やあ、よくきたよくきた。
君は人間=エンジニアかなコンピュータかな。人間なら1→4、コンピュータなら2→3→4って読んでくれ。俳句ってとても人間=エンジニア向きだし、コンピュータ向きだ。理由を説明するから、読み終わったら一句作ってくれよ(仲間とね)。
1. 俳句を作る(人間=エンジニア編)
なにさらすわしの女じゃ関東炊
俳句にはルールがあって、こんな感じだ。
五七五の音で作り、季語をひとつだけ含んでいること
五七五から外れる句もたくさんあるし、季語のない句(無季)もある。なんなら完全にタガの外れた自由律俳句なんてのもある。でもさ基本はこのへんだよね。小学生でも知っている。これってすごいことだよ。だってアートのルールがこんな単純に決まっているんだ。「小説とは?」とかいいだしたら殺し合いが始まるもんね。
俳句はこのルールに言葉をはめ込むパズルみたいなものだ。ミニマムなルールの中に最大の表現を入れる。コードゴルフかよ。実に人間=エンジニア向きじゃないか。
本当にパズルにしちゃった人もいる。その名も「俳句ドリル」だ。たとえば
◯◯◯◯と◯◯◯◯と寝る布団かな
この穴埋めをする。正解があるわけじゃない。パズル型のトレーニングだね。
このサイトに実例があるから、ちょっとのぞいてみてくれ。
最初はガチじゃなくて、こういうので始めるといい。
「怪談575」なんてのもある。ゲームデザイナーの米光一成さんがはじめたやつ。季語だと切れ字だのは考えずに、怖い話を五七五にすればいいだけ。
どんどんどんママあけてママどんどんどん
あとさ「微積分俳句」って知ってる? さあ、集まって、紙と書くものを用意して。順番に紙を回して、ひらがなを一文字ずつ書いていく。俳句だから十七文字でおしまい。最初の人が「か」、次の人は「に」、すると三番目の人は「蟹かなあ。となると鍋か蟹工船か」などと妄想して「え」と書いて回す。次の人は「おいおい、カニエ・ウェストかよ!」と心の中で毒づきながらまた一文字。そうやって俳句を作り、最後でみんなで鑑賞するんだ。前の人の気持をなんとなーく忖度するのがコツだ。あ、「鑑賞」については4を見て。
#2. 俳句を作る(コンピュータ編)
火星人みな死に絶えり杉の花
朝日新聞にこんな記事が掲載された。
詠み人おらず 俳人チームに善戦したのは…
北海道大調和系工学研究室の川村教授が人工知能を使った俳句作りに挑んでいるって話だ。君=コンピュータが俳句を作ろうっていうのなら、俳句のルールのミニマムさが有利にはたらくはずだ。「あいうえお隣を見たら昇竜拳」なんてやつでもとにかく俳句だからね。それが小説となると(略)。
「じゃあランダムに単語やフレーズを組み合わせるだけでもいけるんじゃ」と思ったあなた=コンピュータはするどい。そういうアプローチももちろんある。歌人(俳句じゃなくて短歌をつくる人)の佐々木あららさんは短歌自動生成スクリプト「星野しずる」という実験をしている。
星野しずる
いまアクセスしてみたら
残像の恐怖の先ににせもののおどけた猿を見た朝に日々
なんて短歌が自動生成された。「現在の語彙数:530個(名詞部=230個、修飾部=150個、述部=150個) / 現在の構文数:20種類」、それに180行弱のJavaScriptで、これが生まれるんだ。あららさんが言葉と構文を厳選しているからうまくいくのだろうけど、それにしても驚きだ。実はこの驚きは「解釈」って話にもからんでくるのであーる(4を見よ)。
さて、君=コンピュータはランダムな組み合わせじゃなくて、学習したいようだから、そうなると学習用のデータが必要だ。3へ行こうか。
3. 素材としての俳句
古池や蛙飛びこむ水の音
これで一句だ。ひとつの作品です。小説一作とくらべてなんと短いのでしょうか。しかも全文公開されている。
