"See what you can make of that, friend Watson."
( これをどう思うね、ワトソンくん? )
― コナン・ドイル『 踊る人形 』より ―
#はじめに
皆様はWatsonをご存知でしょうか?
WatsonはIBMが手がける自然言語処理・機械学習サービスです。
もしかすると、あまり聞き慣れないサービスかもしれません。
しかし、2011年にアメリカのクイズ番組で2人のクイズチャンピオンに対して勝利を収めたことを皮切りに、Watsonは既に医療やサービスの現場で高い実績を挙げ始めているのです。
そんなWatsonですが、現在ではIBMが手掛けるクラウドサービスBluemixを通して、一部の機能が誰でも気軽に扱えるようになっています。
そのような機能のひとつにPersonality InsightsというAPIがあります。
このAPIは、与えられた文章を解析して、性格などを推定してくれます。
例えば、私のTwitterのつぶやきから私の性格を推定すると、このようになります。
このPersonality Insightsはスグレモノで、対象の言語であれば、小説やその他ジャンルを問わず、性格を推定してくれます。
しかし、Personality Insightsが対象とするのはあくまで書き手の性格であり、小説などの登場人物の性格は対象としていません。
例えセリフを対象としたとしても、推定されるのは書き手の性格なのです。
一方、私達は、登場人物の感じたことや考え、行動、発言などから、その性格を当たり前のように把握しています。
誠実な言葉選びをする人物であれば、誠実な性格を。
慎重な言葉選びをする人物であれば、慎重な性格を。
これは、書き手の性格であっても、登場人物の性格であっても、全く同じように見えます。
果たして書き手の性格と、登場人物の性格は似て非なるものなのでしょうか?
果たしてWatsonの行う分析と、私達が行う分析に差はあるのでしょうか?
そこでまず手始めに、とあるアニメの3名の登場人物のセリフの分析を通して、考えていきたいと思います。
#性格の推定
今回は1995年10月4日から1996年3月27日までのTVシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」全26話のセリフを対象としました。
特にシンジ、アスカ、レイについては個々人が発言した内容のみを対象としています。
だめかぁ。やっぱり来るんじゃなかった…。待ち合わせは無理か…。しょうがない、シェルターへ行こう
ええ、口の中がシャリシャリしますけど…
いえ、僕の方こそ。葛城さん
はい
ミサトさん…あのー、ミサトさん
いいんですか?こんなことして…
説得力に欠ける言い訳ですね
そ、そうですか?
ミサトさんこそ、年の割に子供っぽい人ですね
特務機関ネルフ?
父のいるところですね…
人類を守る、大事な仕事だと先生から聞いてます
これから父のところへ行くんですか?
(父さん…)
あ、はい、どうぞ
・
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セリフの抽出はこちらの記事を参考にしています。
##信頼性について
Personality Insightsで信頼性が高い結果を得るためには、以下の2点が重要になります。
「日々の経験や考えている事などに言及している」
「日本語の場合で原稿用紙20枚分程度の分量がある」
これらの条件はかなり厳しく、長編小説でも条件を満たす作品はあまりありません。
しかし、今回対象とするエヴァンゲリオンは心理描写が多く、また主要人物の3名のセリフも多いため、比較的信頼性が高いと考えられます。
##『碇シンジ』の場合
では早速、シンジくんについて見ていきましょう。
バカシンジくんは弱冠14歳にして世界を救う使命を課せられた、新世紀エヴァンゲリオンの主人公です。
セリフを見ると、心理描写がずば抜けて多く、文字数に至ってはぶっちぎりで17,000文字を超えるなど、推定においては最も信頼性が高いと考えられます。
幼少時に母親を亡くし、父親に捨てられたことから家族の絆や愛情というものを知らず、それがトラウマになっている。そのことから強烈に愛情に飢えており、自分の存在価値に疑問を抱き、ややナイーブで内向的な性格をしている。自分の居場所を周囲に求めながらも、痛みを恐れるあまり互いの傷つかない距離を保とうとし、その結果、表面的な付き合いをする傾向にある。
父親を苦手とし反発する一方で、内心では分かり合いたい、愛されたいという屈折した感情を抱いており、EVAに乗る理由も「父親に認められたいから」というもの。「逃げちゃダメだ」と自分に言い聞かせるセリフは、強迫観念を表すだけでなく、監督の庵野秀明自身の制作当時の心境を映したものでもある。
