自己紹介
こんな人です
↓だいたいこんな感じ
エンジニア6年目 / Python Django Docker Javascript SQL / 人材関連企業の社内SE / みねぎしれい(minegishirei) / vim練習中です。
Qiitaは何があるか分からないので(一年前のLGTM合戦のように)上記のサイトに引用という形を取ってます
会社について
どんなところで働いていたの?
本日まで3年程働いていた会社を10月26日をもって退職となりました。
会社は小売業の比較的大きめの社内SEで、企画開発関連のチームに所属していました。
直近のお仕事は?
やっていたことは「商品企画プロセスを画一化するためのダッシュボード作成」で 「商品構成グラフ自動作成プロジェクト」 とでも呼ぶのが良いでしょうか。
商品構成グラフとは以下のようなグラフで「商品を価格と取扱数ごとに並んでいる」グラフとなります。
これは一般的に競合店との調査で使われるもので、このグラフを書くだけでその企業の特色やターゲット層がなんとなく把握できる調査手法です。
ぶっちゃけこれだけならTablauなりなんなりを組み合わせれば簡単にできそうですが、 「社内SE」の立場だと遠慮なしに顧客から要件が上がってくるため、ぶっちゃけ商品構成グラフとは全く別の「アイテムマップ」 というものが出来上がりました。
ですがこのプロジェクトのインパクト自体はかなりやばく
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会社内で一番でかい会議で画面に映る
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役員や会長、社長レベルに話が通る
等々、正直自分でも引くぐらいウケが良かったです。
成功の要因は?
無論これだけの成果を出せたのは自分一人の力ではなく、公平性を期すならば「開発をしたのは確かに自分」であるが、プロジェクトを推進したのはまじですごい神みたいなPMで、その人がいたからできたことだと思ってます。
そんなPMを見て自分は尊敬してたり「この人から見てスキルを奪い取らなければ」とも思ってましたし
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機能を追加していくごとに「これすごいね!」褒め称えてくれるメンバーや顧客の声はモチベーションにつながりました
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利益の出るかどうかが曖昧なプロジェクトに投資してくれた会社や送り出してくれたメンバーにはお礼を言わないといけません。
ここまでプロジェクトに専念できた環境やメンバーにはお礼を言わなければなりませんし、
プロジェクトを一区切りつくところまで開発し、深く関われた自分を誇りに思ってます。
本当にお世話になりました。
この三年間で学んだこと
三年間で色々なプロジェクトに配属されましたが、
どんなプロジェクトにいた?
商品開発プロセス改善プロジェクト
すでに書いたので略。
OO4Oプロジェクト
社内のOracleサーバーのバージョンアップに伴い、クライアント側のシステム改修作業です。
社内で管理する全てのソフトウェアの、既存のOracleから廃止になったSQLを新しいバージョンに対応したSQLに置き換える仕事でした。
大変なのは「社内で管理する全てのソフトウェア」というところで500種類以上のソフトウェアを1年かけて「開発、テスト、リリース」を行わなければならないというのは正直しんどかったです。
読者の皆様ならおそらく想像に難くないですが、そんなことすれば障害の山が出来上がるに決まってますよね
これらの障害の山をなんとか整理して原因を分析し、なんとか対応策を煉るというのが自分に与えられた仕事でした。
おかげで障害対応からそれを次に生かす方法や再発防止策の報告などはかなり練り上げられたかなと思われます。
最終的なスキルセット
最終的には以下のようなスキルセットになったかなと思ってます
- エンジニア(5pt)
- アーキテクト
- docker(NEW!)
- architecture(NEW!)
- 技術選定(level3 / 10)
- Talend(NEW!)
- コーディング
- Python
- Django
- Javascript
- SQL
- VBA(NEW!)
- VB6(NEW!)
- タイピング
- ショートカットキー
- タイピング
- 仮想デスクトップ
- Vimmer
- マネジメント
- 障害マネジメント
- アーキテクト
転職について
もったいなくない?
正直死ぬほど勿体無いです。
会社内で一番でかい会議で画面に映る
こんなことでっかい会社で滅多に起きるはずもなく、自分の人生のピークだったんじゃないかとすら思えてきます。
新卒で入社した会社で親も喜んでくれていたので、最終的な判断を下す前に両親にも相談しました。
当然、「やっぱり勿体無いよねぇ〜」という反応でしたが、最終的には背中を押してくれました。
ただそれ以上に、次の会社が自分を欲しがってくれたことや、労働環境を整えることが自分の中で大事になったということです。
退職理由
一言で言えばライフイベントの変化です。
結婚を機にどうしても勤務地を変える必要があり、そこの部分でどうしても継続して勤務することが難しかったです。
新卒時点では「自分が作ったものがどのように動くのか見ていたい」という動機でしたが、結婚がきっかけで会社に求める内容も変わっていきました。
なので、会社側にはほぼ100%非はないです
最終的にプロジェクトは同期のメンバーに引き継ぐことになり、自分は会社を去る事となりました。
お別れの会で頂いた扇子。(裏面に会社のロゴが入っている)
次の会社について
これまでは小売の社内SEとして商品企画関連のことをやってきましたが、次は人材業界の社内SEになります。
当然ですが、エンジニアとしての人生を死ぬまで全うする所存でございます。
前職との共通点は以下の通りです。
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社内SEである
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大手である
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グループ全体を見渡せるホールディングス系の企業である
前職と違う点はいくつかありますが
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ほぼフルリモート
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年収は上がる
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転勤なし
などなど好条件にはなりましたね。
ただ何より嬉しかったのはその会社での自分の上司になる予定の人との面談で、通常2回面接を使って応募者を見極めるところを1次面接のみで合格出してくれたことでした。
それぐらい熱いオファーをもらい仕事の難易度と待遇を上げてくれたことは自分の自信に繋がりましたし、この会社にしようという決め手にもなりました。
どんなことするの?
部署の立ち上げに関わります。
新しい会社ではエンジニアが不足している状態で、「まずは仲間集めだ!」みたいな状態でしたが、「テックリード」とは言えないまでもエンジニアを引っ張っていける役割を期待しているそうです。
「エンジニアリングの組織の一本の柱になるイメージ」でしょうか。
具体的な役職がない状態でそのレベルの仕事をもらうと引っ張っていけるかどうかで不安が出るので、今はスキル面で埋め合わせようと学習中です。
具体的には
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Googleのソフトウェアエンジニアリングで組織論を学ぶ
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人材関連のサイトを自分で立ち上げて、実績を残す
などなど。
これらの課題をこなすにつれて、自分の求める最強のエンジニアリング象と少しずつ合致してきたので一応やれないことはないかなと思います。
最後に
前職の皆様、上司や先輩方。
短い間でしたがご指導いただきありがとうございました。
最後の挨拶でも申し上げましたとおり、「何を教えてもらったか」は覚えていなくても「誰に教えてもらったか」は一生忘れることはできないでしょう。
また、せっかく時間を割いて教えていただいたにもかかわらず、このような結果となり申し訳ございません。
ですが、エンジニアを続けている以上、またどこかでお会いできると信じております。(実際に最後の上司との面談では、IT業界は意外と狭いのでまたどこかで会うと思うよと声をかけていただけました)
最後になりますが、ご指導いただきました3年間本当にありがとうございました。