はじめに
今年も、多様な参加者が参加して共にアイデアをつくる「アイデアソン」、それをソフトウェアとしてつくる「ハッカソン」、ハードウェアまで含めてつくる「メイカソン」が盛んに開催されました。私は、法律の専門家である弁護士の水野祐さん(シティライツ法律事務所)による監修のもと作成したテンプレート「ハッカソン/メイカソン参加同意書と終了後の確認書およびFAQ」を2014年2月末にGitHubで公開しました1。このテンプレートは、主催者側と参加者側の双方にとって適切に知的財産を取り扱うことまでを盛り込んだ参加同意書、イベントが終了した後にその中での成果とその後の扱いをどのようにするかと公開時の成果物の扱いを確認するための終了後の確認書、およびその解釈を具体例で示したFAQから構成されます。
公開から3年弱の期間に、この参加同意書の派生物はさまざまなイベントで活用され、リファレンスとして広く知られるようになりました。それに伴い、派生物をつくって自分のイベントで利用したいが具体的にどうすればいいかわからないという質問を受けることも増えてきました。この記事では、GitHub上で公開されている参加同意書のテンプレートを活用して、自分たちのイベントに合わせた派生物をつくる際の考え方を紹介します。
派生物のつくり方
できるだけ早い段階で参加同意書の作成に着手する
参加同意書のような法的文書は何かと後回しにされがちです。私は、主催者側の座組や日程、会場などの概要が固まったきた段階でそれぞれの組織の法務部門の契約担当者を巻き込み、できるだけ早めに作成を始めることを強く推奨します。なぜなら、参加同意書はイベントの設計図だからです。早い段階で作成を始めることにはいくつかのメリットがあります。
まず、参加同意書を作成することを通じて明文化し、多くの目で確認していくことにより、主催者間で齟齬が発生することを防げます。一口に主催者側と言っても、それぞれの組織や担当者ごとに目的や目論見、制約条件は異なります。主催者と参加者の間の契約書である参加同意書をつくることを通じて、主催者側の利害関係を調整し、チームビルディングを同時に行えるのです。
次に、参加を検討している人々に適切なタイミングで提供できます。主催者が複数の組織に渡る場合や開催の経験がない場合、確認だけでもかなり時間がかかります。企業によって標準としている参加同意書は異なりますので、うっかりそれらを統合しようなどとすると、非常に複雑なやり取りが発生します。その結果、参加申込が完了してイベントの当日になってその場で参加同意書を提示するようなことになると、主催者に対する参加者の信頼度は下がります。参加申込の段階で参加同意書を提示することにより、そもそも了解済みの人々だけが参加することになり、お互いの信頼感を高められます。
なお、作成する際にはそれぞれの組織が個別に持っている参加同意書を統合しようとするのでなく、既に大企業が主催者となるイベントでも多数の採用実績がある実績のあるこの参加同意書を土台として、どうしても変更が必要な文言だけを変更し、必要な項目だけを追加することを提案しましょう。これにより、不必要に複雑化することを防げますし、参加同意書の作成に必要となるコストも最小限に抑えられます。
GitHubでforkまたはダウンロードする
https://github.com/IAMAS/makeathon_agreement にアクセスし、以下の方法のうちどちらか一つを選択します。
- GitHubアカウントを持っている→画面右上の「Fork」ボタンをクリックしてforkする(推奨)
- GitHubアカウントを持っていない→「Clone or download」ボタンをクリックし、表示されるダイアログからDownload ZIPをクリックする
イベントの基本情報を記入する
取得した参加同意書のファイルの中にあるagreement.mdをテキストエディタで開き、基本情報から編集していきます。
《イベント名》参加同意書
《主催者名(複数の場合は列挙)》御中
私は、《主催者名(複数の場合は列挙)》(以下「主催者」といいます)が運営する下記イベント(以下「本イベント」といいます)への参加にあたり、本イベントの参加者として、以下の事項について同意いたします。
イベント名:《イベント名》
開催日時:《開催日時(複数の場合は列挙)》
開催場所:《開催場所》
イベントの目的を記入する
参加同意書の中で、最も重要となるのはイベントの目的を定めた第1項です。テンプレートにおいては以下のように定めています。
- 【目的】本イベントは、参加者が多様な視点や知識を持ち寄って共にアイデアを創出し、自らの技術等を提供し合い、実装することにより、イノベーションを創出することを目的としています。
この項目は、そもそも参加者が何を目的としてこのイベントに参加するのかを定義するところです。基本情報と同様の表記にすれば「1. 【目的】本イベントは、《イベントの目的》ことを目的としています。」のようになります。例えば、2017年6月から7月にかけて開催したField Hack YOSANOの参加規約2においては以下のように定めています。
- 【目的】本イベントは、多様なスキルや視点、経験を持つ参加者がチームを組んで特定の地域に集まり、フィールドワークを通じて見つけた可能性や課題を基にアイデアを創出し、自らの技術等を提供し合って実装します。これにより、クリエイティブな人々の地方における在り方を短期間の活動を通じて探求することを目的としています。
この項目でイベントの目的や参加者に期待されていることを明確にすることにより、参加者と主催者、それぞれにとって不幸な事態を避けることができます。例えば、参加者がイベントに期待することと主催者が参加者に期待していることが大きく食い違うようであれば、参加者の目論見は満たされない可能性が高くなります。また、不幸にして訴訟などに発展した際、そもそも何を目的として開催されたのかが記載されているこの項目が拠り所となります。
