これは Engineering Manager Advent Calendar 2022 の10日目の記事です!
ビットキーというスタートアップにてエンジニアリングマネージャーをしております、佐藤正大と申します。”まさひろさん”と呼んでいただくことが多く、ハンドルネームは @m3hiro3です。
この記事は誰に向けた、何であるか?
上司=EMと読み替えていただいた上1で、その存在や関係性にモヤッとした方に向けた記事です。
”モヤッと”とは、「明瞭でない状態」「腑に落ちない状態」「わだかまりがある状態」のことです。私自身も歩んできたキャリアの中で、上司の行動や言動にモヤッとしたり、自分がリーダーやマネージャーとして周囲をモヤッとさせてしまったりという経験は多数あります。
また、そんな状況を抜け出すために、エンジニアリングやマネジメントの書籍を読んで感銘を受けたり、一方で矛盾を感じてしまったり、エンジニアに関連する役割やキャリアパスは、モヤモヤすることだらけでした。
そんな、モヤッとを少しでも解消するヒントになれば嬉しいなと思って記載した記事です。
例えば、以下のような方々の参考になりましたら、幸いです。
- EMになりたい人
- EMになりたての人
- EMになったけど、悩んでいる人
- EMではないけど、その方との関係性に悩んでいる人
- EMって、やるべきこと多すぎない?と思っている人
- なんちゃらマネジメントって役割、世の中に多すぎないと思っている人
ただ、本記事を読むことで、さらにモヤッとさせてしまう可能性もございますので、あらかじめご了承ください🙇
イントロダクション
先日、Qiita Night エンジニアリングマネジメント編というイベントにて、登壇させていただきました。EMの役割について、複数の書籍を引用しながら、考察したことを発表しています。
本記事では、発表内容を簡単に紹介した後で、発表で語りきれなかった部分を紹介することで、 エンジニアリングマネジメント・広義のマネジメントに関するモヤモヤを軽減すること を目指したいと思います。
発表内容の簡単な紹介
課題意識
- EMって、やるべきこと、多すぎない?
- EM、TL、IC2って言葉を聞くけど、どんな違いがあるの?
- ロールも、キャリアパスも、考え方がたくさんあって、悩んでしまう…
アプローチ
- あるものが何であるかを考える際には、何でないかを考える
- EMを考える際には、TLなど他の役割と比較すると、よいかも
- 世の中にあるベストプラクティスから、役割を学んでみる
- 書籍はいろいろあるが『Googleのソフトウェアエンジニアリング』がよさそう
- Googleの文化、プロセス、ツールの側面から体系的に紹介してくれている良書
- その他、2冊ほど参照する
要点
EMとTLは、”二人三脚でいこう”
- Googleでは、EMとTLが相互に協力する体制が推奨されている
- TLは、製品の技術的側面を担当する
- EMは、製品がビジネス要件を満たすことと、チームメンバー全員の満足度に責任を持つ
- どちらも”本当に難しい”ので、2人のスペシャリストが”二人三脚で”歩んでいこうと
- EMは、2つの観点(製品がビジネス要件を満たすことと、チームメンバー全員の満足度)を考える必要があり、それらは必ずしも相容れない。難しい立場に置かれる可能性がある。
EMの仕事は、TLの仕事に対する、Aバー(TLがやらない全て)と捉えると良いのかもしれないという提案
- TLの仕事を鮮明にすると、EMの仕事は見えてくるのではいか
- あなたにエンジニア経験があるなら、”TLの仕事の大変さ”をイメージしやすいはず
- 大変さをイメージできるからこそ、”TLがTL業務に集中するための全て”と捉えるとよいかも(これは、書籍には記載されていない、私からの提案)
EMでも、TLでも、メンターを探そう、コミュニティに参加しよう
- たとえ、CTOという役職だったとしても、プロの指導・社外で助け合える仲間が必要だ
- どのキャリアラダーに属していたとしても、尊敬ができて、対話ができる人を探そう
- 少しだけ勇気をだして行動をすると社内にメンターが見つかるかもしれないし、社外へのアクセスも大きく開かれているのがエンジニアの世界だ
チームの大小に応じて、役割のあり方は変わる。だからこそ、認知論を活用しよう。
- ダンバー数という考え方は、人間の認知限界=把握できる人間の数と性質を示してくれる
- 「自分から見た視点」を整理してみると、自分の状況を整理しやすくなるかも
- 「メンバーから見た視点」を想像して考察してみると、組織の課題が見えてくるかも
以上、発表の要点でした。
より詳しく読みたい方は、スライドを参照ください。
