本レポートは、AI、ブロックチェーン、量子コンピューティングといった先端技術の受託開発企業を設立するにあたり、日本と比較して香港が持つ戦略的優位性を多角的に分析するものです。香港は、その柔軟で実用的な規制環境、知的財産権保護の強力な枠組み、充実した投資エコシステム、政府による大規模なイノベーション支援、国際的で多様な人材プール、そして中国本土およびアジア太平洋地域への比類ない市場アクセスを提供します。さらに、簡素な税制と強固な法制度、高度なインフラが効率的なビジネス運営を可能にします。一方で、日本は国内市場の成長性や政府の支援策が見られるものの、デジタル人材不足、レガシーシステム、組織文化の硬直性といった構造的課題を抱えています。米国による先端技術の輸出規制や決済システムの制約といった香港固有の課題も存在しますが、全体として、香港は先端技術の受託開発企業が国際的な競争力を確立し、持続的に成長するためのより強固な基盤を提供すると評価できます。
- はじめに:先端技術受託開発のグローバル戦略
AI(人工知能)、ブロックチェーン、そして量子コンピューティングは、現代社会において最も注目される革新的な技術分野であり、その進化は産業構造全体に大きな変革をもたらしつつあります。これらの技術の応用範囲は広範であり、受託開発市場は世界中で急速な拡大を見せています。企業は、自社のデジタル変革(DX)を推進し、新たなビジネス機会を創出するために、これらの先端技術を専門とする外部パートナーを積極的に求めています。
1.1. AI、ブロックチェーン、量子コンピューティング市場の現状と成長性
日本市場においても、これらの先端技術分野は顕著な成長が予測されています。AI市場は現在の7,581億円から2030年には1兆7,678億円へと2倍以上に拡大し、ブロックチェーン市場は1,540億円から2,043億円へ、Web3市場は2,222億円から3,105億円へとそれぞれ成長すると予測されています 1。さらに、日本政府は「量子未来社会ビジョン」において、2030年までに量子技術による生産額を50兆円規模に引き上げ、量子ユニコーンベンチャーを創出するという野心的な目標を設定しています 2。これらの数値は、日本国内における先端技術に対する潜在的な需要が非常に大きいことを明確に示しています。
しかしながら、国内市場の成長性だけでは、受託開発という特定のビジネスモデルにとっての機会が全てを物語るわけではありません。日本企業が長年抱えるレガシーシステムの複雑化、デジタル人材の慢性的な不足、そして既存ビジネスの効率化に偏りがちなIT投資の傾向 3 は、受託開発企業が直面するプロジェクトの複雑性や難易度を高める可能性があります。また、年功序列の組織構造や部門間の連携不足、失敗を恐れる企業文化といった構造的な課題 4 は、国内でのDX推進を阻害し、結果として受託開発プロジェクトの円滑な進行を妨げる要因にもなり得ます。したがって、市場規模の拡大は期待できるものの、ビジネスの容易さや収益性を保証するものではなく、受託開発企業はこれらの国内固有の課題を乗り越える戦略を必要とします。
1.2. 日本と香港における起業環境比較の戦略的意義
先端技術の受託開発ビジネスを成功させるためには、単に優れた技術力を持つだけでなく、事業を支えるエコシステム全体が重要となります。具体的には、規制の柔軟性、資金調達の容易さ、優秀な人材の確保、そしてグローバル市場へのアクセスが、企業の競争力と成長を大きく左右します。
本レポートでは、これらの多角的な観点から日本と香港の起業環境を詳細に比較分析します。香港が、先端技術の受託開発企業の設立地として、日本と比較してどのような戦略的な優位性を持つのかを明確に提示し、グローバルな視点から最適なビジネス拠点の選択を支援することを目的とします。 - 香港が先端技術受託開発の最適地である明確な理由
香港は、AI、ブロックチェーン、量子コンピューティングといった先端技術の受託開発企業にとって、日本と比較して多くの戦略的な優位性を提供します。これらの優位性は、規制環境、投資、人材、市場アクセス、そしてビジネスインフラの各側面にわたります。
2.1. 規制環境と知的財産権保護の優位性
香港のAI・ブロックチェーン・量子コンピューティング規制の柔軟性と実用性
香港のAI規制は、EUのAI法(AIA)のようにAIを製品安全法として位置付けるのではなく、独立した法制度としています 5。このアプローチは、AI特有の急速な技術進化や複雑性に対応しやすい柔軟な規制を可能にします。香港の生成AIガイドライン(HKGAI)は、実際のユースケースと業界からのフィードバックに基づいて開発された「実践的アプローチ」を採用しており、AIシステムの透明性、説明責任、データセキュリティ、プライバシー保護、そして継続的な更新への対応を強く推奨しています 6。受託開発企業は、開発するAIシステムの動作原理や限界について明確に説明できる機能を組み込むことや、AIが生成したコンテンツであることを明示することが求められます。このような規制の柔軟性は、新しいAIソリューションを開発する受託企業が、既存の硬直的な法規制に縛られずにイノベーションを追求できる環境を提供します。また、規制が実用的なフィードバックに基づいて形成されるため、法規制遵守のための過度なコストや開発遅延を回避しやすくなります。
ブロックチェーン分野では、香港は受託者としての役割を規制対象活動としており 7、市場の健全性と投資家保護を重視しています。特に、法定通貨に裏打ちされたステーブルコインの発行者に対するライセンス義務付けや、OTC取引、カストディサービスに対するライセンス制度の導入を最終調整しており、2025年末までに施行予定です 8。これは、香港がデジタル金融ハブとしての地位を確立しようとする明確な姿勢を示しており、ブロックチェーン技術を活用したクロスボーダーの支払いソリューションのテストも可能となります 11。こうした柔軟かつ適応的な規制アプローチは、新興のブロックチェーンベースの事業体にとっても有利に働きます 9。
