クラウド・コンピューティング
クラウド・コンピューティングとは
クラウド・コンピューティングとは、「コンピュータの機能や性能を共同利用するための仕組み」で、「クラウド」と略されることもある。例えば、大手クラウド企業者の1つでもあるAmazonの子会社、Amazon Web Service(AWS)は、数百万台ものサーバ・コンピュータを所有しているといわれている。日本全国で所有しているサーバは約250万台程度なので、その規模がどれほど大きいかがわかる。
AWSはこれらサーバを3年間の償却期間で入れ替えているといわれ、AWS1社で、100万台を優に超える台数を毎年購入している計算になる。世界で年間に出荷されるサーバの台数は約1000万台、日本国内では約50万台であることを考えると、その膨大さは桁違いだ。
クラウドの特徴
これだけの規模なので、AWSは既製品のサーバを使わず、自社のサービスに合わせた特注のサーバを自前で設計し、台湾などの希望に製造委託している。またサーバの中核となるCPUも、大手半導体メーカのIntelから独自仕様で大量発注している。ネットワーク機器やその他の設備も同様に、自社のクラウドサービスに最適化された使用で開発・製造し、使用している。
機器や設備を体調に購入することで購入単価は下がり、それらの運用管理は高度に自動化されている。このように、「規模の経済」をうまく活かして設備投資を低く抑え、運用管理の効率化を徹底することで、利用者は安い料金でコンピュータを利用できるようになった。AWS以外にも、Microsoft、Google、IBM、Alibabaなどが同様のサービスを提供している。
クラウドがなかった時代は、コンピュータを利用するためには、ハードウェアやソフトウェアを購入し、自ら運用・管理しなければならなかった。しかし今は、クラウドの登場によりサービスとして使えるようになった。利用者は初期投資を必要とせず、使った分だけ利用料金を払えばすぐにでも利用できる。例えていえば、飲み水を手に入れるために、各家の庭に井戸を掘りポンプを設置しなければならなかった時代から、水道を引けば蛇口をひねるだけで手に入るようになったことと同じ。また使った分だけ払う「従量課金」なので、無駄がない。
このように、クラウドはコンピュータの使い方の常識を根本的に変えてしまった。
クラウド・コンピューティングの出現
「クラウド・コンピューティング」という言葉が最初に使われたのは2006年、当時GoogleのCEOだったエリック・シュミットの次のスピーチだといわれている。
「データもプログラムも、サーバ群の上に置いておこう。そういったものは、どこか“雲(クラウド)”の中にあればいい。必要なのはブラウザとインターネットへのアクセス。パソコン、マック、携帯電話、ブラックベリー(当時のスマートフォン)、とにかく手元にあるどんな端末からでも使える。データもデータ処理も、その他あれやこれもみんなサーバに、だ。」
“雲(クラウド)”とは、インターネットのことです。当時インターネットやネットワークを表現する模式図として、雲の絵がよくつ革手ていたことから。彼の発言を整理してみると、次のようになる。
インターネットにつながるデータセンターにシステムを配置し
インターネットとブラウザが使える様々なデバイスから
情報システムの様々な機能や性能をサービスとして使える仕組み
ここでいう「情報システムの様々な機能や性能」とは、次のこと。
アプリケーション:業務の効率化や利便性を高めるために作られた業務個別のソフトウェア
プラットフォーム:さまざまなアプリケーションで共用されるデータ管理のための仕組み(データベース)や稼働状況の監視、安定稼働を維持するための運用管理などのソフトウェア、またそれらを使ったアプリケーションを容易に開発できるツール、開発したアプリケーションを実行させる仕組み
インフラストラクチャ:業務を処理するための計算装置、データを保管するための記憶装置、通信のためのネットワーク機器や通信回線、それらを設置し運用するための施設や設備
企業とクラウド
自社で所有するシステムとクラウドとの接続は、誰もが共用しているインターネットだけではない。セキュリティが守られた企業専用のネットワークを介して接続するサービスもあり、企業の利用が拡大している。
また使用するアプリケーションについても、オフィスツールや電子メール、ファイル共有などの独自性を求められることの少ないシステムに加え、安心、安全が高度に求められる基幹業務システムや銀行システムといった、ミッションクリティカル(24時間365日、傷害や誤作動などで止まることが許されない)なものに使われるようになっている。さらに、IoTやAIなどの先端テクノロジーに関わるサービスもクラウドが先行していてサービスを提供し、ITの高度な利用を牽引している。
世界とクラウド
2018年に日本政府は、政府機関の情報システムはクラウド・サービスの採用を優先するとの方針(クラウド・バイ・デフォルト原則)を決定している。また、米国ではCIA(中央情報局)が、自分たちのシステムをAWSに移管して運用している。DOD(国防総省)も、Microsoft Azureの採用を決定している。高度な機密性や可用性、信頼性が要求される政府機関も、クラウドを利用する時代となった。
ビジネスの不確実性が高まり、資産を持つことが経営リスクとして認知されるようになった今、変化に俊敏に対応することが経営課題として強く意識されるようになった。そのためには、ITを積極的に活用しなければならない。一方で、セキュリティに関わる驚異の高度化や多様性に対処することが、企業にとっては大きな負担となっている。
この状況に対処するには、自らは資産を持つことなく、コンピューティング資源を必要な時に必要なだけ使用でき、セキュリティ対策を高度な専門家集団に任せられるクラウドを使用し党との気運が高まっている。
クラウドは、コスト削減のためばかりではなく、AIやIoTなどの先端テクノロジーをいち早く活用し、事業の競争優位を実現しようという戦略的なIT活用の目的でも、利用が拡大している。
「自家発電モデル」から「発電所モデル」へ
自家発電モデル
電気が日常で使われるようになった当初、その目的は「電灯」を灯すことにあった。発電や送電の設備は、それに見合う程度の能力しかなく、工業生産でモーターを数多く動かす用途で使用するには、十分なものではなかった。そのため19世紀の終わりから20世紀始めにかけて、電力が工業生産に用いられるようになった頃は、電力の安定確保のために、自家発電設備を持つことが必要だった。
しかし発電機は高価なうえ、保守・運用も自分たちで賄わなくてはならない。また、発電機の能力には限界があり、急な増産や需要の変動に臨機応変に対応できなかった。
「発電所モデル」
