本記事は 2023年10月25日の Qiita Conference 2023 Autumn の基調講演にて発表した資料「後任POのサバイバルガイド:カリスマプロダクトオーナーの後を継ぐ!ワンマンからチームプレーへの紆余曲折」を記事化したものです。
発表スライド(pdf)は Speaker Deck
登壇アーカイブ(動画)は Youtube
にあります。本記事ではテキストでのインプットがお好きな方向けに、登壇内容を記事として構築していますが、お好きな物をご覧いただければと思います。
この登壇でわかること
- 0→1フェーズのプロダクトオーナーがいなくなったあと何が起きるか
- 1→10フェーズに向けて、プロダクトチームをどう「再」構築したか
- なぜ1→10フェーズのためのプロダクトビジョンが必要なのか
- どんなチームであれば1→10フェーズにマッチするのか
- エンジニア向け:PMって普段何してるの?
自己紹介
最初に軽く自己紹介させていただきます。エンタメテックの会社でプロダクトマネジメント部の部長をしているムラキと申します。経歴としては、PjM → UIデザイナー → リードデザイナー → PdMという流れで来て、色々あって今に至ります。
参考までに、普段はこういう感じで、エンタメ業界向けのBtoBtoC「ファンビジネスプラットフォーム」をつくっています。といっても、プロダクトの詳細は今回の主題とはあまり関係がないので、一旦このあたりはサクッと飛ばし、本題にうつらせていただこうと思います。
今日のおはなし 「ゼロイチオーナーが旅立ったあと、1から10フェーズに向けてプロダクトチームを再構築した話」
さて、今日皆さんにお話ししようと思っているのは、プロダクトをゼロイチで立ち上げたカリスマプロダクトオーナーが旅立った「あと」、1から10フェーズに向けてプロダクトチームを再構築したお話しです。
こうした登壇のときは、なるべく個人的な体験を話すべきだという信条があるのですが (でなければ技術書を読む方がはるかに有意義なので) 、フェーズが変化するタイミングでオーナーも変わった体験はそこそこ面白いんじゃないかなと思いまして、このトピックを選んでおります。
一つでも「読んでよかったな」と思っていただけるお話があれば幸いです。
なりゆきでなった後任オーナー
で、まずは経緯から話した方が、スルッと話が入ってきやすいんじゃないかなと思いまして、
時を去年の12月まで遡りたいなと思います。
当時私はリードデザイナー、兼プロダクトマネージャーみたいな立場だったんですが、会社で仕事をしていたらCTOがおもむろに隣へ座り、こう話しかけてきました。
かなり唐突に聞こえますが、実は兼ねてから「アメリカで事業立ち上げをする(したい)」みたいな話、なかなか後任が見つからなくて苦悩しているみたいな話は聞いていたんです。
なので、うーん他に適任いないならしゃあなしかな〜〜〜 ということで、なんだかあれよあれよと後任のプロダクトオーナーになることが決定してしまいました。
POが変わるとき、組織には何が起こるのか
で、軽く請け負ったものの、冷静になると 「これ結構大変な話なんじゃないか?」 と思い始めました。というのも、そもそも前任のPOは、
- うちの基幹プロダクトを0→1で立ち上げていて
- かつ、プロダクトの初期は、ビジネス側の事業部長を兼任しており
プロダクト、いわゆる「何を作るか」と、ビジネス、いわゆる「どう売るか」の判断を一手に担っていた わけです。
もしかしてこれ、
ここでミスるとプロダクト体制が 瓦解する可能性があるんじゃないか?
