この記事は、とある機会でSDGsについて調べることがあり、せっかくなのでそれをエンジニア向けにして社内共有したものをベースにしたものである。
私は特にマネージャー(目標管理する立場)でもなく、「SDGsでやっている方法って、自分たち開発組織でもなんか参考になるんじゃない?ちょっと調べてみようぜ!」という雑談のために書いた内容なので、眉に唾をつけて読んでください!また、興味を持ったらぜひ調べて見て頂けると嬉しいです。
前提・まえがき
私がSDGsを初めて見たときの感想は「目標多くない?」と「八方美人的で本当に達成できるの?どこに注力するの?」とか「きれいごとばっかりで実効性あるの?」みたいな、どちらかというと疑わしいなという感想だった。しかし、例えばこちらのツイートのように、実際には「現場で運動をしている人にとっては使いやすい」という、当時の私にとって意外な意見も多く、そこが気になってちょっと調べてみた。
この記事では、「SDGsが、MDGsの反省からどのように改善されたのか」、「ステークホルダー(企業)が参加するときにどのような注意点があるのか」という観点でまとめて、会社内で役に立つ視点が得られるよう(強引に)考察する。
SDGsの特徴
SDGsには前身の一つに MDGs(ミレニアム開発目標) がある。ここでは、MDGsの経験がどのように反省され、SDGsに活かされているのかをまとめる。
MDGsの経験と振り返り
MDGsは2001年に策定され、「2015年までに貧困を半減し、より豊かで健康に暮らせる世界を目指した目標」である。ところが、『持続可能な開発目標とは何か』によると、実際に達成できた目標にはバラつきがあったらしい。
その結果、貧困に関するターゲット(極度の貧困人口の割合を1990年比で半減)が2010年に達成され、10億人以上の人々が極度の貧困から脱却し、開発途上国における栄養不良人口の割合がほぼ半減した。また、全ての教育レベルにおける男女格差が解消され、世界の女性議員比率が倍増し、2000年から2013年で世界のHIVエイズの感染が40%現象したという成果もあった。その一方で、未だに約8億人が極度の貧困の中で生活し、全ての児童の初等教育修了は実現せず、5歳未満児及び妊産婦の死亡率の減少に関するターゲットの未達成という課題も多く残っている。
この結果を踏まえて、『持続可能な開発目標とは何か』によると、次のような評価と批判が集まったらしい。SDGsではこの経験を踏まえた改善が行われている。
評価されている点
- 人間の福祉向上や貧困撲滅に関してこれまでにない注目を呼ぶことができた。その結果、ODAや支援が増え、いくつかの途上国で貧困撲滅などに関する政策の優先順位が上げられた
- 8つの目標間に存在する様々なセクター間の連携が強化された。また、様々なステークホルダーの参加を促した
批判されている点
- グローバル・レベルとローカル・レベルを結ぶようなしくみが欠如していた。これはMDGsの目標が各国の能力を考慮せずに、単一の目標(英語でOne size fits all)として作られたことが要因とされている
- 開発の成果を重視する顕著な姿勢があった。そのため、効果が計測しにくい「人権」、「公平性」、あるいは「グッド・ガバナンス」、「気候変動問題」という課題が目標に含まれていない。また、目標8(開発のためのグローバル・パートナーシップの構築)に具体的な定量目標が用意できなかった。
- 目標に含まれた課題には人的、資金的な資源が投入される一方で、目標に含まれない課題には資源が投入されない。
そして、『SDGsー危機の時代の羅針盤ー』では次のような問題も指摘されている。
- サハラ以南のアフリカにおいてはほとんどのターゲットが達成できず、地域的にばらつきが生じていた。加えて、それぞれの国の平均値をデータとして取っていたため、国内でもばらつきが生じて、国内における格差の問題に対処していないという批判があった。
- MDGsには保健関係のゴールが3つある一方で、環境問題に関するゴールは存在するものの、内容的に不十分だった
- 国際機関などの専門家が決定したもので、途上国の中には、本来自分たちの問題であるのに策定に関与できなかったという強い不満があった。目標達成のための実施手段、資金協力、技術移転などの部分が非常に弱いと、途上国から強く指摘されていた
MDGsを踏まえたSDGsの特徴
- 多くの要素はMDGsを踏襲している。特に目標、ターゲット、進捗を測る指標という「3層構造」は、『SDGs(持続可能な開発目標)』では重要な遺産だと表現されている
- 各国の能力に応じて取り組めるよう、共通目標を設定しながら、各国が優先課題や能力に応じて国家目標を定められるプロセスを前提にした
- モニタリングする定量指標の面でも改善が行われた
- 目標から抜け落ちる視点が無いよう、SDGsはより包括的な目標となった。また、課題間の関連も意識されている
また、「目標達成のための実施手段、資金協力、技術移転などの部分が非常に弱い」という点を踏まえたもので、議論のプロセスで多様なステークホルダーを呼んだ結果でもあると思う。
また、MDGsによると具体的な定量目標が設定できなかった面に関してもいくつかの改善が行われているようだ。特に気になるものをいくつか紹介する。
- 『持続可能な開発目標とは何か』によると、「新国富」と呼ばれる定量指標などの工夫がされている
- 『SDGs(持続可能な開発目標)』によると、国連によって2019年に『グローバル持続可能な開発報告書(GSDR)』が発表された。様々な評価報告書を踏まえながら、持続可能な開発の状況を総合的に評価しようという、いわば「評価の評価」を行おうというもの。これは「取り残される人々」が定量指標から抜け落ちることが多いため、その質を測るためのものである。
企業やスタークホルダーはどのようにSDGsを活用することが想定されているのか?