本記事のメイン
ここからは、上記の発表では語りきれなかったことを、紹介していきます。
想定読者であるモヤッとを感じているみなさんへ、少しでも参考になれば嬉しいです。
EMの定義と、立脚点
前述の通り、Googleには、Google流のエンジニアリングマネジメントがありました。同時に、私たちが所属するそれぞれの企業・組織において、エンジニアリングマネジメントの定義や慣習はあるでしょう。それらは、明示的・形式的である状況もあれば、暗黙的であることもあります(必ずしも前者がよく、後者が悪いという話ではありません)。
EMという用語を、他の役割名に言い換えたとしても、同じことが言えるのではないでしょうか。企業や組織の数だけ、役割の定義が存在しているはずです。繰り返しですが暗黙的にも・形式的にも。
- CTO
- VPoE
- TM(チームマネージャー)
- PjM(プロジェクトマネージャー)
- PMO、PLなど、関連する役割もありますね
- PdM(プロダクトマネージャー)
- PMM(プロダクトマーケティングマネージャー)というのもありますね
- プロデューサー / ディレクター
- 特定の業界や、英語圏では、大きな地位や権限を意味する言葉ですね
- 課長・部長・統括部長・執行役員
- これもマネジメント職を意味する言葉ですね
などなど。多種多様に、企業や組織の数だけ存在する役職。
EMの定義を考える上で重要なことは、そもそも「曖昧な状態から始まる」ということではないでしょうか。私は、あるキャリアパスを目指したり、ある役割・役職を担当したり、それらの方と一緒に仕事を始めたりすることは、 曖昧さから始まる ということを立脚点に置くと良いと考えています。
マネジメントについて、どれだけの書籍を読んでも、どれだけ尊敬できる人とお話ししたとしても、大企業やスタートアップなどの様々な組織に所属・経験したとしても、マネジメントに関して 一意な回答は決して得られない という感覚を、少しでも感じていただけたら、私と同じ心情ですので、それをとても嬉しく思います。
曖昧な状態から始まり、そこを脱する道標
曖昧な状態から始まることを認めたとして、そのままでいるとモヤッとしている状態のままです。曖昧さから脱し、明瞭な状態(モヤッとしない状態)を目指すためには、何から考えると良いのでしょうか?
私が考える要点は、3つです。
- マネジメントは、スコープありき
- マネジメントは、コンテクストありき
- マネジメントは、ゴールありき
これらは、マネジメントをする立場でも、される立場でも、両方の方に意味があると思っています。少しでも、冒頭に記したような、迷える皆さんのヒントになれましたら、幸いです。
マネジメントは、スコープありき
前出の通り、世の中には「マネジメントっぽい」肩書きがたくさん溢れています。
CTO, VPoE, TM, PjM, PdM, プロデューサー, ディレクター, 部長, 課長, 統括部長, 執行役員…
まず大切なことは、マネジメントするスコープ(範囲・視野)です。
誰の何をマネジメントするのか?
スコープを考える際にポイントとなるのは、「誰の何を?」という観点と私は考えています。マネジメントの対象となる人、そしてマネジメントする対象物や領域を明確にすることです。繰り返しですが、マネジメントの曖昧さの背景にあるのは、これらが暗黙的だったり、一部が形式的だったりすることです。
まずは、自分がある状況を言語化してみるところから、はじめることをオススメします。つまり、役職やロールの話はいったん脇に置いて、5W1Hから整理するようなイメージです。
- 自分がマネジメントする(される)部署・チームには、誰がいて何を扱っているのか?
- 自分達の周囲/上位/下位には、どのようなチームがあり、どのような関係にあるのか?
- 自分達の活動・アウトプットによって、誰へどのような幸せを届けたいのか?
- ユーザーや顧客は誰か? どこから資金を獲得しているのか?
- 組織全体の視点から、自分(マネージャー)と自分達(チーム)に期待されることは何か?
もちろん、サイモンシネックが語るゴールデンサークル理論の通り、Why(なぜ?)から考えることは、非常に重要で、多くのことの本質であると思います。この動画は多くの方に見ていただきたい。ただ、Whyを明確に打ち出すこともまた訓練が必要です。まずは現状の言語化、整理を試みると良いと思います。
5W1Hの整理で現状を把握できた後は、気になっていた役職について、その一部にある言葉の意味を調べることもまた、非常に示唆深いと思います。つまり、役職ではなく対象に目を向けるのです。
- CTOを考える前に、テクノロジーとは何か?
