はじめに
2023年8月8日から10日に米国カリフォルニア州サンタクララで開催されたFlash Memory Summit (FMS) 2023に参加しました。早いもので開催からもう1か月が経ちました。
Web上には既にキーノート(基調講演)の内容をはじめとして報告記事がいくつか公開されています[1][2][3][4]。そこで、ここではそれらニュース記事やメーカーの技術ブログでは書かれさそうな内容をいくつかご紹介したいと思います。
なお、カンファレンスの資料(発表資料)の一部とキーノートの一部は、つい先日ようやく公式Webサイトで公開されましたので、ご興味があればご覧ください。
まとめ
- 3D NANDフラッシュメモリのスケーリングは今後各社がどの技術を磨くのか注目
- カンファレンスでは、QLC NANDフラッシュメモリを含め、SSDのテスト・評価環境まで幅広い技術について報告
- 全体の規模はまだコロナ禍前に戻らないが、業界最大級の展博であることは間違いない
層数を増やしたSK hynixと層数増加の経済的効果に疑問を呈したWD
キーノート自体はWeb上の記事や講演した企業のWebサイトなどでその内容が確認できますが、その中で対照的だと感じた講演がありました。それはSk hynixの講演とWestern Digital (WD)の講演(2つ目)です。
SK hynixは3段積みの321層3D NANDフラッシュメモリを発表し[1]、層数増加によるスケーリングをそれを実現した材料やプロセス技術とともにアピールしました(写真1)。
写真1:321層3D NANDフラッシュメモリ(SK hynixの講演[5]より)
その一方、WDは「(現段階では)層数増加によるスケーリング(vertical scaling)はその投資額と容量増加(とそれによるビットコスト低減)が見合わない」として層数増加によるスケーリングの選択に疑問を呈しました。
写真2:3D NANDフラッシュメモリの4種類のスケーリング手法(WDの講演[6]より)
実際、WDとKioxiaが発表したBiCS各世代の層数は、BiCS5(2020年)で112層[7]、BiCS6(2021年)で162層[8]、BiCS8(2023年)で218層[2]であり、このWDの講演にあるような投資対効果を慎重に見極めながら層数や適用技術を吟味した、と受け取ることもできます。もちろんSk hynixを含めた他社も同様の比較検討を実施したはずです。
キーノートの講演順番はSK hynixのほうが先(1日目)でWDのほうが後(2日目)でしたので、結果的に、WDがSK hynixの発表に対してカウンターをあてたような形になりました。
WDが説明した「4つのスケーリング手法」について、今後各NANDフラッシュメモリメーカーがどの技術を磨いてどのようにスケーリングを続けていくのか(続けていかないのか?)に注目が必要です。
個人的には、最近大きな発表がないSamsungの動向が気になります。
QLC推しのSolidigm
今年のFMSでも、展示会と並行してカンファレンスが開催されました。カンファレンスでは、技術講演だけでなく市場調査報告やパネルディスカッションなどの多種多様なトピックに関して最新の情報がやり取りされます。
そのカンファレンス2日目に設定された"QLC High Density Storage"というタイトルのセッションでは、NEO SemiconductorとSolidigmがそれぞれ4値記憶つまりQuad Level Cell (QLC)のNANDフラッシュメモリについて発表しました。
NEO Semiconductorは、3D X-NANDと呼ばれる独自構造を持つ3D NANDフラッシュメモリ(第2世代)のQLC実現において、そのデータ書き込み性能が他社の既存QLC NANDフラッシュメモリより優れていると主張しました(写真3)。
写真3:3D X-NAND QLCと既存QLC NANDの書き込み性能比較(NEO Semiconductorの講演[9]より)
ただ質疑応答では、「製品チップは存在するのか?」という質問には「試作チップは存在する」と回答し、「信頼性に関するデータは存在するのか?」という私の質問には「ターゲット(目標)は存在する」と回答しました。この回答からすると、少なくともこの第2世代でのQLC NANDフラッシュメモリ製品化にはまだ時間がかかるようです。
一方、今回単独で基調講演を実施したSolidigmは、基調講演でもカンファレンスでもとにかくQLC NANDフラッシュメモリ推しでした。彼ら曰く「QLC NANDフラッシュメモリは成熟しておりデータセンター向けとして普通に使える」そうです(写真4)。
写真4:QLC NANDフラッシュメモリの世代と仕様の説明(Solidigmの講演[10]より)
SolidigmはFMSの直前にQLC NANDフラッシュメモリ採用により60 TBを超える大容量を実現したデータセンター向けSSDを発表しており[11]、この講演では実物(ドライブ)を持参して披露するなど自信に溢れた内容で、強く印象に残りました。
この講演では、直前のNEO Semiconductorの講演での質疑内容を受けてのアドリブなのか、冒頭で「私たちの(講演内の)データは製品のものであり『論文』ではない」と言い放ち、対抗意識をあらわにしていました。私はこの言葉を聞いて噴き出しそうになりましたが……多少大人げないかも?
