テレビの消費電力の議論
最近、Twitterを見ていると、以下のようなツイートを見つけました。
家庭の電力使用量グラフ。
— 月のうさぎ (@XU3F8wI1Csm5HQ2) July 2, 2022
左:テレビ朝日
右:経産省
テレビ朝日の報道では、「テレビ・DVDの8.2%」の項目が消され「その他」とされている。 pic.twitter.com/Pay73H22BP
これはどういうことかというと、テレビ番組の制作側が、経産省が出した電力消費のグラフから「テレビ・DVD」の項目を消し、番組上のグラフでは、その他の部分へデータを合算した。ということです。
これが、「テレビが電力問題のやり玉にあげられないようにしている作為的な行為ではないか?」という旨をつぶやいている人がいました。
この事件を取り扱った記事があります。
テレビ朝日、家庭の電力使用量グラフから「テレビ」削除で物議 「丁寧さに欠けていた」
その中で、テレビ朝日側の回答は、
ご指摘の円グラフは6月27日(月)の「スーパーJチャンネル」で放送したものと同じです。
この円グラフは経済産業省がホームページ上で公開している「夏季の省エネ節電メニュー(東北・東京・中部・北陸・関西・中国・四国・九州)」の中にある「家庭における電気の使用割合(夏季の点灯帯・19時頃)」の円グラフを引用する形で作成しました。
エアコンの電気の使用割合をお伝えするのが主眼だったため、エアコン、冷蔵庫、照明、給湯、炊事まではグラフ上に記しましたが、見やすいように全体の文字数を減らすため、洗濯機・乾燥機以降の項目についてはその他としてまとめました。その中に「テレビ・DVD」(8.2%)が含まれていました。
円グラフ作成の過程で丁寧さに欠けていましたが、「テレビ・DVD」(8.2%)を隠す意図は全くありませんでした。
と回答しています。また、同記事では、
「テレビ消せばエアコンの1.7倍の節電効果」レポートが話題に
家庭での電力消費量を巡っては、野村総合研究所(野村総研)が2011年に発表したレポートで「テレビ消せばエアコンの1.7倍の節電効果」とも受け取れるデータを盛り込んでいたことが話題になった。野村総研は「当時と今では家電の性能が異なる。参考程度にとどめてほしい」と注意を呼び掛けているものの、記事への反応をみると、テレビの電源を消すことで一定の節電効果があると受け止める読者が多い。
このように、過去に野村総研が出した「テレビ消せばエアコンの1.7倍の節電効果」という内容が掘り起こされました。その一方で、野村総研は家電の性能を理由に節電効果は参考程度にして欲しい。という注意を呼び掛けています。
そんな中で、2022年6月28日に以下の記事が公開されていました。
「テレビ消せばエアコンの1.7倍節電」は誤り。2021年時点ではどちらも「大きさや種類による」
そしておそらく突っ込まれると思いますので書いておきますが、この誤りを世間に拡散したのは2011年当時の筆者です。
「液晶テレビを消す(220W)」と「エアコンを1台止める(130W)」の数字を見て、「節電にはエアコンを切るよりテレビを切った方が1.69倍効果的」との記事を2011年7月にブログに掲載しました(記事は数年前に削除したため現在は閲覧できません)。
という風に、実は、「テレビ消せばエアコンの1.7倍の節電効果」という言葉自体も、実は正確なものではなかった。ということが、元となった本人(らしき人)から公開されている。という状況です。
そんな中で、こういう意見もあり、
テレビは約200Wだからな。昔から大型化したことで消費電力としてはブラウン管よりあがってる。
— えむalpha (@alphamrmf10) June 27, 2022
28-32型(160W)→40型(200W)
エアコンつけっぱなしなら維持運転時の消費電力は4Kw14畳用で200W程度。
テレビ消してエアコンつけよ。 https://t.co/dr7xZfzkKP
昨今のテレビというものは、大型化しており、消費電力が大きくなっているのではないか。11年前より消費電力が上がっているのであれば、野村総研の出した事実も今でも通用するのではないのか?という意見も考えられます。
データ見ずに議論しすぎじゃないですか?