SDG Compassの5つのステップ
実はSDG Compassという企業向けのガイドラインが用意されていて、次のステップが案内されている。
ステップ | 内容の要約 | |
---|---|---|
1 | SDGsを理解する | 企業活動にとってSDGsがもたらす機会と責任を理解する |
2 | 優先課題を特定する | バリューチェーンをマッピングして、影響領域を特定しよう。そして、データを収集して課題を決定する |
3 | 目標を設定する | 目標範囲を設定してKPIを選択する。そして、ベースラインや意欲度などを設定する |
4 | 経営へ統合する | 企業に定着させる |
5 | 経営とコミュニケーションを行う | 企業の持続可能性に関する情報開示はここ10年で増えている。これに応えるために、定期的に報告しコミュニケーションを行おう。 |
特に「優先課題のマッピング」は、LIFULLで導入が進んでいるKPIマネジメント、特にその中で取り上げられているToC(制約条件の理論)に近い発想のものだと思う。
SDGsウォッシュを避ける
また、「たしかに1つのゴールには貢献するが、他のゴールのことを全く考えていない」ような事例もあり、「SDGsウォッシュ」と呼ばれている。例えば『SDGs入門』では次のような例が紹介されている。
例えば、風力発電事業は、再生可能エネルギーを増やすというSDGsのターゲット7・2(目標7)に合致します。
しかし、日本でも時々ありますが、風車を建てる地域の住民らとの調整で企業側が批判されたり、その地域の動植物への悪影響が懸念されたりします(風車に鳥がぶつかるバードストライクなど)。
また、風車の羽根を製造している企業は大企業が多いのですが、その下請けの部品工場での労働問題(長時間労働や安全対策不備)が、サプライチェーンを通じて「大企業にも責任がある」と批判されたこともあります。かつて、靴や衣料品の製造工場で児童労働が行われていたことを理由に消費者からのボイコットが起こったこともありましたが、根っこは同じ話です。
これを避けるためには、SDGs全体を見直して、あらかじめ問題を洗い出して「やらないこと」リストを作ることが提案されている。
先程の例で言えば、風力発電所の場合、「地元にとっての悪影響を最小限にする」行動が求められます。
(中略)
地元にとっての悪影響を考える際、「森林伐採を必要以上にしていないか」「地元の住人の健康被害がないか(騒音など)」「バードストライクの懸念は小さいか」「建設予定値に、希少な動植物はいないか」などが検討ポイントになります。これらはSDGsがあろうとなかろうと、風力発電事業を環境・社会リスクの観点から見ていくと出てくるポイントですが、SDGsは、こうした「やらないこと」リストを検討する際に視点を広げるヒントになります。
SDGsは包括的な目標であるため、企業で導入する側が誠実なら、このような「問題の洗い出し」の用途でも使いやすいように感じた。ただ、企業活動がちゃんと目標達成に寄与しているか測る評価指標づくりにも課題が大きい印象がある。
また、これと似たように、企業内の普通の目標管理でも「個別チームの目標だけに邁進してしまって、全体の目標などには悪影響を与えてしまう」みたいな事例はよく陥ってしまう。それを極端な大きなスケールにした話のように思う。
SDGsから類推した目標管理の考察
SDGsは企業内で起こっている目標管理の問題に似た問題に対処しようとしていて、なおかつスケールが大きく難易度が高い状態にある。ここで生まれた方法が、組織内の何かの方法に示唆を与えてくれるかもしれない。ちょっと強引すぎるかもしれないが、開発組織の問題に引き寄せて類推して考えてみようと思う。
考察①戦略を分解し、3層構造の複数のチェックすべき点を広報する
MDGsの欠点として指摘されている点は、IT企業でよくある目標設定の問題と共通している部分が大きいように思う。例えば、私は次のような問題をよく目にする。
- 全体の戦略やプロダクトビジョンはあっても、チームごとに別々に動いてしまっていて、協力できていない
