はじめに
永久磁石同期モータ(ブラシレスモータとも呼ぶとブラシレスモータ警察が出動する)の一般的な制御方法としてはベクトル制御が挙げられ、過去様々な専門書にてその特徴および構成について述べられています。
ベクトル制御は何がエポックメイキングだったかと言うと、ベクトル制御以前は交流モータで実現できなかった瞬時トルク制御を実現した事にあります。これによってモータとしての主流であった直流モータを置き換えるだけでなく、理想的なトルク発生源であることによって産業界への現代制御実用化の橋渡しを果たすという、とんでもない役割までもを果たしていたりします。(詳細については下記ポスト参考)
ベクトル制御の何が凄かったのかを過去整理した際に、①交流モータの性能が直流モータを凌駕 ②産業界への現代制御実用化の橋渡しとなった…という2点を挙げたのだが出典をすっかり忘れていた。
— モータ制御マン (@motorcontrolman) April 24, 2024
①は日立論評https://t.co/Q3GDwe2Gxv
②は赤木先生。https://t.co/cYD7y2BGZw pic.twitter.com/fPxGg1qXcd
「ベクトル制御」の構成要素については諸説ありますが、「ベクトル制御=瞬時トルク制御」と読みかえた場合の構成要素は下記①だけでなく②も含まれるものとして著者は考えています。(あくまで著者の解釈である点注意)
①d,q座標系における数式モデルに基づいた制御器の設計・実装
②d-q軸間非干渉制御による入力→出力関係の線形化
下記オマケにて紹介している永久磁石同期モータのオススメ本においても、上記①②の両方に関して説明されている本がほとんどではありますが、②非干渉制御 のバリエーションについて述べている本は無かったものと記憶しています。
そこで本記事では、永久磁石同期モータ制御のうち非干渉制御にスポットライトを当て、いくつかの非干渉制御の構成およびその特徴についてMATLAB/Simulinkでのシミュレーション結果を交えながら解説を行うものとします。
本記事にて解説の対象とする非干渉制御の特徴についてざっくりまとめると下記の表となります。特徴比較の観点は他にもいっぱいあるかと思うのでSimulinkモデルを作ってみて試してみることをオススメします。MATLAB/Simulinkって便利!(唐突なQiitaアドベントカレンダー然とした発言)
非干渉制御の種類 | 状態FB型 | 指令値型 | 偏差型 | |
---|---|---|---|---|
特徴㋐ | 制御周期が短い 前提における性能 |
◎ | △ | 〇 |
特徴㋑ | 制御周期に対する 性能ロバスト性 |
× | 〇 | 〇 |
特徴㋒ (㋐と㋑より 決まる) |
制御周期が長い 前提における性能 |
× | △ | 〇 |
本記事の構成を下記に示します。上記の通り、紹介する非干渉制御法は制御周期に対する性能ロバスト性において明確な差異があることから、制御器を離散化した上で比較する必要がありますが、永久磁石モータ制御を分かりやすく説明する上では連続系が好ましいため、1~3章までを連続系として述べた上で、4章にて離散化について述べ、5章にて本論である色々なd-q軸間非干渉制御の比較について述べる構成としています。
- 1章では、非干渉制御を除く永久磁石同期モータの制御法について述べる。
- 2章では、以降の制御性能検証に用いるパラメータについて述べる。
- 3章では、1章にて述べた非干渉制御を含まない制御法の制御性能について述べる。
- 4章では、連続系として説明してきた永久磁石同期モータを離散化した上で、Simulinkにて制御性能を検証する方法について述べる。
- 5章では、「色々なd-q軸間非干渉制御」について紹介した上で、その制御性能について述べる。
<オマケ>
永久磁石同期モータのオススメ本については下記ポストでまとめています、ご参考。
春と言えば新人配属、新人配属といえばモータ制御の布教!(極めて偏った考え) ということで、永久磁石同期モータの本を以下ざっくりと紹介していきます。
— モータ制御マン (@motorcontrolman) May 6, 2024
