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科学技術分野の日本の男女格差って……?

Last updated at Posted at 2018-07-28

世界経済フォーラム (The World Economic Forum) によると、2017年の日本のジェンダー・ギャップ指数(男女平等の具合)は対象144カ国中114位で、日本にとって過去最悪の結果になりました(ニュース)。

続けて2018年4月、The gender gap in science: How long until women are equally represented? という論文が、オーストラリアのメルボルン大学の研究者らによって、PLOS Biology詩に掲載されました。

plostop.PNG

学問の世界では、特にSTEMM (Science, Technology, Engineering, Mathematics, Medicine) 領域の女性研究者はまだまだ少ないのが現実ですが、

  • 男女格差は学問分野によってどれくらい違いがあるのか?
  • 男女格差は近年で縮小傾向にあるのか?
  • 男女格差は国ごとに傾向があるのか?

という実際のところは、よくわかっていませんでした。今回の研究では、6000以上の論文誌1000万以上の論文から、100カ国以上3600万人の論文著者の性別をビッグデータ解析によって推定することで、上記の疑問に答えています。

結論から言うと、「やっぱり日本ヤバい」

論文誌はオープンアクセスですし、著者はGitHub上にwebアプリを公開して誰でもデータを閲覧できるようにしています(Webアプリはこちら)。

Qiitaを利用している人の大部分は理系の男性だと思いますので、大学時代のクラスの男子校っぷりを考えれば格差があるのはさもありなんという感じだと思いますし、女子受験生の点数を一律で引くのような残念な事例まであるのですが、どうやら世界は必ずしもそうではないようです。解析方法も含め面白い論文なので、軽く内容を紹介してみたいと思います。

物理の世界では、男女比が等しくなるまであと258年かかる

論文著者の男女比は、やはり分野によって大きく影響されるようです。物理、コンピューターサイエンス、数学、外科手術、化学などは特に女性著者率が低く、30%以下となっています。こうした分野こそ年々女性著者が増えていってほしいものですが、逆に、女性著者が増えない分野がこうした分野であると言えるようです。

物理の世界では現在、13%のarXiv論文のラストオーサー (last author) が女性ですが、この数字は年に0.1%しか増えていません。将来予測には、以下のロジスティック関数 (logistic function) が使われています。


p = \frac{e^{0.5rt}}{2e^{0.5rt}+c}

$p$ は女性著者の割合、$t$ は時間、$r,c$ はこの関数の非線形具合を決めるパラメーターで、$r$ は曲線の急さ、$c$ は変曲点の位置を決定します。

線形の相関を見たりするのではなくこのロジスティック関数が採用されたのは、

  • そもそも女性著者の割合は線形に変化していない
  • 女性著者の割合が増えていくとしたら、男女比が1:1になるあたりで増加をやめるはず(女性がどんどん増えて男性が駆逐されたりはきっとしない)

という点を単純に表現できるからだそうです。ちなみにデータ解析には $R$ が使われており、このモデルを物理のデータにフィットすると、このまま行くと表題のようにあと258年(95%信頼区間は194-383年)経てば男女比の差が5%以内に収まるようです。

インパクトファクターが高い論文誌ほど女性著者の割合が低い

インパクトファクター (Impact factor) は論文誌の格付けに使われる指標で、この数値が高い論文誌ほどより引用され、読まれるとされています。高インパクトファクターの論文誌、例えばバイオの世界ではCNS (Cell, Nature, Science) が代表格ですが、こうした論文誌に掲載されることは大変な名誉とされ、研究者が独立して自分のラボを持つための必要条件になっています。

一方、こうした高インパクトファクターの論文誌の問題点も挙げられています。研究者は誰もがこうした論文誌掲載を狙っているため、日々大量の投稿があります。そしてそのうちの多くはpeer-review(同業者による査定)を経ず、雑誌編集者によって採択が見送られます。もちろん雑誌編集者は学位と研究経験のある人物がなるのですが、雑誌編集者は基本的に論文投稿者の名前を知ることができるため、もしここにジェンダーバイアスが存在した場合、女性がこうした論文誌に自分の論文を掲載することが難しくなり、結果として女性研究者のキャリアパスに悪い影響を与えることになります。

残念ながら表題通り、実際に雑誌のインパクトファクターと女性著者の割合は逆相関しているそうです。また、いくつかの論文は著者が論文誌に招待されて書かれているのですが、男性は女性に比べ約2倍招待されやすいそうです。

女性著者の割合は日本が先進国最悪

STEMM (Science, Technology, Engineering, Mathematics, Medicine) のジェンダーギャップは、特に日本で顕著です。元論文のFig.3を見ていただけると明らかなのですが、女性著者の割合は約20%と圧倒的最下位です。

ranking.PNG

先進国で次に悪いのは(意外にも?)ドイツ、その次がスイスになっています。この解析では、複数の説明変数をlinear mixed modelに投げて女性著者の割合を説明しようと試みているのですが、子供が学校に長い期間通っているほど女性著者が多くなりやすく、1人当たりの収入 (per capita income) が多いほど女性著者が少ないという結果が出たそうです。(日本は1人当たりの収入は少ないんだけどナー)。

つまり、国の財政的豊かさはSTEMM分野の男女格差を必ずしも是正しないが、男女の平等の教育機会がはもしかしたら関係ありそう、という結果でした。

もちろん、文化・歴史的背景はデータサイエンス的アプローチでは扱いづらいですが、間違いなく影響があるでしょう。(女性政治家の少なさなども含め、特に日本は)。

s_whatishappeninginjapan.jpg

そもそも女性著者の割合が低い理由は何か?

