特許法第68条(特許権の効力)には、以下のように規定されています。
特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。
ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。
特許権者(又は専用実施権者)は、業として特許発明の実施をする権利を専有します。したがって、業として特許発明の実施をする権利を正当に有しない者が業として特許発明の実施をした場合は、権利侵害となります。
権利侵害を回避するためには、特許発明とは異なる発明を実施すれば良いことになります。特許発明と異ならせるためには、特許発明がどの範囲まで及ぶかを把握する必要があります。
「特許発明」の技術的範囲については、特許法第70条第1項に、以下のように規定されています。
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。
「特許請求の範囲の記載」については、特許法第36条第5項に、以下のように規定されています。
第二項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。
したがって、特許請求の範囲に区分して記載された「請求項」によって特定される発明が、特許発明となります。
そして、請求項には、一般的には、発明を特定するための構成(要素)が記載されるので、請求項に記載された構成(要素)の全てを備えたものが、特許発明となります。
権利侵害を回避するためには、請求項に記載された構成(要素)を変更した発明を実施すればよいこととなります。
請求項に記載された構成(要素)が1つでも欠けている発明に対しては、特許権者は、特許権を行使できません。
特許発明の技術的範囲は、請求項に記載された構成(要素)の全てを備えたものに限るという原則を、「権利一体の原則」といいます。
文言侵害と均等侵害
業として特許発明の実施をする権利を正当に有しない者が、請求項に記載された構成(要素)の全てを備えた発明を実施することで特許権を侵害することを、「文言侵害」といいます。
しかし、請求項に記載された文言通りに解釈すると、特許権の侵害を簡単に回避できてしまい、特許発明の保護が不十分となる恐れがあります。
そこで、請求項に記載された文言通り解釈すれば権利侵害とはならないものの、所定の要件に該当する特許発明を実施している場合は、特許発明と均等な発明が実施されたとして、特許発明の技術的範囲に属する発明を実施していると解釈されます。
特許権者からすれば、特許発明の技術的範囲(特許権の効力が及ぶ範囲)が拡張されると見ることも可能です。このように、所定の要件を満たすとき、特許発明の技術的範囲(特許権の効力が及ぶ範囲)が拡張することが認める理論を、均等論といいます。
また、特許発明と均等な発明を実施することで特許権を侵害することを、「均等侵害」といいます。
なお、特許権の侵害の有無は、まずは、「文言侵害」であるかどうかを判断します。「均等侵害」は、「文言侵害」であるとは考えられない場合に、続いて判断されるべきものです。
ボールスプライン軸受事件
均等の要件は、ボールスプライン軸受事件(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決)によって、以下のように判示されています。
特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、
(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない
ときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。
(適宜改行を挿入しました)
上記の均等の要件を、均等5要件ともいいます。なお、文中の「対象製品等」は、「相手方が製造等をする製品又は用いる方法」です。また、「右部分」は、「対象製品等と異なる部分」です。
また、第4要件が若干読みづらいかもしれませんが、第4要件は、「対象製品等」が、「特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたもの」であれば、「対象製品等」は何人も特許権を取得できなかったはずのものであるので、そのような技術に特許権の効力を及ぼすことはできないという考えに基づく要件です。
マキサカルシトール製法事件(知財高裁)
均等5要件の主張立証責任については、マキサカルシトール製法事件の知財高裁判決の、「第4 当裁判所の判断」「1 訂正発明との均等の成否について」「(1) 均等の5要件及び立証責任について」において、以下のように示されています。
第1要件ないし第5要件の主張立証責任については,均等が,特許請求の範囲の記載を文言上解釈し得る範囲を超えて,これと実質的に同一なものとして容易に想到することのできるものと認定される範囲内で認められるべきものであることからすれば,かかる範囲内であるために要する事実である第1要件ないし第3要件については,対象製品等が特許発明と均等であると主張する者が主張立証責任を負うと解すべきであり,他方,対象製品等が上記均等の範囲内にあっても,均等の法理の適用が除外されるべき場合である第4要件及び第5要件については,対象製品等について均等の法理の適用を否定する者が主張立証責任を負うと解するのが相当である。
すなわち、第1要件~第3要件は特許権者側に主張立証責任があり、第4要件及び第5要件は権利侵害を主張された側に主張立証責任があります。
なお、判例では、上記引用部分の前に、均等論の考え方に関する記載があるので、均等論の理解を深めるために参照すると良いと思います。