本レポートは、2025年3月3日から3月6日にかけての4日間、MWC25 Barcelona および 4YFN に参加して得た知見や、当社の SI 事業への影響などについて、個人の見解をまとめたものである。
1. 概要
MWC (Mobile World Congress)
MWC (Mobile World Congress) は、モバイル業界における世界最大級の展示会である。通信技術、スマートデバイス、AI 、IoT 、クラウド、セキュリティなど最新のモバイル・テクノロジーに関する最先端の発表や議論が⾏われる。MWC には、スペイン・バルセロナで開催される MWC Barcelona をはじめ、中国・上海で開催される MWC Shanghai 、アメリカ・ラスベガスで開催される MWC Las Vegas などがある。この中でも最大規模のイベントは MWC Barcelona であり、毎年1回、2月末から3月初め頃に開催される。2025年は3月3日から3月6日にかけて開催された。
MWC Barcelona には、スタートアップや人材にフォーカスした併設イベントも存在する。
4YFN (4 Years From Now)
4YFN (4 Years From Now) は、MWC Barcelona に併設されるスタートアップ向けの展示会である。起業家、投資家、大企業が出会い、ネットワークを築く場として機能する。スタートアップ企業による最新の技術やサービスの展示が⾏われるだけでなく、ピッチコンテストやワークショップ、カンファレンスも開催され、革新的なビジネスの成長を支援するプラットフォームとなっている。MWC Barcelona と同時開催されることで、業界の主要プレイヤーとスタートアップの交流を促進する役割を果たしている。2025年は3月3日から3月6日にかけて、MWC Barcelona と同会場で開催された。
Talent Arena
Talent Arena は、2025年に初開催されたデジタル人材と開発者向けのイベントである。技術者、求職者、企業が集まり、最新技術の学習やキャリアアップの機会を提供する場となっている。ワークショップやハッカソン、パネルディスカッションが開催され、AI 、量子技術、サイバーセキュリティなどの最新トレンドが議論される。MWC Barcelona と同時開催されることで、テクノロジー業界の人材交流を促進する役割を担っている。2025年の3月3日から3月5日までの3日間、MWC Barcelona および 4YFN より1日短い期間で、別会場にて開催された。
MWC25 Barcelona および 4YFN において、聴講予定のセッションの都合により会場間の移動が困難であったため、Talent Arena には参加できなかった。そのため、Talent Arena で実施されたイベントの内容は記載していない。また、MWC25 Barcelona および 4YFN では、同時刻に複数のセッションが開催されており、すべてを聴講することは現実的に不可能であった。さらに、数千に及ぶ展示があるため、それぞれを詳細に見て回り、すべての内容を把握することも困難であった。そのため、本レポートはイベント全体を網羅するものではなく、参加したセッションや展示に基づいて執筆している。
2. 参加目的
MWC25 に参加するにあたって、下記2つの参加目的を設定した。
SW開発における生成AIの活用について
今後の SW 開発において AI 活用の重要性はますます高まる。特に生成 AI は、現在は主にコーディングにおいて利用されているが (GitHub Copilot など) 、今後はコードレビューやテストなどでも本格的に利用できるようになることが考えられる。これにより、『SW 開発で生成 AI を巧みに活用できているかどうか』が、個人やチームの生産性、しいては企業の業績に大きな影響を与えると考える。MWC25 に参加することで、生成 AI の技術動向だけでなく、海外企業が生成 AI との付き合い方をどのように捉えているかという意識の違いについて学ぶ。
エッジAIの動向について
他の AI 技術として、エッジ AI に着目する。エッジ AI は自動運転などの実現に必要不可欠な技術であり、今後の急速な発展が予想される。この技術は、利用者のジェスチャー認識機能を用いたスマデバアプリへの活用など、様々なシステムに活用することが可能である。MWC25 への参加で、最先端の技術動向を学び、今後の提案活動やシステム開発の幅を広げられるように海外企業の活用事例や展望について理解する。
3. 技術トレンドの分析
3.1 主要な技術トレンド
MWC25 および 4YFN を通じて、以下の技術トレンドが注目されていたと考える。
生成AI
- Google Cloud の展示では、5⾏で Gemini をアプリに組み込む例が紹介されていた。担当者は、ローコードでの AI 機能の組み込みがトレンドであると述べていた。
- 生成 AI に関するセッションでは『Human in the Loop』というキーワードが登場していた。AI による自動化が進む中でも、人間が監視・調整する仕組みが求められていることが、様々なセッションで強調されていた。
- AI の精度向上は進んでいるものの、依然としてハルシネーションの発生リスクはある。品質管理や透明性の確保、ユーザーの信頼獲得が企業の AI 活用における重要な課題となると考えられる。
エッジAI
- 『On Device AI: Is it Time to Go All-in』というセッションでは、AI のクラウド処理による電⼒消費が今後ますます増加するため、持続可能なインフラ整備が求められていること、そしてエッジデバイス上での AI 処理が重要となることが述べられていた。
