はじめに
前回の「すごーい!きみはマネジメントが得意なフレンズなんだね!(けものフレンズOPと1話を組織マネジメントの観点から分析する)」に引き続き、今回はけものフレンズの第5話「こはん」を題材に取り上げたい。テーマはスクラムだ。
では、分析していこう。
Aパート
ビーバーとの出会い
物語は人事部のサーバルちゃんと新入社員のカバンちゃんが、開発部のビーバーと出会うところから始まる。
二人がビーバーと出会ったとき、彼女はあるプロジェクトに携わっていた。
それは自分の家を建てるというものだ。二人が様子を伺ったところ、たまたま拾った家の完成図をもとに、作り方を構想、そして実現しようとしていたらしい。
©けものフレンズプロジェクト/KFPA
これをスクラムに当てはめて考えていこう。
まずは現時点でわかる範囲での役職だ。ご存知の通りスクラムには、
ステークホルダー(以下、SH)、
スクラムマスター(以下、SM)、
プロダクトオーナー(以下、PO)、
そしてチームの4つの役職がある。
今回のプロジェクトは「自分の家を建てる」だ。そのため、SHはこの場合ビーバーで決定だ。実現したいビジョンを一番強く持っているのが彼女だ。
次にわかりやすいのはチームだ。これは彼女自身が家を建てようとしていたことからビジョンを実現するも彼女自身になる。
また、実際の開発状況を把握し、かつビジョンに理解があるという観点からビーバー自身がPOも兼任していたと考えるべきだろう。
お気づきだろうか、彼女はなんと一人3役をやっているのだ。
スクラム現場ガイドの第5章にもあるように、スクラムでは原則、役職の兼任はNGだ。それは兼任することによって各々の役職における仕事を全うできなくなる可能性が非常に高いためだ。この時点で彼女のプロジェクトが炎上案件なのが透けて見える。
この問題に気づき、解決策を促し、正常なスクラムの流れに戻すのがSMの役目だ。しかしすでに一人3役をこなしているビーバーがSMをやっては本末転倒だ。それに一人でできるなら炎上はしていない。
それならば誰がやるべきなのか。
この問いはもう少し先になれば明らかになる。
「すごいね!これ見ただけで作り方がわかるの!?」「そうっすね、おれっち、そういうのは得意みたい」
これはビーバーとの出会いの際に起きた、サーバルちゃんとビーバーのやりとりだ。
ここでは2つの点をピックアップしたいと思う。
一つは、繰り返しになるがジャパリパークで働く彼女らが最も大切にしている信念、すなわち強みに集中し、仲間を尊重し合う、についてだ。これはサーバルちゃんの言葉や口調から感じ取ることができるだろう。
社訓や社歌として仰々しく、ごもっともなものを掲げるのは誰でもできる。だが、それを実現することの難しさは誰しもが経験しているのではないだろうか。その点を加味してもサーバルちゃんの能力の高さは底が知れない。信念を実現するだけでなく、さらにそれを自然体でやってのけている彼女はまさに天職と言えるだろう。
もう一つは彼女の強みが明らかになった点だ。
つまり、1枚の完成図からその作り方を構築できる、具体化の能力だ。
この能力が非常に稀有で強力なものであることは、1枚の完成図だけを渡されてサービスやアプリを作れ、と言われているのとほぼ同義だと考えれば、その程度が推し量れるだろう。
また、このやり取りでビーバーは「得意みたい」と言っている。つまり彼女自身がその能力に気づいていなかった、あるいは気づいていてもその価値に疑問を持っていたこと想像できる。
我々は自分自身が思っている以上に自分の長所には鈍感だ。足が速い、力があるといった、身体的長所であれば比較が容易なため、気づくことができる。しかし具体化の能力は、その名前とは裏腹に抽象的なものだ。さらにこれは比較しづらい能力でもある。これに気づくためには第3者からの指摘が必要だ。それもできるだけ直接的な。
スクラムに限らず、組織マネジメントでは個々人の持つ長所を100%引き出すことが必要だ。だが、そのためにはそのそもの長所を見つける必要がある。それを見抜く慧眼こそ、サーバルちゃんの最大の強みといえるだろう。
「材料を目の前にすると悩んじゃって…なかなか踏ん切りがつかなくて…略」「心配性なの?」
これはビーバーが実際に経験した問題点についての話だ。言い換えれば心配性は彼女の短所にあたる。
この問題点を除去しない限り、このプロジェクトの燃え続けるだろう。同時に、いかにして彼女の短所とプロジェクトがぶつからないようにするかがSMとしての手腕が問われる部分だ。
この時点ではまだ解決策は見つかっていない。
家を建てるための木材集め
家を建てるための木材が不足していた。これは先の会話で明らかになった作業だ。
