\newcommand{\scrA}{\mathcal{A}}
\newcommand{\scrB}{\mathcal{B}}
\newcommand{\scrP}{\mathcal{P}}
\newcommand{\scrL}{\mathcal{L}}
\newcommand{\prob}{\mathbb{P}}
\newcommand{\setR}{\mathbb{R}}
※この記事は,私のブログで執筆した記事『さんすうのーと(5) ―Dynkinのπ-λ定理』を若干編集し,移植したものです.
#はじめに
今回は,測度論でよく使われるめっちゃ便利な定理を紹介します.
測度論にある程度慣れている方は,次のような論法をよく目にすると思います:
- $\sigma[\scrA] \subset \scrB~$を示したい.
- $\scrA \subset \scrB$ を示す.
- $\scrB$ がσ加法族であることを示す.
- めでたく $\sigma[\scrA] \subset \scrB~$が分かる.
特に,任意の $A \in \sigma[\scrA]$ に対して $P(A)$ が成り立つことを示すために,
\scrB := \{A \in \sigma[\scrA] ~;~ P(A)が成り立つ\}~
とおいて $\sigma[\scrA] \subset \scrB~$を示すという手法をとることがよくあります.
しかしながら,上で定めた $\scrB~$がσ加法族であることを示すのが難しいことがしばしばあります.
そこで活躍するのがπ-λ定理1です.
まずは,π-λ定理の証明をして,その後に確率論におけるその応用を見てみようと思います.
π-λ定理
まず,π-λ定理に出てくるπシステム,λシステムの定義をします.
定義(πシステム,λシステム)
$\scrP \subset 2^X~$が次の条件を満たすとき,$\scrP$ はπシステムであるという:
\forall A,~ \forall B \in \scrP, \quad A \cap B \in \scrP
また,$\scrL \subset 2^X$ が次の3つの条件(L1)~(L3)を満たすとき,$\scrL \subset 2^X$ はλシステムであるという:
\begin{gather}
X \in \scrL \tag{L1}\\
\forall A,~ \forall B \in \scrL, \quad A \subset B~ \Rightarrow ~B \setminus A \in \scrL \tag{L2} \\
\forall \{A_j\}_{j=1}^\infty \subset \scrL,~\left[~ \{ A _j \} が互いに素 \Rightarrow \bigcup _j A _j \in \scrL ~\right] \tag{L3}
\end{gather}
$\square$
σ加法族とλシステムは似ていますが,λシステムの方が弱い条件であることが分かります.
また,(L3)を次の(L3')に置き換えたものをλシステムだと定義している本もありますが,(L1),(L2)を仮定したもとで(L3)と(L3')は同等なので,どちらを3つ目の条件として採用しても構いません2:
\forall \{A_j\}_{j=1}^\infty \subset \scrL, ~\left[~ \{ A _j \} が単調増加列 \Rightarrow \bigcup _j A _j \in \scrL ~\right] \tag{L3'}
定理(π-λ定理)
$X$ を集合,$\scrP, \scrL \subset 2^X~$はそれぞれπシステム,λシステムとする.
このとき,
\scrP \subset \scrL \quad \Longrightarrow \quad \sigma[\scrP] \subset \scrL
が成り立つ.$\square$
もし,上の定理中の$~\scrL~$がσ加法族であれば直ちに結論を得ます.
しかし,仮定では$~\scrL~$にそれよりも弱い条件を課しています.
その代わり,$\scrP~$にも若干の条件を課しています.
以上の意味で,π-λ定理は「$\scrA$ が多少の条件を満たすことを求める代わりに,$\scrB~$がσ加法族よりも弱い条件を満たすことを確かめるだけで $\sigma[\scrA] \subset \scrB~$となることを保証してくれる」定理なのです.
定理の証明
(『ルベーグ積分と関数解析』のp15 問題1.6より)
$\scrA \subset 2^X~$に対して,$\lambda[\scrA]~$を「$\scrA~$を含む最小のλシステム」とする.