- 厳密に「KPIはひとつ」とすると、全体感とバランスを取ることと両立するのが難しいんじゃないか。例えば長期的な戦略は重要だが、短期目標を保つことも重要で、そのトレードオフには悩むはずだ。ToCでも「制約条件(ボトルネック)に従属させる」とあるが、実際にはけっこうな熟練が必要だと思う
そのため、SDGsを参考に、次のようなプロセスを行えばこれらの問題を解決できる可能性があると考える。
- 戦略を分解し、「未来のあるべき状態」からボトムアップで複数のアジェンダに分解する
- アジェンダごとに目指すべき明確な(できれば数値化された)目標を立てる
- 各組織がどのアジェンダにコミットするか選択する。「一つの目標(例: 短期的な目標)を最大化させ、他の目標(例: 長期的な目標)に悪影響を及ぼさない」というような形で全体感を保つ
- チーム内ではKPIマネジメントやToCによる業務改善を引き続き行う
具体的には「データ基盤が整っていること」「レコメンド技術が発展していること」「仮説検証プロセスが組織に根付いていること」…などがありそう。また同じ目標のチーム間で情報共有を行うとかもできるかもしれない。
実は『ユニコーン企業のひみつ』では「カンパニーベット」というSpotifyの目標設定方法が紹介されており、これがロールモデルになるかもしれない。以前書いた「Spotifyの開発文化とスクラムの比較」から引用する。
カンパニーベットとは、会社が取り組みたい重要事項を、終わらせたい順に並べたリストのことで、四半期ごとに設定される。
ベットにはそれぞれ2ページの概要が説明されており、その1枚にはDIBBフレームワークが書かれている。
- Data(データ): デスクトップよりスマホで音楽を聞く人が増えている
- Insight(インサイト): 携帯端末がデスクトップを追い越しつつある。社内にはモバイル開発者がほとんどいない
- Belief(確信): 全社的に「来たるべき状況」への最適化ができていない。この先、生き残れるかは「モバイルファースト企業」になれるかにかかっている。
- Bet(ベット): モバイル開発者の採用を強化する。デスクトップ開発者向けにモバイル開発のトレーニングを始める。モバイルアプリの開発インフラへの投資を始める。
考察② チーム内で複数の目標と指標を期初に準備する
また、似た方法で、チーム内のKPIマネジメントを活性化することもできるかもしれない。
- ToCでも「制約条件に他のプロセスを従属させる」「制約条件が改善したら制約条件が別の部分に移り変わる」みたいな話があるが、どこまで達成すれば移り変えればいいか分からない
- 一つのKPI(開発生産性)に集中しすぎると、他のプロセス(仕様策定にもきちんと関わる)にも悪影響がある。ToCでは「制約条件の工程に他を従属させる」とあるが、その基準が不明瞭
- データが取れていない場合、単に「PR数を上げよう」「開発時間を伸ばそう」みたいな「わかりやすい数字」の改善だけに走ってしまい、実感が持ちづらいことがある
そのため、事前に「バリューチェーン全体の理想の状態(開発生産性が向上している、仕様策定にもきちんと関われている、運用を特定メンバー以外にも分散できている)を思い描き、そのためのいくつか(多すぎても管理できないから4~5個?)の指標を定義して収集する。定期的にそれぞれのメトリクスを見直す」ことをしておけば、きちんと他プロセスで悪影響が無いか確認しながら改善が行えると思う。
今後調べたいこと
- 評価方法。私はまだ「新国富」が何なのかよく分かっていない。また主にデータアナリストがよく読んでいる『測りすぎーなぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』には「もっともすぐれた測定でさえ、汚職や目標のずれを生む恐れがあることを覚えておく。」という提言があり、SDGsもSDGsウォッシュという問題が実際にあるらしい。それをSDGsがどう避けようとしているのかを知りたい
- 議論の策定プロセス。LIFULLでも「多職種でちゃんと議論してプロダクトを作ろう」という動きがあり、議論や調整の方法でいろいろ苦労話も聞く。SDGsはそれに比べものにならないくらい様々な利害関係の人々が議論していて、一応意見がまとめられて成果が出ている。その議論のプロセスを調べると、何か真似できることがあるかもしれない