概要
結合線路形方向性結合器は、単純な構造にも拘らず主線路上の進行波と反射波をそれぞれ独立して副線路の端子に取り出せます。そのしくみを解説します。
並走する線路の長さ(波長/4など)ではなく、マクスウェルーアンペールの法則にもとづく変位電流とファラデーの電磁誘導の法則にもとづく誘導電流が主な原理となっています。
線路長が波長/4を基準としている理由は、結合度を最大化するためです。そのしくみも解説します。
マイクロストリップ線路により結合線路を形成した
プレーナ構造の方向性結合器の一例
ループの形成
プレーナ線路よりも原理がイメージしやすい同軸線路を用いて説明します。主線路となる同軸線路の一部に別の同軸線路を近接させた構造をもちいて説明します。副線路の両端とも50Ω終端器を介して接地に接続されています。このとき副線路、50Ω終端、同軸線路の外側導体からなるループ(下記右の図で水色で表記)が形成されます。
同軸線路による方向性結合器の外形とその断面図
port3、port4には50Ω終端器を接続している
変位電流
主線路と外側導体間に容量CMG、副線路と外側導体間に容量CSG、主線路と副線路間に容量CMSが生じます。主線路と副線路間の電位差の変化による電界に比例して、マクスウェルーアンペールの法則にもとづいた変位電流がCMSに生じることで、副線路にも電流が生じ、port3とport4に同相かつ等分されて流れます。
同軸線路による方向性結合器の主線路と副線路の位置関係と容量性結合の様子を説明する断面図
誘導電流
副線路、50Ω終端、同軸線路の外側導体からなるループ内を通り抜ける磁界の強度が変化するとファラデーの電磁誘導の法則に従って副線路には磁界の変化を打ち消す方向に誘導起電力が生じ、誘導電流がport3とport4に逆相となって流れます。
同軸線路による方向性結合器の外形と主線路に流れる電流により生じる磁界の様子を説明する断面図
portの選択性
変位電流は主線路と副線路間の電界に比例し、誘導電流は副線路、50Ω終端、同軸線路の外側導体からなるループ内を通り抜ける磁界に比例します。この変位電流と誘導電流とが同じ値になるように構造を調整すると、2つの電流が逆相となるport4には信号が現れず、同相となるport3のみに信号が出力されます。
マクスウェルーアンペールの法則にもとづいた変位電流を説明する回路図(左)とファラデーの電磁誘導の法則ににもとづいた誘導電流を説明する回路図(右)
左は変位電流を電流源とした回路図にしたかったが、主線路と副線路の電位差を電圧源とした回路図のほうが適切と考えた。接地電位となっている線路は同軸線路の外側導体の部分を表している。
右は誘導起電力を電圧源とした回路図にしたかったが、副線路自体に生じる誘導電流を電流源とした回路図のほうが適切と考えた。
方向性
port1からport2に向かう信号とport2からport1に向かう信号の電界ベクトルと磁界ベクトルは、電界ベクトルが同じとき、磁界ベクトルは逆向きになります。この性質により、port1からport2に向かう信号による誘導電流はport2からport1に向かう信号による誘導電流と逆方向に流れるので、port1からport2に向かう信号の一部はport3にのみ現れ、port2からport1に向かう信号の一部はport4にのみ現れます。
進行方向によるTEM波の電界ベクトルと磁界ベクトルの関係の比較
プレーナ線路
マイクロストリップ線路は同軸線路と同様にTEMモード(線路の上下で誘電率が異なるので疑似TEMモード)により信号が伝搬します。故に、主線路と短い副線路からなるプレーナ構造の場合も主線路と副線路間の電位差の変化による電界に比例して、マクスウェルーアンペールの法則にもとづいた変位電流がCMSに生じることで、副線路にも電流が生じ、port3とport4に同相かつ等分されて流れます。また、副線路がつくるループ内を通り抜ける磁界の強度の変化によりファラデーの電磁誘導の法則に従って副線路には磁界の変化を打ち消す方向に誘導起電力が生じ、誘導電流がport3とport4に逆相となって流れます。
(a)マイクロストリップ線路の主線路に非常に短いマイクロストリップ線路の副線路からなる方向性結合器
(b)容量性結合の様子を説明する断面図
(c)主線路に流れる電流により生じる磁界の様子を説明する断面図
結合線路の長さと結合度の関係
ある長さの結合線路は非常に短い結合線路が連結されていると捉えることができます。如何なる位置の結合線路もport3にのみ信号が現れます。port3に現れる信号はそれぞれの位置で結合した信号の合成となりますが、Z=ziの位置で結合した信号は、Z=0の位置で結合した信号よりも2zi分だけ信号の伝搬に時間が掛かっているので位相が異なっています。
さまざまな位置で結合した信号をport3で観測することを考えます。結合線路が長くなるほどport3に到達する信号は多くなりますが、それぞれの信号の位相は異なっています。port3に到達する信号は多くなっても、互いに打ち消しあうと合成した振幅は小さくなってしまいます。その様子をサンプリングのようなイメージでλ/16の位置の信号とλ/8の位置の信号を合成した場合、λ/16、λ/8、3λ/16、λ/4の位置の信号を合成した場合、λ/16、λ/8、3λ/16、λ/4、5λ/16、3λ/8、7λ/16、λ/2の位置の信号を合成した場合をの電流を時間軸に対してプロットしてみました。線路長がλ/4のとき電流の振幅は最大値をとり、λ/2のときは互いが打ち消しあって電流の振幅は0になります。
線路長が波長/4を基準としている理由は、結合度を最大化するためです。
a)λ/16の位置の信号とλ/8の位置の信号を合成した場合、
(b)λ/16、λ/8、3λ/16、λ/4の位置の信号を合成した場合、
(c)λ/16、λ/8、3λ/16、λ/4、5λ/16、3λ/8、7λ/16、λ/2の位置の信号を合成した場合
マクスウェルーアンペールの法則
通常のアンペールの法則では、定常電流が磁場を発生させることを示されますが、マクスウェルはこれを拡張し、時間的に変化する電場(電束密度)も磁場(磁束密度)を発生させることを導きました。この時間変化する電場の影響を「変位電流」と呼びます。これにより、電磁波の存在が理論的に説明されるようになりました。
変位電流とは
通常の電流は導体内を流れる電子の移動によって生じますが、変位電流とは、実際の電荷の流れを伴わない仮想的な電流であり、コンデンサの極板間の電場が時間変化する際に、電流のように振る舞う性質があります。例えば、コンデンサに交流電圧をかけると、極板間には電流は流れませんが、電場は変化します。この変化する電場が磁場を生じ、まるで電流が流れているかのようにふるまいます。この現象を説明するために、マクスウェルは変位電流という概念を導入しました。
ファラデーの電磁誘導の法則
磁束の変化が導体内に誘導起電力を生じさせ、それによって電流が流れるという現象です。その起電力によって発生する電流の向きは,磁力線の変化を妨げるような向きになります(レンツの法則)。
参考文献
小西良弘,”実用マイクロ波技術講座 理論と実際 第2巻”, 日刊工業新聞社
雑記
まだまだ不慣れで、貼り付けてみると図の中の文字がかなり小さいことに気が付きました。いつか直したいです。