はじめに
JEDEC (JEDEC Solid State Technology Association)は、半導体製品の信頼性試験方法や標準パッケージ仕様(寸法など)、DRAMの標準インターフェース仕様(DDR4やDDR5など)、そしてSSDのTBWの算出方法や算出用ワークロードを定義しています。
そんなJEDECは2022年12月に「自動車向けSSDの標準仕様(Automotive Solid State Drive (SSD) Device Standard)」を発表しました[1]。
この仕様は「自動車に使われるSSDは全てこの仕様を満たさなければならない!」というもの(強制するもの)ではなく、JEDECが考えた「この仕様を満たすSSDであれば広く自動車用として使えるよね」というものです。議論には自動車メーカーとSSDメーカーも参加しており、実際の自動車関連の要求仕様とSSDとしての実現可能性を兼ね備えた仕様となりました。
自動車に使われる部品が高い信頼性を求められることはご存知だと思います。そこで今回の記事では、このJEDECの自動車向けSSD標準仕様について特に信頼性にかかわる項目がどのように定義されているかをご紹介します。
なお、この仕様(仕様書)は有償物ですのでここではその詳細は記載しません(会員は無償で取得可能)。
まとめ
- 「自家用」と「商用」の2つの使いかたを定義
- 振動対策としてBGAタイプを選択、信頼性の高い「システム領域」を導入、動作保証温度は摂氏マイナス40度から摂氏105度を要求
- SSDを使用するシステムの特徴を把握すれば適したSSDを選択できる良い例と言える
仕様の構成
この仕様(JESD312)は以下のように構成されています。
2章 パッケージ仕様
3章 電気的仕様
4章 コマンドプロトコル仕様
5章 容量仕様
6章 セキュリティ要求仕様
7章 システム要求仕様
8章 寿命要求仕様
9章 環境項目
以下信頼性に注目しながら順々に概要を説明します。
パッケージはBGA
この「JEDECが考える自動車向けSSD」は、はんだ付けでプリント基板に実装する形状のものが選ばれました。具体的にはBall Grid Array (BGA)パッケージと呼ばれるもので、PCI SIGが定めるM.2仕様[2]に定義された3つの形状です。
「選ばれました」と書いたことには意味があります。というのも、スロットにコネクタを挿入するタイプも候補に挙げられていたからです。
議論の末にはんだ付けする形状が選択されました。振動に対する耐性を重視した結果と考えるのが妥当です。BGAの場合はんだ付け部分の信頼性が重要になります。
電気的仕様はPCIe Gen4準拠
電気的仕様については、仕様書上では「PCI Express 4.0に準ずる、以上!」みたいな感じです。いわゆる「PCIe Gen4」です。M.2仕様を基本としていますので、最大で4レーン(x4)物理バンド幅8 GB/sのサポートが求められています。
ポイントは「PCIe Gen4x4 (8 GB/s)」であることです。PCIe Gen5製品の登場が見え始めた段階でPCIe Gen4を選択したのは、仕様議論時期がPCIe Gen4が出始めた頃であること以外にも、PCIe Gen4の成熟と製品(選択肢)が増えること、を見越した結果だと考えられます。もちろん発熱などの諸課題の考慮も理由に挙げられます。
個人的にはPCIe Gen3でも十分なのではないかと思うのですが……デバイスの価格も下がりますし。
コマンドプロトコルはNVM Express
論理層(ReadやWriteなどのコマンドプロトコル)はNVM Express (NVMe)が採用されました(リビジョンは1.4c)。エコシステム視点では妥当な選択です。エコシステムの成熟は信頼性向上に寄与します。
ただホスト側コントローラを必要とするSATAなどと異なり、NVM ExpressはコマンドやデータをPCI Expressバスを経由してメモリ(通常DRAM)上で受け渡しする仕組みであり、何らかの理由でPCI Expressバスの安定性が失われた時にはPCI Expressバスを含めたシステムとして対応する必要があります。その(信頼性を高める)方法は実装依存となります。
「システム領域」が定義された
SSDの容量については128 GBから4 TBまでが定義されました。ここで特徴的な仕様が「システム領域」の存在です。
このシステム領域は重要なデータの記録領域として使うことが想定され、その他の領域(仕様では"Bulk Region"と記載)より高い信頼性が求められています。ここには明確に信頼性への配慮が見て取れます。
