はじめに
株式会社うるる 技術戦略部の松永です。
初のアドカレということで何を書こうか迷ったんです、が。
趣味のDTMのアレコレよりも、ちゃんと技術的な話をしたほうがよいだろうと思い、今回はアイトラッキングをテーマにお話しようと思います。
アイトラッキング is 何
突然ですが、「今見てるものは何?」って聞かれたら、どんな答えが浮かびますか?
「この記事を見てるに決まってるだろ!」という声が聞こえてきそうですね。
でも、ちょっと待ってください――視覚は本当にそれだけを捉えているのでしょうか?
実は、私たちが意識的に「見ている」と認識しているものはほんの一部に過ぎません。
たとえば、この記事を読んでいる今も、目の端にはスマホの隣に置いたコーヒーカップがぼんやり映っているかもしれません。
でも、それらに注目していない限り、「見ている」という自覚はありませんよね。
視覚は常に「意識的に見る」と「無意識に捉える」を同時にこなしています。そしてその間にも、周囲の景色や動き、さらには光や色の変化など、膨大な情報をキャッチして脳に送っています。
人間が得る知覚は80%以上が視覚である、という有名な話があります。
上から「味覚1.0%、触覚 1.5%、臭覚 3.5%、聴覚 11.0%、視覚 83.0%」と図示されている。
視覚情報の優位性について、インターネットでの情報によると80%程度が視覚から情報を得ているとある。 - レファレンス協同データベース
かなり前の研究結果なので、最近は否定されているらしい…という話は一旦置いておいて、
我々の体感としても、視覚は日常生活において重要な役割を果たしていると感じますよね。
本題に戻りまして。
アイトラッキングとは、「どこを見ているかを測定する技術」を指します。
専用のデバイスやカメラ等の入力装置(以下画像のような近赤外LEDとか)を使って、目の動きや視線がどの方向を向いているのかを記録します。
Apple Vision Proの“視線操作”を実現する「アイトラッキング」技術とは? - Mac Fan Portal
一昔前は、医療、認知科学、心理学等の研究領域で使われることの多かった技術ですが、2010年代後半頃から現在にかけて、「Meta Quest Pro」、「PSVR2」、「Apple Vision」等のVRデバイスへの導入が進められ、比較的身近な技術になりました。
iPhoneをお持ちの方であれば、iOS18で実装された「視線トラッキング機能」を通じてアイトラッキングを体験できますので、ぜひ試してみてください。
初めて体験する方は結構驚くと思います!
目の動きでiPhoneを制御する - Apple サポート (日本)
アイトラッキングの種類
アイトラッキングは大別して以下の2種類に分けられます。
スクリーンベース
画面上のどこを見ているかがわかる。PCモニターに専用デバイスを取り付けたり、ラップトップやスマホ等に内蔵されたカメラを使う。
ウェアラブル
リアルな環境での視線がわかる。メガネ型の専用デバイスを身に付ける。
デザインのA/BテストやWebアプリのユーザビリティテスト等ではスクリーンベース、小売の棚割りの店頭調査等ではウェアラブルが採用されます。
取得できるデータ
メーカーや製品グレードにより様々ですが、例えばトテモトテモタカイで有名なVarjo社のXR-4では、最大200Hz(つまり5ミリ秒に1回)で、以下のようなデータが取得できます。
- 目の位置座標(Unityでいえばワールド座標系に従う)
- 視線の単位ベクトル
- まぶたの開口率
- 瞳孔の大きさ
- 虹彩の大きさ
開発者はこれらのデータから、UnityであればPhysics.SphereCast()等の物理エンジンを使って衝突判定が実装できるわけです。
//視線データの取得
gazeData = VarjoEyeTracking.GetGaze();
//視線の方向と注視点の計算
rayOrigin = xrCamera.transform.TransformPoint(gazeData.gaze.origin);
direction = xrCamera.transform.TransformDirection(gazeData.gaze.forward);
fixationPointTransform.position = rayOrigin + direction * gazeData.focusDistance;
//オブジェクトとの衝突判定を設定(gazeTargetは視線オブジェクト)
if (Physics.SphereCast(rayOrigin, gazeRadius, direction, out hit))
{
gazeTarget.transform.position = hit.point - direction * targetOffset;
gazeTarget.transform.LookAt(rayOrigin, Vector3.up);
gazeTarget.transform.localScale = Vector3.one * hit.distance;
}
可視化の種類
アイトラッキングで得られたデータを分かりやすく可視化する手法として、以下の2つがあります。
ヒートマップ
見られた回数や時間に応じて、色温度で表現する。
ゲイズプロット
視線の移動と滞在時間を時系列で追えるよう、正円と線(通称ヒゲ)で表現する。
何がいいの?
