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「一致の定理」から正則関数のすごさを垣間見る

Last updated at Posted at 2019-02-09
\newcommand{\deriv}[2]{#1^{(#2)}}
\newcommand{\setN}{\mathbb{N}}
\newcommand{\setR}{\mathbb{R}}
\newcommand{\setC}{\mathbb{C}}

※この記事は,私のブログで執筆した記事『複素解析ゼミノート(1)―一致の定理』を若干編集し,移植したものです.

はじめに

複素解析を少しでも勉強されたことがある方は,「正則関数」について多かれ少なかれ学んだと思います.
念のため,ここで正則関数の定義を思い出しておきましょう.

定義(正則関数)

$D \subset \setC$ は開集合とし,複素数値関数 $f \colon D \to \setC$ を考える.
任意の点 $z_0 \in D$ に対して極限

\lim_{z \to z_0} \frac{f(z) - f(z_0)}{z-z_0}

が存在するとき,$f$ は $D$ 上で正則であるという.$\square$

端的に言ってしまえば,「定義域の各点で複素微分可能な関数」のことを正則関数と言います.
一見すごくシンプルな定義に見えます.
しかし,「関数が正則である」というのは思った以上に強力で,それを裏付けるような定理もいくつか存在します.
そして今回は,その一つである一致の定理と呼ばれるものを紹介しようと思います.
一致の定理よりも先に正則関数の「すごさ」についてざっくり知りたい方は,後半のセクションを見て頂けると幸いです.

一致の定理とは,簡単に言うと「ある領域 $D$ 上で定義された2つの正則関数が $D$ 内の曲線上または小領域上で一致していれば,$D$ 上全体で両者が一致している」ことを保証してくれるものです.
この定理から解析接続のお話に繋がっていくそうですが,まだそのことについては知らないので,ここでは解説できません.
ごめんなさい.

一致の定理

定理(一致の定理)

$f,g$ は領域1 $D \subset \setC$ 上で正則な関数とする.

(1) ある1点 $a \in D$ が存在し, $f(a)=g(a),~ \deriv{f}{n}(a) = \deriv{g}{n}(a)~(n \in \setN)$ を満たす.

(2) ある1点 $a \in D$ と,$~z_k \to a~$かつ $z_k \ne a~(k \in \setN)$ を満たすような $D$ 上の点列 $\{z_k\}$ が存在し,$f(z_k) = g(z_k)~(k \in \setN)$ を満たす.

このとき,任意の$z \in D$ に対して $f(z) = g(z)$ が成り立つ.$\square$

一致の定理を上の形そのままで適用する機会は多分少ないです.
$D$ 上のある1点の近傍,またはある曲線上で $f$ と $g$ が恒等的に等しければ仮定(2)を満たすので,その形で一致の定理が用いられることが多いと思います.

また,一致の定理より,領域 $D$ 上で恒等的に0でない正則関数の零点が孤立していることも分かります.
ここで,$f$ の零点とは,$f(z)=0$ となる点 $z$ のことを言います.
つまり,零点のある除外近傍2内に零点が存在しないことを意味します.

以下,笠原乾吉さんの『複素解析 1変数解析関数』にならって,一致の定理の証明3をしていきます.

定理の証明

$D$ 上の関数 $h$ を$~h(z) := f(z)-g(z)~~$のように定める.
すると,$h$ は $D$ 上正則であり,かつ $h(z)=0 \Leftrightarrow f(z)=g(z)$ を満たす.
この $h$ を用いて仮定(1),(2)を書き換えると,次のようになる:

(1) ある1点 $a \in D$ が存在し, $h(a)=0,~ \deriv{h}{n}(a) = 0~(n \in \setN)~$を満たす.

(2) ある1点 $a \in D$ と,$z_k \to a$ かつ $z_k \ne a~(k \in \setN)$ を満たすような $D$ 上の点列 $\{z_k\}$ が存在し,$h(z_k)=0~(k \in \setN)$ を満たす.

よって,この $h$ が(書き換えた後の)仮定(1),(2)のいずれかを満たすときに,$D$ 上で $h(z) \equiv 0$ が成り立つことを示せば良いことが分かる.

(1)を満たすとき

集合 $O_1, O_2$ を

\begin{aligned}
O_1 &:= \{ z \in D ~;~ h(z)=0,~ \deriv{h}{n}(z)=0~(n \in \setN) \} \\
O_2 &:= D \setminus O_1
\end{aligned}

のように定める.
このとき,$O_1, O_2$ がともに $D$ の開集合4でかつ $O_1 \ne \emptyset$ であることが分かれば,$D$ が連結であることから $O_2 = \emptyset$ であることが示され,結局 $D=O_1$ であるので定理が示される.

