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会社制度を使って博士課程に進学して半年がたった

Last updated at Posted at 2019-12-20

こちらの記事は社会人学生 Advent Calender 2019 21日目の記事として書いたものです.

はじめに

私は会社の制度を使って 2019 年 4 月から東工大の博士後期課程に進学していて,現在数理最適化・オペレーションズ・リサーチ (OR) に関する研究に取り組んでいる. 進学してから半年を過ぎたところなので, 自身の振り返りも兼ねて社の支援制度や私自身の進学後の生活などについて書こうと思う.

簡単なプロフィール

  • 2015 年 3 月に東工大修士課程を修了して現在の会社に入社,研究部門に所属 (2019 年度で入社 5 年目)
  • 2019 年 4 月に東工大博士後期課程に入学.
  • 興味ある研究テーマ:数理最適化・OR (学部・修士からの専門分野)
  • データ分析系のコンペティションに学生時代からたまに出場してた (kaggler ではない)

博士号取得支援制度

私は民間企業における研究部門に所属している. 私が所属する部門では, 人材育成の一環として博士号未習得の従業員に対して博士号取得を推奨するための支援制度が設けられている. この支援制度では部署ごとに従業員から希望者を募い, 社内選考によって毎年一定人数の支援対象者の選定を行っている. 支援制度の対象に選ばれると

  • 受験料
  • 入学金
  • 授業料

などもろもろを費用を社費で負担してくれる (最大3年分). ちなみに私の現在の上司も同様に支援制度を使って博士号を取得している.私の知る限りかれこれ 20 年ほど継続している制度のように思われる.それなりの期間にわたって継続してきた制度なので,私の上司をはじめこの制度で博士号を取得した社員は多い. そのため私の職場は博士課程へ進学することに対してかなり理解を得やすい環境であるように感じる.

入学前から現在まで

ここでは支援制度の対象になったときから現在に至るまでの経緯を振り返る.

2018/09--2018/11: 呼び出し, 社内選考

2018 年 9 月のある日, 当時の上司から呼び出されて 「博士課程に進学するつもりはないか」と相談された. 当時,

  • 部署ではおよそ 8 割の人が博士号取得済みであり, そもそも修士卒のほうが少数派であった.
  • (支援制度に選ばれるかによらず) 博士号はいずれ取ろうと考えていて,その話は上司にも都度伝えていた.

などの事情により,この年度は自分が候補者として推薦されたのであった.

上で書いたとおりもともと私は博士号を取得することを計画していて,その当時も既に業務時間外に研究を進めていたりした(詳細は後述).上司から相談されたときはちょうど一つ結果がまとまりつつあった時でもあり, これはいいタイミングと社内選考に応募することにした. 社内の選考は役員との面談で実施され,進学の動機・研究計画などの話をした.自分が博士課程で取り組もうとしていた研究テーマは現在の業務と直接結びつくものではなく, その点に関して指摘が入る懸念はあったが無事支援制度の対象者として選ばれることになった.

進学先はいくつか検討はしたものの,最終的には学部・修士時代の指導教員であった先生の研究室を志望した.先生には事前に一度研究室を訪問して相談したところ,二つ返事で進学を了承してくれた.またその時既に社会人で指導教員の研究室に所属していた先輩もいたため, その先輩にも相談をした.

2019/01--2019/02: 出願, 入試

4 月入学の東工大博士後期課程の入学試験は例年 9 月と 2 月の 2 回行われる.社内の選考が行われたのが 11 月ごろで,私は 2019 年の 2 月に受験をした.入試では英語の試験として外部試験のスコアを提出する必要があり,そのほか口頭試問が行われる.私は年末の 2018 年 12 月に TOEIC を受験してその結果を提出した.口頭試問では経歴の紹介と現在取り組んでいる研究 (修論の内容でもよいそうだ) をスライドにまとめて発表した.