根本として、テレビの消費電力って大きいんだっけ?小さいんだっけ?という議論があると思います。
もし、それが比較的大きいのであれば、テレビの利用を控える。というのは、節電においては正しい行いだと思いますし、小さいのであれば、他に優先してやるべきこともあると思います。
では、テレビの消費電力のデータを集めるのって、そんなに難しいのかな。と。
実際データを集めて、議論をすればいいのでは?と思ったのでやってみました。
価格.comには液晶テレビの検索があります。現在、4,764件の液晶テレビのデータがあります。
https://kakaku.com/specsearch/2041/
私が見つけた価格.comの最古の液晶テレビはTH-15LT1の2000年5月1日です。
https://kakaku.com/item/20413010018/
価格.comのスペック情報のタブには消費電力の情報があるので、このデータを集めます。
これらのデータをクレンジングしました。
発売日のデータが「発売未定」であったり、「〇〇年登録」という風なデータを取り除いた、3,102件を対象としています。
データ解析
以下のグラフは販売年と、その年に販売されたテレビの種類数をプロットしています。
2000年代初頭から価格.comへ液晶テレビの登録が始まり、ここ10年ほどは、年間150種類ほどのテレビが売り出されているようです。
おっさんであればこの肌感覚値はある程度分かるのですが、以下のサイトからグラフを引用します。
2000年あたりのデータは非常に少なくなっていますが、液晶テレビというものは、2005年に普及率が11.5%程度なので、あまり普及しているようなものではないです。そこから考えても、ある程度、価格.comのテレビの登録数は世相を反映しているように思います。
以下の箱ひげ図は、その年ごとの、テレビの消費電力をプロットしたグラフになっています。
箱ひげ図の真ん中の緑色の線は中央値を表しています。この中央値のトレンドだけ見ると、2000年から2008年ぐらいまでは消費電力の増加傾向にあり、2008年から2011年は減少傾向にあります。2011年から2015年は、ほぼ横ばいですが、2015年から2022年にかけて消費電力の増加傾向にあるといえそうです。
ここでデータにバグがあるように思うかもしれません。2015年に1,500W近い消費電力のテレビが存在します。
これはLV-85001というシャープ製の8kの85インチのテレビで、この消費電力が1,440Wです。
https://kakaku.com/item/K0000813341/
当時の記事を見つけることが出来たので、中身をかいつまんで説明すると、受注生産の特殊なテレビで価格が1,660万円だったそうです。また、この記事にも消費電力が1,440Wという記載があるので多分正しい値です。そのため、データ自体は正しく取れているように思います。
https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/721368.html
ちょっと話は違いますが、コンビニで温めてくれる電子レンジが1,500Wで、数秒でめちゃめちゃ加熱してくれることを思うと、どんだけ熱を発する代物なんでしょうね。コレ。
グラフだけだと正確な数字が分からないので、販売年ごとの消費電力の平均値を表にまとめました。
販売年 | 平均消費電力 |
---|---|
2006 | 168.412214 |
2007 | 197.539474 |
2008 | 191.345865 |
2009 | 150.519084 |
2010 | 111.745455 |
2011 | 90.209607 |
2012 | 101.630573 |
2013 | 123.268908 |
2014 | 129.000000 |
2015 | 124.656977 |
2016 | 147.127820 |
2017 | 159.218182 |
2018 | 175.833333 |
2019 | 192.082051 |
2020 | 231.106509 |
2021 | 239.691589 |
2022 | 247.775641 |
2022年はデータが揃っていないので除外するとして、単純な比較をすると、2011年に比べて、2021年のテレビの消費電力は平均150Wアップしています。
矛盾の考察
「テレビ消せばエアコンの1.7倍節電」は誤り。2021年時点ではどちらも「大きさや種類による」