量子コンピューティングに関しては、香港は米国による先端技術の輸出規制の対象となっています。特定の電子設計自動化ソフトウェア、製造・先端パッケージングツール、先端集積回路の設計・製造、スーパーコンピュータ、そして特定の量子情報技術(量子コンピュータの開発や重要部品の製造、特定の量子センシングプラットフォームの開発や製造、量子ネットワークまたは量子通信システム)の中国および香港への輸出が禁止されています 12。これは、受託開発企業が米国製のハードウェアやソフトウェアに依存する場合、技術選択やサプライチェーンに制約が生じる可能性があることを意味します。一方で、香港は一般企業にとってデータ越境移転のハードルを下げる新規定を施行しており、グローバルなビジネス展開を円滑に進めるための環境整備を進めています 15。
香港の知的財産(IP)税制優遇(パテントボックス制度)と著作権保護
香港は、知的財産(IP)から得られる利益に対する税制優遇措置において、日本と比較して大きな優位性を持っています。2024年7月5日に施行された「パテントボックス」税制優遇措置により、香港で研究開発活動を通じて創出された特許、ソフトウェア著作権、植物新品種権に由来する適格な利益に対し、通常の法人税率16.5%から大幅に低い5%の優遇税率が適用されます 16。この制度の特筆すべき点は、香港域外で登録されたIPも対象となり、香港で発生した関連利益について優遇措置を享受できることです 16。
この税制優遇は、AIやブロックチェーンの受託開発で生み出されるソフトウェアのライセンス収入や譲渡益に対して直接的な経済的利益をもたらし、企業の純利益を大きく押し上げます。知的財産を自社で保有し、そのライセンスや譲渡から収益を得るビジネスモデルにおいて、これは極めて重要な要素となります。
さらに、日本企業が香港法人に著作権を譲渡する場合、日・香港租税協定に基づき、著作権の譲渡対価は「譲渡収益」とみなされ、日本での源泉徴収は不要となります 17。また、消費税についても、著作権等の譲渡を行う者の住所地が香港であるため、国外取引となり課税対象外と判断されます 17。これは、日本企業を顧客とする受託開発企業にとって、取引の複雑性を軽減し、税務コストを削減する大きなメリットとなり、香港を拠点としながら日本市場へのサービス提供をより魅力的にします。これらのIP関連の優遇は、受託開発企業の収益構造を改善し、国際的な競争力を強化する上で極めて重要な要素となります。
日本における各技術分野の規制動向と知的財産関連税制との比較
日本のAI規制は、EUのAI法とは異なるアプローチを取り、AIの規制を製品安全法と位置付けていません 5。ブロックチェーン分野では、暗号資産交換業者に対して厳格な規制(トラベルルール、日本暗号資産取引業協会(JVCEA)による自主規制など)が存在し 18、投資家保護や市場の健全性を重視する一方で、この厳格さがイノベーションの妨げになっているとの指摘もあります 19。ステーキングサービス自体を規制対象とする必要性については、将来的な課題として継続的に注視していくことが考えられています 18。
量子コンピューティング技術についても、日本は外為法に基づく輸出規制の対象としており 20、経済安全保障推進法上の先端的な重要技術の開発支援に関する制度の対象ともされています 21。共同研究開発に関する独占禁止法上の指針も公表されており、共同研究開発にあたっては参照することが有用とされています 21。
日本の税制優遇としては、研究開発税制が充実しており、企業の研究開発費の一定割合(1~14%)を法人税額から控除できる一般型、中小企業向け優遇、そしてオープンイノベーション型(大学やスタートアップとの共同研究で税額控除)があります 22。また、2025年4月1日から施行されるイノベーションボックス税制では、国内で自ら開発した特許権やAI関連のプログラム著作物からのライセンス所得および譲渡所得に対し、法人実効税率ベースで約20%相当まで引き下げられます 22。
しかし、日本のイノベーションボックス税制は「国内で」「自ら」開発した知財に限定される点が、香港が域外登録IPも対象とするパテントボックス制度 16 とは異なります。また、日本の制度施行が2025年4月と香港より遅いことも、国際競争において不利に働く可能性があります。日本のブロックチェーン規制は、過去の経験から投資家保護を重視し、金融安定性を確保してきたという強みがあるものの 19、新しいビジネスモデルや技術の導入に制約を課す可能性も指摘されています。受託開発という性質上、顧客の多様なニーズに対応するためには、規制の柔軟性が重要であり、この点で香港に一日の長があると言えるでしょう。
表1: 主要技術分野における日本と香港の規制・IP税制比較
項目
香港
日本
AI規制アプローチ
独立した法制度、実践的アプローチ 5
製品安全法と位置付けず 5
ブロックチェーン規制(主要対象)
ステーブルコイン、カストディ、OTCのライセンス化 8
暗号資産交換業(トラベルルール、自主規制) 18
量子コンピューティング規制(輸出管理等)
米国による輸出規制対象 12
外為法に基づく輸出規制対象 20
法人税率(通常)
8.25%(最初の200万HKD)、16.5%(超過分) 23
約29.74% 22
IP所得優遇税率
5% 16
約20% 22
IP税制対象IP
特許、ソフトウェア著作権、植物新品種権 16
