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これはGLOBIS Advent Calendar 2023 3日目の記事です。
『LEADING QUALITY』(アスキードワンゴ・2023)という翻訳書を2023年11月13日に発売しました。原著は2019年に出版されました。ロナルド・カミングス=ジョンとオワイス・ピアというGlobal App Testing社を創業したお二人が著した書籍です。
タイトルから「あぁ、QAエンジニアさん向けの本ね……」と思われがちですが、むしろソフトウェアエンジニア界隈で広くお手にとっていただいているようです。本書はテスト技術・テスト技法の話を扱っていないので、もしかしたらQAエンジニアの中でもプロダクト開発におけるフェーズのひとつとしての「テスト」への関心が高く、技法などの知見を求める方のご期待には添えないかもしれません。
エンジニア組織の管理職の方も興味を向けてくださり、ブクログで鋭いレビューコメントをいただいています。ちなみに、紙版の1ヶ月後の12月21日に発行された電子書籍版はブクログでは別のページになっていますね。紙版・電子書籍版のページが分かれていない読書メーターにコメントと評価を寄せてくださる方もいらっしゃいます。さらに、発売翌日に第4章の冒頭の銘句にあるビル・ゲイツの名言を取り上げてくださった𝕏のポストが広まったりもしました。全然思ってもみなかったような広がり・売れ行きを見せていて、ぼく自身が一番驚いています。
発売2日後にAmazonでベストセラー1位になりました! 本書は細く長くお手に取っていただけたらいいなぁと翻訳した書籍なので、この先ベストセラーになるような急激な売れ方はしにくいと思います。なので、このキャプチャは記念です。
『LEADING QUALITY』とはどのような本なのか
出版社が用意した書誌情報には、次のように概要が記載されています。
リーダーはいかにして高品質のソフトウェアを提供し、成長を加速させるか
「品質とは何か」「品質をどう測るか」を説明した書籍は山積しているのに「品質の大切さをいかに組織に広め、品質文化を醸成するか」を解説したものは皆無である。本書は、それらを解説した画期的な書籍である。
というわけで、すでに品質界隈から出版されている書籍にない知見が『LEADING QUALITY』には盛り込まれています。加えて、フォーカスされている「品質」の重要性も、現代のビジネス環境の苛烈さから強調されるようになっています。ちょっと「訳者まえがき」から引用してみましょうか。
すばらしいアイデアを元に、優れた開発エンジニアが卓抜したスピードで構築したプロダクトは、確かにしばらくの間、独自性の高い優れたプロダクトとして市場を席巻するだろう。しかし、他社も手をこまねいてはいない。世に出たプロダクトやサービスはいつの間にか解析され、気がつけば同じようなプロダクトやサービスが現れる。しかも、競合のほうが安価に提供されるかもしれない。ブルーオーシャンはあっという間に競合ひしめくレッドオーシャンと化す。その中で生き残るための鍵が「品質」だ。品質の悪いプロダクトは、すぐにユーザーに選ばれなくなる。選ばれないプロダクトは当然市場から撤退する運命にある。損失の程度によっては廃業せざるをえない可能性すらある。
(『LEADING QUALITY』訳者まえがき・xviiページ)
最前線で競合他社との戦いの日々を送っている方には、きっとご理解いただけるはずです。また、ユーザーとして品質が良くないプロダクトをアンインストールして他のプロダクトに乗り換えたことのある方にもわかりやすいかと思います。
このように(機能ではなく!)品質がビジネスに大きな影響を与える時代にあって、企業も品質への投資を加速していく。……しかし、参考にできる書籍は日本はおろか世界でもほとんど出版されておらず、経験と勘を頼りに手探りで進めるしかないのが現状である。
(『LEADING QUALITY』訳者まえがき・xviiページ)
というわけで、この『LEADING QUALITY』は「品質」を、ビジネスを左右する経営課題であると捉え、組織の品質文化を醸成していかねばならないという立場から「品質をリードするにはどうしたらよいか」という切実な難題に対し、豊富な事例・インタビューをもとに考察・実践された知見がまとめられためずらしいガイドブックであると言えるでしょう。品質という技術領域に光を当てたビジネス書という性格を持ち、ソフトウェアを活用した事業を推進する多くの方のご参考に供すると考えます。しかも、全体で168ページというコンパクトさです。よろしければ、ぜひお求めください。
『LEADING QUALITY』の翻訳に込めたこだわり
