背景
※この記事は、社内で『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで』を薦めるために書いた文章を、社内向けの内容を省いて公開したものです
「『EMPOWERED』の見どころ」で説明した通り、『EMPOWERED』という本にはプロダクトマネジメントを実践している組織が紹介されている。しかし、私は「ここで紹介されているような組織が理想だとしても、どうすれば我々の目の前のチームでこの状態が実現できるか分からない」という感想も持ってしまった。
そうした中、『デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで(以下、DXジャーニー)』という本が発売され、その内容がこうした不満を一部補完できそうなものだったため、その要点をまとめた。DXというタイトルだが、実際にはビジネスの最適な要件を探索する組織を目指していて、プロダクトマネジメントやアジャイルの考え方とも共通する部分が多い。
また、この本ではアジャイル手法の紹介や、コミュニケーション方法のDXなどにも触れられているが、「組織の変革」に関わる部分だけに絞った。
『EMPOWERED』の不満点
その前に、私が『EMPOWERED』についてどういう不満を持っていたかを説明する。以前「『EMPOWERED』の見どころ」」で紹介した通り、組織変革のステップが大きく3つに分けられている。
- 有能なプロダクトリーダーを配置する
- メンバーの採用や教育の権限を、有能なプロダクトリーダーに与える
- チームがプロダクトチームモデルで仕事する準備が整ったら、ビジネス全体、つまり経営陣や他部門との関係を再定義する
ただ、次の著書『TRANSFORMED』で紹介するので期待してほしいという形で終わっていて、詳細には触れられておらず、具体的な内容はあまり分からない。
また、この組織変革のステップ1の時点で、私にはかなりハードルが高く感じられる。
おそらく我々も含めた日本の多くの組織には、この本で説明されているようなプロダクトリーダーやプロダクトマネージャーと呼ばれるべき職能を持った人は、まだほとんどいない。というのも、『EMPOWERED』の中では、プロダクトリーダーはビジネス面とエンジニアリング面の両方を理解し、バリューチェーン全体を最適化し、素晴らしいリーダーシップでチームをエンパワーメントするスーパーマンのように描かれているからだ。
多くの組織では、今のところどちらかのスキルしか持っていない人がほとんどで、それらの能力や経験を持つ人を育成するにしても外部採用するにしても、実際にこのような価値を発揮するまでは長い時間がかかることが予想できる。
『DXジャーニー』の内容の俯瞰
この本では「組織にとって不確実性の高い選択をあえて取り入れていくこと」の重要性が説かれ、その時に価値を持つのがDXという言葉だとされている。
- 組織の舵取りをするため、経営、ミドルマネジャー、現場が共通の方向感を得る必要がある
- Transformationには「組織が変化することを前提として置く」という意志が込められている
- DXは「提供価値の変革」と「組織の変革」という2つの変革を起こすためのもの
そして、「DXの4つの段階設計」の図に沿って様々な考え方や手法が紹介されている。『EMPOWERED』とは違い、まず個別のチームから革新し、それを組織全体を広げていく作戦なのが伺える。
※「Digitaltransformation Journey」より引用
そして、2つのキーワードとなる概念があり、このキーワードを押さえて読むと理解しやすいように私には感じられた。
- 深化と探索
- 垂直・水平上の分断
ここから、これらの概念に注目した形で再構成した形で要約する。
キーワード1: 深化と探索
まず、仕事のスタイルには「深化と探索」の2つがあり、それには次のような違いがある。
目指すもの | コミュニケーション方法 | |
---|---|---|
従来の「深化」領域での取り組み方 | 時間をかえてじっくりと。手戻りができないため、間違いないように可能な限り抜けもれなく慎重に進める | 重厚に行う。人力で補うため、ツールは貧弱で問題なし。 |
DXなど「探索」領域での取り組み方 | 実験を高速に回す。短期間にどれだけ密度の高い仕事ができるか | 軽く高頻度に行う。早いコミュニケーションに耐えうるツールが必要。 |
このため、この本ではまず、コミュニケーションのデジタル化に最初のステップが割かれている。
そして「両利きの経営」で言われているように、両方を適切に分け、いわゆる「出島戦略」で探索領域の組織を分ける方法が例示されている。しかし、それでも、よりインパクトのある本土でDXを行うには、いずれ「分断」が問題になるとされている。
これらの具体的なやり方は、他のアジャイル開発やデザイン思考の本の内容でも紹介されているようなものが多いのと、実際に読んだほうが良いので割愛するが、「足元がお留守」の罠の話は少し耳が痛かった。
