はじめに
みなさん、こんにちは。
みなさんは、ケーリー・ハミルトンの定理を勉強して証明は分かるものの若干腑に落ちないとか、若干不思議だとか、思ったことは無いでしょうか?
私もそういう一人で、今までずっと不思議な気分になりながらもこの定理を使ってきました。
簡単な証明方法では、三角化を使って証明する方法などがありますね。
ただ、Web上で証明を探してもこの定理がなぜ成り立つのかについて納得感のある証明になかなか出会えず…
だって、固有多項式に行列を代入して0になる、ですよ!
なかなかびっくりな結果ではないでしょうか。
三角化による証明では、なぜ代入で0になるのか、っていう直観的なお気持ちが伝わらない感じがしていました。
最近にケーリー・ハミルトンの定理がなぜ成り立つのかが直観的に分かりやすい証明を知ってとても感動したとともに、とても納得感を得られたので、共有をしたいと思います。(正確には前にも勉強して証明は理解したはずなのですが、この記事のような理解は得られていなかったみたいです。)
Web上で調べてもこの証明を私は見つけられていないので、どうしてこの証明があまり有名でないのか不思議です。
(私の探し方が悪い可能性はありますが、少なくともトップの方にヒットはしないです。)
一応書籍では、アティマクの2章、命題2.4に、より一般化した形(加群、イデアルなどで条件が書かれている。中山の補題を導く基礎となる)で同じような証明が載っています。
ケーリー・ハミルトンの定理とは
$A$を複素数体$\mathbb{C}$上の$n\times n$行列とし、$E$を$n\times n$の単位行列とする。
このとき、$\chi_A(t)=\det(A-tE)$は$t$に関する$\mathbb{C}$係数の多項式になるが、この多項式に$t=A$を代入した行列を$\chi_A(A)$とすると、$\chi_A(A)=O$が成り立つ。
ケーリー・ハミルトンの定理のよくある誤答とケーリー・ハミルトンの定理の証明
ケーリー・ハミルトンの定理について勉強すると、必ず、次のような証明は誤答だという話が出てきます。
よくある誤答
$A-tE$に$t=A$を代入すると、$A-A=O$なので、$\det(O)=0$より、$\chi_A(A)=O$
これがよくある誤答ですね。これ、直観的には成り立ちそうなんですけどね~~って言って終わるやつですね。
でも、この直感的に成り立ちそう、っていう感覚が実はあながち間違っていないというのが今回の主題です。
証明
$A-tE$の余因子行列を$B(t)$とすると、
$\det(A-tE)E=B(t)(A-tE)$が成り立つ。(これは線形代数において逆行列を構成するのに用いる有名事実)
このとき、
A-tE=\begin{pmatrix}
a_{1,1}-t&a_{1,2}&\cdots & a_{1,n}\\
a_{2,1}&a_{2,2}-t&\cdots & a_{2,n}\\
\vdots&&\ddots&\\
a_{n,1}&a_{n,2}&\cdots&a_{n,n}-t
\end{pmatrix}
なので、$A-tE$に$t=A$を代入すると、
\begin{pmatrix}
a_{1,1}E-A&a_{1,2}E&\cdots & a_{1,n}E\\
a_{2,1}E&a_{2,2}E-A&\cdots & a_{2,n}E\\
\vdots&&\ddots&\\
a_{n,1}E&a_{n,2}E&\cdots&a_{n,n}E-A
\end{pmatrix}
であるから、標準基底を$e_1, \cdots, e_n$とすると、
\begin{pmatrix}
a_{1,1}E-A&a_{1,2}E&\cdots & a_{1,n}E\\
a_{2,1}E&a_{2,2}E-A&\cdots & a_{2,n}E\\
\vdots&&\ddots&\\
a_{n,1}E&a_{n,2}E&\cdots&a_{n,n}E-A
\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}
e_1\\
e_2\\
\vdots\\
e_n
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
a_{1,1}e_1-(a_{1,1}e_1+a_{1,2}e_2+\cdots+a_{1,n}e_n)+a_{1,2}e_2+\cdots+a_{1,n}e_n\\
a_{2,1}e_1+a_{2,2}e_2-(a_{2,1}e_1+a_{2,2}e_2+\cdots+a_{2,n}e_n)+\cdots+a_{2,n}e_n\\
\vdots\\
a_{n,1}e_1+a_{n,2}e_2+\cdots+a_{n,n}e_n-(a_{n,1}e_1+a_{n,2}e_2+\cdots+a_{n,n}e_n)
\end{pmatrix}
=
\begin{pmatrix}
0\\
0\\
\vdots\\
0
\end{pmatrix}
が成り立つ。
よって、左から$B(t)$に$t=A$を代入した行列$B(A)$を掛けても$0$ベクトルで、
$\det(A-tE)E=B(t)(A-tE)$の式に$t=A$を代入した結果から、
\begin{pmatrix}
\chi_A(A)e_1\\
\chi_A(A)e_2\\
\vdots\\
\chi_A(A)e_n
\end{pmatrix}=
\begin{pmatrix}
0\\
0\\
\vdots\\
0
\end{pmatrix}
である。$e_1, \cdots, e_n$は標準基底なので、$\chi_A(A)=O$が分かる。
以上で証明が終わりですが、この証明の本質は、$A-tE$に$t=A$を代入してできる行列が$(e_1,e_2,\cdots,e_n)^
T$を$0$に移すことです。($T$は転置)
これは直観的にも納得感があり、なぜAを固有多項式に代入したらOになるのかという疑問に対する良い解答を与えてくれるのではないかと考えています。
一番最初の誤答で$\det(A-tE)$に$t=A$を代入したら$A-tE$が$O$になりそうだという直観自体はめちゃくちゃ大きくは間違っていなかったわけです。(当然$O$にはなりませんが。$O$っぽいものをつくるのに寄与している)
終わりに
以上で、本題については終わりです。
固有多項式と(この記事では出てきませんが)最小多項式は、対角化、固有空間分解、ジョルダン標準形、一般固有空間分解、単因子論などでも重要になってきます。
この記事で扱ったのは多項式に行列を代入することですが、単因子論ではベクトル空間に対して多項式による作用を変数へ線形写像を代入することによって定義してジョルダン標準形を導ける面白い話もあるので、ベクトル空間に対する多項式による作用(この記事で扱った内容で言えば多項式に行列を代入すること)は基本的なツールだと思っておいた方がいいかもしれません。
はじめに、でも書きましたが加群に対してもう少し一般化したケーリー・ハミルトンの定理を証明し、中山の補題を導いたりもしますね。(アティマクの内容はまさにこれ)
ベクトル空間では常に基底が存在するのに対して、加群では常に基底が存在するとは限らない一方で、もし基底が存在すれば、基底の濃度は基底に依らず一意に定まる、など加群も面白い性質を持つので、興味があれば可換代数も勉強してみてください。