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超準解析ことはじめ (1)

Last updated at Posted at 2020-12-05

 こんにちは。ちゅらデータの k.ueda です。普段は因果推論を用いた分析や研究開発業務に携わっています。ちゅらデータアドベントカレンダー 6日目ということで、データ分析企業らしく数学の記事でも書いてみようかなと思います。Qiita 内で探してもなかったので、とりあえず自分が学生時代に触っていた超準解析の記事を書きます。しばらく数理論理学には触れていないので、間違い等ございましたらご教示ください。

超準解析とは

 みなさんご存知の通り、現代的な解析学は 19 世紀のコーシーやワイエルシュトラスらによるイプシロン・デルタで定式化された極限概念のもとで展開されます。すなわち、点 $a$ での連続性を

(\forall \varepsilon > 0)(\exists \delta > 0)(\forall x \in X)\left(\left|x - a\right| < \delta \Rightarrow \left| f(x) - f(a) \right| < \varepsilon\right)

で定義します。このような極限の定式化によって、ライプニッツ流の無限小概念は一旦微積分の世界から消えました。
 60 年代にロビンソンが始めた超準解析は、ライプニッツ流の無限小概念をモデル理論的手法によって正当化するものとして登場しました。超準解析の大まかな方針は、標準数学で考慮する対象 $a$ を拡大し、形式的な性質を共有する ${}^{\ast}{a} $ を考えるというものです。これにより、標準数学と超準数学の世界を行き来することができ、互いの結果を翻訳しあえるというわけです。詳しくは、以下で説明していきます。

超準宇宙の構成

上部構造

 超準解析にはいくつかの枠組みがありますが、ここでは上部構造による超準宇宙の構成から始めます。集合 $X$ の上部構造 $V\left(X\right)$ を以下のように再帰的に定義します ($\mathcal{P}\left(X\right)$ は $X$ の冪集合です)。

\begin{align}
V_0(X) &= \qquad \quad X \\
V_{n+1}(X) &= V_n(X) \cup \mathcal{P}(V_n(X))\\
V(X) &= \bigcup_{n \geq 0} V_n (X)
\end{align}

 上部構造 $V(X)$ は集合 $X$ 上の考えうるすべての数学的対象を含んだ集合となります。$X = \mathbb{R}$ としておけば、普通に考えたい数学的対象はほとんど含むような上部構造を得ることができます。$X$ としては通常、無限な基礎集合と呼ばれる集合を選びます。基礎集合とは、空集合がそれに属さず ($\emptyset \notin X$)、

V(X) \cap \bigcup X = \emptyset

を満たすような集合のことです。基礎集合は上部構造の中で点集合であるような集合です。
 こうして構成した上部構造 (標準宇宙) $V(X)$ に対し、その相方である超準宇宙 $V(Y)$ を考えます。$V(X), V(Y)$ と単射 $\ast: V(X) \hookrightarrow V(Y)$ が以下の 3 つを満たしているとします。ただし、${}^{\ast}a$ で $\ast(a)$ を表すこととします。

  1. ${}^{\ast}X = Y$
  2. 移行原理
  3. 共起性原理

 $V(X)$ 上の概念 hogehoge に対応する $V(Y)$ 上の概念を 超 hogehoge や $\ast$ hogehoge などと呼ぶことにします。実数全体の集合 $\mathbb{R}$ に対応する ${}^{\ast} \mathbb{R}$ は超実数全体の集合と呼び、有限性に対応するものは超有限性や ${\ast}$ 有限性と呼びます。
 超準宇宙に含まれるある集合 $B \subseteq V(Y)$ について以下のように呼ぶこととします。

  • $B$ が標準的 $:\Leftrightarrow (\exists A \in V(X))(B = {}^{\ast} A)$
  • $B$ が内的 $:\Leftrightarrow (\exists A \in V(X))(B \in {}^{\ast} A)$
  • $B$ が外的 $:\Leftrightarrow (\forall A \in V(X))(B \notin {}^{\ast} A)$ (内的ではない)