つまり家を建てるという大きなミッションを1段階具体的にした結果、木材を集める必要がある、という具体的な作業(スクラムで言えばユーザーストーリーに当たる)が作られた。
スクラムのプロダクトバックログ(以下、PBL)では最重要項目と言えるだろう。
さしずめ、プログラミング開発環境構築といった意味合いに近いだろうか。
スクラムをやる場合、我々はスプリントを回したり、コードを書くことばかりに焦点が言ってしまい、事前準備を軽視しがちだ。例えばCI環境の構築、例えば検証環境の構築、小さなことで言えば開発チームの席替えが発生するかもしれない。これらのコストは0ではない。そのため必ずPBLに計上すべきものだ。
今回、あえて木材探しから始めたのにはこういったことへの警鐘の意味も含まれているのかもしれない。
なお、このコストを0に近づけることが効率化につながるのは言うまでもない。
Bパート
プレーリーとの出会いと彼女の目的
木材を探しに森に入って出会ったのが秋山殿……、じゃない、プレーリーだ。彼女も自分の家を建てるというプロジェクトの真っ最中だった。一人で、だ。
既に勘の良い方はお気づきだろう。そう、彼女も一人3役をこなそうとしていたのだ。
だが、ビーバーら3人と出会って状況が少し変わった。それは4人で仕事を分担できる、という点だ。
この効果はすぐに現れる。次が良い例だ。
「木の削り方で倒れる方向をコントロールできますよ。例えば……」~「なんとなく見た感じ100本用意したであります!」
これはビーバーがプレーリーに木の切り方を教え、それをいとも簡単にマスターしてさくっと100本ほど切り倒したシーンだ。この場面は一度に多くのことを示唆している。順番に見ていこう。
一つ目は新たな課題についてだ。
木材を集めるために林に来たが、そもそも大量の木を切る必要があった。これは木材を集める、というユーザーストーリーの持つさらに具体的なタスクだ。
実際のスクラムでもユーザーストーリーを進めるうえで新たなタスクが見つかることがあるだろう(本来はスプリント計画時に洗い出しておくべきだが)。幸い、後述するプレーリーの長所により大事にはならなかったが、もし彼女に出会わなければ数か月はプロジェクトが遅れることとなっていただろう。
現実でもこのような見落としはユーザーストーリー未達の原因となる。ベロシティを安定させるうえでも、あらかじめ極力具体化しておくべきだろう。
二つ目はプレーリーの長所と短所だ。
長所は一度やり方を覚えてしまえばそれを正確に、かつ高速に実現できるという具現化の能力だ。
この長所は言うなれば新しい言語や手法を瞬く間にマスターしてしまうようなプログラマーと言えるだろう。そのポテンシャルの高さは見習いたいところだ。
しかしそのポテンシャルも彼女が持つ、知波単学園の西さんよろしく猪突猛進、という短所で相殺されてしまっている。考える前に動く、というやつである。
結果、物自体はすぐできるにもかかわらず、失敗作ばかり出来てしまう、という問題が発生していた。今回の木を切る作業でも、とりあえず切ってみたものの、木がいろんな方向に倒れてしまい、危険が付きまとう、という問題が起きた。
さて、ここまでの現状をまとめると以下の通りだ。
- 家を建てるために大量の木材を切る必要がある
- ビーバーは安全な木の切り方は知っていても、木を切るたびに悩んでしまい、プロジェクトが伸びでしまう
- プレーリーは高速に木を切ることはできても安全な木の切り方を知らないため危険が付きまとう
もうお気づきだろう、ビーバーとプレーリーの長所を合わせれば良いことに。
現にビーバーがプレーリーに木の切り方を教えたら、安全にかつ高速に100本ほどの木を切り倒してしまった。
これは長所を活かし、チームで行動することの効果を最大限発揮した結果だ。
ただし、この一連の結果ついて1点だけ問題がある。それはこの結果が偶然起きたため、当事者たちがチームで行動すればよいということに気づいていないことだ。たまたまビーバーがプレーリーのやり方を教えた結果できたことだ。
問題に気づかせ、解決策のヒントを提示できる人が必要だ。そう、スクラムマスターが。
次のシーンでいよいよスクラムマスターの誕生だ。
「カバンちゃん、何かいい方法ない?」「そうだなぁ……あっ!小さいのを作ってみたらどうですか?試しに!」
スクラムマスター、カバンちゃん誕生の瞬間である。
これは心配性が発病してなかなか作業に取り掛かれないビーバーに対して、サーバルちゃんとカバンちゃんが行った会話である。
まずはサーバルちゃんのセリフに注目してほしい。あくまで彼女は自分で解決方法を提示していない。カバンちゃんに発案を促している。ここには長所を活かす(適材適所と言い換えてもよい)という考えが働いたと推測できる。