この課題を解決するために、電力会社は発電や送電の能力を高め、工業生産にも使える高出力で安定した電力を供給できるようにした。この結果、効率も上がって料金も下がった。また、共用によって、1つの向上に大きな電力供給の変動があっても、全体で相殺され、必要な電力を需要の変動に応じて安定して確保できるようになった。こうして、自前で発電設備を持つ必要がなくなった。
ITに置き換えてみよう
これをITに置き換えてみれば、何が起こっているのか想像化つくだろう。
発電所はコンピュータ資源、すなわち「計算を行うCPU」「データを保管するストレージ」「通信を制御するネットワーク機器」「それらを設置するデータセンター」「これを支える電力や冷却などの設備」だ。送電網は、インターネットや企業独自のネットワーク。需要の変動に対しても能力の上限が決まっている自社共有のシステムと異なり、柔軟に対応することができる。また、電力と同様に利用した分だけ支払う従量課金なので、大きな初期投資は不要。
電気を使う時、コンセントにプラグを差し込むように、ネットワークに接続すれば、システム資源を必要な時に必要なだけ手に入れられるクラウド・コンピューティングは、ITの機能や性能を「所有」することから「使用」することへの転換を促している。
クラウドはシステム資源のECサイト
情報システムを自社資産として「所有」することから、外部サービスとして「使用」する形態に移行すると、システム資源の調達や、変更が簡単に行えるようになる。例えば、クラウド以前の「所有」の時代は、次のような多くの手順を踏まなくては、調達や変更ができなかった。
クラウド以前の手順
リリース期間に合わせ将来の需要を予測してサイジング(必要な容量や能力を見積る)
ITベンダーにシステム構成の提案を求め見積を依頼し価格交渉
稟議書を作成して承認と決済の手続き
ITベンダーに発注
ITベンダーがメーカーに調達を依頼
調達した機器をキッティング(機器を収めるラックへの取り付け作業)
ユーザー企業に備え付け、ソフトウェアの導入や設定
こんな手順を踏んで、やっと使えるようになるまでには、数週間から数か月かかるのが当たり前だった。一方クラウドであれば、実に簡単だ。
クラウドでの手順
直近で必要な使用量を考えてサイジング
Webに表示されるメニュー画面からシステム構成を選択
メニューからセキュリティやバックアップなど運用について設定
あっという間にできてしまう。使用量が増えたり運用の要件が変わるなど変更があれば、その都度メニュー画面で設定できるので、予測できない未来を推測してシステムを調達する必要がなくなる。またシステム負荷の変動に応じて、自動でシステム資源の変更を行ってくれる機能も備わっている。
料金は電気代のように使用量に応じて支払うので、必要がなくなればいつでも辞められ、投資リスクを抑えることができる。
「必要な時に必要なだけシステムの能力や性能を調達するためのシステム資源のECサイト」
クラウドとは、そんな仕組みといえるかもしれない。
クラウドならではの費用対効果の考え方
従来の場合
システム機器の性能は、年々向上する。しかし、従来の「所有」を前提としたシステムは、資産として償却しなければならず、その間は新しいものに置き換えられないために、性能向上の恩恵を受けられなかった。
これはソフトウェアも同じで、ライセンス資産として保有してしまうと、より機能の優れたものが登場しても簡単に置き換えることができない。また古い製品では、バージョンアップの制約や新たな脅威に対するセキュリティ対策、サポートにも問題をきたす場合がある。
クラウドの場合
一方、クラウドは多くの利用者との共用が前提。クラウド事業者は自社のサービスに合わせ、無駄な機能や部材を極力そぎ落とした、特注使用の機器を大量に発注し、低価格で購入している。さらに徹底した自動化により、人件費を減らしている。また継続的に最新機器を追加購入し、順次古いものと入れ替え、コストパフォーマンスの継続的改善を行っている。これと並行して、最新のテクノロジーを次々に投入し、サービスの充実を図るとともに、新しいコンピューティングの在り方を提案し続けている。
例えば、世界最大のクラウド事業者であるAWS(Amazon Web Service)は、2006年のサービス開始以降、50回を超える値下げを繰り返し、サービスメニューの充実も図ってきた。見方を変えれば、使える予算が同じであれば数年後には何倍もの性能を利用できる。また、AIやIoTなど、最新のテクノロジーを容易に使える環境を提供してくれている。
クラウドに切り替えに伴うデメリットと対策
もちろんすでに所有しているシステムをクラウドに置き換えるには、コストがかかる。また、それまでの使い方をそのまま踏襲しクラウドに移行しても、クラウド固有の優れた機能や様々なメリットが享受できないばかりか、パフォーマンスの劣化、利用料金の高止まり、セキュリティ要件の不適合、運用管理方法の変更や新たな運用負担など、むしろデメリットが大きくなる可能性がある。
こうならないためには、クラウドの特性や機能、サービスを正しく理解し、クラウドのメリットを最大限に引き出せるシステム構成や使い方へ移行することが必要だ。いったんうまく移行できれば、費用対効果の改善を長期的かつ継続的に享受できるのだ。
クラウドが生み出すパラダイム・シフト
システム資源の価格破壊
クラウドは、システム資源の価格破壊をもたらした。先に紹介したAWSは、2006年のサービス開始以来、50回以上も一貫して値下げを繰り返しているが、これに追従するように、MicrosoftやGoogleも値下げを繰り返し、熾烈な価格競争を展開している。コンピュータ機器の販売ビジネスでは、到底まねのできない価格競争だ。
「失敗のコスト」の低減
クラウドが登場したことで、システムを利用するための設備投資は不要となり、設置するための施設を自前で用意する必要がなくなった。さらに、使った分だけ支払う従量課金型のサービスなので、ユーザー企業は必要に応じてシステム資源を調達でき、少ない運用管理負担で利用できるようになった。
かつて、情報システムを使用するには、機器を購入し運用管理の専門家を雇わなくてはならず、それなりの初期投資を覚悟しなければならなかった。クラウドはこの常識を覆し、これまでのIT利用に二の足を踏んでいた業務領域や、新規事業への適用が広がりつつある。見方を変えれば、「失敗のコスト」が大きく低減し、容易にチャレンジできるようになった。
「失敗のコスト」が下がれば、チャレンジが促される。多くの失敗の積み上げの先にイノベーションは生み出される。クラウドは、そんなイノベーションにも貢献しているといえるだろう。
IT利用者の拡大
また、行動なシステム機能を一から作らなくてもクラウド・サービスで提供される機能やサービスを組み合わせることで、新たなサービスを作れる時代になり、システム開発や運用管理の難しさは軽減され、IT利用者の裾野を広げることにもつながっている。