 また、${}^{\sigma}A = \left\{ {}^{\ast}a \mid a \in A \right\}$ を $A \in V(X)$ の標準コピーといいます。有限集合の標準コピーは内的集合ですが、無限集合の標準コピーは外的集合です。すなわち、超準宇宙の内側から見て自然数と超自然数のような区別をすることはできません。

 では、先に挙げた 2 つの公理について見ていきましょう。本当は共起性原理だけでは内的集合にかかわる重要な性質を議論できないため、飽和原理を導入する必要がありますが、ここでは一旦置いておきます。

移行原理

 $\mathcal{L(S)}$ で集合 $S$ の要素を定数とする一階述語論理の言語を表すことにします。任意の $\mathcal{L}(V(X))$-$\Delta_0$ 論理式 $\varphi$ について

V(X) \vDash \varphi \Leftrightarrow V(Y) \vDash {}^{\ast}\varphi

が成り立つことを保証する公理を移行原理といいます。 $\Delta_0$ 論理式とは、量化が有界である (ある集合上に制限されている: $\forall x \in A$ ) ような論理式のことです。

 $\mathbb{R}$ が順序体であることは移行原理により ${}^{\ast}\mathbb{R}$ が順序体であることと対応します。よって、${}^{\ast}\mathbb{R}$ は無限大超実数無限小超実数も含めて普通に四則演算ができます。$x \in {}^{\ast}\mathbb{R}$ が無限大であるとは、任意の実数 $a \in \mathbb{R}$ に対して $a < \left| x \right|$ が成り立つことをいい、無限小であるとは任意の正数 $a > 0$ に対して $\left| x \right| < a$ が成り立つことをいいます。

共起性原理

 集合族 $ \left\{ A_i \right\}_{i \in I} $ が任意有限個の

A_{i_1}, A_{i_2}, \cdots, A_{i_n}

について

\bigcap_{k=1}^n A_{i_k} \neq \emptyset

を満たすとき、有限交叉性を持つといいます。$V(X)$ の部分集合族 $ \left\{ A_i \right\}_{i \in I} $ が有限交叉性を持つ場合いつでも

\bigcap_{i \in I} {}^{\ast}A_{i} \neq \emptyset

が成り立つことを保証する公理を共起性原理といいます。

 無限集合 $A$ に対して、集合族 ${ \left\{ A \setminus \left\{ x \right\} \right\}}_{x \in A}$ が有限交叉性を持つことから、共起性原理より

\bigcap_{x \in A} {}^{\ast}\left(A \setminus \left\{x\right\}\right) = {}^{\ast} A \setminus {}^{\sigma}A \neq \emptyset

が成り立つので、$A$ の標準コピーは $ {}^{\ast} A $ の真部分集合であることがわかります。よって、${}^{\ast}\mathbb{R}$ は $\mathbb{R}$ の真拡大順序体です。${}^{\ast}\mathbb{R}$ は実数体よりも"詰まった"集合というわけです。

 共起性原理によって無限小超実数の存在も保証されます。順序集合 $(W, <)$ について $W_{y} = \left\\{ x \in W \mid 0 < \left| x \right| < y \right\\}$ と書くことにすると、集合族 $ \\{\mathbb{R}\_r \\}\_{r > 0} $ は有限交叉性を持ちます。共起性原理より、

a \in \bigcap_{r > 0} {}^{\ast} \mathbb{R}_{r} = \left\{\varepsilon \in \mathbb{R} \mid \forall r \in \mathbb{R}, 0 < \left| \varepsilon \right| < r \right\}