上がっていない本でオススメがあればぜひ教えて下さい🙏
1. 永久磁石同期モータの基本的な制御法
1.1 永久磁石同期モータの数式モデル
d-q座標系における永久磁石同期モータの電圧方程式は下記にて表される。
\begin{bmatrix}
V_d \\
V_q
\end{bmatrix}
=
\begin{bmatrix}
R+sL_d & -\omega L_q \\
\omega L_d & R+sL_q
\end{bmatrix}
\begin{bmatrix}
I_d\\
I_q
\end{bmatrix}
+
\begin{bmatrix}
0\\
\omega Ke
\end{bmatrix}
Vd, Vq:d軸電圧[V]、q軸電圧[V]
Id, Iq:d軸電流[A]、q軸電流[A]
Ld, Lq:d軸インダクタンス[H]、q軸インダクタンス[H]
R:巻線抵抗[Ω]
ω:電気角速度[rad/s]
Ke:永久磁石による鎖交磁束の実行値[V/(rad/s)]
s:ラプラス演算子
1行目のみに着目すると、
V_d
=(R+sL_d)I_d - \omega L_q I_q
として表され、これをId
について解くと下記式が得られる。
I_d=\frac{V_d + \omega L_q I_q}{R+sL_d}
同様にIq
について解くと下記式が得られる。
I_q=\frac{V_q - \omega L_d I_d - \omega K_e }{R+sL_q}
Id
,Iq
についての式をSimulinkにてモデル化した結果を下記に示す。
上図のうち、赤線部がd-q軸間干渉項に該当する。ピンクにて表現されたωKe
項は永久磁石磁束による逆起電力項として、本項ではd-q軸間干渉項と区別するものとする。
1.2 非干渉制御を除く制御器設計
下図に 1.1節にて述べた永久磁石同期モータの数式モデル(赤領域内に配置)と非干渉制御を除く制御器(青領域内に配置)と結合させた、永久磁石同期モータの制御システムを示すものとする。
実際のモータ制御ではトルク指令値からd,q軸電流指令値に変換されるケースが一般的であるが、本記事では説明の簡略化を目的として左端のステップ応答ブロック(Idq_ref)に対しそれぞれマイナス1倍およびプラス1倍した値としてd,q軸電流指令値が与えられるものとして定義している。
以下では、タイトルであるd-q軸間非干渉制御器以外の制御器の設計方法について述べるものとする。具体的には、d,q軸電流フィードバック制御器(上図におけるCds、Cqs)および緑にて示している永久磁石磁束による逆起電力項に対する補償項目について述べる。
1.2.1 d,q軸電流フィードバック制御器の設計(極零相殺)
d-q軸間干渉項、永久磁石磁束による逆起電力項が存在しないものとすると、d軸電流とq軸電流の関係は下記式にて表すことができる。
I_d=\frac{1}{R+sL_d} V_d
ここで、d軸電圧Vd
がd軸電流指令値Id*
と出力値Id
の偏差を入力とする連続系の制御器C(s)
によって決定されるものとすると、上式は下記のように変形できる。
I_d=\frac{1}{R+sL_d} C(s)(I_d^* - I_d)
制御器C(s)
がPI制御器であるものとし、これを極零相殺によって設計した場合、下記のように表される。
C(s) = k_p + \frac{k_i}{s} =\frac{L_d}{\tau} + \frac{R}{\tau s} =\frac{R+sL_d}{\tau s}
\tau = \frac{1}{2\pi F_c}
τ:時定数[s]
Fc:応答周波数[Hz]
このとき、d軸電流指令値Id*
と出力値Id
の関係は下記のように表される。
I_d=\frac{1}{R+sL_d} \frac{R+sL_d}{\tau s} (I_d^* - I_d)
I_d = \frac{1}{\tau s + 1} I_d^*
すなわち、C(s)
を極零相殺にて設計することで、出力値Id
は目標値Id*
に対し1次遅れの応答性として設計することが出来る。