これに伴い、ビジネスや日常におけるITの適用範囲は広がり、生み出される価値は向上していく。ITはビジネスとの一体化が進み、ITを前提とした新しいビジネス・モデルが、既存業界の既得権益を破壊するまでになっている。同時にITは、その存在自身を利用者に気付かせないほどに日常や環境に溶け込み、私たちは知らず知らずのうちに、ITの恩恵を受けている。
クラウドは、そんな社会の実現にも大きくかかわっているのだ。
歴史的背景から考えるクラウドへの期待
クラウドが注目を浴びるに至った理由について、歴史を振り返りながら見ていく。
始まりはUNIVAC I
米 Remington Rand社(現 Unisys社)が、世界で最初に商用コンピュータのUNIVAC I(ユニバック・ワン)を世に生み出したのは1951年でした。それ以前は、軍事や大学の研究利用がほとんどで、ビジネスに使われることはほぼなかった。UNIVAC Iの登場は、この常識を変えるきっかけとなり、当時コンピュータといえば、UNIVACといわれるほど、多くの企業で使われるようになった。
当時のコンピュータが抱える問題
UNIVAC Iの成功をきっかけに、各社商用コンピュータを製造、販売するようになった。しかし当時のコンピュータは、業務目的に応じて専用のコンピュータが必要だった。そのため、様々な業務を抱える企業は、業務ごとにコンピュータを購入しなければならかった。またその費用ばかりではなく、コンピュータごとに使われている技術が違ったので、異なる技術を習得しなければいけなかった。また、いまとはちがい、プログラムで接続できる機器類もコンピュータごとに固有のものだったため、運用管理の負担も重くのしかかっていた。
コンピュータ・メーカーにしても、いろいろな種類のコンピュータを開発、製造しなければならず、その負担は大きなものだった。
IBM System/360の登場
1964年、そんな常識を変えるコンピュータをIBMが発表した。System/360(S/360)だ。全方位360度、どんな業務でもこれ1台でこなせる「汎用機」、今でいう「メインフレーム」が登場した。
S/360は、商用だけではなく科学技術計算にも対応するため、浮動小数点計算もできるようになっていた。さらに技術仕様を標準化し、「System/360 アーキテクチャ」も公開した。
「アーキテクチャ」とは、「設計思想」あるいは「方式」という意味だ。この「アーキテクチャ」が同じであれば、規模の大小に関わらずプログラムやデータの互換性が保証されるばかりではなく、そこに接続される機器類も、同じものを使うことができるようになった。
この「アーキテクチャ」により、IBMは様々な規模や価格の製品を、互換性を保ちながら提供できたのだ。これにより、企業規模や業務目的が違っても、同じ「アーキテクチャ」の製品を使うことで、利用するためのノウハウがそのまま使え、利用する側の利便性も高まり、提供する側も開発コストを抑えられるようになった。
「アーキテクチャ」が公開されたことにより、IBM以外の企業がS/360上で動くプログラムを開発できるようになる。IBMに接続可能な機器の開発も、容易になった。その結果、S/360の周辺に多くの関連ビジネスが生まれた。
いまでこそ、「オープン」が当たり前の時代だが、当時はノウハウである技術仕様を公開することは、普通ではなかった。しかし、「アーキテクチャ」をオープンにすることで、S/360の周辺に多くのビジネスが生まれ、エコシステム(生態系)を形成するに至り、IBMのコンピュータは業界の標準として市場を席巻することになったのだ。
このような時代、我が国の通産省(現・経済産業省)は、国産コンピュータ・メーカーを保護するため、国策としてS/360の後継であるS/370の「アーキテクチャ」と互換性のあるコンピュータの開発を支援し、1974年には富士通がFACOM M190の販売を開始した。
VAX11の成功と小型コンピュータの登場
IBMが絶対的な地位を維持していた1977年、DEC社(現 HP社)がVAX11/780というコンピュータを発表した。このコンピュータは、IBMのコンピュータに比べ処理性能当たりの単価が大幅に安く、DEC社はIBMに次ぐ業界二位の地位にまで上り詰めてったのだ。
1980年代、他にも多くの小型コンピュータが出現した。それがオフィス・コンピュータ(オフコン)、ミニ・コンピュータ(ミニコン)、エンジニアリング・ワークステーションと呼ばれるコンピュータだ。高価なメインフレームに頼っていた当時、「そこまで高性能、高性能で半句手もいいので、もっと安くて、手軽に使えるコンピュータが欲しい」という需要に応え、広く普及していった。
その後、これら小型コンピュータの性能も向上し、メインフレームで行っていたことを置き換えられるようになった。また、新しい業務をこれらの小型コンピュータで開発したり、市販のパッケージ・ソフトウェアを利用するようになった。このようなムーブメントは、「ダウンサイジング」と呼ばれていた。
また時を前後して、パーソナル・コンピュータ(PC)も登場した。アップル、ダンディ・ラジオジャック、コモドールといったいわゆるPC御三家が、その名の通り、個人が趣味で使うコンピュータを世に出す。それらはやがて、表計算や文章作成などのオフィス業務でも使われるようになる。ビジネス・コンピュータの雄であるIBMもこの市場に参入すべく、1981年にPersonal Computer model 5150(通称 IBM PC)を発表し、ビジネスでのPC利用が一気に加速した。
IBM互換性PCの誕生
さまざまな小型コンピュータの出現は、技術標準の乱立を招き、混乱が起こった。この事態を大きく変えるきっかけとなったのが、IBM PC。IBMのブランド力によりPCへの信頼が高まり、ビジネスでの利用が広がったことで、さらに互換機の出現によりコストが大きく下がったことが理由だ。
PCでは後発だったIBMは、市場への投入を急ぐために市販の部品を使い、技術を公開して、他社に周辺機器やアプリケーションを作ってもらう戦略を採用した。具体的には、コンピュータの中核であるプロセッサ(CPU)をIntel社から、またオペレーティングシステム(OS)をMicrosoft社から調達したのだ。
一方でIntel社は独自のCPUの技術仕様を「インテル・アーキテクチャ(Intel Architecture:IA)」として公開、CPUだけではなく、コンピュータを構成するために必要な周辺の半導体チップや、それらを搭載するプリント基板であるマザーボードなどをセットで提供し始めた。さらにMicrosoft社も独自に、Intel製品の上で動作するOSを販売するようになった。