特許権、AI関連プログラム著作物 22
IP税制の適用条件
自社開発、現地登録要件あり 16
国内で自ら開発 22
IP税制施行時期
2024年7月 16
2025年4月 22
著作権譲渡時の源泉徴収(日本→香港)
不要 17
20.42%(国内法) 17
消費税(日本→香港)
課税対象外 17
課税対象 17
2.2. 充実した投資環境と政府支援
香港の活発なスタートアップエコシステムとベンチャーキャピタル活動
香港は「国際I&Tセンター」を目指し、中国の第14次5カ年計画や「広東・香港・マカオ大湾区」(大湾区)戦略といった政府の強力な支援を受けて、イノベーションとテクノロジー(I&T)エコシステムが目覚ましい発展を遂げています 23。過去10年間でスタートアップ数は3倍に増加し、2021年には3,755社に達しました 23。この活況は、受託開発企業が成長し、スケールアップするための理想的な環境を提供しています。
ベンチャーキャピタル(VC)活動も非常に活発であり、民間投資の70%以上が初期、中期、または拡大期のスタートアップに集中しています 23。受託開発企業は、創業初期の技術開発から、成長期の事業拡大に至るまで、段階的に資金を調達し、事業をスケールアップしやすい環境にあります。2021年には59件の取引で34億米ドルという記録的な資金調達を達成しており 23、これは技術開発や事業拡大のための豊富な資金源があることを示しています。技術革新・科学技術ベンチャー基金(ITVF)などの共同投資スキームは、2017年以降8億8,900万香港ドル以上の民間投資を呼び込むなど、政府と民間が連携して投資を促進する仕組みが整っています 23。このエコシステムの成熟度は、受託開発企業が資金調達だけでなく、戦略的なパートナーシップを構築する上でも有利に働きます。
香港政府によるイノベーション・テクノロジー分野への大規模投資と助成金制度
香港政府はI&T分野の発展に強いコミットメントを示しており、過去5年間で1,500億香港ドルを超える大規模な投資を実施し、研究開発に対するGDP支出も2020年には266億香港ドルと倍増しました 23。
2024年の施政方針では、国際I&Tセンター構築に向けた具体的な施策が多数発表されています 11。これには、ライフ&ヘルステクノロジー、AIとロボティクス、半導体とスマートデバイス、先端材料、新エネルギーといった戦略分野への投資を目的とした100億香港ドルのI&T産業指向型ファンドの設立が含まれます 11。政府が特定の技術領域を国家的な成長ドライバーと位置づけ、集中的に育成しようとしていることは、これらの分野の受託開発企業にとって、長期的な安定した需要と成長機会が政府によって担保されていると解釈できます。
さらに、研究開発費用を助成する15億香港ドルのマッチング形式の補助金、1.5億香港ドルのITVF拡充、1.8億香港ドルのアクセラレーターパイロットスキームなどが発表されています 11。香港サイエンスパーク(HKSTP)では、Incu-Bioプログラムを通じて最大600万香港ドル(約1億1,400万円)の助成金が提供されるほか 25、コワーキングスペースの賃料免除(1年目)や半額(2~4年目)、先端研究設備の利用、ビジネス・投資家マッチング、プロモーション機会など、包括的な支援が受けられます 26。また、提携先であるLimeHKを通じて、3ヶ月間のコワーキングスペース無料提供も利用可能です 27。これらの多段階かつ包括的な政府支援は、研究開発から事業化、スケールアップまで多岐にわたる段階をカバーしており、受託開発企業はアイデア段階から成長期まで、継続的な支援を受けることができ、資金調達のハードルが下がるだけでなく、事業運営に必要なリソースも確保しやすくなります。
日本における政府のイノベーション支援策と研究開発税制との比較
日本政府もイノベーション拠点強化に向けた政策を推進しており、量子、AI、バイオなどの戦略分野への投資強化を掲げています 22。経済産業省は、ムーンショット型研究開発基金、ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発基金、グリーンイノベーション基金、経済安全保障重要技術育成基金、ディープテック・スタートアップ支援基金、宇宙戦略基金など、特定の戦略分野の研究開発を重点的かつ複数年にわたって継続的に支援するための大規模な基金を設けています 22。
研究開発税制も充実しており、企業の研究開発費の一定割合(1~14%)を法人税額から控除できる一般型や、中小企業向け優遇、そしてオープンイノベーション型(特別研究機関、大学、スタートアップ等との共同研究で税額控除)があります 22。また、2025年4月からはイノベーションボックス税制も施行され、国内で自ら開発した特許権やAI関連のプログラム著作物からの所得に優遇税率が適用されます 22。
しかし、日本の政府支援は大規模であるものの、その実効性や国際的な資金調達環境との整合性において、香港に一日の長があると言える側面も存在します。例えば、外国投資家(特にVCファンドの組合員)が日本企業に投資する際に届出義務を負う制度は 28、日本のITスタートアップが円滑に資金調達を行う上で潜在的な障壁となり得ます。これは、香港が「有利な金融システム」を持つ 23 のとは対照的であり、グローバルな資金を呼び込む上での差となる可能性があります。日本の政策は近年、DXレポートで指摘された課題(レガシーシステム、デジタル人材不足など 3)に対応するため、イノベーション投資の促進に力を入れ始めていますが、長年の課題が根深く、政策の効果がすぐに現れるとは限りません。
表2: スタートアップ支援・税制優遇比較(香港 vs. 日本)