1.2.2 永久磁石磁束による逆起電力項に対する補償項の設計
前述の通り、永久磁石磁束による逆起電力項は上図においてピンク色のωKe
として定義される。モータ回転角速度ω
が制御器にて検出可能であるとすると、単にこのω
にKe
を乗算することで補償項として設計することが可能であり、上図では制御器(青領域内に配置)内の緑線部として表される。
2. 検証に用いるパラメータ
下記にて定義する。
角速度ωは3章・4章において様々な条件下での検証を行うが、5章以降は2500[rad/s]で固定する。
モータパラメータ
Ld = 2.0[mH]
Lq = 2.0[mH]
R = 0.1[Ω]
Ke = 0.1[V/(rad/s)]
ω = 2500[rad/s](検証条件に別途記載される場合は除く)
制御器パラメータ
Fc:50[Hz]
3. d-q軸間干渉項が制御性能に及ぼす影響(非干渉制御なしの場合)
ここでは1.2節にて示した、d-q軸間非干渉制御を含まない永久磁石同期モータの制御システムの制御性能評価を行うことで、d-q軸間干渉項が制御性能に及ぼす影響を示すものとする。
制御性能評価はd,q軸電流指令ステップ応答およびq軸電圧外乱を与えた場合の、d,q軸電流の応答波形の観測によって行うものとする。(本来であればボード線図にて目標値追従性、一巡伝達特性、電圧外乱抑圧性の評価を行うべきであるが、時間がないので紙面の都合上、省略する。 なお、ボード線図としての性能評価は 文献 高速用永久磁石同期モータの新ベクトル制御方式の検討 が詳しいので参照のこと)
以下では、0.02[s]でId指令=-1[A]、Iq指令=1[A]のステップ入力を、0.1[s]でVqに-0.3[V]のステップ状q軸電圧外乱を与えた場合の結果をそれずれ示す。
3.1 角速度0[rad/s]条件での評価結果
制御器としては非干渉制御が無いが、角速度0[rad/s]すなわちd-q軸間干渉が発生しない条件下であるためd,q軸電流指令ステップ応答に対しd,q軸電流は1次遅れ系として良好に追従していることが観察できる。
q軸電圧外乱に対しても、q軸電流誤差が発生するものの1次遅れ系としてq軸電流指令値に戻っていく様子が観察できる。
3.2 角速度100[rad/s]条件での評価結果
d-q軸間干渉が発生することで、d,q軸電流指令ステップ応答特性が悪化している様子が観察できる。
またq軸電圧外乱に対する影響は、0[rad/s]条件ではq軸電流のみに現れたが本条件ではd軸電流に対しても現れる。0.5[s]時点においてd,q軸電流のいずれも指令値に戻りきらない結果となっている。
3.3 角速度500[rad/s]条件での評価結果
d,q軸電流指令ステップ応答特性は100[rad/s]条件に対し更に悪化するが、これは角速度が増加したことでd-q軸間干渉が強まったことによる影響である。q軸電圧外乱に対する影響は、もはやd,q軸電流が指令値に戻りきらない状態から外乱を与えているので正しく評価出来ているとは言えない。(が、あくまでここで言いたいのは角速度が大きいほどd-q軸間干渉が強まるという事であるので評価条件の見直しは実施しないものとする)
3.4 角速度2500[rad/s]条件での評価結果
以降にて共通で使用する角速度 2500[rad/s]条件での結果としては、d-q軸非干渉制御が無ければ制御が出来ているとは到底言えない結果となった。
3.5 d-q軸非干渉制御なしの場合の制御性能 まとめ
・d-q軸非干渉制御が無くとも、0[rad/s]条件であれば良好な性能が得られる
・角速度の増加に伴いd-q軸間干渉が強まり、制御性能が悪化する
4. 制御器の離散化
ここでは、表題である「色々なd-q軸間非干渉制御」の制御性能差を明確化する目的で、連続系として設計した制御器を離散化した際の影響をSimulinkで評価するための具体的方法と、離散時間が十分に小さい条件下においては連続系・離散系それぞれの結果が概ね一致することまでを示すものとする。
4.1 Simulinkにおける制御器の離散化
