光物性を勉強したときに最初に勉強するのは、光学定数が既知の物質に垂直に光を入射したときの反射・吸収・透過に関する計算だと思います。
光電場$E(\omega)$に対する分極$P(\omega)$として線形項のみ取り出して
$$
P(\omega)=\varepsilon_0\chi(\omega)E(\omega)
$$
と表すと、複素屈折率$\tilde{n}(\omega) = \sqrt{1+\chi(\omega)}$を用いて、物質中の光電場は
$$
E(z,\omega)= \frac{2}{1+\tilde{n}(\omega)}E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left(i\frac{\tilde{n}(\omega)\omega}{c}z\right)
$$
と表されます。
ただし、物質は$z>0$の領域に存在し、$z$軸負の方向から正の方向へ$E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp(i\frac{\omega}{c}z)$という直線偏光の平面波が入射されるとしました。
物質の厚み$L$は十分長いとし、$z=L$での反射波は無視しました。
また、透磁率は真空中の透磁率としました。
この式は、$z<0$での光電場を$E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp(i\frac{\omega}{c}z) + E_{\mathrm{R}}(\omega)\exp(-i\frac{\omega}{c}z)$、$z>0$での光電場を$E_{\mathrm{T}}(\omega)\exp(i\frac{\tilde{n}(\omega)\omega}{c}z)$とおいて$z=0$において$E$と$\partial E/\partial z (\propto H)$が連続であるという境界条件から導くことができます。
#境界条件が本質か?
このような計算をすると、あたかも反射や透過などの現象が境界で生じるかのように思えてきます。
計算上はそのような印象を受けますが、正しくはこれらがバルクでの現象であるということを見失ってはなりません。
物質に光電場を入射すると、この光電場により分極が誘起され、さらに分極から光電場が放射され、……ということが何度も生じます。
線形応答の範囲では、光学定数を導入することでこの計算を単純に実行することができたわけです。
このような考え方は非線形応答を扱う際に必要になってきます。
#あえてイメージ通りの計算をしてみる
光電場により分極が誘起され、さらに分極から光電場が放射され、……というイメージ通りの計算をやってみます。
単に計算が面倒になるだけで新しいことは何も得られませんが、教育上の価値はあるかなと思います。
電場は$x$成分のみ、磁束密度は$y$成分のみとします。
マクスウェル方程式より、次の二式が得られます。
$$
\frac{\partial E}{\partial z} = i\omega B(z,\omega)
$$
$$
\frac{\partial B}{\partial z} = i\omega \mu_0 \left[\varepsilon_0 E(z,\omega) + P(z,\omega)
\right]
$$
上の式の$z$偏微分をとって下の式を代入すると、次式が得られます。
$$
\left[\frac{\partial^2}{\partial z^2}+\frac{\omega^2}{c^2}
\right]E(z,\omega) = -\frac{\omega^2}{c^2}\frac{P(z,\omega)}{\varepsilon_0}
$$
$c=1/\sqrt{\varepsilon_0 \mu_0}$は真空中での光速です。
この式は分極$P(z,\omega)$をソースとして光電場が発生することを表します。
それでは、物質中の光電場を分極がなかったときの項$E^{(0)}(z,\omega)$と分極により発生した項$\Delta E(z,\omega)$に分けてみましょう。
$$
E(z,\omega) = E^{(0)}(z,\omega) + \Delta E(z,\omega)
$$
$$
\left[\frac{\partial^2}{\partial z^2}+\frac{\omega^2}{c^2}
\right]E^{(0)}(z,\omega) = 0
$$
$$
\left[\frac{\partial^2}{\partial z^2}+\frac{\omega^2}{c^2}
\right]\Delta E(z,\omega) = -\frac{\omega^2}{c^2}\frac{P(z,\omega)}{\varepsilon_0}
$$
$E^{(0)}$は入射した光がそのまま伝搬したものであるので、次式のようになります。
$$
E^{(0)}(z,\omega) = E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left(i\frac{\omega}{c}z\right)
$$
$\Delta E$は、一次元ヘルムホルツ方程式のグリーン関数を用いて積分の形に表すことができます。
一次元ヘルムホルツ方程式のグリーン関数$G(z,K)$は次の方程式から定義されます。
$$
\left[\frac{\partial^2}{\partial z^2}+K^2
\right]G(z,K) = -\delta(z)
$$
このグリーン関数を用いると、次のような積分形で$\Delta E$を書き表せます。
$$
\Delta E(z,\omega) = \int^L_0 dz' G(z-z',\omega/c)\frac{\omega^2}{c^2}\frac{P(z',\omega)}{\varepsilon_0}
$$
$G(z,K)$は、$z$に関して両辺をフーリエ変換($z\to k$)して単純計算から$G(k,K)$を求め、$G(k,K)$を逆フーリエ変換することで求められます1。
計算すると、$G(z,K)=i\exp(iK|z|)/2K$となります。
結局、$\Delta E$は
$$
\Delta E(z,\omega) = \frac{i\omega}{2c}\int^L_0 dz' \exp\left(i\frac{\omega}{c}|z-z'| \right)\frac{P(z',\omega)}{\varepsilon_0}
$$
となります。
位置$z'$にできた分極から放射された光電場が$|z-z'|$だけ伝搬して位置$z$の光電場となることが式から読み取れますね。
最終的に、物質中の光電場は
$$
E(z,\omega)= E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left(i\frac{\omega}{c}z\right) + \frac{i\omega}{2c}\int^L_0 dz' \exp\left(i\frac{\omega}{c}|z-z'| \right)\frac{P(z',\omega)}{\varepsilon_0}