その結果、IBM以外の企業でもIBM PCと同じ動作をするPCを製造できるようになったのだ。これが、IBM PC互換機の誕生だ。価格が安く本家のIBM PCと同じ周辺機器が使え、同じアプリケーションが動作するIBM PC互換機は広く支持され、ユーザーを増やしていく。
IBM PC互換機メーカーは増加し、価格競争も熾烈を極めた。こうしてIBM PC互換機は市場を席巻し、現在のWindows PCへとつながっていく。
Wintelの隆盛とTCAの低下
皮肉なことに、互換機に市場を奪われたIBM自身のPC事業の利用率は悪化した。その結果IBMは、PC事業を売却してしまった。
そんなPC市場の拡大で、Intelはより高性能なCPUを開発し、Microsoftは個人使用を前提としたOSだけではなく、複数ユーザー同時使用を前提としたサーバOSを開発、コンピュータ市場はMicrosoftのOSであるWindowsと、Intel CPUとの組み合わせが市場を席巻し、Wintel(ウィンテル)時代が始まった。
それまで乱立していたアーキテクチャはWintelに集約し、さらなる技術の進化と大量生産によって、コンピュータの調達に必要なコスト(Total Cost of Acquisition:TCA)は、大幅に下がった。1990年代の半ば頃になると、PCは1人1台、1社でメインフレームや多数のサーバ・コンピュータを所有する時代を迎えたのだ。
TCOの上昇とクラウド登場
コンピュータの価格の低下と共に、コンピュータは、1つの企業に大量に導入されるようになった。その結果、「コンピュータを置くための設備やスペース」「ソフトウェアの導入やバージョンアップ」「トラブル対応」「ネットワークの接続」「バックアップ」「セキュリティ対策」まど、所有することに伴う維持や管理のコスト(Total Cost of Ownership:TCO)が大幅に上昇した。その金額は今では、IT予算の6~8割に達するまでになってしまった。この事態に対処しなければならない。そんなニーズの高まりの中、クラウドが登場したのだ。
クラウドがもたらす本質的な変化
クラウドがもたらす変化は、システム資源を調達する手段が変わることだけではない。もっと本質的は変化が起こっている。
スマートフォンやウェアラブルなどのスマート・デバイス、コンピュータや通信機能が組み込まれたモノは、常時接続が当たり前となり、24時間365日、ユーザーの活動データや現実世界の「ものごと」や「できごと」をデータとして収集し、リアルタイムでクラウドに送り出している。
クラウドはこれらのデータを使って、様々なサービスを私たちに提供してくれる。例えば、自動車に組み込まれたセンサーやGPSは、自動運転機能や道路に設置されたセンサーと連係し、「渋滞の回避」「燃費の向上や時間短縮」「事故の低減」などに効果を上げつつある。他にも、住宅設備や家電製品と組み合わせれば、省エネや快適な生活に役立つ。さらには、身体に密着させるウェアラブル・デバイスは、身体の活動量や生体情報を収集し、予防診断や食生活のアドバイスなど健康偉人に貢献してくれる。
また、ソーシャルメディアは、私たちが考えたり感じたりしたことをデータに置き換える役割を担い、生活のパターンや行動特性、興味や関心、趣味嗜好に関わる情報をクラウドに蓄積し、それに合わせた情報や広告を提供してくれる。現実世界のモノやコト(個人の行動や生活的な活動)の情報とクラウドが、さまざまな「つながり」を持ち、一体になって機能するビジネスや生活の新しい基盤が築かれたのだ。
これにより「フィジカルデジタル」、あるいは「オフラインとオンライン」の境界はあいまいとなり、むしろ融合し1つの仕組みとなって機能する社会へと、大きく変容したといえる。
このような常識の大転換、すなわちパラダイム・シフトが、クラウドのもたらす本質的変化といえるだろう。
情報システムの現状から考えるクラウドへの期待
業務効率化を高めるために、あるいは成長や競争力を維持するために、ITは不可欠な存在。一方で、その利用範囲が広がり重要性が高まるほどに、災害やセキュリティ対応への負担も増大する。またIoTやAIといった新しいテクノロジーへの対応も、業務の現場から求められている。
こんなIT需要の高まりとは裏腹に、企業内のITに責任を持つ情報システム部門は、大きな問題を抱えている。
TCOの上昇とIT予算の頭打ち
その1つが、TCOの増大だ。すでに所有しているシステムの維持・運用管理、トラブル対応、保守といったコストで、IT部門の予算のおよそ6~8割を占めているといわれている。
また、設備やソフトウェアにこれまで投じたIT資産の総額がIT予算の「枠」となり、その減価償却分、つまり5年償却として資産総額の20%が、実質的に使える予算の上限となっている。それを超えることは許させないといった暗黙の了解があり、しかも、削減の圧力が常にかかり続けており、これにも対応しなくてはならない。業務や経営の新たな要請に応えたくても、TCOにお金がかかり過ぎてできない。しかもIT予算が、大きく増える見込みもない。そんな2つの問題を情報システム部門は抱えている。
「所有」ではなく「使用」という選択肢
ならば「所有」することを辞め、情報システムの管理や運用をしなければIoTは各減できる。また、クラウドで提供されているプラットフォームやアプリケーションを使えば、開発工数は削減され、場合によっては開発さえも不要だ。運用管理負担を低減し、アプリケーションを直ちに現場に提供できるクラウドへの期待はそんなところにあるともいえるだろう。
もちろん単純には、「TCO削減 = クラウド利用」にはならないことにも注意が必要。クラウドならではの料金体系やシステム設計の考え方、運用の仕組みなどを考慮しなければならない。そんな考慮を怠ると、むしろ割高になったり、新たな課題を抱え込むことにもなる。ただ、これまで「所有」しか選択肢がなかった情報システムに、「使用」という新たな選択肢が与えられたことは確かだろう。
クラウドの起源と定義
クラウドの起源
「クラウド・コンピューティング」という言葉は、2006年、当時GoogleのCEOを務めていたエリック・シュミットのスピーチがきっかけでした。
新しい言葉が大好きなIT業界は、時代の変化や自分たちの先進性を宣伝し、自社製品やサービスを売り込むためのキャッチコピーとして、この言葉を盛んに使うようになった。そのため各社各種の定義が生まれ、市場に様々な誤解や混乱を生み出してしまったのだ。
クラウドの定義
2009年、こんな混乱に終止符を打ち、業界の健全な発展を促すため、米国の国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology:NIST)が、「クラウドの定義」を発表した。この定義は、特定の技術や企画を意味するものではなく、考え方の枠組みとして捉えておくといいだろう。ここには、次のような記述がある。