Simulinkにおける制御器の離散化手法としては様々であるが、著者がよく使うのは下記のPulse Generator + Triggerd Subsystem の構成である。(なんでこうするか:タイマ割り込みによって制御器が動作するイメージとして分かりやすいのでこのような表現としている。)Pulse Generator プロパティの1つである周期(秒)に設定されたパラメータ Ts
に設定された数値がすなわち制御周期として設定される。
Triggerd Subsystem内に配置されたd軸電流制御器の構成を下記に示す。制御器そのものはDiscrete PID Controllerブロックを使うものとし、Pゲイン、Iゲインは連続系における設定値を踏襲している。
4.2 離散化前後の制御性能比較(角速度 0[rad/s])
制御周期Ts = 0.1[ms]条件におけるシミュレーション結果を下記に示す。
黒線および黒一点鎖線は連続系制御器を用いた場合のd,q軸電流、青線および橙線が離散系制御器を用いた場合のd,q軸電流であるが、制御周期Tsが十分に小さいため応答波形は一致する結果となっている。
5. 色々なd-q軸非干渉制御
1章~3章では、永久磁石同期モータ制御システムのうちd-q軸非干渉制御を除く部分にて説明した上で、d-q軸非干渉制御が無い場合の制御性能評価までを行った。以降では、やっとこさ本記事のタイトルである色々なd-q軸間非干渉制御の構成、および制御性能を示すものとする。
なお、以降では説明の都合上、制御システム構成図は連続系として示すが、制御性能評価は4.1節にて述べた手法にて離散化を行った上で行うものとする。
5.1 状態FB型 非干渉制御
状態FB型の非干渉制御を追加した永久磁石同期モータの制御システムを下図に示す。図中において、青線部がd-q軸間非干渉制御であるが、モータモデルに含まれるd-q軸干渉項を完全に打ち消す形で非干渉化が行われていることが伺える。
なお、上記の非干渉制御を「状態FB型」と呼称してるのは、操作量であるd,q軸電圧に対し状態量であるd,q軸電流にゲインωL
を乗算した上でFBさせている事から、状態FB制御として解釈できるためである。
余談であるが、上記非干渉制御の初出と推測されている論文 [d-q軸非干渉化による同期電動機の線形化制御法とその最適速度サーボ系設計への応用(1989年)]においても、非線形状態FB制御であるものとして記述されている。(https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejias1987/109/11/109_11_817/_article/-char/ja/)
5.1.1 制御周期が十分に短い場合の制御性能(Ts=0.1[ms])
状態FB型の非干渉制御において、制御周期が十分に短い場合の制御性能は0[rad/s]にて非干渉制御を行わない条件(3.1節参照)と概ね一致する。これは、制御システム図からも見て取れたようにモータモデルに含まれるd-q軸干渉項を完全に打ち消す形で非干渉化が行われているためで、そもそもd-q軸間干渉が発生しない0[rad/s]条件とで結果が一致したものである。
5.1.2 制御周期が長い場合の制御性能(Ts=1[ms])
状態FB型の非干渉制御において、制御周期が長い場合は制御性能が著しく悪化しd,q軸電流ともに大きな振動が長時間継続する結果となる。これは、制御周期が長期化したことでd-q軸間非干渉制御に使われるd,q軸電流に遅延が発生、結果としてd-q軸間非干渉制御項とモータモデルに含まれるd-q軸干渉項が一致しなくなることで制御が不安定化したことが要因として考えられる。
【参考】5.1節の構成にd,q軸電流指令値LPFを追加した場合
5.2節以降にて述べるd-q軸間非干渉制御では、制御システム構成においてd,q軸電流指令値LPFを含む。これら制御システムの制御性能と、状態FB型の非干渉制御の制御性能を対等に比較する目的で、ここでは状態FB型の非干渉制御にd,q軸電流指令値LPFを追加した場合の制御性能を参考として示すものとする。
制御システム構成図を下記に示す。d,q軸指令ブロックIdq_ref