他人との深いコミュニケーションが苦手とされているが、ゲンドウ以外の人物に対しては極端に苦手という描写はなく、誰とでもそつなく会話をこなし、表面上は社交性がある。大人と対等に口をきく一方、ごく普通の中学生らしい様子を見せ、次第に感情を表に出すようになる。また切羽詰った状況下では考えるよりも行動するタイプで、対使徒戦では勇敢な姿勢や表情をみせることもある。また、控えめな性格で、優柔不断で状況に流されやすい性格と捉えられることが多いが、庵野の考えでは「自分が決めたら、梃子でも動かないような、頑なで他人を気にしない性格」だという。
(Wikipedia - 碇シンジより)
どうやら庵野監督の考えでは、あんまり周囲を気にしないタイプみたいです。
それでは、そんなシンジくんのセリフから、Watsonが推定した性格がこちらです。
いや、めっちゃ周りに配慮できてる。
もう少し詳しく見ていきましょう。
「父親を苦手とし反発する」という部分は、権力への対抗心の強さといった部分で大きく現れています。
「ナイーブで内向的な性格」という部分は、憂鬱になる、ストレスの影響を受けやすいといった要素で見て取れます。
「(表面上は)社交性がある」という部分は、社交性があるという直接の要素では現れなかったものの、積極的になれる、陽気さ、エキサイトすることを求めるといった外交的な要素で大きく現れているようです。
こうした数値が高い部分では、概ね良好と言えそうな結果となっています。
一方、謙虚さがある、相手の立場に同情することが出来るといった要素では数値が低く「傲慢で自己中心的な性格」と推定されています。
(これは、庵野監督のイメージに近いと言えるかもしれません)
また、心配性といった要素でも、イメージに反して数値が低いことが確認できます。
こうした部分では、やや疑問符が浮かぶ結果となりました。
##『惣流・アスカ・ラングレー』の場合
続いてアスカについても見ていきましょう。
式波アスカはシンジくんと同じく世界を救う使命を帯びた、新世紀エヴァンゲリオンのヒロインの1人です。
感情を顕にすることが多く、シンジくんほどではないものの約13,000文字と、比較的信頼性が高いと考えられます。
快活で主体性・自立心が強く、非妥協的。また異常なほどプライドが高く、自己中心的な性格である。一方で自己愛は欠如しており、周囲に対し過敏で傷つきやすい面を持つ。社交性は他のパイロットと比較して高い。その性格は幼少期のトラウマに大きく影響されている。
母親は、EVA接触実験の失敗による後遺症で精神を病んだことで、人形を実の娘であると思い込み、自分を全く見てくれなくなった。その母親を自分に振り向かせようと努力を重ねていたが、弐号機のパイロットに選ばれたその日に母親は自殺していた。また母親は自殺の際に娘だと思い込んでいた人形を道連れにする形で首を吊っていた。
そのことがトラウマとなり、アスカは誰にも頼らず自分で考え一人で生きていける強さを持った人間となることを決意する。その自立心のため、早く大人になることへの願望もあり、加持リョウジへの憧れはその反映であるといえる。また、望んだ相手に自分を見てもらえなかったことによって欠けた自己愛を、他人に認めてもらうことで満たそうとする面が強くなる。そのためには周りから必要とされる価値ある自分でいなければならないという一種の強迫観念を根底に持ち、脆さと紙一重の強さを兼ね備えた人格を形成する。そうしてその後も自らの中に強さと高い能力を求め、努力を重ねることになるが、特にEVAのパイロットの適格者・チルドレンであることに対しては、自分が他者よりも優れている証明になると考えているため、EVAシンクロ用のインターフェイスヘッドセットを髪留めとして常に着用するほどの拘りを持っている。
同時にこの出来事によりアスカは人形のような自主性を持たないものを嫌うようになり、その反動もまた強い自立心や行動力を持つ一因となる。さらに他人にとって都合の良いように自分を演じることに嫌悪感を持ち、等身大の自分を真正面から評価してもらうことを強く求めるようになる。そのため、自身に無条件の愛を与えてくれる母への渇望も強い。またシンジに対しても好意を持ち愛を求めるが、シンジが自らにとって都合の良い逃避先として消去法で自分を求めてきた際には強く拒絶している。
上記のように一人で生きていくことを決意しつつも、他人からの承認を求めずにはいられない心の弱さを持ち、物語の後半(主に第拾九話以降)において他人からの評価が得られなくなっていくごとに、その内面のジレンマで自分自身を苦しめてしまうことになる。
(Wikipedia - 惣流・アスカ・ラングレーより)
それでは、そんなアスカのセリフから、Watsonが推定した性格がこちらです。
い、陰気ィ!?
