アカデミアでもエンジニア界隈でも、日々新しいものが出てくるため毎日の勉強が欠かせません。
勉強すれば実力がつきます。
アカデミアの若手で実力があればよりよいポストが見つかりやすいですし、学部生でも実力があれば(日本でも)好待遇で企業に雇われるケースもあるようです。
先日のこの800万よこせツイートのおかげか、早速「800出せますけどウチ受けませんか」というお誘いをいただいて社会怖いなぁって顔してる。
— コミさん (@komi_edtr_1230) February 14, 2019
自分、強気で就活していいっすか? https://t.co/wADZlK9brq
一方、会社に入ったが最後、勉強しないエンジニアもいます。
ざっとインターネットを見るに様々な意見があるようですが、基本的には
エンジニアは勉強し続けないと死ぬで?
というのが大多数の意見だという印象です。現場の方々がおっしゃるのでおそらくこれが真実なのでしょう。それはそうだとして、
自分はずっと勉強し続けられるのだろうか?
と不安に思う自分がいるのも(自分の場合は)真実です。なぜなら自分は人間という動物であり、動物の脳と身体機能は加齢とともに衰えるからです。
世のおじさんおばさんは何となく身をもって知っていることですが、この図が示しているように、一般的に言って加齢と認知課題を遂行する能力は逆相関します。
つまり、今自分は勉強できているし、勉強していない同期や上司を冷ややかな目で見ているけれども、それって今だけかもしれないという恐怖感がぬぐえないのです。この年齢と認知能力が逆相関してる図だけ見ると、歳を取ることにただ嫌悪感しか覚えません。
しかし、往々にして、ある事象に対する漠然とした不安、嫌悪は、それに対する理解不足によって生まれます。
I don't like that man. I must get to know him better. (Abraham Lincoln)
「オレはヤツが嫌いだ。ヤツのことをもっと知らないといかんな」とリンカーンも言っています。
ですので、今回は簡単なシミュレーションを使って、加齢と認知能力について理解を深めたいと思います。結論から言ってしまうと、
加齢による認知能力の低下は、年齢と共に増大する情報量によって引き起こされる副作用である
年を取るだけ世界のことがわかるようになる
という、ちょっと考えると誰でもわかるものでした。シミュレーションのコードはここのGoogle Colabに置きました。
若者の想定
イケイケな若者は、このまま自分の人生はイケイケだと考えます。今のペースで勉強を続けていけば、いつかイケイケの彼方へ行けるはずだと信じて疑いません。ですが、もしかしたら加齢によって、学習率が落ちてくることは十分にあり得ます。
「いやそんなはずはない!自分のように賢い上に好奇心旺盛な人間は、他の怠惰で無関心な一般ピープルとは違う!」という反論もあるかもしれません。
ただ、脳の機能の事実として、勉強しようがしまいが、生きているだけで記憶される情報量は増えていきます。何かを見る、聞く、食べる、というだけで大脳皮質の感覚野はエキサイトし、感覚情報を処理し、将来の意思決定に役立てるため記憶する、という行為は自律的かつ継続的に行われます。つまり25歳の若者と50歳のおっさんを比べたとき、おっさんには若者に比べ、それが仕事に大切かどうかはさておきエキストラ25年分の記憶の蓄積があります。
シミュレーション
コンピューターの計算能力が飛躍的に発達した現代において、人類が取得した新技術、それこそがディープラーニング、**モンテカルロシミュレーション (Monte-Carlo Simulation)**ですね。
今回、若者と中年世代を比較するにあたり、以下の簡略化した条件設定をします。
- 世の中のとある事象Aの確率分布は、(なんでもいいけど今回は)exponential
- 人は生きていくなかで事象Aの分布からサンプリングし、記憶する
- 若者 (young) は事象Aの20%、中年世代 (old) は40%を記憶しているものとする
そして、young と old に認知テストを受けてもらいます。テストは2つあります。
- (Test 1) 事象Aから新しくサンプリングされた事象aを、自分が知っているかどうか確認(=リスト内探索 'find' operation)
- (Test 2) 事象aを覚える(=リストへの要素追加 'append' operation)
Test 1、2共に、課題遂行にどれだけの時間がかかるか測ります (processing speed & learning speed)。またTest 1では、事象aがAのどこにいるのか推定してもらいます (sensitivity)。モンテカルロ法1試行につきTestは100回行われます。
結果
以下が、モンテカルロ法500回を平均した結果です。
これにより、若者は情報を処理したり、新しいことを覚えるスピードが(中年世代より)速い ということが確認できました。
一方で、新しい事象が母集団のどこから来ているのか推定する課題では、若者のスコアは中年世代よりも低くなりました。すなわち、若者は世の中に対する知識(事象の確率分布)がまだ未熟であることを表しています。
ディスカッション
大切なのは、このシミュレーションにおけるyoungとoldの唯一の違いは、youngはoldに比べて保持している情報量が少ないという点しかないことです。単にリストの要素数しか違いません。すなわちこの結果は、加齢が積極的に人を劣化させるというより、加齢に伴う認知能力の衰退は、単に記憶された情報量の増大に伴う副作用なのでは、という可能性を示しています。
実際、もっとちゃんと被験者と認知モデルを使った研究で、同様の結論が導かれています(Ramscar et al., 2014)。
希望があるのは、最初に出した図でも今回のシミュレーションでもそうですが、世の中に対する理解は加齢とともに一般的には増加している点です。単純に経験知識が増えるので、新しい事象の確率分布を推定したとき、実際の確率分布と一致しやすくなるのですね。
もちろん、歳を取ると悪い意味でも世の中のことがわかってしまうので、新しいことを学習する意欲はあまりありません。もうドイツ語を勉強して可愛いドイツ人の女の子と仲良くなりたいとかも思わなくなってしまったのです。
ただ、それが不幸というわけではなく、歳を取ると既にある親密な交友関係に重みづけすることがわかっています (Luong et al., 2011)。これはexplore-exploit trade-offから考えると理解しやすいです。要は、人生がパチスロだとすると、時間をかけて色々な台を試していくのですが、リターンが明らかに大きいいい台が見つかったら、(ないかもしれない)もっといい台を探すよりも、その台にしがみついていた方が合理的なのですね。
##まとめのまとめ
- 加齢による認知能力の低下は、単に保持している情報量が大きいことによる可能性がある
- 歳と共に知識と経験が増え、一般的には世の中がわかるようになってくる
Take Home Message
ここまで読んでくださった方々の中には「こんなの当たり前じゃないか!」と憤慨する方もいるかもしれません。いやそーなんです。当たり前なんです。当たり前なんですけど、
勉強しない同僚や上司を見てイライラする若者
や
派手な実力を持つ若者にイライラする中年
にとって、意外とこの当たり前のことが、感情的になってしまって見えなくなったりするのかなと思います。
もし自分が明日死ぬとわかってたら、今日勉強できるでしょうか
勉強しない同僚や上司がいたら、「あーこいつらきっと色々辛いことがあって明日死ぬのかモナー」とか考えれば、イライラする時間を自分の勉強に充てることができます。
もし自分が会社で最年少なのに一番仕事ができたら、それでも年功序列がいいと言えるでしょうか
生意気な若造に全部持っていかれることにおびえるより、彼彼女の才能をいかに生かすかを考えた方が生産的です。
結局のところ、記憶された情報量が認知能力を決めるのであれば、自分が興味がなく生存に著しく影響しないことにメモリを割くのは無駄、というか百害あって一利なしだなぁと思いました(感想文)。