はじめに
ねこみみです。量子情報について勉強することになりまして、共立出版の量子情報科学入門という本を読んでおります。4章の内容が難しいと感じたので、備忘録としてつまづいた箇所を随時残していこうと思います。
さて今回ですが、量子の混合状態で密度演算子が定義されますが、そもそも密度演算子は何を示しているのかという解釈と、密度演算子によりなぜ確率分布がトレース演算となるのかの解釈について自分なりにまとめようと思います。
具体的には、本来の確率分布の式の意味に当たる状態、物理量、測定に関する公理について軽く触れ、密度演算子の導出と解釈、トレース演算の解釈という流れにしようと思います。
状態、物理量、測定に関する公理
導入:目の錯覚と量子の世界
個人的にシュレディンガーの猫は想像できなかったので自分の解釈ですが......回るバレリーナの動画を知っているでしょうか。見る人や時間によってバレリーナの回転方向は右回りと左回りどちらにも見えるものです。しかし、静止して見えた、あるいは速度がゆっくりに見えたという人はおそらくいないと思います(動画の一時停止や倍速再生をすれば別ですが)。ところで、あの動画ですが、右脳派か左脳派でどちらの回転方向が見えやすいらしいです。また、バレリーナの回転方向を一度認識すると、意識しなければ他方の回転方向を見ることは難しいと思います。
以上は次のように捉えることができます
「バレリーナという1つの動画は右回りの状態と左回りの状態の2つの状態を保有している状態である。しかし、その重なり方混ざり方は例えば速度の相殺のように1つの尺度で混合されるわけではなく、あくまで相関のない別々のものとして状態の成分の混合である。その成分の強さは、どちらの状態が見えやすいかという確率の大きさが関係している。見るたびに回転方向が変化するのは確率的に見える状態が決定されているためである。一度見ることで状態は確定し、意識するなど他方の状態が見えやすい状態にしたり見方を変えない限りは、その状態は変化しない。」
量子状態と物理量、測定とその確率
はじめに、この節で話す内容の前提知識についてまとめましょう。
三平方の定理
- 直角三角形の斜辺の2乗は底辺および高さの2乗和で表される
ただし、ここから次のことも言えます。
- ベクトルのユークリッドノルム2乗は、各直交基底成分のユークリッドノルム2乗の和で表される
エルミート行列の固有ベクトルに関する性質
- エルミート行列$H$とは、その随伴行列(=各成分に対して複素共役を取って、その後転置した行列)$H^\dagger$都の行列積が単位行列になるような行列である
$$HH^\dagger=I$$ - エルミート行列$H$の固有ベクトルの集合は正規直交基底である
さて、前節の捉え方を次に示す公理と見比べて解釈していきます。
量子状態・物理量・測定の公理
- 量子状態は複素数ベクトル$\ket{\psi}\in{\mathcal{H}}$により表現される
- 量子系(系:対象とする集まり)にはヒルベルト空間$\mathcal{H}$が付随する
- 物理量はエルミート演算子$A\in\mathcal{L}(\mathcal{H})$により表現される
- 物理量$A$の測定値$a$は, $A$の固有値のうちいずれかである
- 量子状態$\ket{\psi}$の物理量$A$の測定により測定値$a$を得る確率は、$a$に対応する固有ベクトルの集合$\lbrace\ket{\phi_x}\rbrace_{x\in a}$がなす空間へ$\ket{\psi}$を射影したベクトルの複素ユークリッドノルム2乗で表現される。またそのとき、測定後の状態は測定値$a$に対応する射影操作により変換される
ここで, $\mathcal{L}(\mathcal{H}_A, \mathcal{H}_B)$とは, $\mathcal{H}_A$から$\mathcal{H}_B$への写像をおこなう線形演算子であり, $\mathcal{L}(\mathcal{H})$は, 同じ空間$\mathcal{H}$内($\mathcal{H}$から$\mathcal{H}$へ)での写像をおこなう線形演算子である.
