の方法で、これが自分のやりたいことであると思えたのでプログラマーを目指し直しました。
転職をする
まともに就職活動をしたのは初めてでしたが、なぜか自信が湧き出ていました。旅をする中でwill-can-must2をじっくり考えることができ、まとまりきっていたからだと思います。
やってみたいことはあるけど、なかなか行動できない人はwill-can-mustを意識してみてください。will-can-mustがまとまっている人は強いです。
初めての就活が功を成す
自己流で転職活動を進めてから1ヶ月ほど、なんとか採用され事業会社で入社しました。
社会人になって採用されたのは初めてだったので、あの時のフレッシュな気持ちは鮮明に覚えています。
教訓
これまでの人生で得てきた教訓をまとめてみます。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉のように、同じ境遇に会いかけている誰かが失敗して愚者にならないよう参考になればと思います。
- 何とかなるはさじ加減
- 立ち止まって考える
- 常に余裕を持つ
- いったん辞めてみてもいい
- できる、できない、向いている、向いていないを考えてみる
何とかなるはさじ加減
何とかなるで済ませて良い時もありますし、良くない時もあります。
何とかならなかった時に、本気でまずくなるのであれば計画性を持っておく方が安全です。
立ち止まって考える
スピード感を持つのはいいことですが、時には立ち止まって俯瞰し見方を変えてみることも大切です。
たまにやるべきこと、やりたいことを立ち止まって考えてみることが、長続きさせる秘訣です。
常に余裕を持つ
いつでも舵を切っていける余裕を持っておきましょう。
Slackは当初ゲームソフトの開発をしていましたが、ピボット後に開発したコミュニケーションツールで成功を収めています。
そして休む余裕を持つことも、人間が生産的になるために必要なことです。
上手く進まないことがあれば、リフレッシュすることで生産的になれることもあります。
いったん辞めてみてもいい
これは違うな、と思ったなら辞めてもいいと思います。
辞めることはカッコ悪いという風潮もあったりしますが、理由があったうえで辞めるのであればそれは戦略です。
できる、できない、向いている、向いていないを考えてみる
得手不得手、向き不向きは誰でもあると思います。
やりたいことができる状態が理想ですが、できないことをやり続けていることは問題です。そういったときに如何にモチベーションを上げていくか、もしくはやりたいことを見つけて切り替えていくかなどを考えていくことが大切です。
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関わっていた案件のクライアントが逮捕されたり、コンプライアンス的に気になることが募り、会社への疑いの目があったことも理由の一つです ↩