内容はイベントごとにケースバイケースですが、以下のようなことを考えるとよいでしょう。
- 参加者に何を期待するのか
- 主催者と参加者で共通する目的は何か
- 主催者は何でどのように貢献するのか
その他の項目を調整する
不要な項目の削除
参加同意書の中にイベントの内容として不要だと思われる項目があれば削除します。「ハッカソン/メイカソン参加同意書」は、1週間から数週間という比較的長い時間をかけてアイデアをコンセプトへと発展させ、さらに実際に体験できるコンセプトプロトタイプとして実装するようなイベントを開催する中で得た経験を反映させて設計しました。そのため、イベントの終了後に参加者たちが成果物をどう扱いたいのかを知り、主催者が開催レポートなどで参加者たちの成果物を紹介する際、どこまで、どのように公開するのかを判断できるよう、この項目が追加されました。
- 【終了後の整理】参加者は、本イベント終了後7日間以内に成果物の公開、利用、権利化のための措置、製品化の意向についてチーム全員で協議して「終了後の確認書」に記入し主催者に提出するものとします。
終了後に成果物を発展させたり権利化したりすることを想定しないような短時間のイベントにおいてはここまでは必要ないということもあると思います。しかしながら、実力のある参加者が集まった場合にはたとえ短時間であっても継続性のある成果物が生まれる可能性もあります。このため、完全に単発のイベントでない場合にはこの項目を残しておき、終了時に確認することを推奨します。
必要な項目の追加
逆に、必要な項目を追加する場合もあります。例えば、TechShop Japanとユカイ工学が主催し、2016年9月3日、17日、24日にTechShop Tokyoで開催したイベント「machi hack jam」では以下の項目が追加されました3。このような項目は必要に応じて追加しましょう。ただし、追加しすぎると非常に複雑なものになり、参加者が全てを読んで理解することが困難になりますので慎重に吟味しましょう。
- 【反社会勢力の排除】暴力団等の反社会的勢力(暴力団、暴力団員、暴力団関係企業・団体又はその関係者、その他反社会的勢力を指します。)の本イベントへの参加はお断りします。参加申し込みおよび、本イベントにかかる参加費用支払い後に、参加申し込み者の反社会勢力との関わりが判明した場合は、その時点でイベントへの参加をお断りさせていただき、支払済みの費用等についても返金等の対応はできません。
派生物を公開する
派生物ができたらforkしたGitHubのリポジトリに反映させることによりGitHubの
https://github.com/IAMAS/makeathon_agreement/network にアクセスすることで派生物の関係を追跡できるようになります。例えば、2017年12月24日の段階では以下のようになります。
派生物が追跡できるようになることで、今後派生物をつくろうとする人々が参照できる具体例が増えることになります。また、採用実績がGitHub上で明示されると、私たちとしても継続的にメンテナンスしたり、さらに発展させたりするためのリソースを投入しやすくなります。ぜひ、GitHub上での派生物の公開にご協力ください。
おわりに
最近受けたいくつかの相談を元に、『ハッカソン/メイカソン参加同意書』の派生物をつくる際の考え方を紹介しました。現在公開しているのは参加同意書と終了後の確認書のテンプレートとFAQのみですが、今後は必要に応じてこの記事で書いたような内容をさらに発展させたものも追加できたらと考えています。もし、何か提案や質問があれば、GitHubのリポジトリに対してIssueを登録する、この記事に対してコメントするなどの方法でお知らせいただけたらと思います。
リファレンス
- 小林茂, 水野祐. "ハッカソンなど共創の場における知的財産権に関するルールの作成─参加同意書の提案と適用事例から得られた知見─" デジタルプラクティス 7, no. 2 (2016): 128-135. http://id.nii.ac.jp/1001/00158423/
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このテンプレートを公開するに至った経緯や背後にある考え方に興味のある方は、水野祐さんと共同で執筆した論文「ハッカソンなど共創の場における知的財産権に関するルールの作成─参加同意書の提案と適用事例から得られた知見─」を参照してください。 ↩
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参加同意書は紙として配布され参加者が実際に氏名などを記入するのに対して、参加規約はウェブサイト上に掲載され参加者がオンライン上のフォームなどで同意したことを示します。参加規約の形式を採用する場合には、参加者が氏名や連絡先等を掲載するフォームに参加規約を読んだことを示す回答必須のチェックボックスを用意し、その項目への回答をその他の情報と共に記録するようにしておくとよいでしょう。 ↩
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https://github.com/YUKAI/makeathon_agreement/commit/3e812a4ddb865f114f3aa51e2470b959eabd2c7a#diff-7b33302e08b75b5944649d9f934b7f4b ↩