ここまで読んでくれた方。薄々思っていますよね。「で、結局何がいいの?」と。
結論から言うと、
視線という変数が加わることで、これまでにないインサイトが得られるようになります。
具体例として、
- 購入ボタンを右上に配置した場合
- 購入ボタンを右下に配置した場合
のA/Bテストを考えてみましょう。
従来のA/Bテスト手法
従来のA/Bテストでは、ユーザーの行動データ(クリック数、滞在時間など)を基に、どちらのデザインが効果的かを比較します。その結果、以下のようなデータが得られたとします。
項目 | 右上に配置 | 右下に配置 |
---|---|---|
滞在時間 | 5.0s | 4.0s |
通常であれば、「右下のほうが1.0秒も早いので、右上のデザインよりも右下のデザインが優れている」と結論付けるでしょう。(統計的な表現には一旦目を瞑ってください、アイトラッキングだけに)
しかし、ここで重要な課題が浮かび上がります。
結果はわかるが、原因がわからない。
滞在時間の違いは示されているものの、「なぜその違いが生まれたのか」については明確な根拠がなく、推測に頼るしかありません。このデータだけでは、「右下のボタンが目に入りやすかった」「よく使っている通販サイトでは右下にあった」など、いくつかの可能性を考えることはできますが、実際のユーザー体験を正確に理解することは難しいのです。
アイトラッキング手法による洞察
ここでアイトラッキングを活用すると、視線データを用いて「なぜその結果が生まれたのか」の解像度を高くできます。たとえば、上と同じケースで、アイトラッキングでは以下のようなデータが得られたとします。
- 被験者は、画面を開いた直後に最初の視線を左下に向けていた。
- その後、左下から最も近い位置にあった右下の購入ボタンに視線が移動し、クリックに至った。結果4.0秒だった。
- 右上配置のボタンには視線が到達するまでに複数の中間ステップがあり、発見までに時間がかかっていた。結果5.0秒だった。
このデータからわかるのは、「右下のボタンが右上のボタンより優れている」のではなく、
「左下にどれだけ近いか」という相対的な位置関係が結果に影響を与えていたという点です。
また、今回得られたデータからは、ボタンを左下に配置することで、よりスムーズな体験を提供できた可能性も考慮できるようになるでしょう。
このケースは、ヤコブ・ニールセン博士が従来より指摘しているA/Bテストの問題点ではあるものの、アイトラッキングを用いることで新しいインサイトを得られた、という点は疑いようがありません。
No Behavioral Insights
The biggest problem with A/B testing is that you don't know why you get the measured results. You're not observing the users or listening in on their thoughts. All you know is that, statistically, more people performed a certain action with design A than with design B. Sure, this supports the launch of design A, but it doesn't help you move ahead with other design decisions.
Putting A/B Testing in Its Place
似たような話として、Zの法則が自販機において否定された調査が有名です。
そこでダイドーは、スウェーデンのトビー・テクノロジー社が開発した人間の視線を追いかけることができるアイトラッキング(眼球追跡)の装置を使って分析したところ、その結果に誰もが驚いた。
自販機の一等地は、「左上」ではなかったのだ。
(中略)
そこで、ダイドーはその分析結果を受けて、2013年春に缶コーヒーを「左下」に置くと、売り上げが数十%もアップした。
「自販機は左上が売れる」は嘘。業界の慣習を覆したダイドーの分析力 - まぐまぐニュース!
※念の為補足しておくと、アイトラッキングにも弱点はあります。
視線データだけでは、なぜそこを見たのか?は、推測の域を出ません。
とはいえ、先ほどの例で言うなら、「左下」という新しい選択肢を得られたのは洞察と言えますし、「左上を見なかった」 という、データに基づく事実が得られた点も、かなり大きいです。
最後に
いかがでしたか? (死語)
アイトラッキング技術もだいぶコモディティ化してきており、個人でも買えるような価格帯の製品が登場していますので、気になる方はぜひ購入して使ってみてください!
明日の うるる (ULURU) Advent Calendarは、@t_koga22さんの記事です。お楽しみに〜〜