本記事は 技術書典17 で無料配布する同人誌「ゆめみ大技林 '24 (2)」の寄稿です。加筆や修正などがある場合はこの記事で行います。
私たちは Swift を利用して iOS、Kotlin を利用して Android のモバイルアプリを開発してきました。さらに昨今は Flutter、React Native そして KMP などマルチプラットフォーム技術を利用して開発する手段も一般的になりました。
今回はマルチプラットフォーム開発を、それらを利用せずに、挑戦します。iOS および Android で利用できるプログラミング言語には C++ や JavaScript があります。iOS アプリ開発の視点から Vanilla JavaScript を本当に導入できるのか、その使い心地はどうなのかを検証します。
本記事は YUMEMI.grow Mobile #13 1 で発表した内容 2 および iOSDC Japan 2024 3 に寄稿した記事 4 の一部を底本として、加筆・訂正しました。開発環境は MacBook Pro 14 インチ 2021、Apple M1 Pro、macOS Sonoma 14.6.1 を用いて、Xcode 15.4 で開発しました。また、本記事の Vanilla は何もフレームワークを導入していない素の状態を指します。
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JavaScript ライブラリを導入する
今回の例として just-mean 5 という平均値を計算するライブラリを iOS アプリ開発のプロジェクトに導入します。この just 6 は JavaScript の定番ライブラリ lodash 7 の代替候補の1つとされているライブラリです。ライブラリごとに機能を分けているので、軽量で他ライブラリへの依存も少ないという利点があります。取り上げる例として、最適なライブラリです。
バンドルファイルの作成
JavaScript ライブラリはファイル構成や他ライブラリへの依存性の問題で、そのままを iOS のプロジェクトに組み込むことは難しいです。たとえば、JavaScript のプロジェクトはディレクトリで構造化されるので hogehoge/index.js や piyopiyo/index.js といった同名ファイルが頻繁に存在します。そのまま Xcode のプロジェクトに追加すると問題になります。そこで、読み込みやすい形、バンドルファイルを作成します。
最初に just-mean を用意します。今回はパッケージマネージャに yarn 8 を採用しました。
% yarn add just-mean
次に JavaScript のブリッジとなるクラス Bridge で just-mean の関数を定義します。iOS と JavaScript でやり取りできるデータ型には制限があるので、ブリッジ関数で調整しましょう。なお、次のコードは JavaScript ではなく TypeScript で記述しています。
import mean from "just-mean"
export class Bridge {
static mean(array: number[]) {
return mean(array)
}
}
ここで、テストを書きましょう。問題発生時に原因特定(iOS か JavaScript)が難しいため、ブリッジ関数の動作を保証します。今回は jest で次のテストコード(一部)を書きました。
import { Bridge } from './index';
describe('Bridge', () => {
describe('mean', () => {
it('数値の配列を与えると、その平均が適切に計算される', () => {
const array = [1, 2, 3, 4, 5];
const result = Bridge.mean(array);
expect(result).toBe(3);
});
it('引数に空配列を与えると例外を投げる', () => {
const array: number[] = [];
expect(() => Bridge.mean(array)).toThrow();
});
});
});
バンドルファイルの作成は webpack 9 を利用しました。webpack を追加します。
% yarn add -D webpack webpack-cli
package.json で webpack を実行するスクリプトを定義します。
{
"scripts": {
"build": "webpack --progress --color"
}
}
webpack の設定ファイル webpack.config.js を作成します。
const path = require("path")
const webpack = require('webpack')
module.exports = {
mode: 'production',
entry: './src/index.ts', // ブリッジファイル
output: {
path: path.resolve(__dirname, "dist"),
filename: "Module.bundle.js", // 生成されるバンドルファイル
library: "Module",
libraryTarget: "var",
},
module: {
rules: [{
test: /\.tsx?$/, // .ts または .tsx ファイルを対象
use: 'ts-loader',
exclude: /node_modules/,
}]
},
target: 'web'
}
では、バンドルファイルを作成します。問題なければ Module.bundle.js が作成されます。
% yarn webpack
ここで just ライブラリは依存性がないので、問題なくバンドルファイルが作成されます。しかし、依存性があるライブラリの場合は、その他のライブラリで定義される関数の依存性を解決します。対応例として webpack.config.js に fallback を設定します。
resolve: {
fallback: {
"function-foo": false,
"function-bar": ""
}
}
iOS で JavaScript ライブラリを読み込む
前節で作成したバンドルファイルを iOS アプリのプロジェクトに追加します。フレームワーク JavaScriptCore を import して、JSContext でそのファイルを読み込みます。以降に紹介する Swift のコードは簡略表示しています。詳細は付録のサンプルリポジトリを確認してください。
import JavaScriptCore
enum JavaScriptBridgeError: Error {
case failed
case exception(message: String)
}
final class JavaScriptBridge {
private let context = JSContext(virtualMachine: JSVirtualMachine())