というわけで、とにかく慎重にスタートを切らないといけないなという使命感から、まずは「今までと変わる点はどこか?」を探ることにしました。
大きく変わるだろう二つのポイント
- 0→1phaseの意思決定者がいなくなること
- 1から10phaseに向け、組織が急速に拡大していること
それぞれ詳しくご説明します。
① 0→1phaseの意思決定者がいなくなる
まず、0→1phaseの意思決定者がいなくなると何が起きるのかを考えてみましょう。
いくつか想定した上で、大まかに二つの問題が起こるだろうと考えていました。
- 当時のVISIONは前任者が作ったもの。本人がいない環境下で意思決定できるか?という問題
- 「ビジネス的な判断」と「プロダクト的判断」がコンフリクトした時、合意を取るための指針がないのではないか?という問題
この二つそれぞれを解決するためには、プロダクトビジョンを再定義する必要があるだろうな 、と感じていました。
※ 全てまるまる作り替える〜という話では全然なく、もし今のビジョンがそのまま使えるならそれでもいいけど、何か変更が必要なら変えなければいけないなという感じ。
② 1から10phaseに向け、組織が急速に拡大している
もう一つの問題、1から10phaseに向け、組織が急速に拡大している点。
これに関しては、プロダクトオーナーが離れるのが原因でなく、時を同じくして1→10フェーズの問題が起き始めていた、という話になります。
後ほど詳しくお話しするんですが、元々、弊社は良くも悪くも小さい組織で、ワンマン体制で成り立っていました。ただこれ、早晩立ち行かなくなるだろうな〜というのは、正直、自分がデザイナーだった時にも感じていたことでした。
ですので、この1から10phaseにおける組織はどうあるべきか?とか、各メンバーが自律的に意思決定して、同じゴールを目指すために必要なものって何かな?と考えた時に、
各組織が自走する「チーム」体制というものはどういうものか? 改めて考える必要があったわけです。
後任のプロダクトオーナーとして着手した二つのこと
というわけで、後任のプロダクトオーナーとして着手した二つのことは、
- 1から10フェーズのためのプロダクトビジョンを再定義すること
- カリスマ的なワンマンからチームワーク体制を目指して、組織が自走する「チーム」体制の構築を目指すこと
この二つについて、今日は細かくお話ししていきたいと思います。
課題1 1から10フェーズのためのプロダクトビジョンを再定義する
さて、まず課題のひとつめ。
1から10フェーズのためのプロダクトビジョンの再定義の話をする前に…
そもそもプロダクトビジョンって、誰が決めるものなのか? という話をしておきたいと思います。
1-1 プロダクトビジョンは「プロダクトの三領域」で決まる
プロダクトビジョンやロードマップは、俗に「プロダクトの三領域」と呼ばれているもので決まります。ご存じの方も多いと思いますが、改めてご説明しておきましょう。
プロダクトの三領域とは何か
プロダクトは互いに重なり合う以下の三つの領域で構成され、このうちのどれが欠けてもプロダクトは成り立たないと言われています。
プロダクトの三領域
- User:機能的である、これまでにない、等のユーザー提供価値
- Tech:技術的に可能である、可用性がある、等の実現可能性
- Biz:収益が上がる、成長が見込める等の事業収益部分
例えば、「ユーザー価値・実現可能性があるが / 事業収益が立たない」場合、めちゃめちゃ価値のあるプロダクトでも事業が継続しないので、結果的に破綻してしまうし、「ユーザー価値・事業収益が立っても / 実現可能性がなくて今の技術で作れない」なら、絵に描いた餅ですよね。
そういうわけで、プロダクト方針は、特定の「誰か」が決めるというより、この三つの状態を考えていくと、自ずと決まるもの だと思っています。
1-2 三領域における当時のプロダクト状況
で、翻って、私がオーナーに着任した2023年春、自分達のプロダクトでどんな変化が起きていたかというと、ざっくりこのような変化が起きていました。
まずはここに当時のビジョンが対応できているかを考え、対応できていなければ再度考える必要があったわけです。
1-3 プロダクトビジョンとは、船が山に登らないための指針である
もうひとつ、ビジョンを考える上で大切な観点があります。
それは「プロダクトビジョンはなぜ必要なのか?」を考えること。
正直、ビジョンがなくても走り出すことはできますよね。それでも多くのプロダクトではビジョンを定めています。これはなぜでしょうか?
これについては、いろんな人がいろんなことを言っていると思いますが、個人的には「ビジョンとはメンバーが同じ方向を見るための"指針"である」 と思っています。
で、これをわかりやすく説明したいなと思いまして、某国民的漫画を例にしようと思います。
仮にプロダクトがひとつの船だったとして、ビジョンがないとき、メンバーはどうなるでしょうか?