事業開発や運営、プロダクト作りなど高度な取り組みを進めるにあたって必要とされる方法、概念のほうに目が奪われてしまって、肝心のチーム活動の基本ができていないという状態はよくある落とし穴です。サッカーで言えばゴール前でのシュートの決め方ばかりに関心があって、肝心のチームのボール回しがなっていないという状態です。
つまりタスクマネジメントや見える化などの基本的なチーム運営があって、その上で仮説検証やプロダクトマネジメント、アジャイルなどの「探索のための新しいスキル」を身に着けようという話である。
また、「1980年代ごろの強い日本を支えていたのは深化のケイパビリティで、それが日本企業に呪縛として残っている」ということも主張されていた。つまり、徹底的に業務プロセス・運用を磨き込むことに特化しすぎていて、次のような「選択肢の幅が狭く筋のいいアイデアが議論の俎上にも上がらない」という失敗が多く起きているそうだ。
※「正しくないものをつくらない。7つの失敗パターン」から引用
たしかに、実際に業務効率化を考える時、この「深化と探索」の議論を踏まえる必要がある。この視点も踏まえずにがむしゃらに効率化しようとすると、「できるだけ実装時間を伸ばそう」という「深化」の視点だけで運用されてしまい、「企画職と議論して面白いプロダクト案を作ろう」「新しいデータを使った統計モデルを試そう」とか、「探索」に必要なプロセスまで削ってしまいかねない。
キーワード2: 垂直・水平上の分断
本書ではDXを行う中で「必ずといっていいほど直面する2つの課題(分断)」として、次のものが挙げられている。
- 垂直上の分断(経営〜ミドル〜現場の分断)
- 水平上の分断(組織間の分断)
「分断」は次のような反発や忌避感によって生まれるそうだ。
しかし、実際にこれらのシフトを進めていこうとすると、大きな反発を招くことになります。なぜなら、単なるやり方のアップデートに留まらず、考え方や意思決定の基準までの塗り替えを求めることになるからです。(中略)しかも、これまでの方法(1.0)でも目の前ではまだ結果を出せているわけです。こうした積極的な反発や消極的な忌避感は、表立ってあるいは水面下で「分断」という姿で現れてくるようになります。
垂直上の分断(経営〜ミドル〜現場の分断)
そもそも、経営と現場では関心と情報量という2つのズレがある。
経営は「目の前のプロダクトを一気に市場で広げる動き」を、現場はPSfit(Problem-Solution fit)、つまり「解決したい問題に一致するようプロダクトを磨いていくこと」を重視することが多く、判断基準が噛み合わない場合がある。つまり、経営と現場で「方向性は一致しているが、状況同期ができていない」という状況ができやすい。
※「アジャイル・ブリゲード」より引用
それゆえ、本来はミドルマネジャーが経営と現場をつなぐ役割を担うべきだが、実際には機能せず、むしろ分断を助長することも多い。なぜなら、ミドルマネージャーは現状志向バイアスに則って「全社方針としては賛成だが、この目の前のプロジェクトでやるべきなのか」という「総論賛成、各論反対」の立場になりやすいからだ。ミドルマネージャーは個々のプロジェクトにコミットするため、それを越えた影響度の意思決定を求められると躊躇し、「プロジェクト立ち上げ時に許容されていた失敗の可能性が終了時にも許容されるのか」と不安に思うのは当然である。
こうした垂直上の分断は、事業開発やプロダクト作り全般で発生するが、特にMVPを構築し市場に問い始める時点で多く発生する。
新規開発の方針は大まかに「MVPによってPSfit(Problem-Solution fit)を確かめた後、PMfit(Product-Market fit)を目指す」という共通項に従うことが多いが、このMVPの構築後にギャップが生まれやすい。
「わかりやすいモノ」が手に入ることで、さっそくビジネス展開を始めてしまうことが少なくありません。あくまで、「ビジネスモデルの検証」が先で、「ビジネスの展開」はモデルの検証を終えてからです。ビジネス展開の判断が先行してしまうと、そのために必要な体制作り、計画作りに早々に着手することになります。そうなると、「体制の維持のための収益計画」など本来まだ考慮する必要のない制約をさっそく背負うこととなり、事業作り上のいわば「ハンデ」を抱え込むことになります。
これらを解消するために、次の2つの実践が紹介されている。
立場 | 実践内容 | 内容 |
---|---|---|
現場サイド | PMfit(Product-Market fit)に挑戦する | MVP検証後でも、プロダクトにはまだ多くの「バケツの穴」が残っている。本格的なビジネス展開の前にこれらの「穴」を塞ごう。また、一度初期ユーザーで検証が終わっても、(イノベーター理論の)追随者が期待することも違うため、その時点でもUXを見直す必要がある。 ※具体的な方法の話も得られるものが多そうだが割愛。P175~を読んでください |