さて、ここからは「こんなことを考えて翻訳したよ」という話を延々と語ります。いわば「ぼくのかんがえたさいきょうの翻訳」の話です。
すでにお手に取ってくださった皆さんはご承知の通り、この『LEADING QUALITY』には訳者であるぼくのこだわりが随所に散りばめられています。こういう話を開陳するのは自ら「がんばったでしょ! どう!?」と主張してるようで凄まじく品がないのですが、さりとてスルーされて平然とできるほど精神的に成熟してもいない身ですので、恥を承知でご紹介します。
前提・翻訳とはなにか
この話題は長くなりすぎ、本筋と離れてしまうため、簡単に書きます。
「翻訳はゼロから書くより楽でしょう?」と言われます。もちろん、原文があるのですから楽な側面も、逆に原文に縛られる苦しい側面もあります。しかし、原文という制限があるからこそクリエイティブに取り組むべき仕事だと、ぼくは捉えています。
日本は古今東西で出版された、本当に多くの書籍が日本語で読める翻訳大国です。日本人の知を支えてきたその偉大な伝統の末席にいる現代の翻訳者には、意図もなしに読みにくいだけの「和訳」や、ましてDeepLなど翻訳ソフトの出力をそのまま貼り付けるような仕事は許されません。それは今や仕事でなく作業にすぎません。作業ならAIがやってくれます。
翻訳に正解はありません。ですから、翻訳者たるもの常に読者と日本の翻訳文化に貢献せねばなりません。ぼくはそう考えていますし、そうあれかしと心に刻んでいます。翻訳は、訳語ひとつにも真摯に向き合う、心ある人間の仕事です。
翻訳っぽくない日本語
『LEADING QUALITY』のご感想として、多くの方に「読みやすい」という言葉をいただいています。これはもう、我が意を得たりというやつで、読みやすさにはたいへんこだわりました。一般に翻訳書には「読みにくい」イメージがありますが、それを払拭して読みやすくなければ広く読まれる書籍にはならないと考えたためです。
読みやすさを実現するために、ぼくが選んだ翻訳スタンスは、山岡洋一(2001)『翻訳とは何か』(日外アソシエーツ)に学んだものです。同氏の言葉では「原文の意味を伝える翻訳」と言われています。
原文の意味を伝える翻訳とは
同書でも紹介されている森鴎外は、その現代語訳が青空文庫に収められている『訳本ファウストについて』で次のように述べています。
総てこの頃の私の翻訳はそうであるが、私は「作者がこの場合にこの意味の事を日本語で言うとしたら、どう言うだろうか」と思って見て、その時心に浮び口に上ったままを書くに過ぎない。その日本語でこう言うだろうと云う推測は、無論私の智識、私の材能に限られているから、当るかはずれるか分らない。しかし私に取ってはこの外に策の出すべきものが無いのである。それだから私の訳文はその場合のほとんど必然なる結果として生じて来たものである。どうにもいたしかたが無いのである。
ぼくもまた、原著者が日本人であったらどのように書いただろうかと想像して言葉に起こしています。日本語で直接書いたらどうなるかと想定しているので、あまり翻訳っぽくない文章に仕上がったというわけです。ぼく自身の文章力・日本語力に左右されるという限界はありつつ、原文の意味に忠実であることを目指しました。原著をお持ちの方には、ぜひ比較してみていただきたいです。元の英文の構造をまるっと書き換えて日本語で表現している箇所が、いくつも見つかるはずです。「え、ここでこんな訳し方しているの!?」という感想をお持ちになるかもしれません。おそらく「これはおかしいのではないか?」という点も見つかるでしょう。こういうところに翻訳という正解のない仕事のおもしろみと奥深さを感じられるのではないかと思います。「なるほど、こう来たか」と。
一例を挙げると、第2章にある3つの品質ナラティブの説明に「考えられ、語られている」という言葉を使っています。原文は「discussions around」なので「考えられ」の部分が省かれていますが、その前の部分では「think and talk」とあることから、翻訳では省かずに記述しました。このあたりは特に『LEADING QUALITY』翻訳を実現するためにご尽力くださったt_wadaさんのアドバイスもいただいています。t_wadaさんにはここだけでなく、本書の翻訳プロセス全体にわたってご指導・ご鞭撻をいただき、感謝しております。
前述の山岡氏によると、原文の意味を伝える翻訳は「読者が原著を読むとは想定されていない」場合に価値を発揮するといいます。『LEADING QUALITY』は一般書・実用書であり、読者としては一般の実務者を想定しています。一般の実務者の方が原著を手に取ることは少ないだろうと思われますので、原著と引き比べずに内容を理解できるように翻訳するのが基本方針です。