「クラウド・コンピューティングとは、ネットワーク、サーバ、ストレージ、アプリケーション、サービスなどの構成可能なコンピューティングリソースの共用プールに対して、便利かつオンデマンドにアクセスでき、最小の管理労力またはサービスプロバイダ間の相互動作によって迅速に提供され利用できるという。モデルの1つである。」
さらにさまざまなクラウドの利用形態を、「サービス・モデル(Service Model)」と「配置モデル(Deployment Model)」に分類、またクラウドに備わっていなくてはならない「5つの必須の特徴」を上げていく。
この定義が唯一のものではなく、クラウドの普及が新たなテクノロジーの登場とともに新たな解釈も生まれている。しかし、クラウド・コンピューティングの基本的枠組みとして、今も広く使われており、ここで提案された整理の枠組みを理解しておくといいだろう。
クラウドの定義:サービス・モデル
クラウドをサービスの違いによって分類する考え方が「サービス・モデル(Service Model)」。
Saas(Software as a Service)
電子メールやスケジュール管理、文章管理や表計算、財務会計を販売管理などのアプリケーションを提供するサービス。ユーザーは、アプリケーションを動かすためのハードウェアやOSなどの知識がなくても、アプリケーションの設定や機能を理解していれば使うことができる。
例:Salesforce.com , G-Suite , Microsoft office 365
PasS(Platform as a Service)
アプリケーション開発、アプリケーションを実行するために必要な機能を提供するサービス。OS、データベース、開発ツール、実行時に必要なライブラリや実行管理機能などを提供する。
例:Microsoft Azuru , Force.com , Google App Engine , Cyboze kintone
IaaS(Infrastructure as a Service)
サーバ、ストレージなどのハードウェアの機能や性能を提供するサービス。「所有」するシステムであれば、その都度ベンダーと交渉し、手続きや備え付けや導入作業をしなければならない。しかし、Iaasであれば、メニュー画面から設定するだけで使うことができる。また、ストレージ容量やサーバ数は、必要に応じて設定するだけで増減できる。ルーターやファイアウォールなどの、ネットワークの機能やその接続も、同様に設定するだけで構築できる。
例:Amazon EC2 , Google Compute Engine , Microsoft Azure Iaas , IBM Cloud Iaas
多様化するクラウド・サービスの区分
2009年に発表されたNISTの「クラウド定義」では、サービス・モデルはSasS、PaaS、Iaasに区分されている。その大枠の考え方は今も使われて続けているが、テクノロジーの発展とクラウドの普及と共に、この区分が厳密にはそのまま適用できなくなってきていることも確かだ。
例えば、IaaSは当初「仮想サーバ」を提供するサービスと位置付けられていたが、昨今では、「物理サーバ」を提供する「ベアメタル」というサービスも登場している。「ベアメダル」とは「地金」という意味で、OSやソフトウェアなどがインストールされていない、まっさらな物理サーバを意味する言葉だ。
本来IaaSは、仮想化により、低コストかつスケーラビリティのメリットを享受できるものだったが、一方で入出力の処理性能に劣るという特徴もあった。これを解決しようというのがベアメタルだ。
例えば、Webからのアクセスを処理するフロントエンドのWebサーバは、拡張性の高い従来の仮想サーバを使用し、入出力の処理性能が求められるバックエンドのデータベース・サーバは、ベアメタルの物理サーバを組み合せて使うといった用途だ。
また、「コンテナ管理」の機能を提供し、その管理や運用も含めてクラウド事業者が行う「Cass(Container as a Service)」や、コンテナで作られたアプリケーションの機能部品(サービス)を連携させ、実行管理をしてくれる「FaaS(Function as a Service)」も登場している。
Fassは、アプリケーションの実行に必要なサーバのセットアップと管理を気にせず開発・実行できる「サーバレス」という仕組みを利用できるサービスだ。本来であれば、必要となるインフラの構築や運用はクラウド事業者に任せ、ユーザー企業はアプリケーション開発にリソースを集中できるようになる。
クラウド・サービスは、様々なユーザーのニーズを取り込みながら、これからもサービスの多様化が図られていくだろう。
クラウドの定義:配置モデル
クラウド・サービスを、システムの設置場所の違いによって分類しようという考え方が、「配置モデル(Deployment Model)」だ。
パブリック・クラウドとプライベート・クラウド
複数のユーザー企業が、インターネットを介して共用するものが「パブリック・クラウド」。もともとクラウド・コンピューティングは、パブリック・クラウドを説明するものだった。しかし、「パブリック・クラウドの利便性は享受したいが、他ユーザーと共同で利用した時、応答時間やスループットに影響があるようでは使い勝手が悪いし、セキュリティの不安も払拭できない」との考え方もあり、企業がシステム資源を自社で所有し、自社専用で使用する「プライベート・クラウド」という概念が登場する。これは、クラウド・コンピューティングの仕組みを自前の資産で構築し、自社専用で使うやり方だ。
ハイブリット・クラウド
しかし、「プライベート・クラウドのメリットは享受したいが、自ら構築するだけの技術力も資金力もない」という企業も少なくない。そこで、NISTの定義には含まれていないが、「ホステッド・プライベート・クラウド」というサービスが登場している。「プライベート・クラウドのレンタルサービス」というとわかりやすいだろう。
これは、パブリック・クラウドのシステム資源を特定のユーザー専用に割り当て、他のユーザーに使わせないようにするためのもの。専用の通信回線や、暗号化されたインターネット(VPN:Virtual Private Network)で接続し、あたかも自社専用のプライベート・クラウドのように利用できる。昨今、企業の既存業務システムをパブリック・クラウドに移管しようという動きが盛んだが、移行先は、この「ホステッド・プライベート・クラウド」となるのが一般的だ。
これら、パブリックとプライベートの2つを組み合わせる使い方を「ハイブリッド・クラウド」という。