が存在します。この $a$ は 0 でない無限小です。

超実数の性質

標準部分

 距離空間の点 $x$ に対し、$d(y, x)$ が有限となるような点 $y$ 全体の集合をギャラクシーと呼び、$G(x)$ で表します。 $d(y, x)$ が無限小となるような点 $y$ 全体の集合をモナドと呼び、$\mu (x)$ で表します。これらの集合は外的です。
 任意の有限超実数 $x$ に対し、$\mu (x)$ には実数がただひとつ属します。これを $x$ の標準部分と呼び、$\mathrm{st}(x)$ で表します。実際、このことは以下のように示せます。
 $x$ が有限であれば、$\left| x \right| < N$ となる $N \in \mathbb{N}$ が存在します。

x \in {}^{\ast} \left[ -N, N \right] = \bigcup_{k = -nN}^{nN - 1} {}^{\ast} \left[ \frac{k}{n}, \frac{k+1}{n} \right]

と表せるため、任意の $n$ を固定して $x \in {}^{\ast} \left[ k/n, (k+1)/n \right]$ となる $k \in \mathbb{Z}$ を取ります。ここで $a_n = k/n$ とおくと、区間の取り方より $\left| x - a_n \right| < 1/n$ が成り立ちます。$a_n$ はコーシー列ですから、極限 $a = \lim_{n \rightarrow \infty} a_n \in \mathbb{R}$ が存在します。任意の $n$ に対して $\left| a - a_n \right| \leq 1/n$ なので、不等式

\left|x - a \right| \leq \left| x - a_n \right| + \left|a_n - a \right| < \frac{1}{n} + \frac{1}{n} = \frac{2}{n} 

が成り立ちます。$n$ は任意なので、$\left| x-a \right|$ は無限小です。この $a$ は $x$ の標準部分となっており、取り方より一意です。逆に、$x$ の標準部分が存在すれば

\left| x \right| \leq \left| \mathrm{st} (x) \right| + 1 \in \mathbb{R}

となるため、$x$ は有限です。

 上で定義した超実数からその標準部分を得る写像 $\mathrm{st}: {}^{\ast} \mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R}$ は外的です。超実数体 ${}^{\ast}\mathbb{R}$ のイメージとしては、実数のまわりに"無限に近い"数たちがうじゃうじゃいると考えてもらうといいと思います。それに加えて、正と負の無限大のほうに行くと無限大数がいくつも並んでいて、さらにそいつらのまわりにも無限に近い数たちがたくさんいます。

代数的性質

 先ほども確認した通り、${}^{\ast}\mathbb{R}$ は $\mathbb{R}$ の拡大体です。よって、普通に足し引き掛け割りができます。例えば、無限大数の逆数は無限小数であり、0 でない無限小数の逆数は無限大数であることは定義からただちにわかります。以下のことも定義から容易に確かめられます。

  1. 有限超実数と有限超実数の和と差および積は有限
  2. 無限小超実数と無限小超実数の和と差および積は無限小
  3. 有限超実数と無限小超実数の積は無限小
  4. $x$ が有限 (無限大/小) なら任意の $y \in \mu(x)$ は有限 (無限大/小)
  5. $\mathrm{st}: G(0) \rightarrow \mathbb{R}$ は全射環準同型

 また、同じモナドに属することは同値関係となり、同値類 $G(0) / \mu(0)$ は $\mathbb{R}$ と同型になります。$\mathrm{st}(x) = x + \mu(0)$ は $G(0)$ から剰余環 $G(0) / \mu(0)$ への全射環準同型となっています。

連続性

 連続性の超準的な言い換えは、標準数学との大きな違いのひとつです。それを見るために、位相空間 $(X, \mathcal{O})$ について $x \in {}^{\ast} X$ のモナドを以下のように言い換えておきます。

\mu(x) = \bigcap_{x \in {}^{\ast}O \land O\in \mathcal{O}} {}^{\ast} O

 位相空間 $(X, \mathcal{O})$ について、以下が成り立ちます。

(\forall x \in X)(\exists U \in {}^{\ast} \mathcal{O})(x \in U \subseteq \mu(x))