では、以下のような考察があります。
資源エネルギー庁の『省エネ性能カタログ2020版(※PDF)』によると、液晶テレビの消費電力量はグラフのとおり下がっていることがわかります。
近年はやや微増傾向にありますが、2010年と比べてれば大きく下がっていることに変わりはなく、このグラフを見れば2022年現在に2010年時点の消費電力を持ち出してきて比較するのは誤りだと言えます。
このようにテレビの消費電力は、2010年から2019年で下がっている。という事実もあります。これは、前節の事実と矛盾しているように感じると思います。しかし、これは、特に相反しません。
確かに、2010年に節電仕様の32型を使っており、2022年に節電仕様の32型をリプレイスする場合は、以上のロジックは成り立つと思います。しかし、マクロ的に見ると、テレビの消費電力の平均値は、2010年から2022年にかけて上がっています。また、上記のグラフは節電仕様のテレビの統計であり、非節電仕様なテレビのデータは含まれていません。そのため、家庭において、古い時期の平均的なテレビを、最新の平均的なテレビに買い替えるとすると、マクロ的には消費電力の平均値が上がっているため、家庭におけるテレビの消費電力はあがると想像しやすいです。
したがって、あくまで上記の節電仕様の32型の理論は、節電仕様の32型に閉じた系の議論であり、日本のテレビの販売事情からずれたものになっていると考えられます。
もう1つ気になったポイントとしては、
液晶テレビの消費電力が220Wを超えるのは40V型以上
野村総研のレポートでは、液晶テレビの消費電力が220Wとされています。このデータの出典がどこなのかは書かれていませんが、エアコンの消費電力の132W(レポートでは丸めて130Wと>表示されている)は資源エネルギー庁の『省エネ性能カタログ2010夏版(※PDF)』から算出したとあるため、この資料の液晶テレビの数字を参考にします。
ということが書かれています。本当かな?と思って、先ほどの価格.comのデータから2010年度の消費電力の統計を取ります。
項目 | 値(n=169) |
---|---|
平均 | 231.106509 |
標準偏差 | 168.819150 |
最小値 | 33.000000 |
25% | 125.000000 |
50% | 172.000000 |
75% | 308.000000 |
最大値 | 1086.000000 |
私のデータでは平均が231Wと、野村総研の消費電力220Wと近い値が出ます。
上記の記者の方は、省エネ性能カタログ2010夏版を参考にしています。ここがおそらくミスで、性能カタログには以下の記述があります。
(財)省エネルギーセンター「省エネ型製品情報サイト」のデータベースに、2010年5月中旬までに登録された主な製品を区分毎に掲載。年間消費電力量(kWh/年)の値が小さい順に掲載しています。
とあり、そもそも「省エネを謳った製品のデータの一部」に過ぎないです。したがって、これらのデータから統計量を導いて、野村総研のデータとズレるというのは、そもそも見てるものが違います。
したがって、野村総研の2010年のテレビの消費電力は220Wという言説はおおむね正しい。 ということがファクトチェックできました。
家庭における節電対策の推進
話題に上がっている2011年の野村総研のレポートについて説明します。
この表が、いわゆる「テレビは220W節電効果あるんだから、エアコン1台減らして130Wなんだから、テレビを消す方が効果が高いじゃん?」というデータの元ネタです。しかし、最後まで読むと、印象が変わります。
野村総研ではアンケートをしたそうで、その中で「テレビをこまめに消す」は65%の人間が行っており、「使用するエアコンの数を減らす」は34%しか行っていなかったそうです。
そこで、期待節電量を横軸、実施率を縦軸にした絵を作りました。そうすると、「エアコン台数削減は節電効果が高いのに、行っている人が少ない」 という事実が明らかになりました。だから、「エアコンの稼働台数を削減しよう!というプロモーションをして、節電を呼びかけましょう」 というのが、このレポートの大意です。
この記事の最初に書いた、「テレビ消せばエアコンの1.7倍の節電効果」は事実はそうです。しかし、2010年には65%の人が既に行っているので実効的な効果は無かった。にも拘わらず、文言だけが独り歩きしてしまった。というのが実情のようです。
結局、節電のためにテレビは消すべきなのか?
