はじめに
こんにちは。普段はSaaS系のプロダクト開発に携わっている、QAエンジニアの @meguron です。
最近、SaaS開発に携わる中で「マルチテナント」という言葉を頻繁に耳にするようになりました。
しかし、いざ「どんな仕組み?」と聞かれると、うまく説明するのは意外と難しいものです。
この記事では、「マルチテナントってなんとなく聞いたことある」レベルの方に向けて、
基本的な考え方から、設計上のポイントまでをできるだけシンプルにまとめてみました。
想定読者
- マルチテナントSaaSアーキテクチャをまだ知らない人
- これから勉強していきたいと考えている人
- 関係者とざっくりした会話ができるようになりたい人
マルチテナントSaaSアーキテクチャとは?
マルチテナントとは、1つのアプリケーション(やシステム)を複数の顧客(テナント)が共用する構成のことです。
ただし、共用といってもデータはきちんとテナントごとに分離されています。
このデータ分離こそが、マルチテナントアーキテクチャの重要なポイントです。
たとえば、ひとつのアプリを複数の会社が使っていても、それぞれの会社のデータは独立していて、他社に見られることはありません。
これによって、効率的な運用やスケーラブルなサービス提供が可能になるというわけです。
マルチテナントとそうでないアーキテクチャの比較をしてみましょう。
💡 テナントという概念がないSaaSとの違い
すべてのWebソフトウェアがマルチテナントというわけではありません。
中には「テナント」という設計概念がない、個人ユーザー単位で完結するシンプルなSaaSも多く存在します。
マルチテナントSaaSは、そうした「1人用のSaaS」とは根本的な設計思想が異なります。
比較項目 | テナント概念なしのSaaS | マルチテナントSaaS |
---|---|---|
利用単位 | 個人ユーザー(B2C) | 組織・企業・チーム(B2B) |
ユーザー識別方法 |
user_id のみ |
tenant_id + user_id など複数キーによる識別 |
データ構造 | フラット構造。全ユーザーのデータが同じテーブルに存在 | テナントIDで明示的にグループ化・分離 |
設定の切り替え | 全ユーザーに共通の設定 | テナントごとに言語・UI・プラン・制限などをカスタマイズ可能 |
契約モデル | ユーザー単位課金が多い | 組織単位の契約・利用者数ベースのサブスクリプション型 |
ユーズケース例 | 個人向けメモアプリ、習慣トラッカーなど | 業務SaaS(例:Salesforce, Slackなど) |
❗ テナント概念がないとできないこと
- 顧客ごとのアクセス制御・管理機能
- 複数ユーザーによる共同利用(組織管理)
- テナントごとのUI/UX、機能制限、契約管理
- 請求・サポートなどのB2B運用への対応
つまり、マルチテナントSaaSは「組織のためのSaaS」であり、
テナントを明示的に設計することで、顧客スケーラビリティ・カスタマイズ性・ビジネスモデルの柔軟性を実現しているのです。
メリットとデメリット
ここまでで、マルチテナントSaaSが「複数の顧客に共通の仕組みを提供しながら、データはしっかり分離されている」という構成だとわかってきました。
では、実際にマルチテナント構成を採用すると、どのような利点があり、どのような注意点があるのでしょうか?