なお、低容量製品ではこのシステム領域はオプションです(システム領域がなくても良い)。
セキュリティ機能は他仕様を参照
セキュリティに関する機能のうち、モデルや各種手続きは既に作成された別仕様を参照しています。独自仕様を作るのではなく十分議論されて策定された他仕様を取り込む方法も、信頼性を高める(担保する)常套手段です。調べるほうは大変なのですが。
仕様では署名アルゴリズムやハッシュアルゴリズムについて例を挙げていますが、最終的には「顧客に確認すること」と記載しており実質実装依存です。
その他SSDが備えるべき機能(安全なデータ消去方法など)についても具体的な記載はありません。この仕様の範囲外で顧客の要求仕様を満足することが求められます。
ファームウェアのレジリエンシーが必要
「システム要求」ではRoot of Trustを用いたいわゆる「セキュアブート」が要求され、加えて「ファームウェアのレジリエンシー」について記載されていることが特徴的です。
後者は顧客により要求が異なることを想定してあくまで「推奨」としての記述ですが、SSD(のファームウェア)が攻撃を受けた時にそれを検出して以前の(安全な)状態に復旧できるようにすることなど、製品設計時に考慮すべきことが記述されています。
寿命は「自家用」と「商用」の2つの使いかたで定義
寿命(Endurance)は、「自家用(Personal)」と「商用(Professional)」の2つの「使いかた」を定義してそれぞれに対して要求仕様を定めています。JEDECが定めた寿命算出用ワークロードにクライアントとエンタープライズの2種類が存在することと似ています。
以前TBWについてご説明した通り「SSDの寿命」は「使いかた」に大きく依存しますので、「使いかた」が異なるのであれば寿命関連仕様は別にすべきであり、このような分類と分類別の寿命定義は妥当なものです。
ちなみに自家用と商用とでは想定する稼働年数、年間稼働日数、日中稼働時間、の3点が異なります。もちろん商用のほうが厳しい使われかたを想定しています。
摂氏105度での動作を要求
本仕様では、JEDECが別の仕様[3]で定めた"Operating Case Temperature Range A2T"という温度範囲でSSDが動作することを求めています。この温度範囲はなんと摂氏マイナス40度から摂氏105度です。
さすがに摂氏105度での動作はSSDへの悪影響が大きいと考えたのか、「その他領域(Bulk Region)」については摂氏95度を超える温度で動作し続けた場合の寿命を定義していません。つまり、摂氏95度を超えて摂氏105度までの状況では、SSDは動作するものの「その他領域」の寿命(どれだけデータを書き込めるか)を保証できない(できなくても良い)ことを示します。同温度帯でも「システム領域」は寿命が設定されています。
なおこの温度は周辺温度(Ambient Temperature: Ta)ではなくケース温度(Case Temperature)であることに注意が必要です。
おわりに
今回の記事では、JEDECが作成した「自動車向けSSDの標準仕様」のポイントを説明しました。
この仕様はあくまでもJEDECが考えた「この仕様を満たすSSDであれば広く自動車用として使えるよね」というものですが、背景を踏まえて読み解くと、SSDの信頼性はどのような点に依存するのか、という点が見えてきます。
そのような意味でこの自動車向けSSDの標準仕様は、「システムがどんな特徴を持つのかを的確に把握すればそのシステムに適したSSDを選択できる」という好例を示しているとも考えられます。
References
[1] JEDEC, "JEDEC Publishes Automotive Solid State Drive (SSD) Device Standard", December, 2022
[2] PCI-SIG, "PCI Express M.2 Specification", Revision 4.0, Version 1.0, November, 2020
[3] JEDEC, "Temperature Range and Measurement Standards for Components and Modules", JESD402-1A, March, 2022
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