NISTの定義には、他にも地域や法令・規制など、共通の関心毎によって結びついている組合や業界といった範囲で共同利用するコミュニティ・クラウドという区分もつかわれている。
パブリックとプライベートを組み合わせた「ハイブリッド・クラウド」
パブリックとプライベートの使い分け
パブリック・クラウドとプライベート・クラウドの組み合わせ、それぞれの得意不得意を補完し合いながら両者を使い分ければ、効果的な使い方ができる。たとえば、次のようになる。
企業の独自性が乏しい電子メールはパブリックのSaaSを利用
セキュリティを厳しく管理しなければならない人事事情はプライベートを使い、その情報を使って、SaaSの個人認証を行う
モバイル端末を使い経費精算はパブリックのSaaSを使い、そのデータをプライベートで会計処理し、振り込み手続きを行う
通常業務はプライベートを使用し、バックアップや災害時の代替システムをパブリックにおいて起き、災害時に切り替えて使用する
このように、パブリックとプライベートそれぞれの得意をうまく組み合わせ、利便性やコストパフォーマンスの高いシステムを現実するというのが、ハイブリッド・クラウドについての一般的理解だ。
ハイブリッド・クラウドの定義
ただNISTの「クラウド・コンピューティングの定義」からは、少し違った解釈もできそうだ、ここでは、次の記載がある。
「実体は異なるインフラであっても、あたかもそれらが1つのインフラであるかのように、データとアプリケーションの両者をまたいで容易に行き来できる仕組み」
つまり、「プライベート・クラウドとパブリック・クラウドをシームレスな1つのシステム」という扱いという考え方だ。
特定の企業が所有するプライベート・クラウドは、どうしても物理的希望や能力の制約を受ける。しかし、これをパブリック・クラウドと組み合わせて、一元的に運用管理でき、あたかも自社専用の1つのシステムのように使えるのであれば、実質的には規模や能力の上限を気にする必要はなく、運用の自由度も手に入れることができる。このような仕組みが「ハイブリッド・クラウド」の本来の定義だ。
パブリックを組み合わせて最適なサービスを実現するマルチ・クラウド
「マルチ・クラウド」という言葉がある。NISTの定義にはないが、異なるパブリック・クラウドを組みあわせて、 自分たちに最適なクラウド・サービスを実現することをいう。
マルチ・クラウドの使い方
IoTデータの収集と制約はそのための専用サービスを提供しているAWS
データの分析には計算性能のコストパフォーマンスが高いGCP(Google Cloud Platform)
その結果を利用者に提供するのはユーザー画面の設計やモバイルへの対応が容易なSalesforce.com
これらのサービスを組み合わせて、設備機械の保全、故障予知サービスを実現するといった使い方だ。
パブリック・クラウド事業者は、それぞれに差別化を図るため、機能や性能、運用管理方法や料金などで異なる戦略をとっている、おのずと、それぞれの得意なところや使い方によるコストパフォーマンスの違いが出てくる。それらのいいとこ取りをして、自分たちに最適な組み合わせを実現しようというのがマルチ・クラウドだ。
また、1社のサービスに依存するのはリスクが高く、複数のサービスにシステムを分散させ、トラブルへの耐性を高めておこうという考え方から、マルチ・クラウドでのシステム構成を採用する場合もある。
マルチ・クラウドのデメリットとこれから
いっぽうで、クラウド・サービスごとに異なる管理ツールを使い分けなくてはならず、運用管理は煩雑になることや、異なるサービスにまたがる機能の連携・データ移動が難しいといった課題もあり、いいことばかりではない。このような状況に対処するため、「マルチ・クラウド管理」のためのツールやサービスが登場している。
もはやクラウドは、単独で使う時代ではない。「ハイブリッド・クラウドやマルチ・クラウドを駆使し、最適な組み合わせを実現する」という時代を迎えているのだ。
クラウドに欠かせない5つの特徴
さらにNISTの定義には、クラウドに欠かせない5つの特徴が挙げられている。
オンデマンド・セルフサービス:ユーザーがウェブ画面からシステムの調達や各種設定を行うと、自動で実行してくれる
幅広いネットワークアクセス:PCだけではなく、さまざまなデバイスから利用できる
リソースの共有:複数のユーザーでシステム資源を共有し、融通し合える仕組みを備えている
迅速な拡張性:ユーザーの要求に応じ、システムの拡張や縮小を即座に行える
サービスが計測可能:サービスの利用量(CPUやストレージをどれくらい使ったかなど)を電気料金のように計測できる仕組みを持ち、それによって従量課金(使った分だけの支払い)で利用できる
これらを実現するために、システム構築や構成変更を、物理的な作業を伴わずにソフトウェア設定だけで実現する「仮想化」、無人で運用管理できる「運用の自動化」、調達や構成変更をできるだけ簡便にし、メニュー画面からの設定だけで行えるようにする「調達の自動化」の技術が使われている。
この仕組みを事業者が設置・運用し、ネット越しにサービスとして提供するのが「パブリック・クラウド」、自社で設置・運用し、自社内だけで使用するのが「プライベート・クラウド」だ。
これらにより、徹底して人的な介在をなくし、「人的ミスの排除」「調達や変更の高速化」「運用管理の負担軽減」を実現し、人件費の削減と、テクノロジーの進化に伴うコストパフォーマンスの改善を、長期継続的に提供し続けようとしている。
なお、スーパーバイザによる「仮想化」はIaaSにおいては前提となる技術だが、PaaSやSaaSでは「仮想化を使わない」のが一般的だ。代わりにアプリケーションでのユーザー管理、データベースのマルチ・テナント機能、コンテナによる独立したアプリケーション実行環境など、「仮想化」よりシステム負荷が少なく、効率よくシステム資源を使用し、ユーザーグループを分離できる手段が使われている。
クラウドによってもたらされる3つの価値
クラウドを使うことで、次の3つの価値を手に入れることができる。
情報システム部門:TCOの削減
ITへの要求は、増え続けている。しかしIT予算を増やすことは容易ではなく、TCOの増加が重くのしかかっている情報システム部門にとって、その削減は予算面でのメリットを生み出す。
経営者:バランスシートの改善
パブリック・クラウドとであれば、資産を増やすことなく経費として処理できる。またプライベートでも利用効率が高まり、少ない資産でも済むので、ROA(総資産利益率)やROI(投資利益率)などの経営効率の改善に寄与する。
ユーザー:柔軟性の向上
不確実性の増大は、システムの機能や構成をあらかじめ決められることを難しくしている。その一方で、いったん決まれば即応が求められ、変更にも俊敏に対応しなければならない。クラウドは、システム資産や業務機能を必要な時に必要なだけ利用できる。さらに、費用も使った分だけの支払いで対応でき、不要になればいつでも辞めることができるので、従来のやり方に比べ初期投資リスクが少なく変化への対応も柔軟になる。
