概要
AWSのデータ移行サービスであるDataSyncとMGN(Application Migration Service)は、どちらも移行作業を支援しますが、用途と機能が大きく異なります。本記事では両サービスの特徴、適用場面、料金体系を詳しく比較し、移行プロジェクトに最適なサービス選択をサポートします。
目次
- はじめに
- AWS DataSyncとは
- AWS MGN(Application Migration Service)とは
- DataSyncとMGNの詳細比較
- 選択基準とベストプラクティス
- 実践的な移行パターン事例
- 終わりに
- 参考文献・参考サイト
はじめに
クラウド移行プロジェクトにおいて、最初に直面する重要な判断の一つが「何を使って移行するか」です。AWSには様々な移行支援サービスが用意されていますが、特にDataSyncとMGNは名前が似ており、どちらも「移行」に関わるサービスのため混同されがちです。
しかし実際には、この2つのサービスは全く異なる目的と機能を持っています。間違った選択をすると、移行期間の延長やコスト増加、さらには移行失敗のリスクを抱えることになります。
本記事では、以下の疑問を解決します:
- DataSyncとMGNはそれぞれどのような場面で使うべきか?
- 料金体系や機能面での具体的な違いは何か?
- 自分のプロジェクトにはどちらが適しているか?
AWS DataSyncとは
基本概念と主要機能
AWS DataSyncは、オンプレミスとAWSストレージサービス間でデータの移動を自動化・高速化する安全なオンラインサービスです。簡単に言えば、「ファイルコピーの自動化ツール」のような存在で、大量のデータを効率的に転送することに特化しています。
DataSyncの主要機能には以下があります:
データ転送の自動化
手動でのファイルコピー作業を自動化し、スケジュール実行も可能です。転送中にデータの整合性チェックも自動実行されるため、転送エラーの心配がありません。
帯域制御と最適化
ネットワーク帯域の制御機能により、業務時間中の影響を最小限に抑えながらデータ転送を実行できます。また、差分転送機能により、変更されたファイルのみを効率的に転送します。
暗号化とセキュリティ
転送中のデータはTLS暗号化により保護され、VPCエンドポイント経由での転送も可能です。
対応するデータソースと移行先
DataSyncは、NFS共有、SMB共有、Hadoop分散ファイルシステム(HDFS)、セルフマネージドオブジェクトストレージ、Google Cloud StorageやWasabi Cloud Storageなどの他クラウドのオブジェクトストレージ、Azure Files、Azure Blob Storage、Amazon S3、Amazon EFS、Amazon FSx for Windows File Server、Amazon FSx for Lustreなど、幅広いストレージシステムとの間でデータをコピーできます。
この多様性により、DataSyncは以下のような幅広い移行シナリオに対応できます:
- オンプレミスのファイルサーバーからAWS EFSへの移行
- 他クラウドプロバイダーからAWS S3への移行
- AWS内でのストレージサービス間の移行
主要なユースケース
DataSyncが特に効果を発揮するのは以下のようなケースです:
大容量ファイルサーバーの移行
数十TB〜数百TBのファイルサーバーをAWSに移行する際、DataSyncなら従来の手動コピーと比較して大幅な時間短縮が可能です。
定期的なデータ同期
オンプレミスとクラウド間でのバックアップ目的や、ハイブリッド環境でのデータ同期にも活用できます。
クラウド間のデータ移行
他のクラウドプロバイダーからAWSへの移行時にも、DataSyncが強力な選択肢となります。
AWS MGN(Application Migration Service)とは
基本概念と主要機能
AWS Application Migration Service(MGN)は、仮想、クラウド、物理サーバーからAWSへのアプリケーション移行を簡素化・迅速化するサービスです。最小限のビジネス中断で、分単位のカットオーバー時間でのオンタイム・オンバジェット移行を実現します。
MGNは「サーバー全体の移行」に特化したサービスで、オペレーティングシステム、アプリケーション、設定、データを含むサーバーの完全なレプリカをAWS上に作成します。