の直後にLPFブロックを挿入することで実現している。なお、LPFの時定数としてはPI制御器の設計に用いた時定数と揃えるものとする。(帯域設計の考え方からは、制御器の時定数に対しLPFの時定数を倍以上に設定することが好ましいが、説明の都合上で時定数を揃えるものとしている)
下記に、制御周期が長い場合(Ts=1[ms])の制御性能を示す。d,q軸電流指令値になまし処理が追加されただけで、d,q軸電流の挙動としてはLPF追加前からほどんど変化しない結果となった。
5.1.3 状態FB型 非干渉制御 まとめ
・制御周期が短い場合、d-q軸間干渉項を完全に打ち消すことで良好な制御性能が実現できる
・制御周期が長い場合、d-q軸間干渉項を打ち消すことが困難になることで制御性能が著しく悪化する
5.2 指令値型 非干渉制御
指令値型の非干渉制御、およびd,q軸電流指令値LPFを含む永久磁石同期モータの制御システムを下図に示す。図中において、青線部が指令値型d-q軸間非干渉制御であるが、5.1節と比較して非干渉制御に用いられるd,q軸電流が出力値から指令値に置き換えられている点に着目されたい。
5.2.1 制御周期が十分に短い場合の制御性能(Ts=0.1[ms])
シミュレーション結果を下記に示す。
d,q軸電流指令に対する追従性としては良好なように伺えるが、q軸電流偏差が0.1[s]時点まで継続してしまう結果となっている。0.1[s]時点でq軸電圧外乱が重畳された後は、d,q軸電流偏差が発生したのち0.2[s]時点でもやはり偏差が残る結果となっていることから、制御周期が十分に短い条件下においては状態FB型の非干渉制御に対し制御性能では劣る結果となっていることが言える。
5.2.2 制御周期が長い場合の制御性能(Ts=1[ms])
シミュレーション結果を下記に示す。
制御周期が十分に短い場合と比較すると、指令値ステップ応答直後およびq軸電流外乱重畳直後に高周波の振動が継続している点にのみ差異があり、d,q軸電流偏差が長期発生し続ける現象は同様である。
高周波の振動が発生した要因としては、制御周期が長いことで指令値入力がスムーズで無くなり、このことがシステムに対するステップ電圧外乱のように働くことでモータの電気1次共振を叩き、高周波振動となって表れたものと考察している。
【参考】指令値ローパスフィルタが無いとどうなるか
指令値型の非干渉制御が良好に動作する前提として、d,q軸電流≒d,q軸電流指令値 であることが必要とされる。状態FB型の非干渉制御は、d,q軸電流そのものを用いることでd-q軸干渉項目を完全に打ち消すことができるため、制御周期が制約を受けない前提下においては理想的な非干渉制御であることが言える。指令値型の非干渉制御は、理想的な非干渉制御に対しd,q軸電流をd,q軸電流指令値で代用するものであるため、d,q軸電流とd,q軸電流指令値の誤差が大きくなる条件ほど制御性能としては劣化することが考えられる。
指令値型の非干渉制御において、制御システムにd,q軸電流指令値LPFを含むのはd,q軸電流とd,q軸電流指令値の誤差を極力低減するためのものであって、d,q軸電流指令値LPFを除去した場合はその制御性能が著しく劣化する。これを下図に示す。
d,q軸電流とd,q軸電流指令値の誤差が大きくなったことで、d,q軸電流指令値の変動直後に大幅なd,q軸電流脈動が発生していることが観察できる。
5.2.3 指令値型 非干渉制御 まとめ
・制御周期が短い場合、非干渉制御にd,q軸電流そのものではなくd,q軸電流指令値を代替利用することで、状態FB型の非干渉制御に対し劣る制御性能となる
・制御周期が長い場合、制御周期が短い場合と比べ高周波振動が発生、制御性能が若干劣化する
5.3 偏差型 非干渉制御
偏差型の非干渉制御、およびd,q軸電流指令値LPFを含む永久磁石同期モータの制御システムを下図に示す。図中において、青線部が偏差型d-q軸間非干渉制御であるが、5.1節と比較して非干渉制御に用いられるd,q軸電流が出力値からd,q軸電流偏差(偏差=指令値-出力値)に置き換えられた上で、積分器1/τs
が挿入されている点に着目されたい。