もちろん、研究者の方が本書をお読みになる際には、原著や参考資料にもしっかり目を通されるかと考えます。『LEADING QUALITY』では先にも書きましたように、原著と引き比べた際にも参考にしやすいよう、工夫しています。
細かいところ・1「人名」
ここからはいくつか細かい部分の翻訳方針について触れておきます。
人名は基本的にカタカナで表記しました。初出の箇所では「ジョセフ・M・ジュラン(Joseph M. Juran)」といった書き方で原語も併記しています。これは日本語としての読みやすさと、正確に人物を特定できるように、という意図です。
当然ながらカタカナ表記には限界があります。たとえば「ジェームズ・バック(James Bach)」という人名は、より原語に忠実に「ジェイムズ・バッハ」と記載するべきだと考えることもできます。
この問題を解消しようと試み、以前出版された日本語の書籍での記載を確認したり、できるだけ音声で発音が確認できるWebサイトで音声を聞いたり、当該人物が自己紹介している動画を探し当てて自分の名前をなんと言っているかを確認するなどのアプローチを取りました。しかし、残念ながら、音写は非常に難しく、完全とは程遠いことをここに明記しておきます。カタカナでいかに表記するかは訳者の独断で決めることとし、書籍内で統一したうえで、原語を併記することで少なくとも人物についての誤読は避けられるだろうと考えました。
巻末の謝辞に、それはもうたくさんの人名が出てきまして……ええ。
細かいところ・2「社名」
社名は原則として「Slack社」「Netflix社」のように、カタカナによる音写を行わない形で「社」を末尾に付けて、会社の話なのか、提供されているプロダクトやサービスの話なのか、区別できるようにしました。また、日本語でも浸透している社名がある場合には、それを特に「American Airlines社(アメリカン航空)」という形で付記しました。
細かいところ・3「邦訳がある場合の訳語」
邦訳が出版されている場合、邦訳の表現をそのまま採用しました。たとえば、第2章の冒頭の銘句はマルコム・グラッドウェルの『ティッピング・ポイント』(高橋啓[訳]飛鳥新社・2000)からの引用ですが、中略部分を判別したうえで該当部分の訳語を引用表記しています。
細かいところ・4「原文併記」
第9章にある「共感エンジニアリング(Empathy Engineering)」など訳せないことはないが日本語訳が適切でない可能性が認められる場合や、第2章にある「テストナラティブ(The "How to Test" Narrative)」など日本語と原語の間にどうしても埋められないギャップが生じる場合、また第8章の「虚栄の評価基準(vanity metrics)」など既存の邦訳の言葉と本書の訳語が合わない(本書では「評価基準」ではなく「指標」という言葉を採用している)場合に、誤読を避ける意図で原文を併記しています。
以前は翻訳書籍で日本語で表現されていたものが、数年経過してカタカナ語として使われるようになっているという事例があります。たとえば、10年以上前に出版された、とある翻訳書で、アジャイル開発の「イテレーション(iteration)」という用語を「反復」と訳している書籍があります。この言葉は、今は「イテレーション」あるいは「スプリント」とカタカナ言葉で広く使われており、時代背景を知らない読者は少々読みにくさを感じるのではないかと思います。本書第9章の「共感エンジニアリング」も数年後には「エンパシーエンジニアリング」と呼ばれるのが普通になっているかもしれません。
言葉は生き物です。出版当時に用法(使われ方)が定まらない言葉がある場合、それが時代を経ても正しく読解できるように原文を併記するのは(少し、反則かもしれませんが)理解を長く助ける実用的なやり方ではないかとぼくは考えています。
細かいところ・5「書籍情報」
書籍については、邦訳があるものについては、本文中では「『書名』(訳者名[訳]訳書出版社名・訳書出版年)」というフォーマットで統一し、著者名はその前後に記載されています。たとえば次のように書かれています。
マーティン・リーブス(Martin Reeves)は著書『戦略にこそ「戦略」が必要だ』 (御立尚資ほか[監訳]日本経済新聞出版社・2016)で核心を突いている。
(『LEADING QUALITY』(第2章・22ページ)
また、邦訳されていない書籍については『書名』(未邦訳・原書出版年)というフォーマットで記載し、翻訳されていないことを明示しました。
ちなみに、巻末の参考文献では異なるフォーマットが使われていますが、これは原著の記載方法を尊重しているためです。
やたら差し込まれる訳注
先に挙げた森鴎外は、同書で次のようにも語っています。