移行プロセスの概要
MGNの移行プロセスは以下の段階で構成されます:
初期レプリケーション
ソースサーバーにMGNエージェントをインストールし、ブロックレベルでの継続的なレプリケーションを開始します。初回の完全同期後は、差分のみを転送するため、業務への影響を最小限に抑えられます。
テスト段階
本番移行前に、レプリケートされたデータからテスト用のEC2インスタンスを起動し、アプリケーションの動作確認を行います。
カットオーバー
テストが完了したら、最終的な差分同期を実行し、本番用のEC2インスタンスを起動します。この段階での停止時間は通常数分程度です。
主要なユースケース
MGNが最適なのは以下のようなケースです:
リフト&シフト移行
既存のサーバー環境をそのままAWSに移行したい場合に最適です。アプリケーションの変更を最小限に抑えながら移行できます。
レガシーシステムの移行
複雑な依存関係を持つレガシーシステムや、ソースコードが利用できないアプリケーションの移行に特に有効です。
大規模サーバー移行
数十台〜数百台のサーバーを効率的に移行する場合、MGNの一括管理機能が威力を発揮します。
DataSyncとMGNの詳細比較
機能面での違い
比較項目 | AWS DataSync | AWS MGN |
---|---|---|
移行対象 | ファイル・フォルダ・データ | サーバー全体(OS・アプリ・データ) |
移行方式 | ファイルレベル転送 | ブロックレベルレプリケーション |
ダウンタイム | データ同期中は通常業務継続可能 | カットオーバー時のみ(数分程度) |
継続的同期 | ○(スケジュール実行可能) | ×(移行完了で終了) |
対象システム | ファイルストレージ・オブジェクトストレージ | 物理・仮想・クラウドサーバー |
アプリケーション移行 | ×(データのみ) | ○(完全なサーバー環境) |
設定の移行 | ×(ファイル内容のみ) | ○(OS設定・アプリ設定含む) |
対象システムの違い
DataSyncの対象
DataSyncは「ストレージ」に焦点を当てています。ファイルサーバー、NASデバイス、オブジェクトストレージなど、データの保存場所からデータを移行します。
MGNの対象
MGNは「サーバー」全体を対象とします。Windowsサーバー、Linuxサーバー、仮想化環境、クラウドインスタンスなど、オペレーティングシステムが稼働している環境を移行します。
移行方式の違い
この違いを料理の引っ越しに例えると分かりやすいでしょう:
- DataSync:冷蔵庫の中身(食材)だけを新しい家に運ぶ
- MGN:キッチン全体(調理器具、調味料、設定、レシピ、すべて)を新しい家に再現する
料金体系の比較
DataSyncの料金
DataSyncは、ストレージ間で転送されるデータ量に対して、GB単位の定額料金を支払う、シンプルで予測可能な従量課金制を採用しています。初期費用や最低料金はなく、Enhanced mode使用時は基本料金に加えてタスク実行ごとの料金も課金されます。
具体的な料金目安:
- 基本転送料金:0.0125 USD/GB(リージョンにより変動)
- Enhanced mode:追加でタスク実行料金が発生
MGNの料金
各移行サーバーに対して、MGNサービス料金は90日間(2,160時間)無料で利用できます。無料期間を超える場合、継続的なレプリケーションに対して時間あたり0.042 USDが課金され、月額約30 USD/サーバーとなります。
レプリケーション期間中は、MGNがデータレプリケーションのために提供するAWSインフラストラクチャ(EC2、EBSなど)の料金も別途発生します。
選択基準とベストプラクティス
どちらを選ぶべきか:判断フローチャート
以下の質問に答えることで、最適なサービスを選択できます:
1. 移行したいものは何ですか?
- ファイルやデータのみ → DataSync
- サーバー全体(OS、アプリケーション含む) → MGN
2. アプリケーションの移行が必要ですか?
- 不要(データ移行のみ) → DataSync
- 必要(アプリケーション環境も移行) → MGN
3. 継続的な同期が必要ですか?
- 必要(定期バックアップなど) → DataSync
- 不要(一回限りの移行) → どちらも選択可能
4. ダウンタイムの許容度は?
