はじめに
2023年1月23日に法務省より、不動産登記において作成される登記所備付地図データがG空間情報センターを通じて無償で一般公開されました。
出典:https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00494.html
登記所備付地図データが公開されることで、生活関連・公共サービス関連情報との連携や、都市計画・まちづくり、災害対応などの様々な分野で、地図データがオープンデータとして広く利用され、新たな経済効果や社会生活への好影響をもたらすことが期待されているようです。
いままでは登記所備付地図データのような土地の境界、形状を示すデータについてはオープンデータとしてあまり公開はされていなかったと思うので、普段GISを活用されている方にとっては嬉しいニュースだったのではないでしょうか。
この登記所備付地図データをQGISなどのGISで表示するには、デジタル庁が公開した変換コンバータなどを利用することで表示することが可能です。
登記所備付地図データ(地図XML形式)変換コンバータの公開について|デジタル庁
しかしながら、変換したデータをGISに載せようと思っても、「任意座標系」で作成されているデータはGISで正しい位置に表示することができないなど、あまり扱いやすいデータではありません。
なぜこのようなことになっているのかというと、日本の土地制度の歴史的経緯によるものですが、土地制度に馴染みのない人にとっては理解しにくいことだと思います。
そこでこの記事では、日本の土地制度についてあまり知らない方向けに、登記所備付地図データを扱う上で知っておきたい土地の基礎知識について紹介します。
不動産登記制度
まずはじめに、不動産登記制度についてです。
不動産登記制度とは、不動産取引の安全の保護と円滑化を図ることを目的として、不動産(土地及び建物)の状況や所有者等を国(法務局)が公の帳簿である登記簿に記録し、またその形を図面に記録し、これを公示している制度のことをいいます。
登記簿には土地登記簿と建物登記簿の2種類がありますが、土地でいえば、所在や利用用途(地目)、面積、所有者、債権者などが記載されています。
出典:https://www.moj.go.jp/MINJI/minji02.html
今回のデータ公開とは直接関係はありませんが、不動産登記制度における最近のトピックとしては「所有者不明土地」問題があり、その解消に向けて法改正などが行われていたりします。
出典:https://www.moj.go.jp/content/001369525.pdf
法務局の備付図面
上述の通り、法務局には登記簿とそれに対応する図面が備え付けられていますが、その図面には土地と建物について次の図面が備え付けられています。
出典:https://www.jibundetouki.com/kisochishiki/zumennogaiyou.html
登記所備付地図データの公開にあたり関わってくるのは、「14条地図(地図)」と「地図に準ずる図面(公図)」の二種類の地図で、それぞれ次のような図面となっています。
- 14条地図(地図):地籍調査や区画整理などで作成された地図が基になっており、土地の面積や形状、位置について正確性が高く、境界を一定の誤差の範囲内で復元可能な精度となっている。
- 地図に準ずる図面(公図):明治初期の地租改正時に作成されたもので、当時の測量技術の問題やその後の土地の異動などにより、土地の面積や形状、位置などの正確性が低い。
実際の図面を確認すると、分類欄に14条地図又は地図に準ずる図面の別が記載されています。
(出典:https://www.ie-urutaro.com/1493)
そして、14条地図と地図に準ずる図面については次のような特徴があります。
- 1つの土地に両方の図面が存在することはなく、どちらか一方が存在する。
- 14条地図の整備状況は日本全体で50%程度(後述の地籍調査の進捗率と関係)。
ちなみに、不動産登記法第14条第1項に規定される図面であることから14条地図と呼ばれています。
不動産登記法
(地図等)
第十四条 登記所には、地図及び建物所在図を備え付けるものとする。
2 前項の地図は、一筆又は二筆以上の土地ごとに作成し、各土地の区画を明確にし、地番を表示するものとする。
3 第一項の建物所在図は、一個又は二個以上の建物ごとに作成し、各建物の位置及び家屋番号を表示するものとする。
4 第一項の規定にかかわらず、登記所には、同項の規定により地図が備え付けられるまでの間、これに代えて、地図に準ずる図面を備え付けることができる。
5 前項の地図に準ずる図面は、一筆又は二筆以上の土地ごとに土地の位置、形状及び地番を表示するものとする。