私が訳したファウストについては、私はあの訳本をして自ら語らしめる積でいる。それで現にあの印行本にも余計な事は一切書き添えなかった。
森鴎外に学んだ翻訳スタイルを採用した『LEADING QUALITY』ですが、対照的なことに、ぼくは訳注をたくさんつけました。書籍のコンパクトさを考えると、ちょっと尋常じゃない量の訳注を書いたと思っています。
訳注は昨今のビジネス書でよく見かける、文中に挿入する方法を採用しました。なるべく名詞への訳注は体言止めにするなど工夫して読みやすさを損ねにくくしたつもりですが、思考が邪魔されて読みにくいとも、視線移動が少なくて済むから読みやすいとも、感想をいただいています。訳注のあり方も正解がないと思っています。
その訳注を、どんな意図で盛り込んだかをご紹介します。
非テック系の読者のために
本書が「品質という技術領域に光を当てたビジネス書」であることはすでに述べた通りですが、広くビジネスパーソンに読んでいただくためには、読者のバックグラウンドによって生じるナレッジギャップを埋めなくてはなりませんでした。たとえば「デリバリー」という言葉には「商品を顧客のもとに届けることを指し、ソフトウェア開発では最新版を本番環境にリリースして顧客が利用できる状態にすること」と訳注をつけています。
テック系の読者のために
スタートアップの例も多く出てくることから「コンバージョン率」「ピボット」など、営業やマーケティングなどで使われる、すなわちテック領域ではあまり見ない言葉もよく登場します。よって、テック系の読者が一般的なビジネス用語でつまづきにくいようにする必要もありました。上記2つの言葉には、それぞれ「Webサイトを訪れたすべてのユーザーのうち、ユーザー登録や商品の購入など、会社の利益につながる行動を取ったユーザーの割合」「ビジネスを軌道修正するために企業経営や事業戦略を転換すること」と訳注をつけています。
調査・研究を進めたい方のために
先ほどは「読者としては一般の読者を想定」と書きましたが、本書を入り口として、より調査・研究を進めたい方が気に留めそうな記述について、可能なかぎり正確な情報を調べて訳注で入れています。
最も力を入れた訳注が第6章のケイパース・ジョーンズ(Capers Jones)が書いたとされるグラフに関するもので、当該書籍の原書初版・第2版・第3版をすべて調べ、その結果得られたこのグラフはケイパース・ジョーンズが書いたものではないという結論を訳注として記述しました。
また、同じく第6章の『The DevOps 逆転だ! 究極の継続的デリバリー』(榊原彰[監修]日経BP・2014)に書かれているとされる文章が、同書の日本語版にどうしても見つからないことから、なぜだろうと調査した結果、日本語訳が出ていない原書第2版以降に盛り込まれた部分の記述であることを突き止めた旨を訳注に書きました。
他にも、第4章の「選択アーキテクト」や第7章の「遅行指標」は、ただ翻訳しただけではその意味を十分に捉えきれないと考えたため、書籍にあたったうえで、訳注で解説を入れました。前者は行動経済学の用語であり、その意味合いがわからないとその後に続く文章の理解に支障がありそうだと考え、解説と参考文献を示しました。後者は景気動向を示す経済指標の1つですが、それを開発プロセスに適用させて原著者が何を伝えようとしているのかを記述しました。読者にとって有益なものになったのであれば、うれしく思います。
このように『LEADING QUALITY』の翻訳では、Webサイトや専門内外の書籍を含む参考文献に目を通したり、日本語で見つからない資料を洋書から探したりと、調べ物に費やした時間が膨大なものとなりました。一次資料に目を通すのは本当に大切なことです。結局、何十冊もの書籍を読みました。
調べ物をしすぎたせいか、むしろ調べることそのものに夢中になった側面もあります。『LEADING QUALITY』にはどう考えたってなんの研究にもつながらなさそうなのに、なぜかやたらと詳しい訳注がたまにありますが、そこにその痕跡が残されています。第3章の『アラバマ物語』や「フリーキー・フライデー・マネジメント法」の元ネタの話や、第4章の『オズの魔法使い』の原文の話がそれです。本書のレビュー時にも「これ別にいらないんじゃね?」というコメントがあり、検討しましたが、結局は強行して載せました。知らなかったことを知るのは、とても楽しいものであり、本を読んで学ぶことの原体験がそこにはあります。
森鴎外は「余計な事」とにべもなく扱っていますが、いずれにせよ、知的好奇心と探究心に導かれ、凝り性を遺憾なく発揮して盛りだくさんになった訳注です。ぜひ、ご注目くださいますと幸いです。
原著の5倍を誇る参考文献