この漫画を読んだことのある人であればわかると思いますが、おそらく、特に指針がないと、この海賊団は秒でバラバラに散ります。
日本には「船頭多くして船山に登る」という良いことわざがありまして、海を航海していたはずなのに、全員がバラバラにやりたいことを指示した結果、いつの間にか船が山に登っていた… なんてことも、起こるかもしれませんね。
じゃあビジョンがあったらどうなるのか?というと、これはまさしく漫画の船長がやっていることですね。
漫画では船長が「大秘宝を目指すぞ!」という大きなビジョンを掲げているので、船員は自律的にこのビジョンに貢献しながら(たまに自分の願望に従って横道にそれることはありますが)おおむね進むことができています。
おかげさまで、 船はきちんと海を航海し、紆余曲折ありながらも次の島に着くことができる わけですね。
1-4 ビジョン更新で重視した二つのポイント
というわけで、ビジョンの更新において私が重視した点はふたつです。
ビジョン更新で重視した二つのポイント
- 「プロダクトの三領域」の、現在の環境 に対応できること
- 各事業部長レベルが腹落ちしており、各部が自走するための指針 になること
1-5 実際に作成したドキュメント
ドキュメンテーションについては一回分話せちゃうくらいにはボリュームがあるので、今回サクサク進めさせていただくのですが、とにかく議論を重ねました。特に社長、事業部長、各部門長が納得できないものだと、結局この後のフェーズもうまく回らない と考えたので、慎重に会話を繰り返したのを覚えています。
構築とリファインメント、可視化やドキュメンテーションを徹底し、三ヶ月弱くらい議論してなんとか形になりました。
最終的な内容としては、今までのビジョンを壊さず、むしろ包含してひとつ上のビジョンをつくる、みたいな形になったかなと思います。
課題2 各組織が自走するチーム体制の構築
さて、ビジョンは決まったわけですが、次は 「どうすればこのビジョンで組織が自走できるのか」 を考えなければいけません。
部門長との合意が取れたので、あとは各自頑張ってくれれば一件落着……になればいいんですが、往々にしてそうではないんですよね。
というわけで課題2、「各組織が自走するチーム体制の構築」に移りたいと思います。
2-1 組織戦略を上から下まで繋げたかった
組織があったとき、基本的に戦略は上から下まで繋がっているはずですよね。
で、会社戦略くらいまでは、プロダクトビジョンをつくるときに繋げることができていました。
ではこの下半分、現場の戦略には、どうやったら繋げられるんでしょう?
2-2 自走するチームとはどんなものか
この話をするために、そもそも、どういう組織になってほしいんだっけ?という話をしておきたいと思っています。
私が冒頭から何度も、「チームとして動く」とか「自走する」みたいなことを言ってますが、これってどういうことなんでしょう?
また某海賊団を例に出したいと思います。
これまでは、強烈なリーダーシップで、リーダーが直接メンバーをまとめる形式でした。
これ、組織が小さいうちは、効率が良いやり方ですよね。
リーダーがそれぞれに航海士になれ、コックになれと、とにかく直接話し指示を出しまとめるわけです。
ただ、ここ数年、私たちの組織は拡大して、人が増えてきていました。こうなると、以前のやり方では立ち行かなくなってきます。10人の船員になら直接話せても、1000人の船員全員と直接話してたら、話すだけで日が暮れますよね。
そういう場合は、「あのボス倒すぞ!」みたいなビジョンに基づいて、それぞれ小さく切ったチームが「戦闘します」「奇襲します」「物資補給します」みたいな感じで、自律的に動くような体制が望ましいと思っています。
ただ、このためには
まず号令が正しく伝わらないことには、メンバーも動けないですよね。
ですので、どうすれば情報が伝わり、どうすればメンバーは自走できるのか?ということをウンウン考えました。
2-3 自走するチームのための「チームの三領域」
で、自走するために大事なことってなんだろう?と色々考えまして、最終的にこの三つのことが大事だろうと結論づけました。先ほどのプロダクトの三領域に近いですが、イメージとしてはチームの三領域 って感じですね。
チームの三領域
- 信頼関係:はPO/PMへの信頼があり 各部と会話をするための関係性が築けている
- 情報の透明性:情報やデータなど、POとほぼ同じ情報をキャッチアップできる
- 実行する裁量:各部が自己裁量を持って動く体制がある
これはプロダクトの三領域と同じで、どれが欠けても自走する組織にならないと感じています。