サーバルちゃんの長所は人の長所を見つけ出し、真摯にその長所と向き合えるという組織マネジメントを担う上で必要不可欠なものだ。
しかし彼女も万能ではない。本作品をご覧になれば推し量れるが、彼女は現状の問題を分析し、解決案を提示することが不得手だ。これが彼女の短所となっていた。
一方でカバンちゃんは現状の問題を分析し、解決策を提示することに長けていた。
ゆえにサーバルちゃんはカバンちゃんに経験を積ませる意味と、その長所を最大限に発揮できるようにするため、彼女に話題を振ったのだろう。餅は餅屋、ということだ。
ところで、スクラムマスターに必要な資質とはなんだろうか。
私は二つあると考えている。
一つ目は真摯さだ。これはドラッカーがマネジメントで頻繁に触れているものだ。この真摯さとは確かな信頼を生むものだ。スクラムマスターがその仕事を成すためにはスクラムチームに信頼されていなければならない。これを怠ればいくら正しいことを述べても糠に釘となってしまう。
ちなみに信頼を得るイコール失敗をしてはいけない、ということではない。むしろ失敗しない人を信用してはいけない、とすらドラッカーは言っている。
失敗するということは未知への挑戦をしていることだ。失敗は成功の基とは、かのエジソンが残した言葉として有名だろう。逆に失敗をしないということは挑戦もしていないということだ。これでは成長もなく無難な結果しか訪れず、いずれ士気は下がる。もちろん同じ失敗を繰り返しては意味がない。失敗は成功よりも多くを語る。そこから最大限の成長を得ることができれば、それは成功よりも価値のあるものだ。
二つ目は問題を分析し、解決に導く能力だ。まさにカバンちゃんの持ちえた能力ともいえる。こちらは1つ目の真摯さとは異なり、分析能力、そして知識やひらめきに近い。現実のスクラムでは現状のチームのベロシティやコミュニケーションの様子などから問題を分析し、数多あるスクラムのプラクティスから問題にあった対応を選び適応してみる、という流れになるだろう。
では、改めてカバンちゃんのセリフを見てみよう。ビーバーには本番だと思うとなかなか手を付けられない、という問題点があった。しかし練習であればそれほど苦も無くできることが木材探しの時に分かっていた。そこでカバンちゃんは小さな模型を作ってみてはどうか、という解決策を提示した、という流れになる。
まさにお手本のようなスクラムマスターとしての仕事ぶりである。
真摯さについてはあえて言及するまでもないだろう。(サーバルちゃんの不手際があったとはいえ)出会って間もないフレンズに対し、問題を自分事のようにとらえ解決に全力を尽くしてくれている。これほど真摯な態度を果たして現実でどれほど見かけることができるだろうか。
加えてもう一つ、カバンちゃんのセリフには特筆すべきことがある。それは一番最後に「試しに!」と付け加えたことだ。本人はあくまで練習として、という意味合いだったかもしれないが、実際のスクラムでこの言葉が持つ力は絶大だ。
「試しに1週間だけ」「試しに1つだけ」、こういった言葉は心理的抵抗を大きく下げる。
元来、人は変化を嫌う。それが大きくなればなるほどなおさらだ。だから「試しに~」とつけてその変化の度合いを下げる。試すだけならタダだ、ちょっとやってみてダメだったら戻せばいい、そう思わせるのである。
ドラッカーの言葉を借りれば小さく始める、ということだ。
「ビーバーさんとプレーリーさん、二人一緒に作ったらどうでしょう」…略…「プレーリーさんは作るの専門、ビーバーさんは模型作りと指示に集中してみるっていうのはどうでしょう」…略
恐らくこれが最も第5話を象徴するやり取りだろう。それだけにこのシーンはスクラムにおけるさまざまな技法や思想が盛り込まれている。
まずは最初のカバンちゃんがプレーリーとビーバーに対してアドバイスをしたシーンを見ていこう。と言ってもここはすでに木を切るシーンで触れたように、適材適所の考え方に基づいたアドバイスなのは疑いようがないだろう。加えて言うならば、このやり取りによって、プレーリーが開発者、ビーバーがPOという立ち位置が明確になった。
ただ、見方を変えれば、この二人で開発チームともとれる。その場合は、二人でペアプログラミングをやっていることをイメージしてもらうとよいだろう。プレーリーがドライバー、ビーバーがオブザーバーといった具合に。
なお、よく陥りがちなスクラムの役割を全うすることはさして重要ではない。問題(この場合は家を建てるためにそれぞれが抱えていた課題)を最も効率的に解決するかが重要なのだ。スクラムはそのためのガイドであり、物差しととらえるほうが良い。不都合が生まれないならばその配役で問題ないのだ。
「二人はどんなものが作りたい?」…略…