- EMを考える前に、エンジニアリングとは何か?
- PdM・PdMを考える前に、プロジェクト、プロダクトとは何か?
余談ですが、「エンジニアを自称するのに、エンジニアリングの日本語訳が答えられない人って、意外と多いよね」と言われてハッとしたことがあります。皆さんは、すぐに答えられますか?
マネジメントのスコープは、人生の全てではない
上記の通り、マネジメントのスコープを整理していき、Whyについても明瞭な回答を用意しようとすると、スコープはどんどんと広がってゆきます。「え、工学をマネジメントするって、どういうこと?」ってなります。私もなりました(笑)
また、前述のGoogleにおけるEMの定義にある通り、「チーム内の全ての人員の成績、生産性、満足度に責任を持つ」というのは、相手の人生を背負うような表現です。突き詰めて考えると、”仕事とは何か?”、”人間の幸福とは何か?”、”生きるって?”まで考える必要がありそうです。
- マネジメントは重い責任がありますが、あなたの人生の全てではありません
- マネジメント対象となる方々にとっても、人生の全てであるはずがありません
マネジメントを重い重責と捉えて、身動きが取れなくなったり、自分の人生にマイナスが増えてしまっては、本末転倒です。抽象度の高さと、曖昧さを混同せず、マネジメントのスコープを定義して、輪郭を明瞭にすることがオススメです。
マネジメントは、コンテクストありき
大切だと思う2点目は、コンテクスト(文脈・状況・背景)です。
無人島では大統領になれない
私が尊敬する方の一人に、とある塾講師の方がいらっしゃいます。私が予備校に通っていた時のことでした。彼は、授業の合間にこんなことを話していました。
「君たち、何を夢見て大学を目指してるのか知らないが、無人島で大統領になんかなれないからな」
なぜ唐突にこんなことを受験生に伝えてくれたのかは覚えていません(笑)たしか「今は勉強・座学に集中しているかもしれないが、大学に進学した後・社会に出た後には、周囲との人間関係や社会に対する理解が大切になるんだよ」というアドバイスだったと記憶しています。彼は、数学の講師でした。
彼が述べたかったことを、今改めて考えてみると「ある役割が成立するには、必ず他者の存在が必要である。誰もいない状況で役割を論じることはできず、高校生の君たちが漠然と感じる”地位”や”名誉’のようなものは、社会的な関係性において成立するものだ。これは当たり前のことだが、見落とされがちなことだ」ということだと思います。つまり「学校の勉強だけじゃダメだよ(もちろん受験は頑張れ)」ということかと。
これは、私には大きな示唆で、今でも大切にしています。マネジメントに関わる全てには、コンテクストが必ず存在しており、それを踏まえることが重要であると。
コンテクストの理解は、真摯さから
コンテクストを理解するための視点として、 真摯さ(integrity) という考え方を紹介します。この観点は、ドラッガーの『マネジメント』で紹介されています。ドラッガーは「真摯さの定義は難しいが、真摯さの欠如を定義することは難しくない」として、以下の点を挙げています。
①強みよりも弱みに目を向ける者をマネジャーに任命してはならない
できないことに気づいても、できることに目のいかない者は、やがて組織の精神を低下させる
②何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者をマネジャーに任命してはならない
仕事よりも人を重視することは、一種の堕落であり、やがては組織全体を堕落させる
③真摯さよりも、頭のよさを重視する者をマネジャーに任命してはならない
そのような者は人として未熟であって、しかもその未熟さは通常なおらない
④部下に脅威を感じる者を昇進させてはならない
そのような者は人間として弱い
⑤自らの仕事に高い基準を設定しない者もマネジャーに任命してはならない
そのような者をマネジャーにすることは、やがてマネジメントと仕事に対するあなどりを生む
力強い言葉だなと思います。上記のような観点の根底にあるのは、マネジメント対象となるヒトやコトに対して、断片的理解で終わらないように努めることことだと考えています。言い換えると、先入観を持って判断しないこと、自分だけの視点で捉えないことです。これらの視点によって、組織や個人のコンテクストを真摯に理解しようと努力し続けることが、マネジメントに輪郭を与え、少しでもモヤッとを解消するきっかけになると思います。
マネジメントは、ゴールありき
最後は、ゴールです。目標、つまり何を目指すかということです。
1on1をするのがマネージャーの仕事?
