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挨拶

こんにちは、Physics Lab. 2024数理物理班班長です。この記事では数理物理班の紹介をします。

物理学と数学の関係

物理学と数学は相互作用しながら発展してきました。高校で習う微分積分学は、ニュートンによって初め幾何学的に定式化された力学1がライプニッツやオイラーらによって微分方程式を基礎とする現代の形に書き直される過程で生まれました。18世紀まで微分と積分の数学的な基礎は曖昧でしたが、フーリエが熱伝導の研究を通してフーリエ級数の理論を構築したことをきっかけに、19世紀に級数の収束や極限の概念の厳密な定式化が行われました。このように、関数の微分積分や極限などを扱う数学の分野である解析学は、物理学と共に発展したということができます。

20世紀に入ると物理学と数学の関係はさらに緊密になりました。1850年代にリーマンは曲がった空間の幾何学を考え、微分幾何学の基礎を確立しました。そして1916年にアインシュタインは重力の理論である一般相対性理論をリーマン幾何学によって記述しました。おそらくリーマン自身は「曲がった空間」が現実に存在するものだとは考えていなかったと思いますが、驚くべきことに宇宙の形はリーマン幾何学によって記述できるのです2

また一般相対性理論と並ぶ20世紀前半の物理学の重要な成果である量子力学をフォン・ノイマンが定式化する過程において、抽象的なヒルベルト空間の定義が初めて与えられ、関数解析学と呼ばれる数学の分野の発展に大きな影響を与えました。量子力学における対称性の記述にはリー群のユニタリ表現が用いられ、特殊相対性理論の対称性を記述するために非コンパクトリー群のユニタリ表現論と呼ばれる分野が研究されました。

現代ではトポロジーを始めとする幾何学的な抽象概念が物理の諸分野に応用され、飛躍的な発展を遂げています。また逆に物理の研究による数学の進展も著しくなっています。中でも「場の量子論」と呼ばれる分野は非常に多くの数学的なアイデアの源となるとともに、高度な数学を応用する場となっています。

場の量子論

場の量子論は、時空の各点に存在する「場」を基本変数とした量子論です。初期の場の量子論は、1927年にディラックが電磁場を量子化し、1930年代に入ってハイゼンベルクとパウリが量子電磁力学を構築したことによって始まりました3。量子電磁力学は物理量を計算すると発散するという困難を抱えていましたが、1950年代に朝永、シュウィンガー、ファインマンはくりこみを用いて発散を回避し、量子電磁力学を完成させました。

量子電磁力学には、局所$U(1)$対称性と呼ばれる対称性があります。これは電荷を持つ物質場の位相を時空点ごとに変えても、電磁場をそれに応じて変えることで理論が変わらないようにできるというものです。強い相互作用を記述する量子色力学という場の量子論は、局所$SU(3)$対称性という3種類の物質場を混ぜる変換についての対称性があります。このような場の内部的な自由度を変える変換に対する対称性をゲージ対称性と呼び、ゲージ対称性を持つ場の量子論をゲージ理論と呼びます。また、量子電磁力学における電磁場のようなゲージ対称性と密接に関係する場をゲージ場と呼ばれます。実は逆に、ゲージ対称性を持つことを要求することで、その理論がどのようなものかを決めることができ、「ゲージ原理」と呼ばれています。現在の素粒子物理学において実験的に検証され、現実を最も良く記述すると考えられている標準模型は$SU(3)\times SU(2)\times U(1)$ゲージ理論です。

数学的には、ゲージ理論は時空の各点に$U(1)$や$SU(3)$といったリー群があり、全体として束になっているようなものである主束と、その上の接続と呼ばれるものによって記述されます。ゲージ対称性は主束における座標変換に関する対称性とみなすことができ、ゲージ場は接続であり、物質場は主束の同伴ベクトル束の切断というものとして定式化されます。名前が紛らわしいですが数学における主束とその上の接続の理論もゲージ理論と呼ばれ、ドナルドソンやウィッテンによる新しい幾何学的な不変量の発見などといった重要な数学的成果が生まれています。

その他にも、場の量子論においてはインスタントン、スキルミオン、モノポールといったトポロジー的に自明でない場が現れることがあり、トポロジーを考えることが非常に有用となっています。このように、場の量子論の周りには豊富な数学的概念があり、場の量子論は物理と数学の架け橋となっています。

また、場の量子論の定式化は未だ数学的には満足の行くものではないことから、現在でも場の量子論を数学的に厳密に定式化しようとする多くの試みが行われています。場の量子論の数学的定式化については立川先生の記事が非常に分かりやすいです。

数理物理班でやっていること

数理物理班では物理では場の量子論、特に共形場理論と呼ばれるタイプの場の量子論について、数学では多様体などの幾何学について輪読を行っています。これらの内容を基にして、2024年の五月祭ではポスター発表および記事の公開を行います。お楽しみに!

  1. ニュートンの『プリンキピア』の議論は主にユークリッド幾何学で行われており、微分積分はほとんど使われていません。

  2. ウィグナーは「自然科学における数学の不合理なまでの有効性」という論説を残しましたが、リーマン幾何学と一般相対性理論の関係はまさにこれを体現していると思います。

  3. シュレーディンガーらによって量子力学が完成されたのが1926年であることを踏まえると、場の量子論の誕生は驚くほど速いと思います。すごいですね。

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