挨拶
Physics Lab. 2025 数理物理班長の中谷快です。数理物理班では物理の理論の背景や数学的定式化、物理の数学への応用を目的としてゼミを開いています。この記事ではどんな数理が物理理論に使われているかを紹介します。
物理に潜む数理
微分形式
微分形式は物理量を座標に依らない表現で記述したいというモチベーションから用いられます。幾何学的には可微分多様体上の共変テンソル場で、外積代数を多様体上で考えたものです。解析力学におけるPoisson括弧や正準形式、正準変換がシンプレクティック形式と呼ばれるもので簡潔に書くことができます。また電磁気学で登場するMaxwell方程式の第1の組はd*F=jという簡潔な式で表すことが可能です(因みに第2の組はBianchi恒等式と呼ばれ、幾何学的定式化においては自明に成立します)。
微分幾何学
一般相対論では重力により時空が曲げられると考えられています。これを微分幾何学を用いて、時空をRiemann多様体として記述しその時空の曲率が重力場に対応するとします。そして時空の計量を計算することができます。Christoffel記号はアフィン接続に計量両立性と捩れなしという条件を課したLevi-Civita接続を考えることで性質が分かりやすくなります。このようにしてEinstein方程式や測地線などは微分幾何の言葉で書かれ、接続や共変微分を見通しよく理解することができます。
関数解析
関数解析学は、主に量子論を考える際に登場します。この分野では、線形代数と位相(主に距離空間)を組み合わせて、位相の入ったベクトル空間とそれを結ぶ線型写像の性質を調べます。関数解析学において主要な役割を果たす空間は、Banach空間とHilbert空間です。とくにHilbert空間には内積があり、量子力学では、状態はHilbert空間の元として考えられます。これらの空間を結ぶ線形写像を線形作用素と言い、量子力学に現れる演算子は、主に線形作用素の中の「自己共役作用素」というものになっています。これらを使うと、量子力学を数学的に厳密な議論から理解できます。また、関数解析学を使うと、von Neumannによるデルタ関数を用いない量子力学の定式化が可能です。さらに進むと、線形作用素のなす環であるC*環やvon Neumann環によって量子論を定式化する「代数的量子論」にもつながります。
ゲージ理論
量子場の理論において電磁相互作用や弱い相互作用、強い相互作用はゲージ場で記述されます。ゲージ場は時空上のファイバー束の全空間内に折り込まれ、ファイバー束の構造群をU(1)、SU(2)、SU(3)などの対称性を持ったコンパクトリー群とすることでそれぞれの相互作用が記述されます。ゲージ理論は、主束やファイバー束上の接続として数学的に定義されています。特に電磁相互作用と弱い相互作用はWeinberg-Salam理論として統一されています。強い相互作用の記述はYang-Mills理論として非可換ゲージ理論となることが知られていてその解をインスタントンと言います。
代数トポロジー
代数トポロジーは、近年の物理学の様々な分野で登場します。数学的には、位相空間を「穴の数」によって分類するということをします。分類の仕方には、ある点からスタートして戻ってくるような閉じた曲線を考える「基本群」や、「境界」を利用して穴の数を数える「ホモロジー」「コホモロジー」があります。また、代数トポロジーは微分形式やファイバー束の理論と組み合わせることで、さらにその威力を発揮します。
この代数トポロジーは物理学において、物性理論や場の量子論、弦理論において現れます。「トポロジカル物性」はまさにこの代数トポロジーを利用しています。たとえば、断熱変化に伴うBerry位相を代数トポロジーで調べることができます。場の量子論と弦理論においては、「経路積分」という手法において代数トポロジーが現れます。始状態から終状態までの「経路」(弦理論では世界面)を代数トポロジーを用いて分類し、それらそれぞれについて計算することで経路積分が実行できます。
表現論