以下,特に断らない限り「開(閉)集合」は「$D$ の開(閉)集合」を意味するものとする.

まず,$O_1$ が開集合であることを示す.
任意の点 $w \in O_1$ に対して $D$ に含まれるように点 $w$ のある $r$-近傍$~~ U_r(w) = \{ z \in \setC ~;~ |z-w| < r \}~~$をとると,その近傍上で $h$ はTaylor展開可能で,

~h(z) = \sum_{n=0}^\infty \frac{\deriv{h}{n}(w)}{n!}(z-w)^n \quad (z \in U_r(w))~

となる.
$w \in O_1$ より $h(w)=0,~ \deriv{h}{n}(w) =0~(n \in \setN)$ であるから,上のTaylor展開と合わせて $h(z)=0~(z \in U_r(w))$であることが分かる.
これより,$U_r(w)$ 上で $h(z)=0,~ \deriv{h}{n}(z)=0~(n \in \setN)$ であるから,$~U_r(w) \subset O_1~~$を得る.
よって,$O_1$ が開集合であることが分かった.

次に,$O_2$ が開集合であることを示す.
ここで,$O_1$ のときと同じような方針で示したくなるが,そもそも $O_2$ は空集合であるかもしれないので,「$O_2$ から任意の点を取る」といったことができない.
なので,$O_2$ の補集合である $O_1$ が閉集合であることを示すことで,$O_2$ が開集合であることを確かめる.
正則関数は無限回微分可能であることが知られているので,$~h,~ \deriv{h}{n}~(n \in \setN)~$は連続であることが分かる.
ここで,$O_1$ 上の任意の収束点列 $\{ z_k \}$ をとり,その極限が $z_0 \in D$ であるとすると,連続性と $O_1$ の定義から

\begin{aligned}
h(z_0) &= \lim_{k \to \infty} h(z_k) = 0 \\
\deriv{h}{n}(z_0) &= \lim_{k \to \infty} \deriv{h}{n}(z_k) = 0 \quad (n \in \setN)
\end{aligned}

となる.
これより $z_0 \in O_1$ となり,$O_1$ が閉集合であることが分かった.
よって,$O_2$ も開集合であることが分かった.

以上より,$D=O_1$ が示された.

(2)を満たすとき

$D$ に含まれるように $a$ の $r$-近傍 $U_r(a)$ をとると,その上で $h$ は

h(z) = \sum_{n=0}^\infty \frac{\deriv{h}{n}(a)}{n!}(z-a)^n

と表される.

~c_n := \frac{\deriv{h}{n}(a)}{n!} \quad (n \in \setN \cup \{0\})~

とおいたとき,$~c_n = 0~(n \in \setN \cup \{0\})~~$であることが分かれば点 $a$ で $h$ は仮定(1)を満たすので,結論を得ることができる.
ここでは,背理法によりこれを示す.

ある$~n \in \setN \cup \{0\}~~$が存在して$~c_0 = \dots = c_{n-1} = 0,~ c_n \ne 0~$であるとする.
すると,$U_r(a)$ 上で

h(z) = (z-a)^n \{c_n + c_{n+1}(z-a) + \cdots \}

が成り立つ.
$\varphi(z) := c_n + c_{n+1}(z-a) + \cdots $ とおくと,仮定より$~~h(z_k)=0,~ z_k - a \ne 0~(k \in \setN)~~$であるから,上の式に $z_k$ を代入することにより$~\varphi(z_k) = 0~(k \in \setN)~~$を得る.
さらに,$\varphi$ は $U_r(a)$ 上連続5であるから,$~\varphi(a) = \lim_{k \to \infty} \varphi(z_k) =0~~$であることが分かる.

しかし,これは $c_n \ne 0$ であることに反するので,背理法により $c_n = 0~(n \in \setN \cup \{0\})$ であることが示された.$\square$

正則関数の「すごさ」とは

(このセクションは僕の個人的な考察を述べたものです.何か意見などがあればご自由にどうぞ.)

結局のところ,正則関数の「すごさ」とは何なのでしょうか.
具体的には,正則関数のどういった性質が上の一致の定理のような強力な主張をもたらしているのでしょうか.

ずばりそれは,正則関数の重要な性質である**「任意の点の近傍上でTaylor展開できること」が「微分可能性」だけから導かれる**ことだと思っています.

「任意の点の近傍上でTaylor展開できる関数」には名前がついていて,解析関数6と呼ばれています.