- Arm 社と Stability AI 社による発表では、オフライン環境にあるスマートフォンの CPU だけで⾳声生成を7秒以内に処理できることが実証された。
- 『2025 Global Mobile Trends presented by GSMA Intelligence』という MWC25 を主催する GSMA の方が講演者を務めたセッションでは、2025年におけるモバイルのトレンドとして、生成 AI の推論がエッジに移⾏する流れが加速することが述べられていた。
Agentic AI
- セッション・展示ともに、多くの場⾯で『Agentic AI』という単語が用いられていた。
- 『The Web is Dead: Agentic AI and the Rise of the Post-Web Era』というセッションでは、Web 検索に依存しない Agentic AI 時代の到来が強く示唆されていた。
- Agentic AI の振る舞いを企業のブランドの特性に適応させるための『パーソナリティエンジニアリング』が新たな領域として注目されている。
- また、⾔語や地域の⽂化的背景に応じたパーソナライズも同様に求められている。
Physical AI
- AI はこれまで、デジタル領域に主に存在していたが、ロボティクスと組み合わせることで現実世界への適用が進んでいる。
- AI モデルを実環境で学習させるコストは高く、シミュレーションでのデータ収集・学習が活用されているが、実環境との差異が問題となっている。
- 汎用ロボットの普及が進めば、ロボティクス市場は現在の10倍以上に成長する可能性が示唆されたが、それには AI が不適切な判断を下した際の責任の所在や安全性の確保が大きな課題となっている。
3.2 展示の動向
主に、AI アプリの開発やデバイスでの AI 処理について調査した。
Arm
オフライン環境のスマートフォンでも、CPU だけで⾳声生成を7秒以内に完結させるというデモや、同じくオフライン環境で DeepSeek を利用するというデモがあった。AI 処理をデバイス上で⾏うことがモバイルの将来像の⼀つであると紹介されており、『The Future of Mobile AI is Powered by Arm』や『The Future of AI is Built on arm』というフレーズが強調されていた。デバイスで AI 処理を⾏うとなると、デバイスの価格が気になったが、フラッグシップモデルだけでなく低価格帯のデバイスにも展開されていくと担当者から説明を受けた。
Intel
『AI on Device』というデモがあった。このデモでは、ユーザーの画像を撮影し、ポーズや表情を画像認識することで感情の種類やその大きさが表示された。AWS の Rekognition で同じような感情分析を体験したことがあったが、このデモでは AI 処理がデバイス上で⾏われているという点で大きな違いがあった。担当者はセキュリティやプライバシーの観点からデバイス上で AI 処理を完結させることのメリットや重要性を説いていた。
WIT Software SA
生成 AI を活用した新しい RCS (Rich Communication Services) が紹介されていた。ユーザーがピザ屋に電話をする場⾯を想定したデモが⾏われ、スマートフォンに表示されたアバターと⾳声でのやり取りをすることでスムーズに予約が完了していた。担当者がユーザー役をしていたが、はっきりとした発⾳でなくても難なく動作していたことが印象的だった。
KDDI
コンビニの商品棚を模したコーナーがあった。棚の上部にはデジタルサイネージがあり、映像認識を用いることで手に取った商品特有の映像が流れるというものだった。ポテトチップスを手に取ると、『Nice choice!』と表示されたり、キャラクターが喋り始めたりしていた。今回は商品ごとに特有の映像が流れるというものであったが、実際には商品を手に取った人物の性別や年齢を認識し、手に取った商品に合う商品をレコメンドするというような使い方を想定していると説明を受けた。
4. まとめと所感
4.1 技術トレンドのまとめ
従来の『検索して答えを得る』スタイルは、Agentic AI の台頭により変わりつつあり、AI が自律的に最適な情報を提供する時代が近づいている。また、企業のブランド戦略にも AI が深く関わるようになり、『AI をどのように企業の個性として組み込むか』が新たな課題となっていた。⼀方で、AI の進化が進むほど、リスクや規制の問題も顕著になると感じた。特に Physical AI では、制御の難しさや責任の所在の曖昧さが、技術普及の大きな課題として浮上している。MWC25 を通じて技術革新だけでなく、『AI をどう社会に適応させるか』が今後の重要なテーマになると改めて認識した。
4.2 SI 事業への影響
AI の進化が SI 事業へ与える影響の大きさを改めて感じた。特に『Agentic AI の活用』『エッジ AI によるシステム変革』『生成 AI と人間の関与』の3点が重要なテーマになると考える。
Agentic AI の活用
企業の業務プロセスに Agentic AI を統合する流れが加速しており、SI 事業でも単なるシステム開発にとどまらず、Agentic AI を活用したソリューション提案が求められると感じた。従来の検索や手動⼊⼒による業務が、Agentic AI によって最適化される未来が⾒えてきたと考えられる。