2019/04--2019/12: 入学, 日々の生活, 現在

そんな訳で 2019 年 4 月, 私は東工大博士後期課程に入学した.

日ごろは毎週平日 1 日,土日のどちらか 1 日は研究室に行って作業をするように心がけている.私の所属する会社はテレワークによる勤務も認めているため,研究室で会社の業務をこなすこともある. また私の研究は計算機さえあれば研究が進められるため, 会社でも作業をしている.

Screenshot_2019-12-18 2019-06-29_opta(1).png
図: いま関心を持っている最適化問題 (混合整数半正値最適化問題)

研究室は基本 24 時間出入り可能であるし,図書館も土日に開館,試験期間中なら平日 23 時まで開館していたりと東工大は研究以外の勉強をするにも使い勝手がよい.私にとってはちょうど第 2 の仕事場ができたような感じで,テレワークの制度を使いながら会社・大学を気分によって使い分けつつ日々を過ごしている.研究室の環境は快適であるし,実装などの作業を集中してすすめるにはとても役立っている.私は自宅で作業ができない性格なので,休日も自由に使える研究室という場が提供されたのはありがたかった.

指導教員とはだいたい月 1 の頻度で打合せを行い研究の進捗報告を行っている. また遠隔地にいる共同研究者とも隔週くらいのペースで電話で簡単な進捗確認を行ったりしている.私の所属する研究室では本読みのためのゼミと進捗報告・論文紹介のためのゼミ 2 種類のゼミが行われているが,社会人で博士後期課程に進学した学生にはゼミの参加義務はない(もちろん参加してもよいし, 時間があるなら参加するのが望ましい).前期は 1 回ゼミで発表した.

入学以降は主として査読の対応を行っていた.これは入学前に既に投稿していた論文で,業務時間外で進めていた研究の結果をまとめたものである.査読者からは数値実験が十分でないという指摘をされていたため,この指摘に対応するための追加の実験を行っていた.業務と並行しての実験は思いのほか時間がかかってしまい, 6 月に結果をまとめて論文を再投稿した. またこの投稿中の論文の内容について国内の研究会や国際会議などで発表をして今に至る.投稿した論文は 11 月に無事採択されて一段落したところで,いまは新しい研究ネタに取り組んでいる.


図: アメリカで行われている OR の国際会議 INFORMS Annual Meeting に参加した時の様子.

学生時代に進学しなかった理由,社会人で進学した理由

ここでは修士時代にそのままストレートで博士課程に進学しなかった理由,そして社会人になってからあらためて博士進学を志望した理由について簡単に振り返る.

なぜそのまま博士課程に進まなかったか

博士課程に進学するかどうかは修士のとき非常に悩んだ.

学部・修士ともに研究には面白さ・やりがいを感じていて,就職活動で進路を考えていたとき博士課程に進学するのもよさそうだ,という漠然とした思いはあった.しかし,修士課程に加えてもう 3 年大学にいたとして自分がなにをやりたいのか,という点について明確なイメージが描けていなかった.当時の私には博士課程の 3 年間という期間がとても長いように感じられていたし,動機が曖昧なまま進学しても研究をやり切る自信がなかった.(今にして思えば 3 年なんてあっという間だしそこまで気負う必要もなかった気もする)

加えて,自身の経済的な見通しが不透明な中で研究に専念できるかという不安もあった.

一方で,当時データ分析系のコンペに参加した経験から企業の実データを分析する面白さ・手応えも感じていて,その点で産業界にいくことに興味もあった.私が専門とする OR はもともと実学に重きをおいた学問1で,この分野をライフワークとするにしても産業界にいったん飛び込んで経験を積むのも悪くはないだろう,という結論に至り就職活動をした.