STEMMの研究者もそうですが、エンジニアなど、関連分野にも女性の少なさは問題になっています。なぜこうした特定の分野には女性が集まりにくいのでしょうか。当論文では、いくつかの仮説が挙げられています。

  1. 歴史的に男性の方が高等教育修了者が多い (demographic inertia)
  2. 男性が多い分野にそもそも女性が来たがらない
  3. 来た女性も早い段階で別のキャリアに進んでしまう (leaky pipeline)
  4. 女性は研究のリーダーになるまで男性より時間がかかる(出産など仕事以外の事情に男性より影響されやすい)
  5. 論文誌のジェンダーバイアスが強く、女性の論文は採択されにくい
  6. 女性がリーダーになると歓迎されない傾向がある

 どの項目も多かれ少なかれ正しいのでしょうが、アメリカのNational Academies of Science, Engineering, and Medicine は以下のようにまとめています。

The deficit of women in STEMM is not because too few women enter the field or because women are less committed to their STEMM careers, but rather because assumptions and stereotypes about gender operate in personal interactions, evaluative processes and departmental cultures that systematically impede women's career advancement in academic medicine, science and engineering.

要するに、STEMM分野の女性不足は、「女が来なーい」でも「女は自分の仕事に男よりちゃんと向き合ってなーい」でもなく、女性のキャリアアップを妨げるあらゆる思い込みとステレオタイプが原因だということです。

ぶっちゃけ、

「男の方がエンジニアに向いてる」

とか思ってませんか?

どこかで聞いた男女の脳の違い、「男性の脳は空間認知能力を司る領域が発達しており、女性の脳は言語や共感を司る領域が発達している......」みたいなことをその根拠にしていませんか?

肝心なのは、脳も臓器だということです。(アルコールと肝臓、喫煙と肺と同じように)環境から大きな影響を受けて変化していきます。特に環境の影響は、脳が成長する幼少期・思春期に顕著です。つまり、特定の考えを持った大人たちのいる環境で育った子供は、そういった「男性脳」「女性脳」を持つように成長する可能性を否定できないということです。

原因と結果は、実は逆でしたというのはよくあることです。

実際、最近の研究では幼少期の計算能力に男女差がないことがわかっています(No intrinsic gender differences in children’s earliest numerical abilities)。

numericability.PNG

日本の男女格差は世界から見て完全にビョーキのレベルですが、それを作り上げているのは残念ながら私たち一人ひとりの、間違った思い込みなのかもしれません。

ビッグデータ解析

この研究はまさに、ビッグデータ時代だからこそ可能になったものです。

まず、データベースをPubMedarXivからschell scriptとRaRxivを使ってダウンロードし、R を使って論文著者リスト(+論文タイトル、論文誌名、著者アドレスなど)を取得しています。

そして国別の解析をするために、libpostalを用いて著者の所属している国を決定しています。肝心の性別ですが、genderize.io web serverが使われています。これは国特有の名前ー性別の関連を集めたデータベースで、この論文における最終的な性別のmisclassification rateは0.3%と推定されています。相当正確に性別が推定できていることがわかります。

国別のジェンダーギャップ関連の情報は、United Nations Human Development Report 2015から取得されています。それぞれの国の政府の公式資料から取ってくるのが本当は正しいのでしょうが、さすがに言語などの障壁が大きすぎるので、こうした単一のデータベースの存在は貴重です。

最後にコントロール解析として、この論文で推定された女性著者の割合が各分野の女性研究者の割合と正の相関をしていることを示しています。女性研究者の割合は、アメリカのNational Science Foundation (NSF)から取得されています。

全体として、ノイズが多く形式も大きく違った素材を、サードパーティのものを上手く使って丁寧に下処理し、まとめています。Webアプリにして、誰でもデータにアクセスできるようにしたのは特に素晴らしいです。

まとめのまとめ

  • 特にSTEMM分野の論文において、女性著者はまだまだ少ない
  • 日本は学問の世界でも、世界最悪の男女格差が存在する

JapanVSusa.png

  • よりよい未来を作っていくためには、「女は~だから」のような思い込みを1人1人が捨てることが求められる

終わりに

この男女格差は結局誰も得しません。STEMM分野で研究者になりたい気鋭の女性の士気を折るだけでなく、大学院を出た後アカデミアに残らず民間就職する男性を「負け組」と見なすような風潮も、ここから来てるんじゃないかなと思っています。

STEMM分野にいると周りが男性ばかりなのが当たり前になってしまっていますが、男性にはできないことが女性にはできることも同時に当たり前なので、STEMM分野で活躍する女性が増えると日本はもっと豊かになるんじゃないかなーと思います。

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