メンバーにも自己実現を理解してもらう
前回は、マネージャーが自分の自己実現に向かって行動できるようになる方法を紹介しました。
自分が本当にやりたいことを理解してそれが仕事に結びつけられれば、主体的に楽しく取り組み、成長を加速することができます。
よって、私はマネージャーもチームメンバーも何が自分の自己実現になるのか理解した方が良いと考えています。
今回は、チームメンバーが自己実現に向かえるよう、マネージャーがコーチングを通じて支援する方法を紹介します。
なお、今回紹介する手法は前回同様に『「コーチング脳」の作り方』(宮越 大樹 著、ぱる出版)という書籍の手法を元に、ソフトウェア開発業務に当てはめた具体例として紹介します。
より詳細な情報は同書をご参照ください(以降で「書籍」と表現しているのはこの本のことを指します)。
コーチングで支援する方法
自分にとっての自己実現が何なのかを理解しているメンバーは少ないと思います。
コーチングを通じて何が自己実現になるのかメンバーに理解してもらうためには、1対1で1時間くらいじっくり話をすることが必要です。
その時間の中で、前回の記事で紹介した「過去の出来事の棚卸し」を行って、自分にとって重要な価値観が何なのかを理解してもらいます。
ここで少し前回の復習をします。
自己実現とは「自分自身の心が望んでいることに従って毎日を生き、自分が理想とする存在に近づいていく生き方のこと」(出典:同書籍のP44)です。
それを見つけるためには、自分にとって重要な価値観が何なのかを理解することが必要です。
そこで有効なのが、子供時代から人生を振り返って、嬉しかった事や充実感を得たエピソードを思い出して言語化する「過去の出来事の棚卸し」です。
以降では、ソフトウェア開発業務をしているメンバーに対して、過去の出来事の棚卸しを行うことで、どんな時に心から嬉しかったり充実感を得たりしたのかを理解し、自分にとって重要な価値観が何なのかを見つけるまでの具体的な会話例を紹介します。
会話例
以下に、私とメンバーAさんとの会話例を記します。
私「子供時代から人生を振り返って、嬉しかった事や充実感を得たエピソードを教えてください」
A「中学3年に学級委員でクラスをまとめるのが大変でしたけど、最後に先生に感謝されたので良かったなって思いました」
私「いいですね、先生から感謝されたのはどんな時でしたか?」
A「卒業式が終わったあとに、校庭で先生と二人で話していた時です」
私「その時の言われた感謝の言葉というのは、具体的には何でした?」
A「ありがとう、あなたが学級委員で良かったって言ってました」
私「その時の先生の表情はどうでしたか?」
A「えっと・・・嬉しそうな表情で泣いてました」
私「その時、Aさんはどう思いましたか?」
A「大変だったけどやって良かったなと思いました。あと、自分はそういう皆をまとめることに向いてるかもしれないと思いました」
私「なるほど、中学生の頃からAさんの皆をまとめる力が発揮されていたのですね。他にもエピソードを教えてくれますか?」
A「大学の時のボランティアで、小学生になる前の外国の子供たちに対して1週間で小学校の授業を体験してもらう活動をやったんです。その活動がすごく充実感がありました」
私「いいですね。その活動の中で、どの瞬間が一番嬉しく感じましたか?」
A「最終日に親を呼んで、子供たちが練習した歌と踊りを見せた時です。それまでに練習した成果をしっかり見せられて良かったですし、その時、親の方々も泣いて感謝してくれました」
私「その時、Aさんはどう思いましたか? 」
A「自分がやってきたことが成果として見えて嬉しく感じました。親の方々の涙を見て、私も嬉しく泣きました」
私「なるほど、やってきたことが成果として見えた時に嬉しく感じたんですね。他にもエピソードを教えてくれますか?」
(中略)
私「色々なエピソードを話してくれてありがとうございます。これらのエピソードから、自分にとって重要な価値観が何なのか、見えてきましたか?」
A「えっと・・・私にとって重要な価値観は、自分がやったことで、誰かが喜ぶことかなと思います」
私「誰かというのは、どんな人ですか?不特定多数に喜んでもらいたいのか、自分の身近な人に喜んでもらいたいのか、だいぶ違いますので」
A「それは身近な人です。自分の周りの人に喜んでもらいたいです。だから、私の重要な価値観は『自分がやったことで、自分の周囲が喜ぶ事』になります」
私「いいですね、その価値観に向かっていくことがAさんにとっての自己実現になると思います。では、その自己実現を仕事の中で叶える方法を探しましょう」
A「自己実現を仕事の中でですか?」