エッジAIによるシステム変⾰
クラウド依存を減らし、デバイス上での AI 処理を可能にするエッジ AI の普及が進んでいる。これはリアルタイム処理の高速化やデータプライバシーの強化に直結するため、今後の SI 事業ではエッジ環境を考慮した開発が不可欠だと実感した。
生成AIと人間の関与
生成 AI の活用は今後ますます増えていくが、完全な自動化ではなく、人間が適切に関与しながら信頼性を確保する『Human in the Loop』の考え方が前提となる。SI 事業においても、AI の誤作動やハルシネーションを制御しつつ、最適な業務適用を考えることが求められることを再認識した。
4.3 参加目的の振り返り
前節と内容が重複する部分もあるが、イベント参加前に設定した2つの目的『SW 開発における生成 AI の活用について』『エッジ AI の動向について』それぞれについて振り返る。
SW開発における生成AIの活用について
MWC25 では、SW 開発に特化した生成 AI の活用事例は想定より少なく、当初の目的を完全に達成したとは言いづらい。しかし、AI 機能をアプリに組み込む技術や『Human in the Loop』の考え方を学ぶことで、生成 AI の活用が進む中での課題や方向性について理解を深めることができた。特に、AI の自律性と人間の関与のバランスが重要視されており、コードレビューやテストへの適用には慎重な運用が求められると感じた。また、生成 AI の精度向上が進んでいる⼀方で、ハルシネーションの発生や品質管理の課題が依然として大きなテーマであることも改めて認識した。
企業ごとに AI 導⼊への姿勢が大きく異なる点も印象的だった。積極的に生成 AI を活用し、開発の効率化を進める企業がある⼀方で、品質やリスク管理を重視し、導入を慎重に進める企業もあるという。この違いは、各企業が AI に対してどの程度の信頼を置いているか、またどのようにリスクを管理しようとしているかによるものであると感じた。海外企業の展示を通じて、生成 AI の導入が単なる技術的な課題ではなく、企業戦略の一環として慎重に検討されていることがよく分かった。
今後の SW 開発における生成 AI の活用を進めるためには、技術の成熟度だけでなく、企業の導⼊戦略や考え方にも注目しながら情報を収集していくことが重要だと感じた。単に技術を取り入れるのではなく、それをどのように業務やプロセスに適用し、どのように信頼性を確保するかが今後の大きな課題であると考える。
エッジAIの動向について
MWC25 を通じて、エッジ AI の重要性が想像以上に大きいことを実感した。特に、デバイス上での AI 処理は、リアルタイム性の向上やプライバシー保護、ネットワーク負荷の軽減といった観点から、今後の技術革新の中心になると感じた。実際、展示やセッションでは、クラウド依存を減らし、デバイス単体で AI 処理を完結させる技術の進展が強調されており、今後エッジ AI がさまざまなシステムに組み込まれていく流れが⾒えてきた。
また、AI の電⼒消費が増加する中で、持続可能なインフラの構築が求められている点が印象的だった。エッジ AI は、クラウドでの処理を減らすことでエネルギー効率を向上させるとともに、オフライン環境でも高度な AI 機能を提供できる利点がある。MWC25 では、Arm 社や Intel 社がスマートフォン、PC の CPU のみで高度な AI 処理を実現する技術を紹介しており、今後エッジ AI がモバイルデバイスに広く展開されることが期待されると感じた。
一方で、これらの技術がすぐに市場で広く普及するわけではなく、2~3年以内に大きく変化するというよりは、徐々に適用範囲が拡大していくと考えられる。そのため、現時点からエッジ AI の進化を意識し、どのようにシステム開発やサービス提案に活用できるかを検討しておくことが重要だと感じた。MWC25 で得た知見を基に、エッジ AI の最新技術動向を追いながら、具体的な活用方法を模索していきたい。
4.4 MWC25での学びをどう活かすか
MWC25 では、セッションをリアルタイム⽂字起こし・翻訳アプリを使って聞いていた。しかし、あるセッションで聴衆が笑う場⾯があり、笑い声を聞いたことで講演者が冗談を交えて話していたことに気づいた。この瞬間、自分の英語力がまだ十分でないことを痛感した。また、展示では担当者と直接やり取りする場⾯が多く、翻訳ツールがあってもリアルタイムの会話では意思疎通の難しさを感じた。特に、技術的な質問を深掘りする際や、相手の言葉の意図を正確に汲み取る場⾯では、瞬時に理解し適切に返答する力が求められると実感した。こうした経験を通じて、改めて英語の重要性を強く感じた。現場に配属されてからの半年間を振り返っても、英語を読む機会は想像以上に多い。技術ドキュメントやチュートリアル、メソッドの説明など、日常的に英語を使う場⾯は多く、スムーズに理解できるかどうかが、そのまま作業効率に直結する。AI による翻訳技術は進化しており、英語を学ぶ必要性が薄れる可能性もあるかもしれないが、改めて英語をしっかりと学び、海外の情報を直接キャッチアップできる力を身につけることは、自分自身の大きな強みになると考えている。
MWC25 での経験を通じて、自分に足りない部分が明確になったことは大きな収穫だった。今後は、技術スキルの向上に加え、社内外の研修にも積極的に参加し、技術知識の習得だけでなく、英語を活かした情報収集や海外とのコミュニケーション能力の向上にも取り組んでいきたい。将来的に海外の技術情報をより深く理解し、スムーズに活用できるエンジニアとなることを目指して努力を続けていこうと思う。