ここでは、代表的なメリットとデメリットを整理してみます。
✔ メリット
-
コスト効率が良い
インフラやメンテナンスを1つに集約できるので、スケールしやすくコストを抑えられます -
運用がシンプル
アプリケーションの更新やバグ修正も1箇所で対応すればOK -
スケーラビリティに強い
新しいテナントを増やすのが簡単で、ビジネス拡大に柔軟に対応できます
デメリット
-
セキュリティに特に注意が必要
他のテナントのデータに誤ってアクセスできてしまう設計ミスは絶対にNGです -
柔軟なカスタマイズには限界がある
1つのアプリを全員で使うため、個別ニーズへの対応が難しくなりがちです -
パフォーマンスの影響が広がる可能性
1社だけの大量処理が、他テナントにまで影響するケースもあります(ノイジーネイバー問題)
深掘りポイント
さて、ここからはもう少し実践的な観点に踏み込んで、
セキュリティ対策・グローバル対応・アーキテクチャ設計といった重要なトピックを見ていきましょう。
「実際にマルチテナント構成を採用する場合に、どこに気を配ればいいのか?」
という視点で読んでいただけると、よりイメージが湧きやすくなると思います。
🔐 セキュリティ対策
マルチテナントでは、複数の顧客のデータが同じアプリケーションで処理されるため、セキュリティ設計の甘さが致命的なインシデントにつながります。
- Row Level Security(RLS)やスキーマ分離によるアクセス制御
- RBAC(ロールベースアクセス制御)によるユーザー権限制御
- 暗号化(静止時・通信時)、監査ログ、トークンの取り扱い徹底
テナントごとに個別のスキーマやデータベースを用意する方式に加え、1つのテーブルにすべてのテナントのデータを入れたうえで、行単位でフィルタリングする方式(RLS)も活用されます。
それぞれに保守性・コスト・安全性のトレードオフがあるため、要件やリスクに応じて最適な戦略を選びましょう。
🌏 グローバル対応の考え方
グローバルに展開するSaaSでは、次のような要件への対応が求められます。
- 地域ごとのデータ規制(例:GDPR、CCPA)
- ユーザーの言語・通貨・タイムゾーン
- サポート・契約・請求の地域差
このような環境では、アプリケーションプレーン(ユーザー機能)とコントロールプレーン(テナント管理・設定管理・認証など)を分離して設計すると、地域ごとの展開やマルチリージョン構成がスムーズになります。
また、テナントのメタデータ(契約プランや地域設定など)を管理する専用のサービスを用意すると、アプリケーションの柔軟性が大きく向上します。
🏗️ 設計戦略とデプロイパターン
マルチテナントの構成は、テナントごとのデータ分離方法やデプロイ方法によって複数のパターンがあります。
-
プールモデル(共有)
単一インスタンス/DBで複数テナントを処理。スケーラビリティ重視・コスト低 -
サイロモデル(分離)
テナントごとに完全に環境を分離(インフラやDB単位)。高い隔離性・保守負荷増 -
ハイブリッドモデル
コントロールプレーンは共有しつつ、アプリケーションプレーンだけテナントごとに分ける設計
選定のポイントは「何を共通化し、何を分離すべきか?」という線引きをいかに明確にするかに尽きます。
この判断軸こそが、マルチテナントアーキテクチャ設計の成否を分けると言っても過言ではありません。
おすすめの本やサイト
マルチテナントSaaSをより深く理解したい方に向けて、参考になる書籍や記事をいくつか紹介します。
実装方針や設計戦略を検討する際の参考にもなるので、ぜひチェックしてみてください。
📚 マルチテナントSaaSアーキテクチャを深く学びたい方向け
-
マルチテナントSaaSアーキテクチャの構築(O'Reilly Japan)
マルチテナントの基礎から、設計パターン、運用上の考慮点までを体系的に学べる一冊 -
Patterns of Multi-Tenant SaaS Applications
マルチテナントSaaSアプリケーションのパターンを詳細に解説しています -
The Ultimate Guide to the Multi-Tenant Architecture
本記事よりもさらに包括的に、詳細な概念を理解できます
🧩 実例をもとに導入を検討したい方向け
-
マルチテナントアーキテクチャのコスト分析
AWS上でのマルチテナントアーキテクチャにおけるコスト最適化のポイントを解説しています -
Building A Multi-Tenant SaaS
Kestra社における実装の振り返りと考察を読むことができます
おわりに
マルチテナントはSaaS開発では避けて通れない設計思想です。
基本の構成だけでなく、セキュリティ・スケーラビリティ・グローバル展開といった複雑な要求にも向き合う必要があります。
本記事で触れきれなかった観点や、実際の事例についてもコメントで教えていただけるとありがたいです。
この記事が、皆さんの「なんとなくわかったかも!」という気づきのきっかけになれば幸いです!