$$
となります。
分極$P$が$E$に依存することを考えると、上の式はセルフコンシステント方程式になっていることが分かります。
それでは、線形分極のみを考慮して$P(z,\omega)=\varepsilon_0 \chi(\omega) E(z,\omega)$としてみましょう。
$$
E(z,\omega)= E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left(i\frac{\omega}{c}z\right) + \frac{i\omega\chi(\omega)}{2c}\int^L_0 dz' \exp\left(i\frac{\omega}{c}|z-z'| \right)E(z',\omega)
$$
この解$E(z,\omega)$を$\chi$に関する級数解の形で仮定します。
$$
E(z,\omega) = \sum_{m=0}^\infty E^{(m)}(z,\omega),
,,,,,
E^{(m)}\propto \chi^m
$$
$E^{(m)}$に関する漸化式は次のようになります。
$$
E^{(m+1)}(z,\omega) = \frac{i\omega\chi(\omega)}{2c}\int^L_0 dz' \exp\left(i\frac{\omega}{c}|z-z'| \right)E^{(m)}(z',\omega)
$$
$$
E^{(0)}(z,\omega) = E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left(i\frac{\omega}{c}z\right)
$$
この漸化式に従って計算を進めれば良いわけです。
$\chi^1$の項は入射した光電場によって誘起された分極が光電場を生成するという効果を表します。
$\chi^2$の項は、$\chi^1$の光電場項が誘起した分極が光電場を生成するという効果を表します。
つまり、$\chi^m$の項は分極の誘起→光電場放射というプロセスが$m$回繰り返されてできた光電場となります。
ここでは一次の項だけ求めてみましょう。
$$
E^{(1)}(z,\omega) = \frac{i\omega\chi(\omega)}{2c}E_{\mathrm{in}}(\omega)\int^L_0 dz' \exp\left[i\frac{\omega}{c}(|z-z'|+z')\right]
$$
$$
E^{(0)}(z,\omega)+E^{(1)}(z,\omega) = E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left(i\frac{\omega}{c}z\right)\left[
1-\frac{1}{4}\chi(\omega) + \frac{i\omega \chi(\omega)}{2c}z
\right]
$$
なお、計算すると$\exp[i\frac{\omega}{c}(2L-z)]$の項が出てきますが、これは$z=L$で反射した光の項なので今回は無視します。
ここで、$\exp(\Delta) = 1+\Delta + O(\Delta^2)$を用いて上式の[]内の項について次のように近似します。
$$
1-\frac{1}{4}\chi(\omega) + \frac{i\omega \chi(\omega)}{2c}z = \left[1-\frac{1}{4}\chi(\omega)\right]\exp \left[i\frac{\chi(\omega)\omega}{2c}z \right] + O(\chi^2)
$$
この近似式を代入すると、次式が得られます。
$$
E(z,\omega) = \left[1-\frac{1}{4}\chi(\omega)\right]E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left[
i\frac{(1+\chi(\omega)/2)\omega}{c}z
\right] + O(\chi^2)
$$
さて、この式が境界条件を使って求めた式と一致するかを確認してみましょう。
$\tilde{n}=\sqrt{1+\chi} = 1+\chi/2+O(\chi^2)$、$2/(1+\tilde{n}) = 1-\chi/4+O(\chi^2)$となるので、
$$
\frac{2}{1+\tilde{n}(\omega)}E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left(i\frac{\tilde{n}(\omega)\omega z}{c}\right)
= \left[1-\frac{1}{4}\chi(\omega)\right]E_{\mathrm{in}}(\omega)\exp\left[
i\frac{(1+\chi(\omega)/2)\omega}{c}z
\right] + O(\chi^2)
$$
となり、たしかに$\chi^1$の項まで一致しています。
#終わりに
本記事では、物理的イメージを優先してあえて面倒な計算をすることで物質中の光電場を求めてみました。
このような計算をすると、光が物質中で何度も分極と相互作用しているんだなーというイメージや、境界条件を用いて簡便に計算できることのありがたさを感じますね。
ここでは線形応答を扱ったため簡単な計算をあえて難しくしただけでしたが、非線形応答を考えるとこの記事のような考え方が必要になってくるはずです。
余談ですが、吸収を表す光学定数として誘電率の虚部$\varepsilon_2$(あるいは光学伝導度の実部$\sigma_1$)と吸収係数$\alpha$の二種類がありますが、前者は光入射→分極誘起の一度だけのプロセスを考えていて、後者は光→分極→光→分極→……と何度も繰り返したものを反映しています。
そのため、実験などの際に光吸収量の絶対値を求める際には$\varepsilon_2$ではなく$\alpha$を使う方が適切です。
$\varepsilon_2(\omega)$は$\hbar\omega$オーダーのエネルギーの自由度だけ考慮して取り入れた計算から求めることができますが、$\alpha(\omega)$はそれよりも高エネルギー領域の自由度由来の誘電率$\varepsilon_\infty$の情報も必要となりますので、理論計算で求めやすいのは$\varepsilon_2$の方です。
また、通常の電子系などのモデル計算(例えばハバードモデルに対する光励起など)ではマクスウェル方程式と連立せずに光電場を固定しており、そのような場合の電子系のエネルギー上昇量は線形応答の範囲では$\varepsilon_2$スペクトルと入射光スペクトルから求められます。
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この逆フーリエ変換の際には、$K$を$\epsilon$だけ虚軸方向にシフトしたもの$K+i\epsilon,(\epsilon>0)$に置換して計算後に$\epsilon \to +0$の極限をとって留数定理を使うと良いです。 ↩