項目
香港
日本
スタートアップ数(成長率)
3,755社(10年で3倍に増加) 23
(具体的な数値は不明)
VC投資額(活発さ)
34億米ドル(2021年実績)、70%以上が初期・中期・拡大期に集中 23
ディープテック分野へのVC投資は増加傾向 29
政府I&T投資額
1,500億香港ドル超(過去5年間) 23
(具体的なI&T投資額は不明)
主要政府ファンド/助成金
100億HKD I&T産業指向型ファンド、15億HKD R&D助成、ITVF拡充、アクセラレーターパイロットスキーム、HKSTP助成金最大600万HKD 11
ムーンショット、ポスト5G、グリーンイノベーション、経済安全保障、ディープテック・スタートアップ支援基金など 22
R&D税制優遇
最初の200万HKDまで300%控除、残りは200%控除 23
1~14%控除(一般型)、12~17%(中小企業)、10%(オープンイノベーション) 22
IP所得優遇税率
5% 16
約20% 22
法人税率(通常)
8.25%(最初の200万HKD)、16.5%(超過分) 23
約29.74% 22
コワーキングスペース支援
HKSTP賃料免除・半額、LimeHK経由3ヶ月無料 26
(記載なし)
2.3. 高度な人材プールと教育・研究体制
香港の国際的な技術人材供給と誘致策
香港は、先端技術の受託開発に必要な高度な技術人材を供給するための強固な基盤を持っています。国際的な人材プールを有し、世界有数の学術研究機関が集積していることがその大きな特徴です。QS世界大学ランキング100位以内に5大学(香港大学、香港科技大学、香港中文大学、香港城市大学、香港理工大学)が含まれており 27、これは基礎研究から応用研究まで幅広い分野で質の高い教育と研究が行われていることを示します。
特に香港科技大学(HKUST)の工学院は、人工知能(AI)と量子コンピューティング間のデータ転送を大幅に加速する新しい極低温インメモリ計算手法を開発するなど、最先端の研究を行っています 30。また、2023年に香港で設立されたAIIA(Artificial Intelligence Industry Alliance)は、学術界とAI分野の企業・機関から3,000人以上のメンバーを擁しており 31、大学の研究成果をビジネスに結びつける機会が豊富にあることを示唆しています。受託開発企業は、これらのネットワークを活用して、顧客の課題解決に資する最先端のソリューションを共同で開発できる可能性があります。
香港政府は、国際的な技術人材の誘致にも積極的です。年収250万香港ドル以上の高所得者や、世界トップ大学の学士号を取得した卒業生(実務経験の有無で条件変動)を対象としたビザ・誘致策を設けています 32。これにより、多様なバックグラウンドを持つ優秀な人材が集まりやすい環境が整備されています。受託開発においては、異なる文化やビジネス慣習を持つ顧客に対応できる国際的なチームを構築することが重要であり、香港はその基盤を提供します。香港大学や香港中文大学では日本研究プログラムや日本語コースも開設されており、高度な日本語能力を持つ現地人材が輩出されていることも、日本企業を顧客とする受託開発企業にとって有利な点です 26。
香港におけるAIエンジニアの平均月収は31,000~35,000香港ドル(年間約480万円~540万円相当)と報告されており 33、ブロックチェーン開発者の平均年収は104,050米ドル(約1,600万円相当)、Web3開発者では平均87,000米ドル(約1,300万円相当)と、高い給与水準が見られます 34。中国の新興AI企業DeepSeekが深層学習研究員に年収約3,200万円を提示する例があること 36 は、香港の隣接地域における人材獲得競争の激しさを示唆しており、香港の人材市場もこれに影響され、高いレベルの報酬が期待されることを意味します。このような高い給与水準は、優秀な人材を引きつける強力な要因となります。
日本におけるデジタル人材不足の現状と給与水準、人材育成の取り組みとの比較
日本は慢性的なデジタル人材不足に直面しており、特にAIや量子コンピューティングのような先端分野では、人材確保が喫緊の課題となっています 3。日本のIT人材の給与水準は上昇傾向にあるものの、先進国や中国・インドのトップIT人材を獲得するのは難しいとされています 37。これは、日本の労働市場が国際的な魅力において課題を抱えていることを示唆し、グローバルな視点を持つ受託開発企業が多様なスキルセットを持つ国際的なチームを構築する上で制約となる可能性があります。
一方で、日本企業の中には、AI分野で高い能力を持つ新卒者や30代のデジタル人材に対し、年収1,000万円以上、あるいは3,000万円~4,000万円といった高額な報酬を提示する例も出てきています 38。量子コンピューティング関連の求人も東京で230件以上あり、年収800万円~2,000万円程度のレンジが見られます 40。これは、国内でAIや量子コンピューティングのトップ人材を確保しようとすると、非常に高い給与を提示する必要があることを示唆しており、特に創業期の受託開発企業にとって、人件費が大きな負担となり、経営を圧迫する可能性があります。
日本政府は、優秀な海外人材の受け入れ促進にも力を入れています。年収2,000万円以上の研究者等には1年での永住権付与、世界有力大学の卒業生には最長2年の滞在許可といった優遇措置を設けています 29。また、国際共同研究および若手研究者育成のための大型基金(約500億円規模)を創設するなど、人材育成・確保に努めています 22。日本の大学もデータサイエンスやブロックチェーンのコースを提供し 43、NVIDIAが量子プログラミングのカリキュラム開発で東京大学や理化学研究所と連携している 44 など、国内での人材育成は進んでいます。しかし、全体として国内市場の課題(レガシーシステム、硬直的な企業文化 3)が、これらの人材が活躍できる場を限定し、結果的に海外流出を招く可能性も指摘されています。