さて、注目すべきは先のやりとりだけではない。サーバルちゃんのこの質問は二人に議論を促すとともに、Win-Winの関係を築く重要な問いかけになっている。プレーリーだけが住みやすいのではない、ビーバーだけが住みやすいのでもない。二人の求める家を融合させ、シナジーを生み出し、二人が住みやすい第3の案を創造する。これこそがチームでモノづくりをする最大の強みであり、1+1が100にも200にもなるのだ。
単にお互いが別々に作業をするのではチームとしての真価は発揮されない。お互いの長所を活かて尊重し、求めるものをぶつけ合い、互いに考え、答えを創造することこそが、スクラムでチームを組むことの真価だ。
しかしそれは容易ではない。彼女ら二人を見てみてもわかる通り、当事者たちではなかなか気づけないものだ。
ゆえにSMが必要なのだ、気づきを与えるために。
答えを出すのではなく、答えにたどり着くための道しるべを示すために。
サーバルちゃんやかばんちゃんのような一言をかけられる人が。
一度でもそのレベルにたどりついたチームはそれまでのチームとは全くと言っていいほどの別物になる。アイディアは次々と生まれ、作られるものはよりスピーディーになる。仕事は楽しみとなり次への活力と一体感を生み出す。
不安がっていたビーバーの姿も、なかなか家ができないと悩んでいたプレーリーの姿もそこには無く、次々と新しい家の構想が生まれ、まるで遊んでいるかのように作業が進んでいる様子からも感じ取れる。
そして気づいただろうか、このやり取りの中でサーバルちゃんとカバンちゃんはただの一度も自分の希望を言っていないのである。あくまで二人の意見を引き出すことに徹し、せいぜいアイディアを具体化するためのアドバイス程度しかしていないのだ。
これは一見簡単そうで相当難しいことだ。
人はつい自分の意見のほうが正しく、良いものだと考えてしまう。特にこのシーンのようなみんなでアイディアを出し合うような場面では、ついつい自分の秘蔵のアイディアを言いたくなるのが人情というものだ。特にそのプロジェクトに思いれがあればなおさらだ。
だが、サーバルちゃんとカバンちゃんはSMに徹した。あくまでプレーリーとビーバーが開発者であり顧客であるがゆえに、彼女らの意見を尊重し続けたのだ。
まとめ
ところでスクラムガイド2016年版に「スクラムの価値基準」というセクションが追加されているのはご存じだろうか。そこの一節にはこう書かれている。
スクラムチームが、確約(commitment)・勇気(courage)・集中(focus)・公開
(openness)・尊敬(respect)の価値基準を取り入れ、それらを実践するとき、ス
クラムの柱(透明性・検査・適応)は現実のものとなり、あらゆる人に対する信頼
が築かれる。スクラムチームのメンバーは、スクラムのイベント・役割・作成物に
触れて、仕事を進めるなかで、これらの価値基準を学習・探索する。
確約、勇気、集中、公開、尊敬、この5つの価値基準を満たし、実践することで初めてスクラムの真価は発揮され、同時にあらゆる人との間に信頼関係が生まれる、と言っている。
改めて今回の第5話を振り返ってみたとき、ビーバーとプレーリーがチームで動き出してからはそれらがはっきりと分かる。
自分のできることに自信を持ちそれに集中して成し遂げる**―確約・集中―**
自分は何ができるか、出来ないか、どこまでできたのかを常にオープンにしている**―公開―**
相手の批判を恐れず自分の意見を言える**―勇気―**
ビーバーとプレーリーの掛け合いからもわかる、お互いを尊敬しあっている関係**―尊敬―**
そして何よりもカバンちゃんとサーバルちゃんも含めた4人が信頼し合っている関係**-信頼-**
彼女らのスクラムチームははっきりとこの5つの価値基準を満たし、見事信頼関係を築いているのが分かる。
一方で我々のスクラムチームはどうだろうか。
上司に対しても勇気をもって批判を言えるだろうか。
お互いを尊敬しているだろうか。
プロジェクトに集中できているだろうか。
できること、出来ないことを確約しているだろうか。
すべての情報が分かりやすくオープンになっているだろうか。
そして何より、お互いに信頼し合っているだろうか。
彼女ら4人のスクラムチームは、一般的なスクラムイベントは全くと言っていいほど登場しない。
しかし、スクラムチームとしてレベルの高いことは明らかだ。
これらの事実から判ることは、スクラムのイベントはさして重要ではなく、5つの価値基準を満たし、実践し、互いに信頼を築くことこそがスクラム成功の秘訣であり大前提だということだ。
もしあなたの所属するスクラムチームがうまくいっていないと感じるならば、彼女らを思い出してほしい。
真に重要なのはイベントではない、その根底に流れる価値基準であり、信頼関係にあるということを。