- 長時間OK(データのみなので影響限定的) → DataSync
- 最小限に抑えたい(サーバー全体の移行) → MGN
併用パターンの紹介
実際のプロジェクトでは、DataSyncとMGNを組み合わせて使用するケースも多くあります:
パターン1:段階的移行
- 大容量の共有ファイルをDataSyncで事前移行
- アプリケーションサーバーをMGNで移行
- 最終的にデータの整合性を確認
パターン2:ハイブリッド環境
- アプリケーションサーバーをMGNでAWSに移行
- オンプレミスの共有ストレージとAWSストレージをDataSyncで定期同期
注意点とトラブルシューティング
DataSync使用時の注意点
- 大容量転送時はネットワーク帯域の計画が重要
- ファイル権限やメタデータの移行可否を事前確認
- 転送スケジュールは業務時間を考慮して設定
MGN使用時の注意点
- ソースサーバーの要件(対応OS、必要な権限)を事前確認
- レプリケーション開始前にテスト計画を策定
- カットオーバー時の手順書と切り戻し計画を準備
実践的な移行パターン事例
DataSync適用事例
事例1:ファイルサーバーのクラウド移行
ある企業では、500GBのWindowsファイルサーバーをAmazon EFSに移行する必要がありました。
移行前の課題:
- 夜間にしか実行できない手動コピー作業
- 転送エラーの頻発とやり直し作業
- 差分同期の困難さ
DataSync導入後:
- 初回転送:約4時間で完了(従来は2-3日)
- スケジュール実行:毎日深夜に自動同期
- エラー率:ほぼゼロ(整合性チェック機能により)
この事例では、DataSyncの導入により移行時間を80%短縮し、管理工数も大幅に削減できました。
MGN適用事例
事例2:レガシーWebアプリケーションの移行
製造業の企業が、15年間稼働してきたオンプレミスのWebアプリケーション(3台構成)をAWSに移行しました。
移行前の課題:
- アプリケーションの詳細仕様が不明
- 複雑なサーバー間の依存関係
- 24時間稼働のため、長時間停止が困難
MGN導入後:
- レプリケーション期間:2週間(業務継続しながら)
- テスト期間:1週間(本番同等環境で検証)
- カットオーバー:深夜3時間で完了
この事例では、MGNのブロックレベルレプリケーションにより、アプリケーションを一切変更することなく移行を完了。停止時間もわずか3時間に短縮できました。
ハイブリッド構成事例
事例3:大規模ECサイトの段階的移行
大手小売業が、ECサイト全体をAWSに移行する際に、DataSyncとMGNを段階的に活用しました。
移行戦略:
- Phase 1(DataSync):商品画像・動画ファイル(10TB)をS3に事前移行
- Phase 2(MGN):Webサーバー、アプリケーションサーバー(5台)を移行
- Phase 3(DataSync):残りの共有ファイルを継続同期
結果:
- 総移行期間:3ヶ月 → 1.5ヶ月に短縮
- サービス停止時間:予定8時間 → 実際2時間
- 移行後の安定稼働を実現
この事例は、両サービスの特性を理解し、適材適所で活用することの重要性を示しています。
終わりに
DataSyncとMGNは、どちらもAWSへの移行を支援する優れたサービスですが、その用途と特性は大きく異なります。
DataSyncは「データの移行」に特化し、ファイルレベルでの効率的な転送と継続的な同期を実現します。ファイルサーバーの移行や定期バックアップ、クラウド間のデータ移行などに最適です。
MGNは「サーバーの移行」に特化し、OS・アプリケーション・データを含むサーバー環境全体をAWSに複製します。リフト&シフト移行やレガシーシステムの移行に威力を発揮します。
選択の鍵は「何を移行したいか」を明確にすることです。データだけならDataSync、サーバー環境全体ならMGN、そして複雑な要件では両者の組み合わせも検討してください。
次のステップ
移行プロジェクトを成功させるために、以下のステップを推奨します:
- 現状分析:移行対象の詳細な棚卸し
- 要件定義:ダウンタイム許容度、コスト制約、スケジュールの明確化
- PoC実施:小規模環境での事前検証
- 移行計画策定:段階的な移行スケジュールと切り戻し計画
- 本格移行実行:計画に基づく段階的な移行実施
適切なサービス選択により、安全で効率的なクラウド移行を実現してください。
参考文献・参考サイト
AWS公式ドキュメント
- 「AWS DataSync とは」AWS Documentation, https://docs.aws.amazon.com/datasync/latest/userguide/what-is-datasync.html
- 「AWS Application Migration Service とは」AWS Documentation, https://docs.aws.amazon.com/mgn/latest/ug/what-is-application-migration-service.html
- 「AWS DataSync 料金」AWS, https://aws.amazon.com/datasync/pricing/
- 「AWS Application Migration Service 料金」AWS, https://aws.amazon.com/application-migration-service/pricing/
- 「AWS DataSync 機能」AWS, https://aws.amazon.com/datasync/features/
- 「AWS DataSync FAQ」AWS, https://aws.amazon.com/datasync/faqs/
- 「AWS Application Migration Service FAQ」AWS, https://aws.amazon.com/application-migration-service/faqs/
技術記事・ブログ
- 「AWS Application Migration Service: Process, Pricing, and Best Practices」Faddom, 2024年11月28日, https://faddom.com/aws-application-migration-service-process-pricing-and-best-practices/
- 「Migrating With AWS Application Migration Service」zCon Technical Blog, 2024年10月28日, https://blog.zconsolutions.com/2024/10/28/migrating-with-aws-application-migration-service/