例えば、仮に「信頼関係があり情報に透明性があっても」実行する裁量がなければ自分の意志で実行できないし、「信頼関係があり裁量があっても」情報が不透明なら確からしい判断ができないですよね。
じゃあ、今の組織に足りてないところってどこだろう?と考えると…
全部テコ入れしなあかんなと。
というわけで、この1年弱くらい、それぞれの観点で色々な取り組みを進めてきました。
ちなみにここからは、もう私のみの裁量を超えている話がほとんどなので、社長、事業部長、CTO、エンジニアリングマネージャーなど、色々な人と一緒に進めてきた取り組みになります。
① 話せる信頼関係を築く
まずひとつめ、信頼関係を築くこと。いくつかの観点がありますが、大まかに会話するための会議体や、意見を出せる仕組みを検討しました。
② 情報の透明性の担保
次に、情報の透明性の担保。これは、プロダクトに関わる全ての人、これはエンジニアやデザイナー、そしてビジネスメンバーなどの全ての人を指しますが、彼らが可能な限りPOと同じ情報にアクセスできる体制や、仕組みの構築を行いました。
③ 裁量ある組織づくり
最後に、実行できる最良のある組織作り。正直、ここは本当にプロダクトオーナーの範疇を超えて、それこそ本部長や人事の領域に入ってくるので、とにかく彼らと方針の相談をしました。
2-4 メンバーの反応
さて、そんなこんなでいろんな取り組みをしてきました。
まだまだ道半ばではありますが、最後に現状のメンバーの反応はどんなもんか、という話をしたいなと思います。結論から言うと、着任から8ヶ月弱、おおむね達成したかった状態には近付いていると感じています。
「早く行きたければ、一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」 という諺を某首相が引用していましたが、けだし名言ですね。
体制の構築や情報の整備は、それそのもので利益やコスト削減などの目立った結果を出しにくいものである一方、長期的に見れば大きくレバレッジが効くものでもあります。
自分で手を動かしていたら思いつかなかったこと、自分だけでは達成できなかったこと、そういうものが生まれる瞬間に、こうして体制構築に着手してよかったなと痛切に感じます。
今後の課題
一方で、これからの課題。まあ色々あります(笑)
プロダクト側の側面は粛々とやっていくとして、むしろ難しいなと思っているのは、右側、チーム的な側面のほうです。やっぱりヒト対ヒトの話なので、一筋縄ではいかないですね。
例えばドキュメンテーションをしたという話をしましたが、実際にどれだけドキュメントを用意しても、どれだけデータを開示しても、進んで見にくるメンバーばかりではないです。単純にデータが読めないという知識レベルの話もありますし、説明されるのを待つ受身体制というケースもあります。
とはいえ、先ほども話したように、一人一人に対して懇切丁寧に話して回るわけにはいかないわけで、適切に責任分掌をしながら 、例えばエンジニアにはEMから、営業には他のPMから、といった形で、他の人に説明を任せることが必要です。
また、これはどのプロダクトでも永遠に解消しない課題だと思いますが、状況は常に変わります。あれこれ考えて作った新しいプロダクトビジョン、新しいチーム体制ですが、これが本当に正しいのかは誰にもわかりません。
この、正しいかわからないがとにかく進むしかない 、という状況は、今後どんなフェーズでも同じだろうと思ってます。ですので、シンプルに必要なのは「変化に対応できる組織でい続けること」で、これは仕組みというより、メンバーの意識の持ち方をどう醸成していくかという話だと考えてます。これもまた難しい話ですね。
まとめ
というわけでまとめです。
1→10phaseのVISION再検討で大事にしたこと
- プロダクトの三領域(User / tech / Biz)の現在の状況に対応でき
- かつ、それぞれの領域でコンフリクトが起きたときに、指針になり得るものであること
自走するチームづくりのために大事にしたこと
- 信頼関係の構築 / 情報の透明化 / 裁量のある組織という三つのポイントを抑えること
まだまだ完璧には程遠くはありますが、試行錯誤してやってきた話ではありますので、このお話が今日聞いてくださったみなさんの、何かしらのお役に立てたのであれば嬉しいです。
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いつもゲームの話ばかりしていて、大して参考になる話はしません