なお、偏差型非干渉制御は文献 高速用永久磁石同期モータの新ベクトル制御方式の検討 にて「カスケード型ベクトル制御」 の名称にて記載されたものであるが、本稿における制御構成では積分器ωc/s
を1/τs
に置き換えた上で、電流制御器R+Ls
および非干渉制御器ωL
の両方に乗算した形として表現している点に差異があるが、制御性能としては同等である。(このことで制御システムにおける微分を不要としている。なお、このことで積分器の数が倍に増加してしまっているが、積分器を1つとしてまとめて表現することも可能である)
5.3.1 制御周期が十分に短い場合の制御性能(Ts=0.1[ms])
シミュレーション結果を下記に示す。
d,q軸電流指令に対する追従性としては基本的に良好であるが、状態FB型の非干渉制御(d,q軸電流指令値LPF無し)と比較すると指令値LPFを追加した影響により若干悪化したようには伺える。後述するが、d,q軸電流指令値LPFを除いた場合はd,q軸電流に若干の脈動が発生するため、LPFの有無に関わらず制御性能は状態FB型の非干渉制御に対し劣ることが言える。
q軸電流外乱に対する抑圧性については、状態FB型の非干渉制御と異なった結果として表れている。これは、状態FB型の非干渉制御はd-q軸間干渉を完全に打ち消すことでモータを0[rpm]相当として制御するのに対し、偏差型非干渉制御はモータをそのままの回転数として制御しているためで、プラントが持つ特性がそのまま表れているためと言える。
5.3.2 制御周期が長い場合の制御性能(Ts=1[ms])
シミュレーション結果を下記に示す。
制御周期が0.1[ms]→1[ms]と10倍程度変化した場合であっても、d,q軸電流指令に対する追従性は同等の結果となった。このことから、偏差型非干渉制御は制御周期の長さに対しロバストな特性を有する事が言える。
q軸電流外乱に対する抑圧性については、制御周期が0.1[ms]→1[ms]と10倍程度変化したことで脈動が少なくなったように見えるが理由は不明である。(ちゃんとした理由の考察にはボード線図表現が必要と思う)
【参考】指令値ローパスフィルタが無いとどうなるか(Ts=0.1[ms],1[ms])
5.3節にて示した制御システム構成よりd,q軸電流指令値LPFを除去した際の制御性能を下記に示す。LPFありの場合と比較して、制御周期によらず電流指令ステップ応答後にd,q軸電流脈動が発生していることが確認できる。このことから、偏差型の非干渉制御においてはd,q軸電流指令値LPFとの併用が好ましいことが言える。
5.3.3 制御周期がさらに長い場合の制御性能(Ts=1.5[ms],2.0[ms])
制御周期 0.1[ms]→1[ms]の変化では制御性能に対する影響が見られなかったため、更に制御周期を長くした場合の制御性能の評価を行うものとする。
制御周期 1.5[ms]条件での制御性能を下記に示す。制御周期 0.1[ms],1[ms]での結果と大きく異なっており、d,q軸電流脈動が発生したまま収まらない結果となった。
怪しくなってくる
制御周期 2.0[ms]条件での制御性能を下記に示す。ここまでくると、さすがの偏差型非干渉制御であっても制御破綻が発生する。
なお、制御周期 2.0[ms]条件にて制御破綻しない制御器パラメータ
Fcを調査したところ、元の50[Hz]から10[Hz]程度まで低下させた場合に制御破綻は発生しなくなった。
5.3.4 偏差型非干渉制御 まとめ
・制御周期の長さに対し制御性能がロバストである特性を有する
・ただし、制御周期をどこまでも下げてよいという訳ではない。
6. まとめ
本稿では、①出力FB型 ②指令値型 ③偏差型 のd-q軸間非干渉制御の性能差について、指令値ステップ応答およびq軸電圧外乱抑圧性の2点から比較を行った。ボード線図表現としての目標値追従特性、ならびに外乱抑圧特性については省略しているため簡易的な評価ではあるものの、それぞれの非干渉制御の差異について浮き彫りにすることが出来たと考えている。
…という真面目なクロージングはさておきとして、本稿を通して色々な非干渉制御について知って頂ければ & シーンに応じて使い分けていただければ幸いである。