今日は皆さんに、コンピュータ(特に人工知能)と哲学に関する本を1冊紹介したいと思います。
私が最近コンピュータに関することで一番驚いたのは、何と言ってもChatGPTです。質問したことに何でも正確に答えられるというレベルにまでは未だ達していないようですが、従来の検索エンジンのように欲しい情報をインターネット上で探すといった使い方を超えて、例えば「こんな計算をするPythonのプログラムを作れ」と入力すると、瞬時に目的とするプログラムを生成したりすることができるようです。何より、日本語を母語とする私達が読んでも全く違和感のない言葉が次々に出力される様子を見ていると、近い将来、コンピュータが人間と同じように会話をしたり考えたりすることができるようになることを予感させます。
ChatGPTのように、コンピュータに人間と同じような知的活動を行わせ用とする研究は、コンピュータの黎明期である1950年代から「人工知能(Artificial Intelligence:略してAI)」と呼ばれる分野において継続的に行われてきました。その一方で、こうした技術が発達するに伴い、「コンピュータのような単なる物質が、ものを考えたり感じたりすることができるのか」「心とは何か」「言語を理解するというのはどういうことなのか」といった哲学的な問いが改めて提起され、多くの議論がなされてきました。(ちなみに、哲学とそれ以外の学問分野との根本的な違いは、前者が上記のような「What(○○とは何か)」という問いを扱うのに対して、後者は「How(○○を実現するにはどのようにしたらよいか)」に関する問いを扱う点にあると言えます。)今日紹介する『マインズ・アイ』という本は、私達にこうしたコンピュータ(特に人工知能)に関わる哲学的な問いを投げかけてくれるユニークな本です。
D.R.ホフスタッター,D.C.デネット編著 / 坂本百大 監訳
『マインズ・アイ』(上・下)TBSブリタニカ
この本の良いところは以下の3つです。
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上下巻の2冊構成でページ数が多いが、いろいろな著者によって書かれた文章を集めたアンソロジーで、どの文章も30分くらいで読めてしまう。また、それぞれの文章は独立しているので、興味のある文章だけを好きな順番で読むことができる。
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収録された文章の選び方が優れている。論文ばかりでなくSF短編小説などバラエティがあり、読んでいて飽きない(疲れない)。また、「チューリングテスト」や「中国語の部屋」(強いAI・弱いAIの議論のもととなった思考実験)などの有名な概念のオリジナルの論文も読める。
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それぞれの文章には、編者による簡単な解説が付いている。これによって、最初に作品を読みながら独力であれこれと考えた後で、解説を読んで更に新たな視点や考え方が得ることができる。(なお、編者のホフスタッターとデネットは、どちらも一流の哲学者として知られています。ホフスタッターは『ゲーデル・エッシャー・バッハ』の著者として有名です。また、デネットも特に心の哲学などの分野で現代を代表する哲学者です。)
上下巻合わせて全部で27編の文章が収録されています。個人的に思い出深いのは、第8章の「動物マークIIIの魂」という短編小説です。この話は、エモーショナルに「ロボットは心を持ちうるか」という問いを投げかける印象深い作品ですが、実はこの作品を初めて読んだのは、私がその後入学した某大学某学部の小論文の入試問題でした。その後、大学の哲学科に進学してからこの本を手にして再びこの小説に出会い、非常に感慨深かったのを覚えています。
ネタバレしないように、中身については敢えて紹介しません。興味のある人は、ぜひ一度手に取って、目次をパラパラめくりながら、面白そうな文章から読んでみて下さい。人工知能の技術が著しい発展を遂げる中で、ちょっと一息ついて根本的な問題についてじっくり考えるきっかけになれば幸いです。
…と、ここまで紹介しておいて申し訳ないのですが、この本はすでに絶版となっていますので、新刊で買うことができません。Amazonなどで古本を買うか、図書館などで借りるなどして下さい。(そんな本を紹介してごめんなさい。)