上の言葉を借りると,複素関数に対しては「正則関数(微分可能な関数)$~\Leftrightarrow~$解析関数」が成り立っていることが分かります. ここで注目したいのが,実変数関数に対しては「微分可能な関数$~\Rightarrow~$解析関数」はおろか,「**無限回微分可能な関数$~\Rightarrow~$解析関数**」ですら成り立たない,ということです. 例えば,次のような関数$~f~$は$~\setR~$上で無限回微分可能ですが,0の近傍でTaylor展開できないので,解析関数でないことが分かります[^8]:
f(x) := \begin{cases}
e^{-1/x} &,~ x>0 \\
0 &,~ x \le 0
\end{cases}
では,解析関数のどういう点がいいのでしょうか. 「正則関数は解析関数となる」という主張だけでは,「正則関数がなぜすごいか」という問いに対する答えになりません. もし関数$~f~$が点$~a~$の近傍でTaylor展開できたとき,その近傍上では
\quad f(z) = \sum_{n=0}^\infty \frac{\deriv{f}{n}(a)}{n!}(z-a)^n \quad

が成り立ちます.
この式の形をよく見ると,その近傍上で**$~f~$の値は点$~a~$における情報**($~a~$における導関数の値$~\deriv{f}{n}(a)~$など)のみで決まっていることが分かります.
他にも解析関数の利点はあるとは思いますが,これがその一つだと僕は考えています.
この意味をよりクリアにするため,ここで一致の定理の証明の一部を抜粋してみます.

任意の点 $w \in O_1$ に対して $D$ に含まれるように点 $w$ のある $r$-近傍$~ U_r(w) = \{ z \in \setC ~;~ |z-w| < r \}~$をとると,その近傍上で $h$ はTaylor展開可能で,

\quad h(z) = \sum_{n=0}^\infty \frac{\deriv{h}{n}(w)}{n!}(z-w)^n \quad (z \in U_r(w)) \quad


> となる.
$w \in O_1$ より$~h(w)=0,~ \deriv{h}{n}(w) =0~(n \in \setN)~$であるから,上のTaylor展開と合わせて $h(z)=0~(z \in U_r(w))$であることが分かる.

この部分で,導関数$~\deriv{f}{n}(w)~$の値がすべて0であるということから,$~w~$の近傍上で$~h \equiv 0~$となることを利用しています.
これはまさしく「点$~w~$の近傍上で$~h~$の値がその点における情報のみで定まる」ことを意味していると考えられます.
このことを頭に入れた上で改めて一致の定理の証明を読み返すと,Taylor展開できることのありがたみがより分かると思います.

「Taylor展開可能」という便利な性質が「微分可能性」を仮定するだけで出てくる…
僕も正則関数のすごさについて,改めて考え直さなければなりませんね.

# 参考文献

- 笠原乾吉,[『複素解析 1変数解析関数』](https://amzn.to/2G23w9V)
- 杉浦光夫,[『解析入門 Ⅰ』](https://amzn.to/2SAlpTW)
- 杉浦光夫,[『解析入門 Ⅱ』](https://amzn.to/2DAeB05)
  1. ここで,領域とは「連結な開集合」を意味するものとします.
    $f,g$ が次の二つの仮定いずれかを満たすとする:

  2. $z$ の除外近傍とは,$z$ の近傍から $z$ のみを除外した集合のことを言います.
    もし,その正則関数の零点が孤立していなかったら,仮定(2)より $D$ 上で $f$ が恒等的に0となってしまい,仮定に反するからです.

  3. 証明中で正則関数の基本的な性質(Taylor展開と無限回微分の可能性など)と連結性を利用しますが,ここではそれらについて詳しく説明しません.

  4. 「$D$ の開集合」とは,ある $\setC$ の開集合 $O$ により $O \cap D$ と表される集合のことです.「$D$ の閉集合」も同様に定義されます.ただ,今回の場合は $D$ が $\setC$ の開集合なので,「$D$ の開集合」と「$\setC$ の開集合」は同じ意味を持ちます.
    仮定より $a \in O_1$ であるから $O_1 \ne \emptyset$ となるので,あとは2つの集合 $O_1, O_2$ が $D$ の開集合であることを示すだけである.

  5. $\varphi$ は $U_r(a)$ 上で絶対収束するので,Taylor級数の収束円板 $U_r(a)$ 上で正則になります(cf. 『解析入門Ⅰ』 Ⅲ定理2.5).
    よって,$\varphi$ の定義より $\varphi(a)=c_n$ であるので,$c_n=0$ が得られた.

  6. $~C^\omega~$級の関数とも呼ばれます.
    ちなみに,この言葉は$~\setR~$上の実変数関数に対しても使われ,特に実解析関数とも呼ばれます.
    実は,この実解析関数に対しても一致の定理が成り立つことが,全く同様の証明方法により分かります7

  7. このとき,$~\setR~$中の連結集合は必ず区間となるので,定理の主張中の領域$~~D \subset \setR~~$は開区間となります.

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