説明の関係で番号が前後しますが......まず3,4について、物理量(例では回転方向)の測定値(例では回転方向で右または左)に対応する状態(例では右回りの状態または左回りの状態)間で相関がないことをエルミート演算子(エルミート行列)の固有ベクトルの直交性を用いて表現しています。次に1について、量子状態は各測定値に対応する状態を「直交する成分」の加算として表現することでうまくいくわけです。そうすると、直交するベクトル同士を結合するような形式は自然であり、ベクトルで表現されるのも納得がいきます。次に5について、それぞれの状態の現れやすさが各基底成分となること、そしてユークリッドノルムの2乗に関する和の性質を利用することで、ユークリッドノルム二乗を確率尺度に対応させる形で表現されています。そして、量子状態が測定後に得た測定値と対応する状態に確定することが、射影操作に対応するわけです。
状態のノルム2乗を確率としたことで、定理1は次のように更新されます。
- 量子状態は複素数ベクトル$\ket{\psi}\in{\mathcal{H}}$の単位ベクトルにより表現される
また定理5の末文も次のように更新されます。
5. (前略)またそのとき、測定後の状態は測定値$a$に対応する射影操作により変換され、単位ベクトルに正規化されたものとなる
測定値に対応する状態を直交するように作り、その成分の二乗(あるいはその和)を確率とするように定義したため、全体確率はベクトル自身のノルム二乗に対応し、長さが1という制約が加わったわけです。
また、5番の確率について定義通り数式で示すと次の通りになります.
$$\Pr(A=a|\ket{\psi}) = \sum_{x \in a}|\braket{\phi_x|\psi}|^2$$
おまけ?:量子情報工学での制限および要請
先ほど、ヒルベルト空間$\mathcal{H}$という表記がありましたが、実のところあまり重要ではないそうです。
それは量子情報工学では状態が有限次元のものを扱うことが多いためです。このような量子系を有限準位系と呼びます。このとき、ヒルベルト空間は複素内積空間(複素ユークリッド内積が定義された複素数ベクトルの空間)$\mathbb{C}^d$と同義とみてよいそうです。
次に、量子情報工学からの2つの要請について記します.
- 全ての単位ベクトルに対し、ある状態が存在する
- すべてのエルミート演算子に対し、ある物理量が存在する
中編:密度演算子の導出と解釈
状態と測定に関する同一視
ここで量子力学において重要な点について記します。
測定により元の状態は崩れるので、私たちは測定したときの測定値やその確率からしか状態を知ることができません。したがって、異なる状態や測定であってもそれらの返す情報が同じであれば同一視することになります。同一視について次の2つのことに注意します。
- 全ての物理量を測定したとき、同じ確率分布が同じならば、その状態たちは同じものとする
- 全ての状態を測定したとき、同じ測定値を同じ確率分布で与えるならば、その測定たちは同じものとする
確率の式から考える「状態」
確率の式から状態を表現する部分を再抽出することで, 状態の同一視を取り入れて、状態の新たな表記を定義します。
確率の定義式はこのとおりでした。
$$\Pr(A=a|\ket{\psi}) = \sum_{x \in a}|\braket{\phi_x|\psi}|^2=\sum_{x \in a}\left(\braket{\phi_x|\psi}\braket{\phi_x|\psi}\right)$$
ところで内積は対称性があり、$\phi_x$と$\psi$は可換なので, 交換する部分の違い(前を交換するか後ろを交換するか)により2種類の式変形が生まれます.
