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選択公理はなぜ公理なのか?その直感的な意味を数学の博士が解説する

Last updated at Posted at 2025-01-29

はじめに

選択公理は数学における命題の1つで、特にZFC公理系の公理の1つです。
特に、他の公理から示せない独立な命題になっていますが、その直感的で感覚的に分かる説明をしているサイトや教科書があまり多くはない印象です。

そこで本記事では、選択公理がなぜ他の公理から示せない独立な命題なのか、それが意味することとは何かを数学の博士号をもつ私の個人的な意見から簡単に解説していきます。

選択公理とは

選択公理とは以下の命題である。

任意の添え字集合$\Lambda$とその上の集合族$\{A_\lambda\}_{\lambda \in \Lambda}$に対し、
任意の$\lambda \in \Lambda$に対し$A_\lambda \neq \emptyset$を満たすとする。
この時以下を満たす写像$f : \Lambda \to \bigcup_{\lambda \in \Lambda}A_\lambda$が存在する。

\forall \lambda \in \Lambda, f(\lambda) \in A_\lambda

この命題について、よく空でない集合から同時に元を取り出す動作を表していると言われます。
直感的には特におかしいこともなさそうな命題ですが、なぜそれが公理として必要で、他の命題から示せないのか、私が初めて選択公理に触れた大学の学部生時代には正直分かりませんでした。
他にも選択公理と同値な命題がいくつかありますが、当時、そのどれも直感的に分かりやすいものではなかったので、しばらくよく理解しないまま使用していました。

そこで、なぜ選択公理が公理なのかを直感的にも分かるように解説していきます。

選択公理が公理である理由

選択公理が公理である理由を説明する前に、まず数学の世界とその証明について軽く触れていきます。

数学の世界では無限を扱えるが、その証明はあくまで有限長

ご存知の通り、数学の世界には無限集合が存在し、何個でも要素を取り出せる集合を扱うことができます。
しかしながら、数学の命題を示すには証明が必要です。
その数学の証明というのはあくまで有限長でなければならないこと、すなわち無限長の証明が認められていないことが選択公理が公理として必要な1つの背景といえます。

選択公理は無限長になる証明を有限長に収める

上で述べた通り、選択公理は(ある種の)無限長になる証明を有限長に収めるために必要な公理になります。

実際に証明において、空でない集合から要素を取り出す記述をするには、当然、証明の長さが必要になります1。すなわち証明は有限長でなければならないことから、選択公理なしでは証明中に有限回しか要素を取り出すことができないということです。
しかしながら無限集合を扱う場合、無限回の要素の取り出しが必要になる場合があります。
それをある程度可能にするのが選択公理の役割です。

具体的に見ていきましょう。

具体例

全域的関係から写像の存在性を示す

集合$X, Y$に対し、全域的関係すなわち以下を満たす関係$R : X \to Y \to 2$が存在したとします。

\forall x \in X, \exists y \in Y, R\,x\,y

このとき、以下を満たす写像$f : X \to Y$が存在することを示します。

\forall x \in X, R\,x\,(f\,x)

証明の概要ですが、仮定より任意の$x \in X$に対して$\exists y \in Y, R\,x\,y$が成り立つので、写像$f$の入力$x \in X$に対してこの$y \in Y$を1つ対応させれば良さそうです。しかしながら一般の集合$X$は無限集合である可能性があり、$f$を定義するためにはその全ての$y$が必要になります。その理由は写像$f$がそれら全ての取り出した$y$に依存するからです。すなわち$\exists y \in Y, R\,x\,y$から$y \in Y$を取り出す動作を無限回行う必要があるということです。

そこで選択公理が必要になります。

まず、選択公理の仮定に合わせるために$Y$上の集合族$\{Y_x\}_{x \in X}$を以下に定義します。

Y_x := \{y \in Y \mid R\,x\,y\}

仮定より任意の$x \in X$に対して$R\,x\,y$となる$y \in Y$が存在するので、任意の$x \in X$に対して$Y_x \neq \emptyset$であることがわかります。

(ちなみにこの証明には選択公理は必要ないです。これは$\forall x \in X, Y_x \neq \emptyset$を示すのに、勝手な1つの$x \in X$に対して$Y_x \neq \emptyset$を示せばいい2からです。すなわち、存在量化子$\exists$を外す推論もこの$x$のときの1回のみで済みます。)

さて、それぞれ空でない集合族$\{Y_x\}_{x \in X}$が定義できたので、選択公理を使います。

すると以下を満たす写像$g : X \to \bigcup_{x \in X}Y_x$が存在することがわかります。

\forall x \in X, g\,x \in Y_x

今、$\bigcup_{x \in X} Y_x \subset Y$であり、自然な写像$\operatorname{id} : \bigcup_{x \in X} Y_x \to Y$が存在するので写像$f:X \to Y$を$f := \operatorname{id} \circ g$と定義します。
このとき、任意の$x \in X$に対し、$g\,x \in Y_x$すなわち$R\,x\,(g\,x)$を満たすことから任意の$x \in X$に対して$R\,x\,(f\,x)$を満たします。

選択公理の独立性

選択公理の意味としては上に書いたようなものですが、なぜ公理として必要なのでしょうか?

その直感的な説明も選択公理が証明の長さに言及する命題だという点からある程度いえます。

無限長の証明を有限長に収めるための公理には他にも数学的帰納法がありますが、これは一般に帰納原理が定義できるような、整礎関係が成り立つ集合上でしか使えません。
しかしながら選択公理であれば、そのような制約がなく一般の集合上で扱えるので、数学的帰納法よりも適用範囲が広く、その分他の公理から示せないというのが直感的な説明になります。

まとめ

選択公理が公理である理由について、その感覚的な説明をしました。
あくまで感覚的な話であり個人的な見解ですので、その辺りはご了承ください。

  1. 集合$X$とその上の述語$P : X \to 2$、すなわち$X$の部分集合$P \in 2^X$に対して、$P$が空でない、すなわち$\exists x \in X, P\,x$が成り立っていた時に、$P\,x$が成り立つ$x \in X$を取り出すという推論規則が必要になります。これは存在量化子$\exists$の導出規則です。

  2. 全称量化子$\forall$の導入規則

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