はじめに
私はこの3年近くにわたり、HERE Technologies(以下、HEREと書きます)の地図作り携わっています。この記事では、グローバル企業で日本地図を作るとはどういうことなのか?について、簡単にまとめます。
地図サービスはグローバル企業による展開が主流
2000年代なら、世界各国各地域にそれぞれ存在する地図会社が、その地域独自の文化を理解した上でサービスを展開することが多かったのですが、現在では具体的にはGoogleやAppleなど、限られた大手グローバル企業が世界の各国や地域で地図サービスを展開し、多数の利用者を獲得している状況です 1 。今回紹介するHEREも、そうしたグローバル企業の1つです。
HEREと日本市場
HEREは、大手自動車メーカーを顧客に持ち、Navteqという会社名で知られていた時代を含め、B2B向けの地図サービスを30年以上にわたってグローバルに展開する老舗企業です。しかしながら、日本市場での製品展開の歴史はまた新しく、2020年以降に始まりました。それもあって日本ではHEREが一般にはあまり知られていません。また、HEREという企業にとっても日本の地図作りの知見はほぼゼロからのスタートとなりました。
日本は全てがユニークである
2016年にCARTOの創業者のJavierが私に京葉線の電車の中で「日本は全てがユニークである」と語ったことが記憶に強く残っているのですが、少なくとも地図に関しては、彼の言ったとおりに独特だと思います。
日本の地図は都市部は詳細に表示され(2500分の1の都市計画基本図レベルの日本独特の仕様)、住所体系もstreet(通り)単位ではなく、住居表示ポイントあるいは筆単位で構成されます。都市部を中心に鉄道網が大きく発達していて、ターミナル駅の集積度は世界どこの地域も圧倒するレベルです。信号機や交差点名称を使った道案内も独特です。
グローバル企業による地図サービスは、通常は北米や欧州の顧客要件を満たす仕様がベースとなっています。従って、日本展開では、既に出来上がって運用されている仕様に日本独特の仕様を拡張する手法をとることになります。
日本のことを知らない人たちが日本の地図を作る、ということがどれだけ困難なことなのかは、私たちは利用者としてこの事例で体験済なのですが、この記事がきっかけとなって結局中の人になって3年間どっぷりと体験した私には作り手との立場からその困難さと戦った経験もあります。そして、HEREの取り組みがどのような課題を乗り越える必要があるのか、既視感もありました。
HEREマップの特徴
一般ユーザーが主対象のGoogleマップやAppleマップとは異なり、HEREマップのユーザーは自動車会社から提供されるカーナビゲーション用途や、物流などのB2B用途が主流です。
このため、地図は全体的にトーンを抑え、顧客の情報など主題が映えるようにデザインされています。
HEREマップ(ベルリン付近)表示例2
日本のHEREマップの目標
私は日本のHEREマップを提供するにあたり、以下の4つの目標を設定しました。
- グローバルのスタイルとの統一感を維持する
- 日本独特の仕様を可能な限り盛り込む
- 業務で実用性の高い「日本のスタンダードマップ」を目指す
- 表示されるべき情報が最適なズームレベルでバランス良く表示される
1. グローバルのスタイルとの統一感を維持する
HEREマップを国外から日本へとスクロールした際に、ユーザーが全く違和感を持たないで日本のマップに入っていけるように、同じ概念のもの(土地利用表示、道路、POI表示、ラベル表示など)は、ほぼ同一のデザインにしています。
2. 日本独特の仕様を可能な限り盛り込む
日本の地図データの仕様の最大の特徴は都市詳細図のデータセットです。他の国では見たことがありません。道路は実際の形状を反映したポリゴンデータで提供されます。歩道や中央分離帯の幅、料金所ブース、橋脚、歩道橋や駅のプラットフォームなども含まれています。さらに、高架道路の枠線、掘割区間やトンネルの枠線、鉄道の線路などの地図表現を豊かにする細かなラインデータも提供されています。形状だけでは無く、日本独自の住所データもあります。信号機や交差点名称を地図に表示するのは日本独特の文化です。高速道路のSA/PAも日本だけです。しかし、これらはHEREマップのグローバルの仕様では想定されていません。想定されていない、ということはこのままでは表示ができないのです。
従って、HEREマップの仕様を拡張定義する→データをシステムに投入する→ベクトルタイル作成プログラムを拡張してタイルデータを作成する→スタイルファイルを拡張して必要なものを表示するという、一連のプロセスを経る必要があります。
これらの拡張仕様だけでも何十という種類があり、かなり大規模なプロジェクトになりました。