$$\Pr(A=a|\ket{\psi}) = \sum_{x \in a}\braket{\phi_x|\psi}\braket{\psi|\phi_x}=\sum_{x \in a}\braket{\phi_x|\rho|\phi_x}$$
$$\Pr(A=a|\ket{\psi}) = \sum_{x \in a}\braket{\psi|\phi_x}\braket{\phi_x|\psi}=\bra{\psi} \left(\sum_{x \in a}\ket{\phi_x}\bra{\phi_x}\right)\ket{\psi}=\braket{\psi|P_a|\psi}$$
前者は状態を中央にまとめることで、確率の式に対して一意に定まるような状態表記$\rho=\ket{\psi}\bra{\psi}$を与えます。この$\rho$を密度演算子(密度行列)と呼びます。
後者は固有ベクトルの集合を中央にまとめることで、物理量の固有値に対応する固有ベクトル部分をまとめた表記$P_a=\sum_{x \in a}\ket{\phi_x}\bra{\phi_x}$を与えます。この$P_a$を固有射影演算子と呼びます。
固有射影演算子は、状態を測定した後の射影操作に当たる演算子となります。
公理においては固有射影演算子による形から入りますが、密度演算子や後のトレース演算への変換を解釈する場合には密度演算子(密度行列)をまとめた形を基準に見ることで読み解きやすくなります。
密度演算子の解釈
一度、(直交座標系における)ベクトルの成分、行列の成分についてまとめなおしてみます。
ベクトルの成分
- $d$ 次元の内積空間においてベクトル $\ket{\psi}$ の成分 $\psi_i$とは、ある直交基底$\lbrace\ket\phi_{i}\rbrace^d_{i=1}$のうち対応する基底 $\ket{\phi_i}$ へ射影したベクトルの, その軸での位置(=$\ket{\phi_i}$の係数)を指す
\psi_i = \braket{\psi|\phi_i},\ \ \ \ket{\psi}=\sum^{d}_{i=1}\psi_i\ket{\phi_i}
演算子としての行列の成分
- 演算子としての行列 $X\in\mathcal{L}(\mathcal{H}_A, \mathcal{H}_B)$は, ベクトル$\ket{\psi}\in\mathcal{H}_A$から$\ket{\eta}\in\mathcal{H}_B$への写像を行う.
- 行列$X$の各成分$X_{xy}$は, $\mathcal{H}_A$上のある直交基底$\lbrace\ket{\phi^{(A)}_{x}}\rbrace^{\dim(\mathcal{H_A})}_{x=1}$および, $\mathcal{H}_B$上のある直交基底$\lbrace\ket{\phi^{(B)}_{y}}\rbrace^{\dim(\mathcal{H_B})}_{y=1}$に対して, ベクトル$\ket{\psi}$の$\ket{\phi^{(A)}_{y}}$成分を$\ket{\eta}$の$\ket{\phi^{(B)}_{x}}$成分へ移す変換の係数を示していて, この変換$F_{xy}$は次のように記述できる
X_{xy}\ket{\phi^{(B)}_{x}}\braket{\phi^{(A)}_{y}|\psi}=F_{xy}\ket{\psi}
- 行列$X$は$\ket{\psi}$から$\ket{\eta}$への写像のため, 全ての成分間の変換を備えており, 次の式で記述できる
X = \sum_{x}\sum_{y}F_{xy}=\sum_{x}\sum_{y}X_{ij}\ket{\phi^{(B)}_{x}}\bra{\phi^{(A)}_{y}}
- 行列$X$に対して, (唐突で結果論的ではあるが)直交するベクトルの内積が$0$であることを用いることで次のように$X_{ij}$成分をサーチすることができる
\bra{\phi^{(B)}_{i}}X\ket{\phi^{(A)}_{j}} = \sum_{x}\sum_{y}X_{ij}\braket{\phi^{(B)}_{i}|\phi^{(B)}_{x}}\braket{\phi^{(A)}_{y}|\phi^{(A)}_{j}}=X_{ij}
さて、ここで行列の成分表記の形と密度演算子を用いてまとめた確率分布式を照らし合わせてみましょう。
$$\Pr(A=a|\ket{\psi}) = \sum_{x \in a}\braket{\phi_x|\psi}\braket{\psi|\phi_x}=\sum_{x \in a}\braket{\phi_x|\rho|\phi_x}$$
物理量の測定値に対応する固有ベクトルは相関がなく直交しています。つまりこれは紛れもなく密度演算子の$\rho_{xx}$成分の足し合わせになります。
密度演算子はもともと内積の積の形から状態に関する情報を抜き出したものでした。この関係性を繋げることで次のことがわかります。
- 密度演算子の各対角成分$\rho_{xx}$は, その基底へ射影されたベクトルの複素ユークリッドノルム2乗に対応する. ただしそれは単に確率とは限らない. 固有値に対応する固有ベクトルは複数存在する場合もあるためである. この場合には複数の基底がなす部分空間へ射影したベクトルの複素ユークリッドノルム2乗が確率となる. これは三平方の定理から, 対応する対角成分の集合の和である.