表現論は、主に量子論において扱われます。表現論は群を「ベクトル空間の自己同型写像の集合」として表すことで、その性質を調べる分野です。群を調べることがなぜ重要かと言うと、それが「対称性」に関わるからです。
物理において回転や並進などの対称性は群によって表されます。この群は状態空間などに作用し、物理量の変換を引き起こします。古典論においては、考えている3次元座標系の原点を(1,0,0)にずらせば、物体のx座標は-1される、というような簡単な作用になります。しかし、量子論において扱う空間は実際我々が見ている空間ではなく、状態空間という抽象的なHilbert空間になってしまいます。そのため並進や回転などの操作によって状態がどのように変わるかは明らかではなく、対称性を表す群の状態空間上の表現を考える必要が出てきます。角運動量の理論がそのひとつの例です。また、場の量子論においては、「不可欠だと思われるもののみを仮定して、理論を構築する」という方針のもとで、「状態がLorentz群の表現に従うこと」が要請されます。この要請から、「Lorentz群の表現に従う状態」を調べていくと、Higgs粒子などを記述するスカラー場、電子など通常の物質を構成する粒子を記述するスピノル場、光子などのゲージ粒子を記述するベクトル場などが存在することが示され、それに伴ってスピンが現れます。さらに進むと、共形場理論と呼ばれる理論や、弦理論においても、共形対称性・超対称性を表す群の表現に従うように場が構成され、それらの場について調べていく、というように議論が進んでいきます。
超対称性
超対称性はBose粒子と Fermi粒子の入れ替えに関する対称性で、超弦理論において基本的な役割を果たします。Boson弦理論に超対称性を導入することでFermi粒子を記述する他、Boson弦理論では含んでいたタキオンを含まなくなります。弦の軌跡である世界面に対し超場形式を用いて超対称性を持たせます。すなわち世界面の座標に加えてフェルミオン的な座標を加え、超場が超対称変換と呼ばれる変換で不変となるような理論を考えます。そうすることで自由スカラー場と自由フェルミオン場の項を持つラグランジアンを考えることができます。
共形場理論
共形場理論は回転や並進、スケール変換の対称性をもつ場の理論です。2次元共形場理論は超弦理論において用いられます。またd+1次元反de Sitter空間の重力理論がd次元の共形場理論と等価であるというAdS/CFT対応というものもあります。これによりミクロな量子論の相互作用を含んだ困難な計算が重力の古典力学で容易に計算できるとされています。さらに高次元共形場理論はくりこみ群や統計力学に応用されています。
本の紹介
場の量子論の入門書としては坂本『場の量子論』は行間が少なく1冊目に読む本としておすすめです。Weinberg『場の量子論』は特殊相対論のPoincaré対称性、空間的に十分離れた2つの現象は互いに影響し合わないというクラスター分解原理といった基本原理から量子場を導入する流れになっています。難し目の本では九後『ゲージ場の量子論』が定評があります。
数学的にきちんとやりたい人には新井『ヒルベルト空間と量子力学』『フォック空間と量子場』が人気があります。
表現論は佐藤『群と物理』や古川『群と表現』が知られています。幾何学に関しては中原『理論物理のための幾何学とトポロジー』が様々なことが載っていて例もあるため定評があります。スピノールの数学は本間『スピン幾何学』がおすすめです。
共形場理論は伊藤『共形場理論』がおすすめです。疋田『共形場理論入門』はホログラフィーや高階スピンゲージ理論など比較的新しい内容も含んでいます。中山『高次元共形場理論への招待』は3次元Ising模型の臨界指数を共形ブートストラップで求めることを目標に解説されています。超対称性は坂本『量子力学から超対称性へ』が超対称性量子力学の入門として読みやすいです。
弦理論への入門としてはZwiebach『初級講座弦理論』はMITの学部生向けの講義から生まれた教科書であるため分かりやすくなっていると思います。
おわりに
理論物理では各分野において様々な数学が絡み合っています。物理の理論の背景や数学的定式化、物理の数学への応用などに数理物理に興味を持っていただけると幸いです。