実際,このようなλシステム$~\lambda[\scrA]~$は存在する.
$\{\scrL_\lambda\}_{\lambda \in \Lambda}~$を$~\scrA~$を含むλシステム全体からなる集合族とすると,$2^X~$が明らかに$~\scrA~$を含むλシステムであるから$~\Lambda \ne \emptyset~$である.
$\bigcap _{\lambda \in \Lambda} \scrL _\lambda~$はλシステムであり,定め方よりこれは$~\scrA~$を含む最小のλシステムであるから,$\lambda[\scrA]~$の存在性がいえた.
仮定より$~\lambda[\scrP] \subset \scrL~$なので,$\sigma[\scrP] = \lambda[\scrP]~$を示せば十分である3.
Step 1
$A \in \scrP~$を任意にとり,$\Gamma_A := \{ B \in \lambda[\scrP] ~;~ A \cap B \in \lambda[\scrP] \} ~$とおく.
このとき,$\Gamma_A = \lambda[\scrP]~$であることを示す.
これが示されると,「$~\forall A \in \scrP,~ \forall B \in \lambda[\scrP],~ A \cap B \in \lambda[\scrP]~$」であることが分かる.
明らかに$~\Gamma_A \subset \lambda[\scrP]~$であるので,$~\Gamma_A \supset \lambda[\scrP]~$を示せばよい.
まず,仮定より$~\scrP~$がπシステムであるから,$\Gamma_A~$の定義より$~\scrP \subset \Gamma_A~$である.
次に,$\Gamma_A~$がλシステムであることを示す.
(1) $X \cap A = A \in \scrP~$より,$X \in \Gamma_A~$である.
(2) $B \subset C~~$なる$~B,C \in \Gamma_A~$をとる.
このとき,
A \cap (C \setminus B) = (A \cap C) \cap B^c = (A \cap C) \cap (A^c \cup B^c) = (A \cap C) \setminus (A \cap B)
となる.
$A \cap B,~ A \cap C \in \lambda[\scrP]~$であり,かつ$~A \cap B \subset A \cap C~$であるから,$\lambda[\scrP]~$がλシステムであることに注意すると$~A \cap (C \setminus B) \in \lambda[\scrP]~~$が分かる.
よって,$C \setminus B \in \Gamma_A~$がいえた.
(3) 互いに素となる$~\{B_j\} _{j=1}^\infty \subset \Gamma _A~$をとる.
このとき,$~A \cap \left( \bigcup _j B _j \right) = \bigcup _j (A \cap B _j)~~$である.
$A \cap B _j \in \lambda[\scrP]$ であり,かつ $\{A \cap B _j \}$ が互いに素であることから $A \cap \left( \bigcup _j B _j \right) \in \lambda[\scrP]$ が分かる.
よって,$\bigcup _j B _j \in \Gamma _A$ がいえた.
以上,(1)~(3)より$~\Gamma_A~~$がλシステムであることが示された.
これと$~\scrP \subset \Gamma_A~$と合わせて$~\lambda[\scrP] \subset \Gamma_A~$を得る.
Step 2
$A \in \lambda[\scrP]$ を任意にとり, $\widetilde{\Gamma}_A := \{ B \in \lambda [\scrP] ~;~ A \cap B \in \lambda [\scrP] \}~$ とおく.
このとき,$\widetilde{\Gamma}_A = \lambda [\scrP]$ であることを示す.
これが示されると,$\lambda [\scrP]$ が有限交差で閉じている,つまりπシステムであることが分かる.
$\widetilde{\Gamma}_A \subset \lambda[\scrP]~$は明らかなので,$\widetilde{\Gamma} _A \supset \lambda[\scrP]$ を示す.
Step 1より「$~\forall B \in \scrP,~ A \cap B \in \lambda[\scrP]~$」であるから,$\scrP \subset \widetilde{\Gamma} _A~$が成り立つ.
