部内で調整しないといけないことがある時、いくら説明しても協力が得られないことがあるかと思います。
もしかしたら、その原因は適応課題にあるかもしれません。
この記事は適応課題を対話によって解決するための4つのステップを紹介します。
適応課題とは
世の中の課題は「技術課題」と「適応課題」に分けられます。
技術課題
既存の技術や知識で解決できる問題です。現在苦しめられている問題は、新たな技術やスキルの習得によって解決することができます。
処理速度の向上や堅牢なセキュリティの実現など、エンジニアが普段取り組んでいそうな業務はこれにあたることが多いですね。
適応課題
関係性の中で生じる問題です。たとえば、他の部署に協力を求めても協力してくれないといった状況が典型です。適応課題には次の4タイプがあります。
- 対立型
互いのコミットメントが対立して生じる適応課題です。
営業部ではより売り上げを上げるためにもっと人を雇いたいけれど、管理部は経費削減目標を実現するために人を雇いたくないといったものです。
- ギャップ型
大切にしている「価値観」と実際の「行動」にギャップが生じて発生する適応課題です。
女性の社会進出を謳っておきながら、従来の男性に優位な制度を維持するといったものです。
- 回避型
痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりすることによって生じる適応課題です。
職場が高ストレス状態である問題の対処として、社員にストレス耐性を高めるトレーニングをするといったものです。
- 抑圧型
言いにくいことを言わないことによって生じる適応課題です。
どう考えても撤退した方がいい事業について、権力のある人が続けたがっているから撤退しようと言えないといったものです。
適応課題を解決するための「対話」
適応課題を解決するためには「対話」が不可欠です。
ここでいう対話は単純に話し合うことではなく、新しい関係性を構築することを意味します。
適応課題が生じてしまう原因の一つに、「私とそれ」という道具的な関係性があげられます。道具的な「私とそれ」の関係から、人間的な「私とあなた」という新しい関係を築くことで適応課題の解決を図るのが「対話」です。
対話を効果的に行うには「ナラティブ」について理解する必要があります。
ナラティブとは?
ナラティブは簡単にいうと「解釈の枠組み」です。
人間はそれぞれが持つ「解釈の枠組み」を通して物事を解釈します。この枠組みは専門性、職業倫理、組織文化などに基づいたものが多いです。
例えば、上司は部下を指導し評価することが求められますが、同時に部下にも従順さを求めるナラティブを持つことが一般的です。また、医者は人命を預かる責任のもと、患者を診断対象として解釈します。
物事をどのように解釈するかは生育環境なども影響しそうですが、ここでいうナラティブは個人の性格とは無関係に、仕事上の役割や組織文化から生じるものとします。このように考えることで、ナラティブはその人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものと捉えることができます。
なぜナラティブを理解する必要があるのか
相手のナラティブを理解することで、相手にとっても自分にとっても良い関係性が築けるようになります。
対立型の適応課題の例で、営業部と管理部の対立を挙げました。営業部のナラティブだと「人が増えれば色々な施策が打てて営業成績が上がるのに管理部はそれを邪魔してくる」と解釈されますが、管理部のナラティブから営業部をみると「人件費をこれ以上増やすことはできないのに、無理難題を常時主張してくる」と解釈されます。
これは
- 営業部:売り上げを上げて部目標を達成したい
- 管理部:費用をなるべく抑えたい
というそれぞれのナラティブが見えていないことが原因です。互いが互いに考えていることを理解し合えたら、いい落とし所が見つけられるかもしれません。
ナラティブに橋をかけるプロセス
というわけで、相手のナラティブを理解するための4つのステップを紹介します。
1. 準備「溝に気づく」
適応課題があることに気づき、自分のナラティブを一度脇に置くフェーズです。相手のナラティブを理解するには、自分のナラティブを脇に置く必要があります。
- 自分から見える景色を疑う
- 技術的なアプローチがうまくいかないことに気づく
- あたりを見渡す
- 自分のナラティブを一度脇に置いてみる
- 荒唐無稽に思える主張にも背景や理由がある。これを理解するには自分のナラティブを脇に置く必要がある
- 溝があることに気づく
- 関係性が「適応課題」を生み出していることを認める
2. 観察「溝の向こうを眺める」
適応課題(ナラティブの溝)がどのような事情で発生しているかを見定めるフェーズです。
こちら側が、相手にどのように働きかけることができそうか、そのリソースを掘り起こし、次のステップに備えます。
- 相手との溝に向き合う
- 適応課題に取り組むことを決める
- 対岸の相手の振る舞いをよくみる
- 相手の言動を観察する
- 相手を取り巻く対岸の状況をよくみる
- 相手のナラティブを観察する
3. 解釈「溝を渡る橋を設計する」
自分にとって意味のあることを、相手にとっても意味があるようにするにはどうしたらいいのかを考えるフェーズです。観察でわかったことを元に、なぜそれが起きているのか、それをどうやって乗り越えるのがいいのかを考え、作戦を立てます。
- 溝を越え、対岸に渡る
- 相手のナラティブをシミュレーションする
- 対岸からこちらの岸をよくみる
- 相手のナラティブに基づいて、自分がどう見えるかを眺める
- 橋をかけるポイントを探して設計する
- 「新しい関係性」を作る方法を構想する
4. 介入「溝に橋をかける」
新しい関係性を構築するための行動を起こすフェーズです。
最初はうまく橋がかからない(新しい関係性を築けない)こともあるかと思いますが、観察〜介入を繰り返して、橋をより強固にしたり、別の橋をかけたりすればOKです。
- 橋をかける
- 実際に行動を起こして、新しい関係性を築く
- 橋を往復して検証する
- 新しい関係性を通して、さらに観察する
- 観察「溝を眺める」から繰り返す
- 観察-解釈-介入のループを繰り返して、新しい関係性を更新する
4ステップを使ってみた
管理部に所属しているAさんは営業からくる「もっと人を採用したい!人件費予算を増やしてほしい」という要望に辟易していました。これ以上は増やせないと何度伝えても営業部は同じ主張をしてきます。
この対立を解決するためにAさんは営業部のナラティブを理解しようと思いました。
自分のナラティブを脇に置いて営業部のことを観察してみたところ、営業部には厳しい売上目標が課されていて、目標達成のために長時間の労働が強いられていることがわかりました。
営業部の立場に立って管理部を見てみると、営業部のメンバーは疲労困憊しているのに人を増やしてくれない、営業部の目標達成に協力してくれていないように見えることがわかりました。もう少し視野を広げてみると、労務部は営業部が長時間残業していることが気になっており、残業時間削減のための営業管理システム導入を検討していることがわかりました。
Aさんは営業部と管理部に加えて労務部も交えて対話する場を設けました。営業が疲弊していることを受けとめ、人件費予算を増やすことはできないが、営業部の業務を減らすことができるかもしれないシステムがあり、この利用料なら認めることができることを伝えます。
このような対話をすることで、対立型の適応課題がある状態から、共に協力する関係性を築くことができます。
最後に
結局のところ
- 自分のナラティブを脇に置けるか
- 相手のナラティブをどれくらい理解することができるのか
がとても重要になっています。
もしナラティブの溝を渡る橋を設計できない場合は、上記の2つが足りていない可能性が高いです。気をつけましょう。