本書の巻末には参考文献をまとめたページがありますが、翻訳にあたって、ここのボリュームを大幅に増やしました。ページ数は原著の2ページに対して10ページということで、5倍増です。
各章頭の銘句(エピグラフ)・本文・巻末注で言及・引用された書籍や Webサイトに掲載された記事については煩をいとわず網羅したほか、原著には記載がないものの特に参考に供すると訳者が判断した資料を追加で収めている。
と参考文献の最初のページに訳注として書きました。
「特に参考に供すると訳者が判断した資料」には、実は日本語の書籍やWebサイトがわずかながら含まれています。具体的にどれかはぜひチェックしていただけたらと思いますが、そのうち1つだけここで言及しておきます。TQM委員会[編著](1998)『TQM 21世紀の総合「質」経営』(日科技連)です。本書第1章でTQM(総合品質経営)に触れられていることから、TQMであればこちらの書籍が金字塔であろうと考え、掲載しました。こうしてわざわざ参考文献として記載したあたりに、現代日本に生きるぼくたちこそ改めて日本の製造業が積み上げてきた知から学ぶことが多いのではないか……という訳者の主張が顔をのぞかせている……のかもしれません。
資料へのアクセス性を担保するために
参考文献には原文の最新版、および日本語版があればその最新版を網羅しました。また、追加情報がある場合には明記しています。たとえば『Measure What Matters』という書籍の英語版にはイギリス版とインターナショナル版の2種類あってタイトルが異なり、本書ではイギリス版を参考にしているが、既刊の日本語版はインターナショナル版を底本にしている……などという話も訳注で入れています(これも「調べすぎ」の部類ですね)。
ソフトウェア開発の世界ではよくあることですが、書籍よりもむしろWebサイトに有益な情報が掲載されている場合があります。したがいまして、調査の及ぶかぎり、Webサイトの情報も記載しました。Webサイトは、書籍よりも短いスパンで失われたりURLが変更されたりします。原著で記載されているURLはすべて確認し、現行のURLがあればそれを記載したうえで、どうしてもリンク切れになっていて見つけられない場合はその旨を明記しました。
「さすがにここまですることないんじゃないかなー」と弱気の虫がささやきましたが『LEADING QUALITY』から次の学びにつなげたいというニーズは確実にあるはずだ、と考えました。短い紙幅に密度の濃い知見をつめこんでいますが、その背景には原著者の膨大な学びがあります。参考文献をできるだけ手厚くすることで、読者がその学びへのアクセスを容易にできるようにという思いでまとめました。
本書の参考文献に載っている書籍とWebサイトだけで、向こう半年から1年くらいの読書リストは埋まってしまうのではないかと思います。章ごとに参考文献を区切っていますので、ぜひ興味深く読んでくださった章の参考文献をピックアップして読まれることをおすすめします。
『LEADING QUALITY』をゴールではなく、スタートの1冊としてください。
おわりに
『LEADING QUALITY』を日本の読者に、しかも正しく充実した情報と共に届けねばならないという強迫観念めいた使命感とともに翻訳に取り組んだ3年半でした。途中2年間は経営大学院(MBA)に通っていたこともあり、なかなか捗らない時期も長く、苦労を重ねましたが、かけた時間に見合った翻訳になっていればと思います。
最後にこっそり、2020年6月に出版社に送った『LEADING QUALITY』翻訳の企画書に書いた言葉を載せておきます。
(『LEADING QUALITY』の日本語版は)未だに伝統的「品質の番人」の文脈で語られることが多いQAエンジニアの新たなる、そしてより重要な意義と責務を広く知らしめると同時に、今やビジネスに欠かせないプロダクトの品質を高める文化を企業人が作り育てるためのバイブルとして、QAエンジニアやプロダクトオーナーはもちろん、経営幹部を含む、品質への理解を深めたい人々に愛読される1冊とならなければならない。
翻訳書籍『LEADING QUALITY』は、どこにでもいる1人の本読みが初めて出版社から発売した書籍です。ぼくにとって人生の記念碑となる、大切な経験となりました。改めて、本書翻訳にお力添えくださった皆さまに感謝いたします。
未熟な翻訳者が無謀にも志した理想の1冊を、お届けできていればと願っています。お読みくださった皆さま、ありがとうございました。
採用情報
株式会社グロービスでは、EdTech領域の開発に携わりたい方を募集しています。ぼくのようなQAエンジニアはもちろん、ソフトウェア開発者・デザイナー・プロダクトマネージャー・スクラムマスターなど、多くの技術系職種で採用しております。
ご興味のある方、ぜひご連絡くださいね。