経営サイド | アジャイルな組織横断的な専門家チーム(CoE, Center of Excellence)を立ち上げる | 組織にとって新規性の高い取り組みが支援を得られるよう、CoEを用意しよう。こうすることで、プロジェクトチームやミドルマネージャーにコミットメントを押し付けるのではなく、組織として担うことができる。特に、アジャイル開発や仮説検証などの「探索能力」を持つ人は希少なため、組織内にバラバラに配置するのではなく、組織横断をミッションにしたチームに集結させるのがいい。 |
水平上の分断(組織間の分断)
DXに伴う活動は、従来不要だった組織間の繋がりが求められる。それは、DXは新たな顧客体験を創造することが重要で、こうした挑戦は既存の組織の枠組みとはフィットしないからである。とはいえ部署や事業部で縦割りが進み、特定の領域の問題に「深化」することも必要で、分断が生まれるのは宿命であるといえる。
DXの難しさは隔離された「出島」で成功することではなく、「個別に最適化した組織の中に踏み出して、越境した先で探索し、さらに適切に部署と部署、人と人とをつないでいくこと」にある。この問題の突破口の役割を担うのが「アジャイルブリゲード」で、これは「出島におけるDXの学びを、本土(組織全体)へと伝播させるための組織体制上の取り組み」ある。ブリゲードは「旅団」という意味で、組織の間を縫うようにして活動する。
※「アジャイル・ブリゲード」より引用
アジャイルブリゲードは、事業固有の専門性の他に、次のような2つの能力が必要である。
- 「探索」の基本能力(仮説検証やプロダクトマネジメント、アジャイル手法など)
- 組織内で活用したい希少性の高い専門技術
組織内外から構成メンバーを集めることになるが、これらの能力がまだ組織内に無いからこそ必要な体制であることを考えると、外部からの招聘が主力になると主張されていえる。アジャイルブリゲードの運営方法は、「ミッションを設定し、おおよそのロードマップを作り、バックログを作り、定期的にふりかえり・むきなおりを行う」という、一般的なプロダクトマネジメントやスクラム開発手法を知っている人ならおそらく想像通りの内容だと思う。
ここで、「垂直上の分断」にあるCoEとの違いが分からなくなるはずなので、まとめておく。
アジャイルなCoE | アジャイルブリゲード | |
---|---|---|
目的 | 垂直上の分断を乗り越える | 水平上の分断を乗り越える |
役割 | ・全社に影響がある課題を扱う ・必要に応じて社内の部署やチームに働きかけを行う ※アジャイルブリゲードの役割を拡張的に担うことがある |
・既存の事業部に越境し、プロジェクト参画し「探索の専門性」を提供する ※アジャイルCoEに比べると具体的な問題解決や進捗に貢献し、事業部側のプロジェクトに基本的に専念してもらう ※アジャイルCoEと併設できる場合には、CoE側にアジャイルディビジョン(後述)の役割を担ってもらう |
運営 | スクラムで行う | スクラムで行う |
組織体 | 全社課題を継続的に扱うため部署内(DX推進部署内に設置するなど) | ブリゲードとしてのミッションを達成した時点で基本的に役割を終える(プロジェクトチーム的) |
「アジャイルディビジョン」は、アジャイルブリゲードを複数のチームをまとめ、全体的なマネジメントができるように拡張したものである。この運用方法の話も長くなるので割愛するが、PMO(プロダクトマネジメントオフィス)やPdMO(プロダクトマネジメントオフィス)などと似た役割を担っている。
ただ、やはり私(二宮)は、CoEとアジャイルブリゲードを別々に議論する必要性を感じなかった。両方ともチームトポロジーにおけるイネイブリングチームで、最初の導入方法が違うだけで、最終的に目指す状態は近く、それに必要なフェーズに応じて他のチームとの関わり方(インタラクションモード)を変えているだけのように見える。
まとめ
『DXジャーニー』では次のような視点で組織変革を目指していると思う。
- 「深化」の視点の他に、「探索」の視点が重要である
- 企業には垂直上・水平上の分断があり、それらを解消するために専門家チームを設置する
『EMPOWERED』で示唆されている「優秀なプロダクトリーダーを配置してトップダウンで変革する」という方法に比べ、「希少なスキルを持った人材を集め、既存事業のメンバーを啓発する」という方法は、日本企業でやりやすいように工夫された実現可能性の高いやり方であると感じた。
また、現場の人間の立場でも、「きちんと主張して、いきなり事業展開する前にPMfit(Product-Market fit)に挑戦する」とか「(この記事では割愛してしまったが)導入の谷と定着・展開の谷がある」といったようないくつかの指針が得られると思う。