短時間注視における服装デザイン情報(鈴木、2003)
衣服デザインの文脈において人間の注視点の特性を分析した研究
シルエット、フィット性、袖の有無は誰でも注目する目立つ要素である.
一方、色や柄は専門知識がある人の方が注目しやすい要素といえる.
(つまり、衣服のsaliencyに関しては"形状 > 色、柄")
概要
この論文は、アイポインターを用いた眼球運動計測を通して、服装デザインにおける視線の動きを分析した研究である。具体的には、装飾的技法や柄などの附加要素の配置や量、および性差やデザイン学習の有無が視線に及ぼす影響を検証している。実験では、15種類のデザインを提示し、被験者の注視点、視線の軌跡、移動速度などを分析することで、デザイン要素と視覚的効果の関係性を明らかにしようとしている。 その結果、デザイン要素の集中度や配置、柄の種類が視線誘導に影響を与え、デザイン学習者は衣服の構造的特徴をより分析的に見る傾向があることが示唆された。
被験者のデザイン学習の有無が視線移動に及ぼす影響を説明せよ。
本研究における視線計測実験の方法と、その結果から得られた知見について、以下に説明します。
実験方法
- 被験者: 正常な視機能を持つ若年層(19~21歳)の男女を対象とし、一般大学生(I群)と服装デザインを専門に学ぶ学生(II群)それぞれ男女3名、計12名が参加した。
- 提示デザイン: 1992年春夏コレクションの作品を使用し、装飾的技法、柄、装飾的技法と柄の3種類の付加的要素が異なる12体と、無地、たて縞、たて縞と斜め縞で構成された衣服3体、計15体のデザインを提示した。
- 実験装置: アイポインターを使用し、顔面固定器を用いて視線を測定した。モニターは21インチで、視距離は38cmとした。
- 提示時間: 各デザインを5秒間提示した。
- 指示: 被験者には、提示された画像の衣服を主にみるように指示を与えた。
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分析:
- 視線の動き(注視点と軌跡)を画像上にスーパーインポーズ表示し、基本的な画像分析を行った。
- 注視点位置分布、平均注視位置、軌跡、移動方向のデータ数分布、移動速度を統計的に分析した。
実験結果から得られた知見
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付加的要素について
- 付加的要素が集中して大きく展開した場合、デザインポイントとして視線を誘引するのに有効であった。
- 付加的要素が複数で強弱がある場合、強い要素に視線が集中する傾向があるが、デザイン学習者は弱い要素にも注視した。
- 付加的要素が多く、強弱なく分散している場合、視線は全体に及んだ。
- 付加的要素が弱い場合、視線は他の要素に誘導されるが、それが繰り返されるとデザインポイントとして有効な効果を示した。
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柄の効果について
- 縞模様では、縞の方向に沿う視線の動きは少なかった。
- 方向性の異なる縞の組み合わせでは、柄の接合部を注視する傾向が強かった。
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被験者の属性による違い
- 一般学生は感覚的に衣服を見る傾向があった。
- デザイン学習者は、衣服の構造線や技術効果を分析して衣服を見る傾向があった。
- 一般男子学生は、衣服よりも着装者の身体に関心を向ける傾向があった。
- デザイン学習者は、一般学生よりも衣服の特徴を分析する視線の動きが多くみられた。
その他の知見
- 視線の動きは、被験者の心理を反映していると考えられ、心的効果を直接検証する上で最良の資料となる。
- 衣服に対する関心は、着装行為という主観的要因が加わるため多岐に及ぶ。また、美的評価は流行的要因を受け変移する場合がある。
- 服装デザインは、色、素材、形など様々な要素によって構成されるが、それを捉えるのは難しい。
- 視線は、デザインのポイントとなる付加的要素や柄によって誘引される。
- **1秒よりも5秒の方が、**被験者に考える時間を与えず、絵画から自然に誘導される視線のみに注目するのに有効である。
これらの知見は、服装デザインの標準化をはかる上で、視線計測が有効な手段であることを示唆しています。特にデザイン学習においては、視覚情報から得られるデザイン分析や創造性に関わる能力に有効な手がかりを与えると考えられます。
短時間注視実験における被験者の反応率を比較検討せよ。
短時間注視実験における被験者の反応率について、資料から以下の点が比較検討できます。
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専門男子と一般男子の反応率:
- 提示された100枚のサンプルに対する反応値の有効平均回答率は、専門男子では平均99.7%、**一般男子では平均93.9%**でした。
- この結果から、いずれの属性の被験者も、瞬時に提示された情報に対し、ほとんどのサンプルで何らかの情報を把握していることがわかります。
- 専門男子の方が一般男子よりもわずかに高い反応率を示していますが、両者とも非常に高い割合で情報を把握できていることが重要です。
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デザイン属性項目別の反応:
- 専門男子と一般男子の両属性とも、シルエットを形成する上で必要となる情報(バスト、ウエスト、ヒップと身体との密着度、袖、衿など上衣の情報)の受容が多い傾向にあります。
- 特に、シルエットの種類、袖の有無、ウエスト、バスト、ヒップ点のフィット性、衿の有無などの情報受容が多くみられます。
- 一方、**素材(織りの組織、生地の種類)**に関する情報受容は非常に少ない傾向にあります。
- 色については、一般男子(45.0%)に比べて、専門男子(0.7%)は極端に少ない傾向があります。
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クラスター分析結果:
- 専門男子では4つのクラスター、一般男子では3つのクラスターが抽出されました。各クラスターごとに、デザイン属性項目の受容傾向に特徴が見られます。
- 専門男子のクラスターでは、第1クラスター(ベーシックな装い)ではシルエットやフィット性、袖丈などの情報が多く受容され、第2クラスター(アバンギャルドな装い)ではシルエットやフィット性、丈、衿、袖などの情報が受容され、第3クラスター(シンプルなワンピース)ではシルエットやフィット性が受容され、第4クラスター(装飾的なデザイン)ではシルエット、フィット性、袖の有無、袖丈などが受容されます。
- 一般男子のクラスターでは、第1クラスター(装飾的要素を添加したアイテム)ではシルエット、フィット性、袖の有無、衿の有無が多く、第2クラスター(シンプルでエレガントなドレス)ではシルエット、フィット性、衿の有無、ネックラインが多く、第3クラスター(パンツスタイル)ではシルエット、フィット性、袖の有無が多く受容されています。
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性差と専門教育の影響:
- 性差:男子はシルエットの種類やフィット性、袖の有無などの情報を多く把握し、女子は生地の種類、織りの組織、色、柄などの素材を特徴づける情報を多く受容する傾向にあります。
- 専門教育の有無:専門教育を受けている者は、色を除いて、デザインの情報をより多く受容していますが、色については、専門教育を受けていない属性の方が情報受容が多い傾向があります。
- 専門教育を受けた者は、視認性の強い色よりシルエットや各部位の特徴をより把握する傾向がみられます。
これらの結果から、短時間注視実験における被験者の反応率は、属性(専門知識の有無、性別)や、デザイン属性項目によって差が見られることが示唆されます。特に、専門知識の有無は、色に対する認識において大きな影響を与えることがわかります。また、シルエットやフィット性など、衣服の基本的な構造に関する情報は、被験者の属性に関わらず比較的よく把握されるという共通点もあります。