背景
近年、民間企業による宇宙空間を様々な産業で活用する試み、いわゆる宇宙利用が加速している。
特にSmallSatと呼ばれる600kg以下の小型衛星を地表から2,000km以下の低軌道に数十基打ち上げて、インターネット通信やリモートセンシング等のサービスを行う企業が多い。2022年時点では、宇宙に打ち上げられた衛星の95%をSmallSatが占める1。
低軌道衛星は静止軌道衛星と比較して低コストでの製造が可能だが、衛星打ち上げコストは衛星の重量に比例することに加え、地球の重力に引きずられて地上に落ちないような軽量化が求められる。このブログを執筆時点の2023年6月では、600kgの衛星1機を低軌道に投入するには、SpaceX社のサービスの場合、約4億円が必要である 2。このことからも、SmallSatといえども相応のコストが発生することが理解できよう。ましてや、衛星に想定外の故障が発生してしまったら尚のことだ。
読者の皆さんは、想定外の故障というとどのようなことを思い浮かべられるだろうか?また、この原因の一つが自然現象であり、それが太陽よって引き起こされることをご存じだろうか。一見何もない宇宙空間は、実は、機械や人体にとって非常に過酷な環境なのである。次の章では宇宙天気と呼ばれる現象について解説しつつ、これが与える影響について解説したい。
宇宙天気とは
宇宙天気とは、主に太陽の活動を源とする地球近傍宇宙および大気の状態をさし、特に我々の生活に影響を与える諸現象をさすことが多い 3。 太陽からはX線・紫外線に加え、高エネルギー粒子が絶え間なく放出されている。特に、太陽フレアと呼ばれる太陽表面での爆発が発生すると、放出されるX線強度や高エネルギー粒子の密度が高まる。これらが地球に到達すると、下図のような地磁気擾乱(磁気嵐)の発生や、放射線帯と呼ばれる高エネルギー陽子・電子が密集する領域の活発化が引き起こされる。
図:宇宙天気現象の発生と障害
宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会第1回資料より
磁気嵐が発生すると、地球を周回する人工衛星・宇宙ステーションのみならず、地球上のインフラにも影響を及ぼす。事実、過去には大停電や通信障害、小型衛星の損失が引き起こされるなどの被害が報告されている。
宇宙天気が与える影響
前述の通り、太陽フレアにより高エネルギー粒子やX線が到達すると、宇宙空間だけでなく地上にも被害が及ぶ。以下に過去発生した被害事例を紹介する。
発生年月 | 被害事例 |
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1859年8月 | ヨーロッパ、北アメリカの電報システムの停止 |
1989年3月 | カナダのケベック州にて地磁気変動により約10時間の停電が発生 |
2000年7月 | 日本のX線天文衛星「あすか」が磁気嵐の影響で姿勢が不安定となり翌年に大気圏突入 |
2003年11月 | 日本の人工衛星「こだま」の姿勢制御に不具合 地球観測衛星「みどり」にて電源系統が故障 スウェーデンのマルメにて停電発生 |
2022年2月 | 磁気嵐の影響で、スターリンクが打ち上げた小型衛星40機が大気圏突入 |
ここで示した事例は宇宙天気によって引き起こされた被害の一部であるが、人工衛星の故障のみならず地上の通信・電力インフラにも影響を及ぼすことが分かる。
更に、2025年には太陽活動が活発になることが予想されており、2022年に総務省が発表したシナリオによると、大規模な太陽フレアが発生すると最長で2週間もの通信障害が発生すると予想されている 4。
では、これらの被害を防ぐ手段は無いのだろうか。
人工衛星の場合、被害を最小限に食い止めるオペレーションはいくつか存在する。しかし、オペレーションが実行され衛星が受信するまでには時間がかかるため、フレアの発生を観測してからでは間に合わないこともある。例えばフレアに伴う高エネルギー粒子は、早くてフレア発生の30分後に地球に到達する。フレア発生自体を観測するのは、発生してから8分後であるため、実質22分後までに何かしらの対応をせねばならない。そのため、衛星の被害を低減させるには、太陽フレアの発生やそれに伴う地球近傍の環境変化(宇宙天気)を長期的に予測することが重要になる。
宇宙天気の予測対象とアプローチ
宇宙天気を予測するために、大きく2つの取組みが研究されている。一つは太陽フレアの発生自体を予測する取組み、そしてもう一つは、フレアが発生した後に衛星が観測したデータを使い地球近傍の環境変化を事前に予測する取組である。
フレア発生の予測においては、2020年に名古屋大学が太陽フレアを予測する物理モデルを開発した 5。近年では物理モデルに加えて、AIを用いた予測が数多く研究されている。その背景として、太陽観測衛星が観測した太陽画像が数多く公開されていることが大きく、畳み込みニューラルネットワークなど画像処理AIを用いて24時間後や48時間後のフレア発生確率を予測する研究が活発である。国立研究開発法人 情報通信研究機構は、DeepFlareNetと呼ばれるAIを開発し、今後24時間以内に発生する太陽フレアを予測している 6。
一方、地球近傍の環境変化の予測においては、磁気嵐の規模を示す地磁気指数(Dst指数)の予測や、放射線帯のフラックス変動予測が取り組まれており、ここでもAIの活用が盛んである。Gruetらは、時系列予測AIの一つであるLSTMを使用し、3時間先、6時間先のDst指数を予測する手法を提案した 7。しかし、昨今の様々な機械学習タスクにてState of the Art(SOTA)を達成しているTransformer機構 8をDst指数の予測に適用した先行研究は、我々が探す限り見当たらなかった。
Transformerを用いた地球近傍の環境変化の予測
今回、筆者は、地球近傍の環境変化を予測することを目的に、Transformer機構を用いてDst指数の予測を行った。
学習データはNOAA Space Weather Prediction Center 9にて公開されている太陽風観測値を用いて、2001年8月~2022年10月までの観測データを1時間毎に平均化したものを利用した。また、正解データとなるDst指数は、京都大学地磁気センター 10のホームページから1時間間隔値を取得して利用した。予測モデルについては、LSTM, Transformerともに5時間分の時系列データを入力のうえ、Dst指数を出力する回帰モデルを選択した。