$\widetilde{\Gamma} _A~$がλシステムであることはStep 1と全く同様に示せるので,$\lambda[\scrP] \subset \widetilde{\Gamma} _A$ を得る.
Step 3
$\lambda [\scrP]$ がσ加法族であることを示す.
これが示されると, $\lambda [\scrP] \supset \sigma [\scrP]~$であることが分かり,定理が示される.
$X \in \lambda [\scrP]$ は明らかであり,「$~A \in \lambda [\scrP] \Rightarrow A^c \in \lambda [\scrP]~$」もλシステムの性質より明らかである.
「$~\forall \{A _j\} _{j=1}^\infty \subset \lambda [\scrP],~ \bigcup _j A _j \in \lambda [\scrP]~$」を示す.
$\{A _j\} \subset \lambda [\scrP]$ をとり,$\{B _j\}$ を次のように定める:
B_1 := A_1, \quad B_j := A_j \setminus \left( \bigcup_{k=1}^{j-1} A_k \right)~(j \ge 2)
$j \ge 2~$ に対し,$B_j = A_j \cap (\bigcap_k {A_k}^c)~$ であるが,Step 2より $\lambda [\scrP]$ はπシステムであったから $B_j \in \lambda [\scrP]$ が成り立つ.
定め方より ${B_j}$ は互いに素なので,$\bigcup _j A_j = \bigcup_j B_j \in \lambda [\scrP]$ がいえた.
以上より,$\lambda [\scrP]$ はσ加法族である.$\square$
π-λ定理の応用
π-λ定理は測度の拡張が一意的にできることを示すのに使われます.
具体的には,πシステム$~\scrP~$と$~\sigma[\scrP]~~$上の2つの測度$~\mu, \nu~$について,「$\scrP~$上で$~\mu = \nu~$であれば,$\sigma[\scrP]~$上でも$~\mu = \nu~$となる」という主張を示すのにπ-λ定理が役に立ちます.
(上の主張はσ有限性などの細かい条件を省いているので,詳しく知りたい人は各自調べてください.)
例えば,$\mathbb{R}~$上の有界な左開区間全体の集合$~\mathcal{I}~$がπシステムになっており,さらに$~\scrB(\mathbb{R}) = \sigma[\mathcal{I}]~$が成り立ちます.
よって,$\mathcal{I}~$上で測度の値を定めてやる4だけで,それを$~\scrB(\mathbb{R})~$上に一意的に拡張できるわけです.
今回は確率論における応用例を詳しく取り上げてみようと思います.
先に言っておくと,下の証明の手法は測度の拡張の一意性を示すときにも使われます.
確率論への応用
定理
実数値確率変数の族$~\{X_1, X_2, \dots, X_n,Y \}~$が独立であるとする.
このとき,$\mathbb{R}^n~$値確率変数$~X := (X_1, \dots, X_n)~$と$~Y~$は独立となる.
つまり,次が成り立つ:
\forall A \in \mathcal{B}(\mathbb{R}^n),~ \forall B \in \mathcal{B}(\mathbb{R}),~ \mathbb{P}(X \in A,~ Y \in B) = \mathbb{P}(X \in A)~ \mathbb{P}(Y \in B)
$\square$
証明
$B \in \scrB(\setR)~$を任意にとり,
\scrA_B := \{ A \in \scrB(\setR^n) ~;~ \prob(X \in A,~ Y \in B) = \prob(X \in A)~ \prob(Y \in B) \}
とおく.
$\scrB(\setR^n) \subset \scrA_B~$であることを示せばよい.
任意の$~\prod_{k=1}^n A_k \in \prod_{k=1}^n \scrB(\setR)~$に対して,独立性より
\begin{align}
\mathbb{P} \left( X \in \prod_k A_k,~ Y \in B \right) &= \mathbb{P}(X_1 \in A_1, \dots, X_n \in A_n, Y \in B) \\
&= \left( \prod_k \mathbb{P}(X_k \in A_k) \right) \mathbb{P}(Y \in B)\\
&= \mathbb{P}\left(X \in \prod_k A_k \right)~ \mathbb{P}(Y \in B)
\end{align}
となる.