もう少し詳しく見ていきましょう。
「快活」という部分は、活動レベル、積極的になれるといった要素で現れているようです。
「脆さと紙一重の強さ」という部分は、心配性、ストレスの影響を受けやすいといった要素で見て取れます。
「自己中心的な性格」という部分は、周りに配慮できる、協力的な姿勢を意識する、謙虚さがあるといった要素で大きく現れています。
「真正面から評価してもらう」という部分は、自意識過剰の低さが如実に表してるのではないでしょうか。
こうした多くの部分で、良好な結果が得られたと言えるでしょう。
一方、妥協はしない、自己訓練を惜しまない、陽気さといった要素が低く、「妥協的」で「陰気」という当初のイメージに反する点が指摘されています。
これらは、うまく推定できなかった可能性もありますが、第壱拾九話以降のアスカに関わる展開が大きく影響しているとも考えられます。
##『綾波レイ』の場合
最後に綾波について見ていきましょう。
碇ユイ綾波もシンジくんやアスカと同じく世界を救う使命を帯びた、新世紀エヴァンゲリオンのヒロインの1人です。
感情を顕にすることが少なく、文字数もある程度あるとはいえ一回り少ない5000文字弱であり、最も信頼性が乏しいと考えられます。
ほとんど感情を表に出さず、寡黙で常に無表情だが、庵野秀明曰く「感情の表現の仕方を知らないだけ」である。当初はゲンドウにのみ心を開いていたが、碇シンジと出会ったことで彼とも絆を深めていき、次第に様々な感情を見せ、自我といえるものが芽生えていく。
ペシミズムとも違う存在の希薄さを持ち、「エヴァに乗ることが全てで、他には何もない」と言い切り、どんな危険な任務であっても自らの命を顧みることなく毅然とこなす。エヴァに乗ることは他者との繋がりを持つ唯一の手段であると考え、それにより築かれる他者との「絆」を大切にし、自身の存在理由を見出そうとしている。
(Wikipedia - 綾波レイより)
それでは、そんな綾波のセリフから、Watsonが推定した性格がこちらです。
なんかヤバいの出てきたァ!?
メチャクチャです。
確かに陽気さの低さや求められた行動を正しく遂行できる、信頼できるなど、綾波らしい部分も評価されています。
しかし、冒険心の強さや社交性がある、エキサイトすることを求める、積極的になれる、活動レベルなど「外交的でかなり尖った人物」という評価になってしまっています。
これは寡黙さや文字数からくる信頼性の乏しさに加えて、最終話の「自由の世界」における綾波の奔放なふるまいが評価されてしまったことが大きく影響してしまったと考えられます。
#おわりに
Personality Insightsによるシンジ、アスカ、レイのセリフの分析はいかがだったでしょうか?
最後の結果に関しては残念でしたが、シンジくんやアスカの例を見る限りでは、かなり良好な結果が得られたのではないかと思います。
このことから「推定される書き手の性格と実際の登場人物の性格はある程度似通ったものになる」と考えます。
その点では、Watsonの行う分析と、私達が行う分析には、本質的にあまり差が無かったと言えるでしょう。
また、今回の結果から、Personality Insightsが性格を正確に推定するためには、場面の違いや立場の違い、時間経過による言動や心情の変化を考慮する必要があると言えます。
これは今回のようなセリフを対象とした場合に大きな問題となりますが、セリフに限った問題ではないでしょう。
(例えば、SNSでニュース記事のタイトルを引用しただけでも、本来の性格を推定する妨げとなってしまうはずです)
そうした部分を踏まえた上でなお、Personality Insightsは非常に有意義なサービスであると考えます。
SNSでマーケティングを仕掛ける手助けにしたり、有名人の何気ないつぶやきから知らない一面を垣間見たり。
あるいは自分を見つめ直す1つの機会として、興味を持たれた方は手始めにこちらのデモからご利用されてみてはいかがでしょうか。
#参考
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CurlでWatson Personality Insightsを使ってみる
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