 このことは以下のようにして証明できます。
 $x\in X$ を任意に取ります。開近傍 $N_x$ に対し $\mathcal{F}_{N_x} = \left\{ V \in \mathcal{O} \mid x \in V \subseteq N_x \right\}$ たちは有限交叉性を持ちます。よって、共起性原理より $U \in \bigcap_{N_x \in \mathcal{O}} {}^{\ast} \mathcal{F}_{N_x}$ が存在します。$U$ の取り方より、$x$ の任意の開近傍 $N_x$ に対し $U \subseteq {}^{\ast}N_x $ となります。$N_x$ は任意に取ってきたので、$U \subseteq \bigcap_{N_x \in \mathcal{O}} {}^{\ast}N_x$ すなわち $x \in U \subseteq \mu(x)$ が成り立ちます。

開集合の特徴づけ

 開集合を超準的に特徴づけしてみましょう。$A \subseteq X$ を開集合とすると、任意の $a \in A$ に対して $A$ は $a$ の開近傍なので、モナドの定義より $\mu(a) \subseteq {}^{\ast} A$ となります。すなわち、

\bigcup_{a\in A} \mu (a) \subseteq {}^{\ast} A

が成り立ちます。これを超準的な開集合の特徴づけとしましょう。標準的な定義との同値性は移行原理よりわかります。

連続性の特徴づけ

 モナドを用いて連続性を特徴づけします。関数 $f : A \rightarrow B$ が点 $a$ で連続であるとすると、$f(a)$ の任意の開近傍 $N_{f(a)}$ に対して

f(N_{a}) \subseteq N_{f(a)}

となるような $a$ の開近傍 $N_a$ が存在します。移行原理より

{}^{\ast}f ({}^{\ast} N_a) \subseteq {}^{\ast} N_{f(a)}

が導かれるので、モナドの定義より

{}^{\ast} f \left( \mu (a) \right) \subseteq \mu\left( f(a) \right)

が成り立ちます。これを超準的な連続性の特徴づけとしましょう。逆に、上が成り立てば $f(a)$ の任意の開近傍 $N_{f(a)}$ について、開集合の特徴づけより $\mu \left( f(a) \right) \subseteq {}^{\ast} N_{f(a)}$ が成り立ちます。また、$a \in U \subseteq \mu (a)$ なる $U \in {}^{\ast}\mathcal{O}$ が取れるので

{}^{\ast}f(U) \subseteq {}^{\ast}f\left( \mu(a)\right) \subseteq \mu \left( f(a) \right) \subseteq {}^{\ast}N_{f(a)}

となっています。すなわち

(\forall N_{f(a)} \in {}^{\ast}\mathcal{O})(\exists U \in {}^{\ast}\mathcal{O})(a\in U\land {}^{\ast}f(U)\subseteq{}^{\ast}N_{f(a)})

が言えます。移行原理より

(\forall N_{f(a)} \in \mathcal{O})(\exists U \in \mathcal{O})(a\in U\land f(U)\subseteq N_{f(a)})

すなわち $f$ が連続であることがわかります。

 上記のモナドを用いた連続性の特徴づけ (無限小近傍を写した先は写した先の無限小近傍に含まれる) は、標準的な定義よりもシンプルかつ直感的で美しいですね。

 今回は一旦ここまでにします。次回は、今回定義した超実数体の上での解析学について具体的に見ていこうと思います。やる気が出れば、来年以降も続きの記事 (超準力学系に向けての話とか?) を書いていくかもしれません。

参考文献

  • 超準解析の魔導書
  • k.ueda, 超準チューリングマシンによる量子マシンのシミュレート (ハンドアウト), 超準解析と数学基礎論のシンポジウム NSA2017 於早稲田大学.
  • M. Davis, Applied Nonstandard Analysis, John Wiley & Sons, Inc., (1977).

 『魔導書』は僕の知る限り最も親切な超準解析の教科書で、基本から丁寧に解説し、様々な超準解析の応用を広く教えてくれます。同じ著者の命題論理の魔導書計算理論の魔導書も良質なテキストなので、数学基礎論を学ぶにあたって個人的にはかなりおすすめです。

投稿後の修正一覧

  • 「標準コピーは外的集合である」と書いてしまったので、有限集合の標準コピーは内的集合であるという注意を追加しました。(2020/12/6)
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