A. 見ていない時はテレビは消すべきです
朝日放送の番組の内部で報道されたかは知りませんが、元ネタとなった経産省の資料 夏季の省エネ・節電メニュー においては、
普通に、「省エネモードに設定して、画面の輝度を下げましょう。見ていないときは消しましょう。」という文言が書かれています。そして、これによる消費電力は2.0%あり、3番目に効果のある施策です。したがって、「見ていないときはテレビを消すこと」は行うべき施策ではある思われます。
まとめ
- 2021年のテレビの消費電力は、2011年のテレビの消費電力より150W高い。
- 経産省の資料では、「見ていない時のテレビを消す」という行動は、節電効果が2.0%あり、推奨されている。
ざっくりというと、
見ていないときはテレビ消せ
になります。
感想
めんどくさかった。
この記事を読んでもらうと分かるのですが、「データが間違って伝わっている」であったり、「データの解釈が間違った形で伝わっている」という、とてもややこしい内容が絡み合った内容でした。
最初、ニュースを聞いた時、「野村総研が注意喚起する。」という非常に歯切れの悪いことをしているなぁ。という印象がありましたが、データを色々さらってみて、これは読み手が誤読したもらい事故のような印象を受けています。ちゃんと読めば分かるし、やっぱり一次情報見るの大切ですね。一方で、野村総研が出したと思われるコメントの
当時と今では家電の性能が異なる。参考程度にとどめてほしい
というのは、少しずれているな。という気持ちはあります。2010年当時では効果が薄かったかもしれませんが、テレビの消費電力が平均で150W程度上がっている事実があるなかで、むしろ節電に協力するのであれば、見ないときはこまめにテレビを消すことを推奨してもいいのでは?とは個人的には思います。
一方で報道の在り方として、
エアコンの電気の使用割合をお伝えするのが主眼だったため、エアコン、冷蔵庫、照明、給湯、炊事まではグラフ上に記しましたが、見やすいように全体の文字数を減らすため、洗濯機・乾燥機以降の項目についてはその他としてまとめました。その中に「テレビ・DVD」(8.2%)が含まれていました。
円グラフ作成の過程で丁寧さに欠けていましたが、「テレビ・DVD」(8.2%)を隠す意図は全くありませんでした。
というのは、まぁ1つ方針としてはなしではないかな。と思いました。これがデータとして、「テレビのみ消えている」であれば、恣意的なものが強く、ロジックは厳しいですが、他に消えているものがあれば、それは1つのまとめ方である。という見方は出来なくはないと思いました。むしろ、その後の方が問題で、国のデータを用いて、国の方針を紹介するのであれば、効果の高いものを紹介すべきである。と思います。その中で、テレビの施策だけ恣意的に消されて、紹介しないのであれば、これは問題かな。と思いました。例えば、「エアコンは設定温度を上げましょう」「部屋の明るさを下げましょう」「待機電力を削減するためにプラグを抜きましょう」であれば、それは違うんじゃない?待機電力は高々0.5%しか削減できないのに、なぜ「見ないときにテレビを消すこと」より優先的に紹介したの?という感じではあります。
何かしら色々と疲れる内容でした。データの根拠がぶれていたり、根拠の帰属先が間違っているものがあったので、そのファクトチェックをとって理屈を追いなおすのは、とても大変でした。
結局、まともに日本語を読めて書き手の理屈を理解し、つまみ食いしなければ、別にプログラムなんか組まなくてよかったのでは・・・?という、なんだかなぁ。という気持ちになりました。でもまぁ、自分でプログラムを組んで、解析したので野村総研のデータのファクトチェックが出来たわけですが。。。
なんだかなぁ。