3. 業務で実用性の高い「日本のスタンダードマップ」を目指す
「地図は皆同じようなものだ」と思っている人もいらっしゃいますが、そんなことはありません。あらゆる地図は利用目的を考慮してデザインされています。
Googleマップは広告コンテンツが映える作りになっていますし、Appleマップはショップやレストランなどのコンシューマー系コンテンツが目立ちます。国土地理院の地図は「地形」がよくわかりますし、Mapionは紙地図の時代に日本人が慣れ親しんだ画面作りに特徴があります。
HEREマップの場合は、B2B利用を想定して、特定のコンテンツが目立つようなデザインは避けました。そして、市区町村、町大字、町丁目、街区の境界線を表示し、物流やデリバリー業務の利便性を考慮しました。また、駅の出入口番号、地下街・地下通路、ビル名を可能な限り掲載しています。これらはいずれも、日本のマップのために仕様を拡張して実装されました。
4. 表示されるべき情報が最適なズームレベルでバランス良く表示される
鉄道や駅は、例えば北米ではあまり目立たなかったり、場合によっては表示すらされないこともありますが、日本では生活上重要なインフラであるため、早めのズームレベルで表示する必要があります。また、町大字名や町丁目の名称や境界線を段階的にわかりやすく表示し、さらに日本では住所表記の一部のように使われることも多いビル名もバランス良く表示される必要があります。どのカテゴリーのPOIがどのズームレベルで表示されるべきか、というバランスも併せて考慮されなければなりません。このように、表示されるべき情報が、最適なズームレベルでバランス良く表示されることを目指して、繰り返し繰り返し調整を行いました。
HEREマップの表示例
こうして出来上がった(実際には今なお日々改善中です)HEREマップの表示例をいくつか紹介します。
グローバルでのチームワーク
全てがリモートワーク
HEREマップの日本市場展開は、HEREという会社の歴史に残る一大プロジェクトで、ドイツ、アメリカ、インド、オランダなど各地に展開するチームが協力し合い進められました。私はちょうどコロナ禍もあったため、一度も海外出張をすること無く、全てを都内の自宅からのリモートワークで(現在もです)参加しました。
日本独特の仕様の説明に時間を割く
チームメンバー内の日本人比率はごくわずかであり、そうしたチームの中で、日本独特の仕様を正しく理解して実装することは、すんなりとは進みません。日本で生活していれば当たり前のことでも、「これはどういうことなのか?」「なぜ必要なのか?」「どのように実装すれば要件が満たされるのか?」など、質問が限りなく出ます。日本の生活体験の無い、日本語が読めないメンバーが理解し納得するを説明をするために、絵や写真などを駆使してわかりやすさを追求しました。実装結果が意図したものになっていない場合もあり、そのたびに改めて説明をし直すなど、一筋縄ではいかない苦労をしました。
グローバル企業の強み
こうしたやりとりは一見、非効率に見えるかもしれませんが、一方においてグローバルレベルで実証されているサービス基盤や、それを開発・運営しているエンジニアリングチームという「スケールメリット」が得られます。従って、ひとたび日本の仕様が実装されれば、安定したサービスとして世界中から統一したAPIで利用できることになります。これがグローバル企業の強みです。
この地図をどうやったら利用できるか
こうして出来上がった 日本のHEREマップですが、既に商用サービスが展開されていて、顧客も増えています。この地図をどのようにしたら利用できるかについて、その方法を説明します。
ディベロッパーならばアカウントを取得することで利用可能
HEREマップはAPIにアクセスするか、ネイティブのSDKで利用することができます。そのために、まずHEREのアカウントを取得します。無料枠があるので、アカウントの獲得とある程度の利用は無償で実現します。詳細はこちらの記事をご覧ください。
また、昨年末に開催されたアドベントカレンダー2022には、HEREマップを利用した記事がいくつか紹介されていますので、参考にして下さい。
マップアプリも利用可能
もう一つ、HEREはHERE WeGo というマップアプリも提供しています。これは、住所検索、POI検索、ルート検索機能が統合されていて、渋滞情報が表示され、音声ガイダンスも提供されますので、スマホナビとしても利用できます。ちなみに、この記事で掲載しているマップの例は全てHERE WeGoでの表示です。
現在、日本対応バージョンはβとして提供されています。こちらは、Android向けのGoogle Playストアからダウンロードできます。
ぜひ、日本のユーザー向けに作成された、HEREマップをご覧下さい。また、業務での利用を検討される方は、こちらからお問い合わせ下さい。