小説じゃ青空文庫の作品数が15,000あたり。しかも現代の作家のものはない。でも俳句なら、芭蕉から金子兜太まで、みんな大好きスクレイピングをすれば何万と集めることができる(ちなみに松尾芭蕉だけで千句ぐらいあるらしい)。たとえば「現代俳句データベース」には四万弱の句がある(スクレイピングはルールを守って)。
現代俳句データベース
デジタルの世界で数は正義だ。君=コンピュータが学習したいならやっぱり俳句だよね。だから川村先生は俳句を題材に選んだのだろうか。
関係ないけど、こんな単純に思える句にドラマがあり、本まで出ているのであった。
古池に蛙は飛びこんだか(長谷川櫂)
4. 解釈
「きみがすきだ」ある冬の日の解釈では
俳句ってどういうイメージかな。なんか厳しい感じのお爺さんが、なんか短冊みたいのを手に持って、眉間にシワを寄せて、筆でさらさら……ってイメージかな。で、作った句は一言一句ゆるがせにできなくて、弟子がははーっと押しいただく……ってね。実は俳句の最大の特徴はミニマムなルールでも、全文公開された作品が多数あるってことでもない。それは「解釈」なんだ。俳句は座の文藝ともいって、句をどのように解釈するか、それが俳句の面白さの一部なんだ。ピンとこない?
かなしみの片手ひらいて渡り鳥
北海道大調和系工学研究室の川村教授のAIが作った句がこれだ。どんな意味だろう。「ひらいた手が鳥に見える」かも知れないし、「啄木の"ぢっと手を見る"を連想する」かもしれない。句を読んで、その句がなにを意味するかは作者が決めることじゃない(もちろん作者の意思もある)。句を「解釈」する側にあるんだ。みんなで詠んだ句をもちより、みんなで解釈する。作った本人ですらおどろくような解釈が生まれて、句のよさがあらわになる。それが句会、だから座の文藝って言う。
「なんだ、結局人間がどう解釈するかってだけじゃないか。でたらめな文字列でもたまたまひとが感動すればそれでいいの?」って思うでしょ。佐々木あららさんも「人間の言語の認知は、単純なランダムであってもそれなりの作品だと認知してしまう(認知せざるを得ない)仕組みを持っているのでは?」という問題意識から星野しずるを作ったそうです。でも、それって最近のアレに似ていると思わない? そう、みんな大好きディープラーニングのこと。ディープラーニングには意思や目的はない。複雑なif文、よくいっても高度なパターンマッチングだよね。でも、そのふるまいには驚かされる。なぜなら、ディープラーニングのやることを人間が解釈するからだ。
実はこの考えかたは人間=エンジニアなら馴染みものだろう。たとえば量子力学の観測者効果、たとえば人間原理。「それが成立するのは観察・解釈する存在があるからだ」ってのは、人間=エンジニアならすんなり納得できるはずだ。だから、人間=エンジニアには俳句を、特に句会をすすめたいんだ。初心者同士でもいいからさ。
句会はハードルが高いって思うならこれを読もう。ぜったいやりたくなるから。
俳句いきなり入門(千野帽子)
なにしろ「第一章 句会があるから俳句を作る」だもん。
「公開句会」なんて素敵なイベントもある。見に行くだけなら気楽でしょ? 「東京マッハ」がおすすめなんだけど、最近開催されていないなあ。チケット瞬殺なのでアンテナ張っておこう!
というわけで、俳句(と句会)を、人間とコンピュータにおすすめしたよ。
最後にすきな句を並べおこうっと(俳句じゃないのも混ぜておいた)。
信長の喰ひ残したる美濃の柿(角川春樹)
暗黒や関東平野に火事一つ(金子兜太)
813続813なつやすみ(米光一成)
ぼくらはシステムの血の子供 誤字だらけの辞令を持って西のグーグルを焼きはらう(フラワーしげる)
腦病院の/死角/枯枝に/坊さんが立つてゐる(高原耕治)
誰も知らない北京の蝶の演算