マネージャーとしての重要な仕事に一つに、1on1があります。繰り返しますが、GoogleにおけるEMの定義にある通り、「チーム内の全ての人員の成績、生産性、満足度に責任を持つ」と考えた際に、一人ひとりに向き合うこと、そのニーズを把握することは非常に重要です。
ただし、それはあくまで手段です。サッカーに例えるなら、1on1のようにコミュニケーションを取ることはパスであり、それがなければ絶対にゴールに辿り着きません。しかし、パスを回し続けることだけでも、絶対にゴールに辿り着くことはありません。
1on1に限らず、自分が手を動かすのか、移譲するのかという問いも同様です。自分で着手して手っ取り早く終わらせるのか、時間をかけてでも誰かに任せるのかという選択は、常にマネージャーにあります。これの考え方も多種多様にあり、極めて重要な問いです。ただその決定自体も、パスを回すのか、自分でドリブルをして前進するのかという問題です。
では、マネージャーにおけるゴールとは何でしょうか?
ゴールに置くのは、いつも成果
マネージャーがシュートを決めるべきゴールは、なによりも成果を達成すること、何かを実現すること、チームの力を結集して価値を創出することです。これは、曖昧さから始まるマネジメントというものに、明瞭な輪郭を与えてくれます。
有名な考え方は、アンドリュー・S・グローブが『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』に記載した定義でしょう。
マネージャーのアウトプット
= 自分の組織のアウトプット+自分の影響が及ぶ隣接諸組織のアウトプット
この定義が示す意味や示唆を体験していただくのは、各書籍を直接に読んでいただくのが非常に良いと思います。2022年に出版された『エンジニアリングマネージャーのしごと』でも参照・紹介されていますし、前述の『エンジニアのためのマネジメントキャリアパス』でも取り上げられている伝説的な名著です。
本記事で述べておきたいのは、そもそも「曖昧な状態から始まる」マネジメントというものに、輪郭を与えていく最大のポイントは、手段を模索することや役割論を語る前に、達成すべき成果や価値にフォーカスすることです。
まとめ
本記事では、以下の点をお伝えしました。
- EMに限らず、マネジメントを捉える試みは「曖昧な状態から始まる」ということ
- 明瞭な状態を目指すためのヒントに、スコープ、コンテクスト、ゴールがあること
ふと、「曖昧な状態から始まる」という捉え方は、エンジニアリングにおける”不確実性”というキーワードに強い影響を受けたなと、本記事を書き終わってから気がつきました。エンジニアリングも、マネジメントも、曖昧で難しい。エンジニアリングマネージャーとは、なんて難しい仕事なのか!
ただ、難しいからこそ、チームで価値を創出できたときには大きな喜びと達成感があり、社会や人々に幸福を提供できるような、とてもエキサイティングで素敵な仕事ですね。そう思ったら、上司にモヤッとした時、ちょっとだけ許してあげる気持ちになるかもしれません(笑)
おわりに
ちなみに、スコープ、コンテクスト、ゴールの順に記載したのは、意図的なものです。もしあなたが起業を志す方であれば、何よりもゴールから考え始めるのが良いでしょう。企業としてのミッションやビジョン、何よりもWHY・WHATを明確にしてから、市場や関係者のコンテクストを捉え、マネジメントのスコープを定めてハンドリングしていくという順番です。
ただ、私を含む多くの人は、どこかにある途中のプロダクト、プロジェクト、チームに入り込んで活動を始めることが大半です。そこには、必ずといってよいほどに、曖昧さが含まれています。モヤッとは、いつでもそばにあります。
だからこそ、誰の何をマネジメントをするのか(誰から何をされることを期待するのか)を捉え、周囲の人や環境にある背景や文脈を真摯に推し量りながら、ゴールを据えて行動する。この考え方が、少しでも多くの方のヒントになれば、幸いです。
このやや説教じみた記事を、最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
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多くの方に読んでいただけるような広いコンテキストにするために、上司=EMと記載しました。あくまでEMは役割であり、必ずしも上司/部下と呼ばれる関係と一致しません。そして、広義のマネージャーという役割も、必ずしも地位や権威を意味しないと考えています。例えば、スポーツにおける監督と選手のように。選手こそが、そのプレーで人々を魅了し、尊敬を集め、大きな感動と影響力を持ちます。スーパープレーヤーともなれば監督より年俸が高いのも一般的ですよね。経済的な側面に関わらず、どのような役割・職種であったとしても、お互いの役割を尊敬・尊重し、相互にプロフェッショナリティを発揮することが、何よりも大切だと思っています。 ↩
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IC(Individual Contributor)、部下を持たずに個人としてチームに貢献する社員 ↩