クラウドに対する理解を深める
ただし、クラウドを使えば、このような価値を必ず引き出せるというわけではない。開発や運用のやり方は従来と異なるので、必要となる知識やスキルも変わる。従量課金となるので、予算の取り扱い方も変わる。このようなことを理解しないままに使うと、必要な性能が出ず、コンプライアンスも担保できず、使用料金がかさむ、といったことになりかねない。
クラウドについての理解を十分に深め、必要なスキルを磨き、その価値を引き出す努力が必要となる。
クラウド・コンピューティングのビジネスモデル
クラウド・コンピューティングは、「システム資産の共同購買」と「サービス化」を組み合わせたビジネス・モデルだ。
システム資産の共同購買
「システム資産の共同購買」とは、1つの会社や組織でシステム資産を調達するのではなく、共同でシステム資産を大量購入し調達コストを下げるとともに、それらを使用することで、設備や運用管理のコストを低減しようということだ。そのために、機材の徹底した標準化を定め、同じ仕様の機材を大量生産、大量購入することで低コストでの調達を実現し、さらには自動化を徹底することで、運用管理の負担を図っているのだ。
例えばAWSの場合、数百万台のサーバを保有しているといわれているが、サーバ資産を3年で償却し、故障や老朽化に伴う入れ替えや増設を含めると、年間何百万台を超えるサーバを購入していると考えられる。世界全体のサーバの年間出荷台数が1千万台程度であることと合わせると、その多さは驚異的だ。
当然市販品を購入するのではなく、自社仕様の専用機材を調達するため、量産効果が期待でき、低コストでの調達が可能になる。また、膨大な数のユーザー企業がサービスを共同利用することになるので、負担の分散や平準化が図られ、個別に機材を調達することに比べて無駄がないことも、低コスト化に貢献していると考えられる。
サービス化
一方、「サービス化」は、物理的な作業を伴わず、ソフトウェア設定だけでシステム資源の調達や構成変更を実現する仕組みで、SDI(Software-Defined Infrastructure)が土台となっている。
この2つの仕組みにより、システム資源の低コストでの調達、変更への俊敏性、需要の変動に即応できるスケーラビリティ(システム規模の伸縮性)を実現し、さらに従量課金により使った分だけの支払いとなることから、システム資源調達の際の初期投資リスクを回避できる。ユーザーは無理なく容易に必要な規模のコンピュータ資源を利用できる。
そんなクラウドの利便性が、ユーザーを拡大している。
日米のビジネス文化の違いとクラウド・コンピューティング
クラウドは、ITエンジニアの7割がユーザー企業に所属する米国で生まれた。そんなクラウドは、リソースの調達や構成変更などに関わるITエンジニアの生産性を高め、人員を削減できることから、ユーザー企業のコスト削減に直接寄与するサービスとして、注目されるようになった。
一方、日本ではITエンジニアの7割がSI業者やITベンダーに所属し、このような仕事は彼らに外部委託されている。そのため、ITエンジニアの生産性向上は、企業の仕事の減少を意味し、彼らにとってはメリットがない。また調達や構成の変更は、リスクを伴う仕事。米国ではそのリスクをユーザー自身が引き受けているが、それらを外部委託している日本では、彼らがその責任を背負わされている。そのため外部委託されている企業にとって、クラウドは利益相反の関係にあるといえる。
エンジニア構成の配分が、このよう日米で逆転してしまっているのは、人材の流動性に違いがあるからだ。米国では、大きなプロジェクトがある時に人を雇い、終了すれば解雇することは、さほど難しくない。必要とあれば、また雇い入れればいいからだ。一方日本は。このような流動性は小さいので、SI事業者へのアウトソーシングを行い、この人材需要の変動部分を担保している。
ただ、「デジタル・トランスフォーメーション」や「攻めのIT」といった競争力を生み出すIT利用への関心が高まる中、ユーザー企業はエンジニアを雇い入れ、内製化を進めようとしている。彼らは不確実性の高いビジネス環境のもと、初期投資リスクをできるだけ回避し、変更に即応できるITを利用したいと考える。そうなれば、必然的にシステム資源を資源として固定しなくてもいクラウドの利用が拡大することになるだろう。
また、既存のITは、コスト削減の圧力に常に晒され続けている。そうなれば、既存のシステムをクラウドへ移管し、運用を自動化してコストの削減を図ろうという思惑が働く。この2つのモチベーションから、クラウドは日本でも普及していくことになるだろう。
クラウド・バイ・デフォルト原則
日本政府は、少子高齢化に対応し、持続的な経済発展を成し遂げるには、AI、ロボット、IoTなどを活用した新しい社会「Society 5.0」が、日本が目指すべき未来社会の姿であるとし、これを支えるために、政府情報システムを整備する際に、クラウド・サービスの利用を第一候補とする「クラウド・バイ・デフォルト原則」の基本方針を2018年6月7日に決定した。ちなみに、「バイ・デフォルト / by default」とは「既定では」という意味だ。
この基本方針の下、情報システムの利用にあたっては、クラウド・サービスの利用を優先するよう求めている。開発の規模と経費を最小化するために、まずは運用管理負担が少ない、パブリック・クラウドのSaaSから検討を始め、それが難しければ、順次負担が大きくなるPaaS、IaaSへと検討を進めるように示されている。いずれのクラウド・サービスも利用するメリットがなく、運用の責任を負うオンプレミスにするとしている。
パブリッククラウドが利用される場合として、次の例が示されている。
システム資源の正確な見積もりが困難、または変動が見込まれる場合
24時間365日のサービス提供や災害対策が欠かせない場合
インターネット経由で直接サービス(APIを含む)を提供する場合
パブリック・クラウドが提供する技術・機能・サービス(運用管理、マイクロサービス、分析機能、AIなど)の採用が基本となる場合
これらのシステムを入札するSI事業者は、バックアップ環境や災害対策環境が整備されていることや、セキュリティ認証の取得などが必須となる。
ビジネスや社会の環境変化が加速する今、政府に限らずシステムを所有することは経営スピードの足かせであり、リスクとなっている。かつては「所有」するしか方法がなかったわけだが、もはや時代は変わり、制約はなくなりつつある。競争力の強化や差別化などの、「攻めのIT」や「デジタル・トランスフォーメーション」に経営資源を傾けたいと考える企業経営者にとっても、「クラウド・バイ・デフォルト原則」は必然の選択といえる。