private let bundleFile = "Module.bundle.js"
func prepare() throws {
let bundle = Bundle.main
guard
let path = bundle.path(forResource: bundleFile, ofType: nil),
let contents = try? String(contentsOfFile: path)
else {
throw JavaScriptBridgeError.failed
}
context.evaluateScript(contents)
}
}
この context に対して webpack で設定したモジュール名や関数名を頼りに JavaScript で定義した関数のオブジェクトを取得します。
guard
let module = context.objectForKeyedSubscript("Module"),
let bridge = module?.objectForKeyedSubscript("Bridge"),
let meanFunction = bridge?.objectForKeyedSubscript("mean")
else {
throw JavaScriptBridgeError.failed
}
JavaScript の関数オブジェクトが取得できたら、その関数に引数を与えて実行します。注意点としては、戻り値は JSValue 10 という何にでも成れるという自由度がある型です。日頃は Swift で開発していて型安全に慣れている方は十分に注意しましょう。
func mean(_ args: [Double]) -> Double {
let value = meanFunction.call(withArguments: [args])
return value.toDouble()
}
エラーハンドリング
Swift と同時に JavaScript を利用するので、エラーは何が原因で起こったのか分かりづらいです。そこでエラーハンドリングは確実に行いましょう。特に JavaScript のバンドルファイルを埋め込んだ直後だとエラー原因の候補が多くて、特定は大変です。iOS 側の埋め込むコードに問題があるのか、JavaScript のブリッジ関数またはバンドルファイルの作成過程に問題があるのか、要因が多くて混乱します。エラーを頼りにして原因を特定して、問題解決しましょう。
エラーハンドリングは context.exceptionHandler にクロージャを設定します。これで JavaScript 由来のエラーが起こった場合に、そのエラーを検知できます。
// エラーハンドリング
context.exceptionHandler = { context, error in
guard
let error,
let message = error.toString()
else {
return
}
print(message) // 仮にエラーメッセージを print で表示する
}
このエラーハンドリングはエラーを漏れなく検知できるので便利です。しかしながら、特定箇所のエラーを検知したい場合は不向きです。個別にエラーを取得したい場合は context を実行するたびに exception を調べます。先ほどの mean 関数は次のようになります。
// JavaScript の例外が発生したら、Swift の例外を投げるように修正した
func mean(_ args: [Double]) throws -> Double {
let value = meanFunction.call(withArguments: [args])
if let exception = context.exception {
let message = exception.toString() ?? ""
context.exception = nil // 他の処理で誤検知されないようにクリアする
throw JavaScriptBridgeError.exception(message: message)
}
return value.toDouble()
}
何かの処理実行のたびに、このエラー処理のコードを毎回書くのは正直面倒ですよね。基本は context.exceptionHandler でエラーを検知して、必要なところだけ個別に検知しようと考えることでしょう。しかしながら、これらは排他的に機能します。両方は共存できません。どちらかのみを選択することになります。
私が勧めるのは、バンドルファイルを導入して正しく動作するか検証する初期フェーズであれば context.exceptionHandler を利用しましょう。最初はトライ&エラーで色々試すことが多いので、エラーを漏れなく検知するのが優先されるでしょう。そして、ある程度開発が進んで動作が安定したら、アプリで実際に利用される関数の個別エラー処理に移行して、アプリ本体への安全性を高めましょう。iOS 側もテストコードを忘れずに書きましょう。
別アプローチとしては context の処理を行った際に、その戻り値が nil ならエラーとして扱う方法もあります。ただし、エラーメッセージは取得できません。対象の処理に合わせて、エラーの種類を個別に設定して、開発者側でエラー原因をハンドリングしましょう。
guard let module = context.objectForKeyedSubscript("Module") else {
throw JavaScriptBridgeError.moduleNotFound
}
iOS で JavaScript のコードを実行する場合は、エラー設計は慎重に行いましょう。実際に、私も依存性が高いライブラリを導入したとき、このエラーハンドリングに何度も助けられました。
まとめ
iOS で JavaScript ライブラリを実行する方法を紹介しました。本記事では iOS のみを対象としましたが、紹介したバンドルファイルが Android でも動作することを確認しています。Vanilla JavaScript でマルチプラットフォームは技術的には可能です。しかしながら、型安全ではない、OS の種類やバージョンで JavaScript エンジンが異なるので、安定性に欠けるという問題もあります。夢を見ています。
どうしても iOS と Android で JavaScript のライブラリを実行したいというシーンで利用できると考えます。そんなシーンは来ないよ…と思ってた矢先、両 OS で JavaScript ライブラリの利用について相談されました。ということで、局所的にはなりますが、Vanilla JavaScript のマルチプラットフォームはありました。夢から醒めます。
本記事で挙げたサンプルコードは GitHub のリポジトリを公開しています。興味ある方は見てください。
https://github.com/mitsuharu/UseJavaScriptPackages
なお、Vanilla JavaScript でマルチプラットフォームを本格的に行いたい場合は Vanilla ではなく、React Native の導入を勧めます。