表3: AI/ブロックチェーン/量子コンピューティング人材の給与水準比較(香港 vs. 日本)
項目
香港
日本
AIエンジニア(平均月収/年収)
HKD 31,000-35,000/月 (約480万~540万円/年) 33
(具体的な平均は記載なし)
ブロックチェーン開発者(平均年収)
$104,050 USD/年 (約1,600万円/年) 34、Web3開発者: $87,000 USD/年 (約1,300万円/年) 35
(具体的な平均は記載なし)
量子コンピューティング関連職種(平均年収レンジ)
(具体的な平均は記載なし)
450万~2,000万円(求人例による) 40
トップ人材の給与水準(高額事例)
DeepSeek(中国)の例で年収約3,200万円(深層学習研究員) 36
年収1,000万円以上(新卒高評価者)、3,000万~4,000万円(30代高能力者) 38
2.4. 広範な市場アクセスと国際展開の機会
香港の中国本土およびアジア太平洋地域への戦略的ゲートウェイとしての役割
香港は「アジアの中心」という戦略的立地にあり、中国本土市場およびアジア太平洋地域に広がる商機をつかむための「跳躍台」として機能します 23。この多層的な市場アクセスは、受託開発企業にとって比類ない成長機会をもたらします。
中国本土との協力関係は非常に深く、中華人民共和国科学技術部(MOST)との連携による科学技術協力が進められています 46。香港の科学研究者が国家レベルの科学技術プログラムへ参加することが奨励され、香港の特許出願人が中国本土での特許出願の優先審査を享受できるなど、中国本土の大規模な市場とR&Dエコシステムへのアクセスが容易になっています 46。中国の次世代IT産業や先端製造業 47 は、AIやブロックチェーンの受託開発にとって巨大な潜在顧客層となります。
特に「広東・香港・マカオ大湾区」(GBA)との連携強化は、国境を越えたデータフローの促進や、人員の越境移動の円滑化、越境資金移動の促進を模索しており 11、受託開発プロジェクトの実行を格段に効率化します。これは、中国本土の顧客との連携を強化し、大規模プロジェクトを円滑に進める上で不可欠な要素となります。
貿易協定の面でも、香港は情報技術協定(ITA)に参加しており、コンピューター、通信機器、半導体、ソフトウェアなどの技術製品に対する関税がゼロです 23。さらに、地域的な包括的経済連携(RCEP)への加盟を申請しており、アジア各国の経済連携を強化し、貿易コストを削減することで、アジア太平洋地域全体のサプライチェーンと貿易ネットワークの中心となることを目指しています 23。受託開発企業は、香港を拠点にすることで、アジア各国の多様な顧客ニーズに対応し、地域全体での事業展開を加速できるでしょう。
国際顧客獲得の成功事例とビジネス機会
香港の国際的なビジネスハブとしての地位は、受託開発企業が多様な国際顧客を獲得し、事業をグローバルに展開するための理想的な環境を形成しています。例えば、イタリアの3Dプリント製高級水栓メーカー「UNIQ∙Ǝ!」や、英国のデジタル広告会社「LoopMe」は、香港に地域本部やオフィスを開設し、香港を拠点に中国本土やアジア太平洋地域の市場をターゲットに事業を拡大しています 45。LoopMeはAIを活用した広告テクノロジー企業であり、APACで27%の成長を記録しています 45。これらの事例は、香港が単なる市場アクセスポイントではなく、「国際企業がアジア展開の拠点として選ぶ場所」であることを示しており、受託開発企業にとって顧客獲得の機会を増やします。
香港には9,000社以上の多国籍企業が存在し、そのうち3,900社以上が地域本部または事務所を設置しています 23。これらの企業は、自社のDX推進や新規事業開発のために、外部の専門的な受託開発サービスを求める可能性が高いです。また、香港人の8割がAIを使った健康管理に興味を持つなど、AIテクノロジーへの高い導入意欲が見られること 23 は、AI受託開発企業にとって、顧客の技術受容度が高く、新しいソリューションを提案しやすい市場環境であることを意味します。
香港サイエンスパーク(HKSTP)は、香港や中国の大企業とのつながる機会を多く提供しており、外資系企業の本部へのアクセスも可能です 25。これは、受託開発企業が潜在顧客と出会い、信頼関係を構築するための強力なプラットフォームとなり、特に新規参入企業にとって、市場参入障壁を低減する効果があります。
日本企業の国際展開における課題と市場需要
日本国内の市場は縮小傾向にあり、企業は新たな成長機会を海外に求める動機を強く持っています 49。日本企業が海外進出するメリットとして、新たな販路・顧客獲得、国内の人材不足補完、新しい技術・知見の獲得、リスク分散、コスト削減、税制優遇、評判・知名度向上などが挙げられます 49。
日本企業は高い技術力を持つ一方で 49、海外進出には言語や文化の違いへの対応、海外事業に対応できる人材の不足、治安や自然災害リスクといった課題を抱えています 50。香港の受託開発企業は、これらの課題を補完し、日本企業の国際展開を支援するパートナーとなり得ます。特に、香港には日本語能力を持つ現地人材も存在するため 26、日本企業とのコミュニケーション障壁を低減できます。日本企業が海外進出のメリットとして「コスト削減」や「製品・サービスの専業化」を挙げていること 49 は、香港の受託開発企業が、より効率的かつ専門性の高いサービスを提供することで、日本企業からの受託機会を増やせる可能性を示唆します。したがって、日本企業の海外志向と、彼らが抱える国際展開の課題は、香港の先端技術受託開発企業にとって、魅力的な顧客層となり得ます。