私「人は1日の多くの時間を仕事に費やしているので、そこで自己実現ができた方がきっと幸せになりやすいと思うんですよ。それに、社会への貢献を通じて幸福感が得られるとされていますし、実際に私も発信活動が色んな人の貢献になったことが感じられた時に凄く幸福感を感じました。だから、仕事の中でその自己実現を叶える方法を探しましょう」
(ここから仕事の中で自己実現を叶える話)
私「じゃあ、Aさんが心から望んでいる理想の状態を教えてください。『自分がやったことで、自分の周囲が喜ぶ事』が叶った最高の状態です。自分の能力ではそんなことできないとか、実現手段が思いつかないとか、そういう前提をとっぱらって、とにかく自分の心が本当に望んでいる理想の状態を考えてほしいです」
A「うーん・・・理想は、自分で仕事がうまく進められて、チームが回ってる事かな・・・」
私「それは2~3年後に現実的に叶えられそうな状態ですよね。今の自分じゃできそうにないことでいいので、もっと理想の状態を考えてみてください」
A「うーん・・・自分が先頭に立って皆を引っ張っていく感じですかね」
私「いいですね、もう少し具体的に言うと?」
A「自分が会社を引っ張って、会社に凄く貢献します」
私「喜んで欲しいのは、会社の社員300人という事になりますか?」
A「あ、違いますね、私は自分の周囲の人に喜んで欲しいです。だからチームを引っ張ってチームの皆に喜んで欲しいです。あーでも、そのレベルなら自分の力で成果を出した充実感が一番かもです」
私「じゃあ、チームの皆でそこそこ良い成果を出すのと自分1人で10倍の成果を出すのと、どちらが充実感ありますか?」
A「それは、チームの皆でやった方が良いです。私はチームの皆と一緒に充実した仕事がやりたいです。私のやりたいことはそこにあります」
私「つまり、理想の状態とは、どういう状態ですか?」
A「チームメンバーが自分の影響でうまく成長して皆が充実感をもってガンガン進められている状態です」
私「いいですね。それを目指してやっていきましょう」
アクションを決める
会話例のように、仕事の中で自己実現する方法が見つかったら、GROWモデルというコーチング手法を用いて、具体的に何をするのか決めましょう。
GROWモデルとは、目標達成に必要な以下の4つのプロセスの頭文字をとってそういう名称になっています。
G: Goal(直近の目標を決める)
R: Reality Check(目標と現状とのギャップを確認)
O: Options(ギャップを埋めるための選択肢を列挙)
W: Will(具体的に何から始めるのかを決定)
具体的には、以下のような問いかけをすることになります。
「まずはどこを目指しますか?」
「目標と現状とのギャップは?」
「ギャップを埋めるための方法は?」
「具体的に何から始めますか?」
ここで具体的にやるアクションを決定してもらった後は、そのメンバーが自己実現するための成長をサポートします。
効果
これはやってすぐに大きな効果が現れるものではないですし、それ以外にも「ハピネスチームビルディング」の様々な施策によって、メンバーの主体性は高まっているので、この施策単独での効果を測定するのは難しいです。
ただ、この活動をオススメできる実績は1つあります。
「未経験からIT系に入社して、全然できないこんな私でもここまでなれるんだというロールモデルとなって私のような人たちに勇気をもってもらいたい」
それが自己実現だと分かったメンバーを支援し続けていくことで、以下のようにその目標をある程度叶えることができました。
- そのメンバーが学んだ事を地道にアウトプットして成長した話を社内で発表
- それを洗練し、私が主催した100人規模のイベントで発表
- さらに洗練し、Qiitaでバズる記事を投稿
- さらに洗練し、カンファレンスの公募セッションに応募
- カンファレンスで採択されて発表し、観た人から「勇気をもらいました」などの言葉をもらう
上記の結果は、自己実現を理解してもらうことなしでは達成できなかったことだと思います。
また、仕事として目に見える成果がすぐに現れなかったとしても、そのメンバーが幸せな人生を送るために自分にとって何が重要なのかを理解して、仕事の中の一部分でより充実感を感じられるようになることは意味があると思います。
すぐ成果に繋がらなくても、主体的に楽しく取り組み成長を加速することには繋がるので、長期的に見ればチーム全体のパフォーマンス向上に繋がると考えています。
ぜひ試してみてください。
ちなみに私はITエンジニア向け情報誌「Software Design」の2022年5月号から「ハピネスチームビルディング」を題材に連載記事を書いています。Web上でも以下で公開しています。
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