実験結果として、3時間先の予測ではRMSE(二乗平均平方根誤差)はLSTMで6.632、Transformerで7.342、6時間後の予測ではLSTMで8.950、Transformerでは8.669となり、先行研究が示す指標を上回る結果を得た。この結果から、宇宙天気の予測においてTransformer機構の活用が有効であることが期待できる。
一方、3時間後の予測ではTransformerよりもLSTMの方が低いRMSEとなる傾向が示された。これは、一般的にLSTMが短期間の時系列関係を把握しやすい構造であることが影響したと考えられる。逆にTransformerは「注意機構」によって長期的な時間依存関係を把握しやすい構造であるため、6時間先の予測にてLSTMよりも低いRMSEを達成したものと考える。
将来展望
今回取り組んだ研究は、磁気嵐の規模を示すDst指数の長期予測である。先行研究で使われていなかったTransformer機構を採用し、6時間後予測においては既存研究を上回る精度を達成できた。弊社が独自にヒアリングした結果では、6時間先の予測では間に合わないといった声も聞かれたため、今回の研究成果をベースとしつつ、より長期先を予測できる技術開発に邁進してまいりたい。一方、我々が本来成したいことは、人工衛星の被害低減である。長期先の被害を予測する為には長期先の宇宙環境が予測できている必要があり、本研究でその足掛かりが見えたと考えている。今後は、6時間以上先における宇宙天気の予測技術の開発を進めつつ、その結果を用いた衛星被害予測モデルの開発も並行して進めてまいりたい。
(本研究の成果は、日本地球惑星科学連合2023年大会にて発表済みです。)
AI Powerhouse 鋤田
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BryceTech, 3 Feb 2023. [オンライン]. Available: https://brycetech.com/reports/report-documents/Orbital_Launches_Year_in_Review_2022.pdf ↩
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SpaceX, “SMALLSAT RIDESHARE PROGRAM,” [オンライン]. Available: https://www.spacex.com/rideshare/ ↩
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K. Kusano, M. Ishii, Y. Miyoshi, K. Ichimoto , S. Yoden, “太陽地球圏環境予測オープンテキストブック,” 2021. ↩
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総務省, “「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会」報告書,” 21 6 2022. [オンライン]. Available: https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin05_02000047.html. ↩
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K. Kusano, T. Iju, Y. Bamba , S. Inoue, “A physics-based method that can predict imminent large solar flares,” Science(Vol. 369, Issue 6503, Pages 587-591), 2020. ↩
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N. Nishizuka, K. Sugiura, Y. Kubo, M. Den , M. Ishii, “Deep Flare Net (DeFN) Model for Solar Flare Prediction,” The Astrophysical Journal, Volume 858, Number 2, 2018. ↩
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M. A. Gruet, M. Chandorkar, A. Sicard , E. Camporeale, “Multiple-Hour-Ahead Forecast of the Dst Index Using a Combination of Long Short-Term Memory Neural Network and Gaussian Process,” 2018. ↩
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A. Vaswani, N. Shazeer, N. Parmar, J. Uszkoreit, L. Jones, A. N. Gomez, L. Kaiser , I. Polosukhin, “Attention Is All You Need,” arxiv, 2017. ↩
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[オンライン]. Available: https://www.swpc.noaa.gov/. ↩
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[オンライン]. Available: https://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp/index-j.html. ↩