2.5. 効率的なビジネス環境とインフラ
香港の簡素な税制、強固なコモン・ロー法制度、安定した通信・物流インフラ
香港は、受託開発企業がコストを抑えつつ、高い生産性と信頼性を持って事業を運営できる基盤を提供します。その最も顕著な特徴の一つは、簡素で低税率な税制度です。企業は最初の200万香港ドルまでの課税所得に対して8.25%、超過分に対して16.5%の法人税が課されます 23。これは、日本の法人実効税率約29.74% 22 と比較して大幅に低く、企業の純利益を直接的に増加させ、再投資や成長資金に充てられる資本を増やすことができます。これは、技術開発や人材投資が不可欠な先端技術分野の受託開発企業にとって、持続的な競争力を維持する上で極めて重要です。
また、「一国二制度」の下、香港は防衛・外交を除き高度な自治を認められ、健全な通貨管理(米ドルペッグ制)、政治およびコモン・ローに基づく強固な法制度を維持しています 26。これにより、契約の安定性や知的財産権の確実な保護が保証されます 23。受託開発においては、知的財産権の帰属や契約履行が複雑になりがちであるため、明確で予測可能な法制度はビジネスリスクを大幅に低減します。
インフラ面でも、香港は世界各地と結ばれた空路、海路、陸路の物流インフラが整備されており、安定した電力供給と堅牢な通信環境(携帯電話や家庭用ブロードバンドの普及率で世界トップクラス)を誇ります 23。これらの優れたインフラは、グローバルな顧客との円滑なコミュニケーション、大規模データの高速転送、そして物理的な製品開発を伴う場合のサプライチェーン効率化に貢献し、受託開発のスピードと品質を向上させます。ビジネス開始手続きも簡単で、最小限の事務処理しか必要としないため 51、迅速な事業立ち上げが可能です。
日本におけるレガシーシステムや組織構造に起因する課題
日本における事業展開は、香港と比較して、いくつかの構造的な課題に直面する可能性があります。多くの日本企業は、老朽化・肥大化・複雑化・ブラックボックス化したレガシーシステムに強く依存しており、これが運用保守コストの増大、セキュリティリスクの高さ、最新技術との互換性の低さ、IT人材確保の困難さといった深刻な課題を引き起こしています 3。これらの問題は、受託開発企業が日本企業からプロジェクトを受託する際に、既存システムとの連携やデータ移行など、プロジェクトの複雑性を増し、開発期間やコストが増大する傾向を生み出します。
また、年功序列の組織構造、縦割り組織、トップダウンの意思決定、失敗を恐れる文化といった企業文化や意思決定プロセスの硬直性も、DX推進の障壁となっています 4。これらの構造的課題は、新しい技術の受容を妨げ、結果として受託開発プロジェクトの円滑な進行を阻害する要因となり得ます。日本のDXが遅れている主な理由として、レガシーシステムの維持・依存、デジタル人材の不足、企業文化と意思決定プロセスの硬直性、規制や法律の影響などが挙げられています 4。
これらの課題は、日本国内での事業展開を難しくする一方で、香港を拠点とする受託開発企業が、これらの課題解決を求める日本企業をターゲットとする大きなビジネス機会を生み出す可能性も秘めています。香港の企業は、より柔軟なビジネス環境と国際的な視点から、これらの課題を抱える日本企業に対して、より効率的で革新的なソリューションを提供できる可能性があります。
3. 潜在的な課題とリスク要因
香港での先端技術受託開発は多くの優位性を持つ一方で、事業運営上の留意点や潜在的なリスク要因も存在します。これらの課題を事前に認識し、適切な対策を講じることが成功の鍵となります。
3.1. 香港における事業運営上の留意点
米国の輸出規制
香港における事業運営において、最も重要なリスクの一つは、米国による先端技術の輸出規制です。米国は、特定の電子設計自動化ソフトウェア、製造・先端パッケージングツール、特定の先端集積回路の設計・製造、スーパーコンピュータ、そして特定の量子情報技術(量子コンピュータの開発や重要部品の製造、特定の量子センシングプラットフォームの開発や製造、量子ネットワークまたは量子通信システム)、特定のAIシステム(特定の最終用途向け、または高計算能力で訓練されたもの)について、中国および香港への輸出を禁止または届け出対象としています 12。
この規制は、特に量子コンピューティングや高性能AIの開発・受託を行う企業にとって、米国製ハードウェアやソフトウェアの利用に制約が生じる大きなリスクとなります。受託開発において、顧客の要件やプロジェクトの性質に応じて最適な技術スタックを選択することが重要ですが、米国製技術が利用できない場合、選択肢が限定されます。特に、量子コンピューティングや高性能AI分野では、米国の技術が先行している部分も多いため、代替技術の選定や開発が必要となる可能性があります。また、規制対象となる部品やソフトウェアを組み込んだソリューションを開発する場合、サプライチェーン全体でのコンプライアンスが求められ、部品調達の複雑性や、将来的な規制強化のリスクを増大させます。さらに、米国規制の対象となる技術を求める顧客(特に中国本土の企業や政府関連機関)は、香港の受託開発企業がこれらの規制を遵守しているかを確認するようになるため、一部の顧客層との取引に影響を与える可能性も考慮する必要があります。この米国規制は、香港の先端技術受託開発企業にとって無視できないリスクであり、技術戦略、サプライチェーン管理、顧客戦略において慎重な検討と対応が求められます。