SSDのテスト・評価環境
地味な話ですが、SSDのテスト(検証)や性能チューニングとそれを実現する環境はとても重要です。製造されたSSDとしてのテストだけでなく、SSDコントローラ(HW)に加えSSDファームウェア(FW)の開発段階でも性能目標達成可否や意図した通りに動作するかどうかなどのテストが必要です。
カンファレンス3日目には、これらのトピックに関するセッションが開催されました。
Samsungは、NVMeの仕様書からAIを使用してテスト項目を抽出してテストシナリオを作成しテストスクリプトまで作成してテスト環境にデプロイする環境を発表しました(写真5)。
写真5:NVMe仕様書からAIも使用してテストを作成するまでの流れ(Samsungの講演[12]より)
NVMeの仕様書はリビジョン2.0で分冊化するなど複雑さを増していて、人手による差分確認やテストケースの抽出などにかかるコストが増していることは確かです。テストは網羅性が重要ですので、このような取り組みが行われるのも納得です。
私はこの発表を聞きながら、人間は仕様書の元となる技術や仕組みを生み出すことに注力し、仕様書の体裁に落とし込むのはAIにやらせるのも一つの手かもしれない、などと思いました。そのほうが記述の統一や曖昧さの除去も可能かもしれません。
Starblaze Technologyは、Qemuベースの仮想化SSD FW検証環境を説明しました(写真6)。
写真6:仮想化SSD検証環境とNANDモデル(Starblaze Technologyの講演[13]より)
仮想化技術を用いた実機レスのFW検証環境というのは珍しくないですが、この環境のポイントは各種仮想環境の間でNANDフラッシュメモリのモデルを共有できる点です(詳細はあまり語られませんでしたが)。
SSDの状態は、コントローラ側の状態(プロセッサなどの状態やメモリの内容)と、NANDフラッシュメモリ側の状態(記録されているデータなど)に大別できます。このうちNANDフラッシュメモリ側の状態を共有可能にすることで、実機では作成(再現)が難しい状態の作成や、ある環境では解析が難しい状態を別の環境で解析すること、などが可能になります。
SSDの検証環境や検証効率について、正しく、そして深く理解している技術者が設計したんだな、と感じました。ただ、大容量SSDの検証における時間効率改善についてどう考えているのかが気になります。この手のエミュレーションは実機より時間がかかるため、実機でさえとても時間がかかる大容量SSDの検証コストをどう削減するかが大きな課題だからです。
Silicon Motionは、SSDコントローラASIC内のハードウェアエンジンをSystemCでモデル化してエミュレータに組み込み、様々なパラメータを調整しながら実施したSSDとしてのアクセスレイテンシ評価を報告しました(写真7)。
写真7:レイテンシ評価時に考慮が必要なパラメータ群(SMIの講演[14]より)
データセンター向けSSDやエンタープライズ向けSSDでは性能のブレ、特にレイテンシのブレがある程度の範囲内に収まることなどを求められます。このレイテンシは写真7にあるように様々な設計ポイントやパラメータに左右されるため、とても注意深い設計および調整と十分な評価が必要になります。そのことがとても良く分かる講演でした。
システムとしてのSSDは巨大化を続けていて、SSDのコントローラ(ASIC)もその上で動作するFWも機能が増加し複雑化しています。これに対応するため各社独自にテストおよび評価環境を持ちますが、今回のカンファレンスではその一例を見ることができました。
おわりに
今年のFMSは、メモリ不況の中、参加者数や協賛企業・団体数ではコロナ禍前の2017年との比較でおよそ半分程度でした[15]。確かにキーノートやカンファレンスでも空席が目立ちました。
ただカンファレンスは最大で10並列という一人では到底カバーできない大規模な開催でした(図1)。
図1:FMS 2023カンファレンスのタイムテーブル(公式発表のリストから作成)
このことは、この規模が必要となるだけの多くのトピックがこの業界に存在することを意味し、FMSが今後もこの業界最大級の展博であり続ける可能性を示唆しているのだと思います。
なお、来年は現地時間の8月6日から8日まで同じ場所で開催されることが発表されています(写真8)。
References
[1] 福田 昭、「321層の超高層3D NANDフラッシュをSK hynixが披露」、PC Watch、2023年8月14日
[2] 福田 昭、「キオクシア、218層の第8世代3D NAND発表。“第7世代”は幻に?」、PC Watch、2023年8月18日
[3] Aaron Klotz, "Frore System Unveils World's First 64TB SSD 3.5-inch Storage Enclosure With Solid-State Cooling", Tom's Hardware, August 15, 2023
[4] 福田 昭、「Western Digitalが明らかにする3D NANDフラッシュの「不都合な真実」」、PC Watch、2023年8月28日
[5] Jungdal Choi, "Industry-Leading "4D" NAND Technology and Solutions Enabling Multimodal AI Era", Keynote 3, Flash Memory Summit 2023, Santa Clara, CA, August, 2023
[6] Alper Ilkbahar, "Reinvigorating Virtuous Cycle of Growth for NAND Flash", Keynote 11, Flash Memory 2023, Santa Clara, CA, August 2023
[7] Western Digital, "Western Digital Extends Storage Leadership With BiCS5 3D NAND Technology", January 30, 2020
[8] Kioxia, "Kioxia and Western Digital Announce 6th-Generation 3D Flash Memory", February 19, 2021
[9] Ray Tsay, "Achieving Near-SLC Performance for QLC & PLC NAND Flash", FMAR-203-1, Flash Memory Summit 2023, Santa Clara, CA, August, 2023
[10] Yuyang Sun, "Why QLC SSDs Are Ready for the Mainstream", FMAR-203-1, Flash Memory Summit 2023, Santa Clara, CA, August, 2023
[11] 劉 尭、「Solidigm、世界最大61TBのSSD」、PC Watch、2023年7月24日
[12] Karthik Balan, "NLP based Auto Test Suite Generator (ATSG) for NVMe protocol", TEST-303-1, Flash Memory Summit 2023, Santa Clara, CA, August, 2023
[13] Bruce Cheng, "Instruction Accurate FW Simulation on a QEMU-based Simulator", TEST-302-1, Flash Memory Summit 2023, Santa Clara, CA, August, 2023
[14] Guanying Wu, "Navigating SSD Tail Latency: Profiling, Analysis, and Optimization", SSDS-304-1, Flash Memory Summit 2023, Santa Clara, August, 2023
[15] Philippe Nicolas, "Recap of Flash Memory Summit 2023", Storage Newsletter, August 14, 2023
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