- 1から, 密度演算子の各対角成分$\rho_{xx}$は確率(あるいはその構成要素)を示している. 対角成分だけに注目するのであれば単に確率要素の表であるといえる.
- 1に対して, 密度演算子の非対角成分は, 異なる2つの基底との内積の積を示す(が対角成分が確率という解釈なのに対し非対角成分がどのような解釈を持つかは不明)
さて、状態をベクトルとしてみたときには確率を示す観点から単位ベクトルという制約が課されていました。
密度演算子でこの制約に対応するのは対角成分の総和、つまり密度演算子のトレースというわけです。
- 密度演算子のトレースは$\mathrm{Tr}(\rho)=1$という制約を受ける.
後編:トレース演算が単品で意味をなすとは限らない
ところで、確率分布に関して2パターンの変形を行ったのを覚えているでしょうか。
この2つの視点を統合、つまり$\rho, P_a$のみで確率分布を表現するためにトレース演算を用いていきます。
結果としては, 確率分布は次の式で表現できます。
$$\Pr(A=a|\rho) = \mathrm{Tr}(P_a\rho)$$
さて、この確率計算は密度演算子の対角成分として並んでいる確率要素のリストから必要なものを取り出して足し合わせる処理であるということになります。
この, 必要なものを取りだすという操作が$P_a\rho$ということになります。$P_a$の式を思い出してみると同じ直交基底のケットブラ、すなわち、${P_a}_{xx}$($x$行$x$列成分)のみが$1$であるような行列です。適当な対角成分のみを1として試しに実際に計算してみると、必要な行の抽出処理をしていることがわかります。
行ごとにフィルタリングを掛ける、つまりほしい対角成分を残すことであとはトレース演算により要素を足し合わせて確率を計算しているということになります。
必要な対角成分(を含む行)の抽出をするフィルターが$P_a$であり、要素を足し合わせがトレース演算という二段構えによる処理だったわけです。(もっと言えば対角成分の抽出はトレース演算なのでトレース演算がフィルターとしても機能していますが)
状態$\rho$にフィルター$P_a$をかけるという意味では, この形式が正しいような気はしますが、一応トレース演算なので巡回性から次の形式としても記すことはできます。この場合の「フィルター」の機能は列の抽出となります。
$$\Pr(A=a|\rho) = \mathrm{Tr}(\rho P_a)$$
おまけ?:縮退物理量と非縮退物理量
最後に縮退物理量と非縮退物理量について触れて終わりにしようと思います。
- 縮退物理量:固有値と固有ベクトルが1対複数で対応している箇所があるような物理量
- 非縮退物理量:固有値と固有ベクトルが全て1対1で対応している物理量
おわりに
今回は密度演算子周りの話についてみていきました。
トレース演算って言われると対角成分だけを見ているので疑問に思いますが、ひとつずつ分解していくと逆に対角成分にしか確率分布としての大きな意味が現状ないということがわかりました。また、単に式変形のみを考えるだけでなく意味もみていくことで、密度演算子が大方確率表を示しているということをはっきりと理解できました。
一方で、von Neumannエントロピーなど情報量の話になると密度演算子の固有値といった話も出てきます(でも混合状態って混合する状態に対して直交条件も個数条件もないですよね、固有値ってあってもせいぜい次元数個ですよね)。まだ密度演算子の解釈や理解を深める必要はありますが、今回はここまでにします。ありがとうございました。