パブリック・クラウドはセキュリティ対策の外部委託
パブリック・クラウドは、セキュリティ対策の外部委託サイトだ。
例えば、SaaSであれば、アプリケーションやミドルウェア、OSやインフラの一切をその事業者に任せるわけで、セキュリティ対策も彼らが担うことになる。PaaSであれば、ミドルウェアやOSなどのプラットフォームを、IaaSであれば、サーバやストレージ、ネットワーク機能やデータセンター設備などのインフラを任せることになる。当然、任せないところは自分で対策をしなくてはならない。そのため、できるだけ広範に委託したほうが、自分たちのセキュリティ対策の負担を軽減できる。
もちろん、全ての事業者が適切なセキュリティ対策をしているかどうかは利用者が見極めるべきだが、企業システムとしての受け皿を標榜している事業者は、24時間365日体制で、可能な限りの最大限の対策をしているといってもいいだろう。だからこそ、多くの企業が基幹業務であるERPシステムをクラウド上で動かし、セキュリティに厳しい銀行や保険会社などの金融機関も使用しているのだ。米国では最高レベルのセキュリティを要求されているCIAやAWSを使用し、国防総省もMicrosoft Azureへの移行を決めている。
セキュリティの脅威が高度化、複雑化する今、セキュリティ対策を一般の企業や組織が担うのは技術的にもコスト的にも容易なことではなくなってきており、セキュリティの専門家集団を抱えるクラウド事業者に任せようという考え方が常識になりつつある。
もちろん外部委託に伴い「思い通りにできない」というデメリットは生じる。しかし、その一方で高度なセキュリティ対策を任せることができるメリットはそれ以上に大きなものがある。
ものごとは、常にプラスとマイナス。そのプラスとマイナスが結果としてプラスになるのであれば、その価値を最大限に享受できるように自分たちのやり方を変えるのが、合理的な判断だ。
「わからないから不安」、「手元にないから心配」という感情論で、その価値を生かせないというのであれば、ITを任される価値などない。もっと積極的に「なぜそのサービスがあるのか」を学び、不安を払拭し、合理的な判断を下すべきだ。
クラウド以降のステップ
汎用業務の移管
クラウド利用の初期段階では、BoxやDropBoxなどのファイル共有、G-SuiteやOffice365のようなオフィスツールなど、企業個別の独自性が求められていない、汎用的な業務を提供するSaaSから使い始める場合が多いだろう。
独自業務の移管
次に来るのが、機器を所有し稼働させている(オンプレミス)システムを、「仮想サーバ」を提供するクラウドサービス(IaaS)に移管し、設備や運用管理の負担を軽減しようという段階。オンプレミスに残るシステムについては、たとえばMicrosoft Azuru StackやAmazon Outpostsなど、パブリック・クラウドのインフラの仕組みをラックに搭載し物理的に提供するサービスを使うことで、パブリック・クラウドとの連携が容易になり、導入や運用管理の負荷が軽減できる。
クラウド・ネイティブでの構築
次の段階は、コンテナやサーバレスを使ったシステム構築。コンテナはアプリケーションの実行を他のアプリケーションから独立、隔離させることができる仕組みであり、この点においては仮想マシンと同様の役割を果たす。しかし、仮想マシンと比べてシステム資源の消費が少なく、複数のクラウド・サービスやオンプレミス・システムにまたがって分散やスケールアウトも容易にできることから、複数システムを1つのシステム資源として、シームレスに扱えるようになる。
これを実現するには、オープンソース・ソフトウェアであるコンテナ管理システムDockerや、複数コンテナを一元管理するKubernetes、コンテナの負荷分散やスケールアウトを自動化してくれるIstioなどのを使う。ただし、これらを自前で構築し、運用するには高度な専門スキルが必要となるが、それらも任せることができるクラウド・サービスを使うこともできる。
さらには、サーバレスを使えるFaaSと呼ばれるクラウド・サービスを使えば、システム資源の調達や運用管理の一切をクラウド事業者に任せられ、アプリケーション開発者は、ビジネスにとっての重要なアプリケーションのロジック開発に集中できるようになる。このような使い方をクラウド・ネイティブといい、その利用は拡大している。
クラウドに吸収されるITビジネス
システムを「所有」していた時代
システムを「所有」することしか選択肢がなかった時代には、ハードウェアの購入、据え付けやセットアップ作業、ソフトウェアの導入、設定などに多くの手間が必要だった。それらを設定するためのマシンルームやデータセンター、電源や冷却装置、通信回線などの設備も、ユーザー企業の責任で準備する必要があった。そしてこれらが、システム機器の販売や工事、維持管理のための工数需要を生み出していた。
クラウドを「使用」する時代
しかし、クラウドを「使用」すれば、ハードウェアの販売や導入、据え付けに関わる作業、そのための設備工事はクラウド・サービスに吸収される。自前でシステムの一部を主有する場合でも、ハイブリッドが前提となれば、パブリックとの連係や親和性を考慮しようという需要が高まる。
この需要に応えようというのが、ハイパーコンバージド・インフラストラクチャ。パブリック・クラウドで使われているシステム構築のノウハウを活かし、構築や設定の簡素化と運用負担の軽減を徹底した追求したハードウェア製品だ。
パブリック・クラウド事業者も、この需要に応え、自社サービスへの囲い込みも意識して、自社のサービスで使用しているシステムとプライベートを統合して一元的に運用管理できる仕組みをあらかじめ組み込んだハードウェアを提供してしている。例えば、AWSのOutposts、MicrosoftのAzure Stack、GoogleのGKE On-premなどがこれにあたる。これらはシステム導入作業を済ませて出荷されるため、そのための作業はわずか。また、運用管理や保守、障碍児の対応といった作業もネットワークを介してサービスとして提供されるので、ここでの工数需要も限定的だ。
加えて、5G(第5世代通信システム)が普及すれば、高速かつ閉域のネットワークを、設定だけで構築できるようになる。また、クラウド事業者のデータセンター間はグローバルに高速ネットワークに繋がれており、地域をまたぐ広域ネットワークをユーザー企業が用意する必要もなくなる。これまでネットワークの構築には、必要な機器や設備を準備するために多大な費用と作業が必要だったが、この需要もなくなる。
このようにクラウドの普及は、これまでのITビジネスの構築を大きく変えるインパクトをもたらそうとしている。