決済システムの制約
香港の決済システムには、事業運営上のいくつかの制約が存在します。具体的には、取引量の最大サイズに制限がある(平均月100万香港ドルを超えない傾向がある)こと、信用状形式の決済が利用できないこと、銀行保証やローンを受け取ることができないこと、そして小切手発行ができないことなどが挙げられます 52。また、香港の決済システムは国の預金保険制度に含まれていません 52。
これらの制約は、日々の事業運営、特に大規模プロジェクトや国際取引を行う受託開発企業にとって、実務上の課題となる可能性があります。月間の取引量制限は、大規模な受託開発プロジェクトの支払いを受け取る際にボトルネックとなる可能性があり、キャッシュフロー管理が複雑化したり、複数の決済手段を組み合わせる必要が生じたりするかもしれません。信用状形式の決済ができないことや銀行保証・ローンの受け取りができないことは、国際的な大企業との取引において、信頼性の確保や資金調達の選択肢を狭める可能性があります。また、預金保険制度に含まれないことは、企業の資金保全に対するリスク認識を高めるため、受託開発企業はこれらの制約を考慮した上で、適切な財務戦略やリスクヘッジ策を講じる必要があります。これらの決済システムの制約は、香港の効率的なビジネス環境の全体像の中で、特に金融取引の側面において、受託開発企業が注意すべき具体的な課題となります。
3.2. 日本における事業展開の課題
デジタル人材の不足と高コスト
日本は、AI、ブロックチェーン、量子コンピューティングといった先端技術分野において、慢性的なデジタル人材不足に直面しています 3。特にトップレベルの技術人材の確保は喫緊の課題であり、競争が激化しています。日本のIT人材の給与水準は上昇傾向にあるものの、先進国や中国・インドのトップIT人材を十分に獲得するのは難しいとされています 37。
一方で、日本国内でAIや量子コンピューティングのトップ人材を確保しようとすると、非常に高い給与を提示する必要があるのが現状です。例えば、AI分野で高い能力を持つ新卒者や30代のデジタル人材に対し、年収1,000万円以上、あるいは3,000万円~4,000万円といった高額な報酬を提示する例も出てきています 38。量子コンピューティング関連の求人でも、年収800万円~2,000万円程度のレンジが見られます 40。これは、特に創業期の受託開発企業にとって、人件費が大きな負担となり、経営を圧迫する可能性があります。日本政府は海外人材誘致や人材育成に努めていますが 22、依然として国際的な魅力において課題を抱えており、グローバルな視点を持つ受託開発企業が多様なスキルセットを持つ国際的なチームを構築する上で制約となる可能性があります。
レガシーシステムと組織文化の硬直性
日本のDX推進を阻害する大きな要因として、老朽化・肥大化・複雑化・ブラックボックス化したレガシーシステムの維持・依存が挙げられます 3。これらのシステムは、運用保守コストの増大、セキュリティリスクの高さ、最新技術との互換性の低さ、そしてIT人材確保の困難さといった深刻な課題を抱えています 3。受託開発企業が日本企業からプロジェクトを受託する際には、既存システムとの連携やデータ移行など、プロジェクトの複雑性を増し、開発期間やコストが増大する傾向があります。
さらに、日本企業の組織文化や意思決定プロセスも、DX推進の障壁となっています。年功序列の組織構造、部門間の連携が不足する縦割り組織、トップダウンの意思決定、そして失敗を恐れる文化といった特徴は、新しい技術や変革の導入に慎重になりがちです 4。経営層のDXに対する理解不足やコミット不足が、現場の反発を招き、全社的なDX推進が進まないケースも少なくありません 3。これらの構造的な課題は、新しい技術の受容を妨げ、結果として受託開発プロジェクトの円滑な進行を阻害する要因となり得ます。
これらの日本の構造的課題は、国内での事業展開を難しくする一方で、香港を拠点とする受託開発企業が、これらの課題解決を求める日本企業をターゲットとする大きなビジネス機会を生み出す可能性も秘めていると言えます。
4. 結論:香港での起業がもたらす戦略的優位性
AI、ブロックチェーン、量子コンピューティングといった先端技術の受託開発会社を設立するにあたり、日本と比較して香港が明確な戦略的優位性を持つことが、本分析を通じて明らかになりました。
香港は、AI規制における「実践的アプローチ」や、ソフトウェア著作権を含む知的財産に対する5%という画期的な「パテントボックス」税制優遇 16 により、革新的な技術開発と収益性の両面で企業に有利な環境を提供します。また、日本との租税協定により著作権譲渡における源泉徴収が不要となる点 17 は、日本市場をターゲットとする受託開発企業にとって大きな税務メリットとなります。
投資環境においても、香港政府はI&T分野に過去5年間で1,500億香港ドルを超える大規模な投資を行い、戦略分野への集中投資や包括的な助成金制度 11 を展開しています。活発なVC活動が初期・成長段階のスタートアップに集中していること 23 も、受託開発企業の成長を強力に後押しします。
人材面では、香港は世界トップクラスの大学群と国際的な人材プールを有し 27、高所得者やトップ大学卒業生を積極的に誘致する政策 32 を通じて、質の高い多様な技術人材を確保しやすい環境にあります。AIやブロックチェーン分野における給与水準は高いものの 33、その分、国際競争力のある優秀な人材を獲得できる可能性が高まります。