とはいってもこの段階で博士号取得を完全に諦めていたわけではなく,従業員の博士号取得にも前向きな会社であるか,というのは就職先を選ぶ基準のひとつにもなっていた.現在勤めている会社に上述の支援制度があることは面接時から知らされていた.縁あって内定が出て,実務が面白くなって博士号に興味がなくなったらそれでもいいし,会社の制度使って博士課程進学できるならすればいいし,貯金を貯めていざとなったら会社辞めて博士課程進学することもできるか,と将来の選択肢を広げるにはよい環境 (悪く言えばつぶしがきく環境) に思われたため入社を決めた.(もちろん支援制度だけが決め手になった訳ではないけれど)

なぜ博士課程に進学しようと思ったか

いろいろな事情はあるが,会社での業務を経て数理最適化・OR の面白さ・魅力を再認識したというのが一番のきっかけである.

入社していろいろな分析案件に関わってきて,そのなかでも解きたい問題を最適化問題として定式化したり解法を考えたりするのがいちばん手応えがあって面白かった.さまざまな試行錯誤を経てある瞬間解きたい問題が鮮やかに解けたとき,やはりそのうれしさは格別である.

またこれはあくまで個人的印象だが,数理最適化・OR に関する研究コミュニティでは何らかの現実問題を解こうとするとき「モデリングとアルゴリズム」どちらか一方ではなく双方を俯瞰しつつ適切なアプローチを検討することをよしとする価値観がある.人工知能ブームで深層学習をはじめとする数理的手法の産業応用が進むなか,このように両者を見れるバランス感覚は今後あらためて重要な価値を持つと考え,この分野で自身の専門性を確立したいと考えるようになった.

入社 2 年目の終わりにこのような思いに至って博士号取得を決意.そして入社 3 年目から業務をしつつひそかに共同研究者を捕まえ2て数理最適化の研究を始めた.(支援制度が適用されるかによらず) 安全のため論文が 1 本書けるくらいの状況になってから博士課程に進学しようと研究を進めていたところ,ちょうど成果がまとまりつつあったタイミングで会社の支援制度が適用されることになった.いろいろとラッキーだったと思う.

現時点での所感

入学してからあっという間3に年の瀬になり,私の博士課程 1 年目も終わりに近づいてきている.思えば入学して以降はこれまで入学前の成果をまとめることに終始していた. やはりフルタイムの学生と比較すると研究の時間は限られる. もう少し新ネタの研究を進めることを目指してはいたが, 現状なかなか想定どうりにはいかないな, というのが率直なところである. この点については時間の使い方を再検討して改善していきたい.

一方で, 定常収入を確保して研究ができる,というのが心理面で与えるメリットは大きかった. これも実際に進学して強く実感したことである.収入を得て経済的なリスクをそれなりに小さく4して研究ができるというのは会社に籍をおいたまま進学する最大のメリットであろう. 加えて私の場合は学費まで社費で補助してもらっている. この恩恵は計り知れない.

そしてなにより大学での研究は楽しい.

おわりに

さきに述べたとおり 2019 年は入学前の成果をまとめることだけで終わってしまって, いわば事前に貯めていた貯金を切り崩すような過ごし方になっていた. 入学以降のアウトプットを今後研究成果として形にできるか, 来年から自分の実力が本格的に試されることになる. 願わくば博士号を取得した際またこのような振り返りができるよう,これからも自身の研究に励んでいきたい.また,ただの振り返りだけでなく博士課程で身につけたこと・学んだことも今後何らかの形で発信できればと思っている.

  1.  オペレーションズ・リサーチはもともと第 2 次世界対戦における軍事行動の意思決定を支援する研究として生まれたもの.

  2. 当時共同研究者の職場が私の通勤経路上にあったため,隔週の頻度で終業後その職場に赴き研究のディスカッションをしていた.

  3. 時間が経過する感覚が修士までの頃と一変していたというのも入学してあらためて実感したことである.

  4. もちろん会社に勤めていても経済的なリスクはある. 私の勤め先はいわゆる日系の大手企業だが,このご時勢数年先どうなっているかはわからない.社会を取り巻く先行き不透明な状況も博士号取得を志したひとつのきっかけである.

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