6 第一項の地図及び建物所在図並びに第四項の地図に準ずる図面は、電磁的記録に記録することができる。
地籍調査
以上のように、精度の高い地図である14条地図の整備がまだまだ進んでいないのが実情ですが、精度の高い地図を作成することなどを目的として「地籍調査」という事業が行われています。
地籍調査とは、国土調査の一環として行う土地の調査のことで、市町村などの地方公共団体が主体となり、土地の位置、形状、地目、面積などを明らかにするために、全国各地で実施されている制度です。
一筆毎の土地について現地調査と測量を行った結果として地籍図が作成され、地籍調査後に法務局に送付されて14条地図として扱われることとなります。
出典:地籍調査の流れ(那珂市)
地籍調査の進捗率については国道交通省のHPで公開されていますが、令和3年度末時点における地籍調査の進捗率は52%となっているようです。
また、こちらのページでは、都道府県・市区町村別の地籍調査の実施状況を確認することができます。
- 地籍調査の進捗率
出典:全国の地籍調査の実施状況(国土交通省)
登記所備付地図データの公開
ここで登記所備付地図データについての話に戻ります。
今回公開された登記所備付地図データですが、法務省の「地図データのG空間情報センターを介した一般公開について」のページには、「不動産登記法第14条第1項及び第4項に規定する地図及び地図に準ずる図面に係る電子データ」との記載がされており、「14条地図(地図)」と「地図に準ずる図面(公図)」が公開の対象となったということがわかります。
そして、登記所備付地図データをGISで表示しようとすると一部のデータが正しい位置に表示できないという問題が発生します。
14条地図については、公共座標系(平面直角座標系)で測量されているためGISで正しい位置に表示することができますが、地図に準ずる図面については、任意座標系という任意の点を基準点とした座標系で作成されていることから、GISで正しい位置に表示することは簡単ではありません。
日本には任意座標系で作成された地図に準ずる図面がまだまだ多いことから、市町村全域を網羅するデータを作成することはほとんどの市町村で困難であり、仮に任意座標系のデータを正しい位置に配置しようとすると基本的に手作業でやらざるを得ないというのが現状です(農林水産省が自動化の手法を検討しているようです)。
なお、自力で正しい位置に表示させたい場合は、QGISのジオリファレンサーを使用するとよいと思います(QGIS3.26よりベクターにも対応)。
Changelog for QGIS 3.26
地籍調査や区画整理がされることにより、作成された図面が最終的に14条地図として扱われるというのは上述した通りですが、地籍調査の進捗率と登記所備付地図データ(法務省地図XMLアダプトプロジェクト)を見比べてみると、地籍調査などの進捗率が高い(=14条地図の整備が進んでいる)市町村ほど、登記所備付地図データを地図上の正しい位置に表示できていることが確認できます。
左:地籍調査状況マップ
右:法務省地図XMLアダプトプロジェクト
そのため、登記所備付地図データを扱う際には、まず地籍調査状況マップで、対象市町村の地籍調査の進捗率を確認してみるのが良いと思います。
おわりに
以上、簡単ではありますが登記所備付地図データに関連する日本の土地制度について紹介しました。制度的な話に終始した記事となりましたが、登記所備付地図データを触りたい方にとって、少しでも参考になれば幸いです。
最後に余談ではありますが、地方自治体では固定資産税の評価に活用するため、市町村全域の土地の所在、町名及び地番を表示した地図である「地番図(地番現況図、地番参考図)」というデータを整備しています。
地番図については、14条地図と地図に準ずる図面を合成し作成しているため、市町村全域がシームレスなデータとして作成がされています。さらに航空写真や都市計画基本図をベースとして土地の形状を現況に合わせて調整しているため、現況との一致度という点からは精度が高いデータになっています。
また、固定資産税評価のために作成されたデータではありますが、今では統合型GISのベースとなるデータとして使用されるなど、地方自治体においては利用価値が高いデータといえます。
このような高品質なデータが公開されれば民間での幅広い利活用が期待がされますが、残念ながらGISデータの形式で公開している自治体はあまり多くはありません。
登記所備付地図データの公開は喜ばしいことですが、土地に関するさまざまな社会問題がある日本において、地番図のような高品質なデータが公開されることは社会的に価値が大きいのではと思ったりします。
出典:「これからの怖い地図データの話をしよう(Code for Japan Summit 2019)」