市場アクセスにおいては、香港が中国本土およびアジア太平洋地域への「戦略的ゲートウェイ」として機能する点は、受託開発企業にとって最大の魅力の一つです 23。大湾区との連携強化によるデータ・人材・資金の越境移動の円滑化 11 や、ITA、RCEPといった貿易協定 23 は、広大な市場へのアクセスとビジネス機会を創出します。国際企業の香港進出事例 45 は、香港がアジア展開の拠点として選ばれる理由を裏付けています。
効率的なビジネス環境とインフラも香港の強みです。簡素で低税率な税制、コモン・ローに基づく強固な法制度、そして世界トップクラスの通信・物流インフラ 23 は、事業運営の効率性を高め、ビジネスリスクを低減します。
一方で、米国による先端技術の輸出規制 13 や決済システムの制約 52 は、香港での事業運営における具体的な課題として認識し、技術戦略や財務戦略において慎重な検討が必要です。日本は国内市場の成長性や政府の支援策が見られるものの、デジタル人材不足の高コスト化 3、レガシーシステムへの依存、そして硬直的な組織文化 4 といった構造的課題が、受託開発企業の事業展開における障壁となり得ます。
総合的に判断すると、香港は先端技術の受託開発企業が国際的な競争力を確立し、持続的に成長するためのより有利な条件を多数提供します。特に、グローバル市場への展開と知的財産からの収益最大化を目指す企業にとって、香港は日本よりも戦略的に優れた選択肢であると言えるでしょう。
5. ブログ:香港での8年間(2017年〜2025年)の軌跡
香港での起業:未来を掴むための8年間
2017年、私たちは大きな決断を下しました。日本ではなく、香港でAI、ブロックチェーン、そして量子コンピューティングの受託開発会社を起業する、というものです。当時、周囲からは「なぜ香港?」という声も聞かれましたが、私たちはこの地が持つ無限の可能性を信じていました。そして、2025年を迎える今、あの時の選択がどれほど正しかったかを実感しています。
2017-2019年:黎明期の挑戦と土台作り
起業当初、香港のビジネス環境の効率性には目を見張るものがありました。会社の設立手続きは驚くほど迅速で、最小限の事務処理で完了しました 51。そして、何よりも魅力的だったのは、その税制のシンプルさと低さです。最初の200万香港ドルまでの課税所得には8.25%、それを超える分には16.5%という法人税率 23 は、日本のそれと比較しても圧倒的に有利で、スタートアップにとって大きな初期負担軽減となりました。
この時期、私たちはブロックチェーン技術に注力しました。香港金融管理局(HKMA)がステーブルコインの規制やカストディサービスのライセンス化に向けて動き出していることを知り、この分野での健全な成長と市場の成熟を予感しました 8。規制が明確化されることで、企業は安心して技術開発に投資できる。この「柔軟かつ適応的なアプローチ」 9 が、私たちのイノベーションを後押ししてくれました。
2020-2022年:成長の加速と国際的な広がり
パンデミックの時期も、香港の強固なデジタルインフラと国際的なつながりが、私たちの事業を支えました。安定した電力供給と世界トップクラスのブロードバンド普及率 23 は、リモートワークやグローバルな共同開発を円滑に進める上で不可欠でした。
この頃から、私たちはAI分野にも本格的に進出しました。香港政府がAI規制を製品安全法と位置付けず、独立した法制度としていたこと 5、そして香港の生成AIガイドラインが実践的アプローチ 6 を採用していたことが、新しいAIソリューションの開発を加速させました。透明性や説明責任を重視するガイドラインは、私たちが高品質で信頼性の高いAIシステムを構築する上での指針となりました 6。
そして、何よりも大きかったのは、中国本土市場へのアクセスです。香港は、中国本土への「戦略的ゲートウェイ」 26 として、私たちに巨大な市場とビジネス機会をもたらしました。中華人民共和国科学技術部(MOST)との連携 46 や大湾区(GBA)構想 23 の進展は、中国本土の大企業との協業を可能にし、私たちの受託開発の幅を大きく広げました。
2023-2025年:未来技術への深化と知的財産戦略の確立
2023年以降、私たちは量子コンピューティング分野への投資を本格化させました。香港科技大学(HKUST)のようなトップレベルの学術機関がAIと量子コンピューティングの融合研究 30 を進めていることは、私たちにとって大きな刺激となりました。香港の国際的な人材プールは、世界中から優秀な研究者やエンジニアを引きつけ、私たちのチームは多様なバックグラウンドを持つプロフェッショナルで構成されるようになりました。日本語を話せる現地人材も多く、日本企業との連携もスムーズでした 26。
そして、2024年7月に施行された「パテントボックス」税制優遇措置は、私たちの知的財産戦略に革命をもたらしました 16。ソフトウェア著作権から得られる利益に対する5%という優遇税率は、私たちの収益性を劇的に改善し、さらなる研究開発への再投資を可能にしました。日本企業への著作権譲渡時に源泉徴収が不要で消費税も課税対象外となる 17 ことは、日本市場でのビジネスを拡大する上での大きな追い風となりました。
もちろん、米国による先端技術の輸出規制 13 や決済システムの制約 52 といった課題もありました。しかし、私たちはこれらのリスクを認識し、技術スタックの多様化や複数の決済手段の活用といった対策を講じることで、事業の安定性を維持してきました。
香港での8年間は、挑戦と成長の連続でした。この国際都市のダイナミズムと政府の強力な支援、そして何よりも未来を見据えた規制環境とビジネスインフラが、私たちの会社を今日の姿へと導いてくれました。もしあの時、香港を選ぶという決断をしていなければ、これほどの成長は実現できなかったでしょう。私たちは、この地で未来のテクノロジーを創造し続けることに、大きな誇りを感じています。