よって,$\prod_{k=1}^n \scrB(\setR) \subset \scrA_B~$である.
また,$~\prod \scrB(\setR)~$がπシステムであることも簡単に示される(各自確かめてみてください).
$\scrA_B~$がλシステムであることを示す.
$\setR^n \in \scrA_B~$は明らかである.
$A_1 \subset A_2~$なる$~A_1, A_2 \in \scrA_B~$をとる.
$X^{-1}(A_1) \subset X^{-1}(A_2)~$であることと,確率空間が有限測度空間であること5に注意すると,
\begin{align}
\mathbb{P}\left(X^{-1}(A_2 \setminus A_1) \cap Y^{-1}(B)\right)
&= \prob \left( \{ X^{-1}(A_2) \cap Y^{-1}(B)\} \setminus \{ X^{-1}(A_1) \cap Y^{-1}(B)\} \right)\\
&= \mathbb{P}\left(X^{-1}(A_2) \cap Y^{-1}(B)\right) - \mathbb{P}\left(X^{-1}(A_1) \cap Y^{-1}(B)\right)\\
&= \mathbb{P}\left(X^{-1}(A_2)\right) \mathbb{P}\left(Y^{-1}(B)\right) - \mathbb{P}\left(X^{-1}(A_1)\right) \mathbb{P}\left(Y^{-1}(B)\right)\\
&= \mathbb{P}\left(X^{-1}(A_2 \setminus A_1)\right) \mathbb{P}\left(Y^{-1}(B)\right)
\end{align}
となり,$A_2 \setminus A_1 \in \scrA_B~$が分かる.
以上で,$\scrA_B~$がλシステムであることが示された.
よって,π-λ定理より$~\scrB(\setR^n) = \sigma[\prod \scrB(\setR)] \subset \scrA_B~$がいえた.$\square$
以上の証明を見てみると,測度の性質とλシステムの性質がうまくマッチしているような気がします.
これを狙ってπ-λ定理のようなものが考えられたんですかねぇ.
参考文献
- 谷島賢二,『ルベーグ積分と関数解析』
- 吉田伸生,『ルベーグ積分入門』
-
Dynkin族定理とも呼ばれます.余談ですが,僕の指導教官が学生時代に面接で「好きな定理は何ですか」と聞かれたときに,π-λ定理と答えたそうです.
簡単に言ってしまえば,「$\scrA$ が多少の条件を満たすことを求める代わりに,$\scrB~$がσ加法族よりも弱い条件を満たすことを確かめるだけで $\sigma[\scrA] \subset \scrB~$となることを保証してくれる」定理です. ↩ -
$\{A_j\}~$が単調増加列であるというのは,任意の$~j \in \mathbb{N}~~$に対して$~A_j \subset A_{j+1}~$が成り立つことをいいます. ↩
-
これをπ-λ定理の結論としている本もあります.
σ加法族はλシステムであるので,$~\lambda[\scrP] \subset \sigma[\scrP]~$は明らかである.
以下,$\lambda[\scrP] \supset \sigma[\scrP]~$であることを示す. ↩ -
ここでσ有限性が要請されます.例えば,すべての有界な左開区間の測度が有限となるようにすれば問題ありません. ↩
-
有限測度空間$~(S, \mathcal{F}, \mu)~$においては「$A \subset B \Rightarrow \mu(B \setminus A) = \mu(B) - \mu(A)~$」が成り立ちます.
互いに素な$~\{A_k\} \subset \scrA_B~~$に対して,$~\bigcup_k A_k \in \scrA_B~$となることも,測度の性質を利用して上と同様に示される(各自確かめてみてください). ↩