みなさん、はじめまして。
心理学や経営学を用いて、ウェルビーイング経営の研究をしている山本と申します。
普段は、エンジニア以外の人向けに、ウェルビーイングに関する研究や論文の紹介をnoteに投稿しています。
エンジニアのみなさんには興味がなさそうな話題が多いのですが、チームビルディング関連の話題であれば興味を持たれるかと思い、noteから転載してみることにしました。
今回は、組織やチームで成功するために、人間関係をどう構築していくかを考える記事になります。
成功の循環|数値目標にこだわると失敗する
みなさんは、「成功の循環」という言葉を聞いたことはありますか?
これは、1997年、ホテル事業を参考に、ダニエル・キム教授が「なぜ成功していたはずの企業が衰退してしまったのか?」を調査した結果、たどりついた考え方です(Kim, 1997)。
個別には解決できない課題がある
当時、キム教授が疑問を持ったのは、成功要因リスト・課題リストを作成するという伝統的問題解決アプローチでした。この方法には、2つ問題がありました。
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リストを作成すると、項目を順番にクリアしようとしてしまい、成功要因(課題)同士の相互関係を無視してしまう
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成功要因1(課題1)をクリアすると、成功要因2(課題2)へリソースシフトしてしまい、成功要因1(課題1)が悪化する
そこで、キム教授は、成功要因(課題)の因果関係を「成功の循環」として図示しました(図1)。
図1.成功の循環(Kim, 1997)と、言われても、関係の質とか思考の質が何を指しているのか分かりませんね。キム教授は、次のような例を挙げています。
要素 | 説明 |
---|---|
関係の質 | チームスピリット、相互リスペクト、信頼 |
思考の質 | 多様な切り口、大量の異なる観点 |
行動の質 | コミットメントが高い行動、より良い計画の策定、より大規模な協力 |
結果の質 | 数値目標の達成、経営指標の改善 |
そして、キム教授が明らかにした重要な点は、「結果の質を改善するには、まず関係の質の改善から始めなければならない」ということでした。
成果を出そうとして関係の質が悪化する
しかし、企業経営の中では、よく数値目標(結果の質)の改善だけが現場に落ちてきます。すると、現場にとって数値目標は義務なので、何とか達成しようとして、失敗の循環(図2)に陥ってしまいます。
典型的な例として、販売ノルマを課されたセールスマンの場合を考えてみましょう。
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結果の質の追及
売上目標達成のために、各営業担当に高い販売ノルマが課され、毎月ランキングが発表されることになった。 -
関係の質の変化
市場成長は停滞しているので、新規顧客が増える可能性は低い。だから、同僚はライバルであって、自分の既存顧客を捕られないようにしなければならない。 -
思考の質の低下
同僚に顧客を奪われないように、問題があっても自分一人で解決しなければならない。 -
行動の質の低下
なるべく自分一人で行動し、既存顧客から確実に受注をもらわなければならない。 -
結果の質の低下
各営業担当が、例年通りの販売数を確保したため、前年と同程度の売上を確保した。しかし、売上目標は達成できなかった。
この会社の失敗は、営業担当同士がライバル関係になってしまったことにあります。この会社では、次の年にさらに高い目標を掲げそうですよね。すると、さらにライバル関係が強化されてしまいます。こうして、失敗の循環から抜け出せなくなっていき、単年度業績は良くても、長い目で見ると衰退していってしまいます。
結局、一時的に成功した企業が衰退してしまうのは、「結果の質を求めて、関係の質を蔑ろにしたから」だったというわけです。
関係の質から考えよう
実際の現場では、「こんな単純な循環にはならない」というご意見もあるでしょう。キム教授も、「成功の循環は最もシンプルなモデルであって、実際の現場ではもっと複雑になる」と言っています。
そこで、最低限、次の2つのポイントは意識しておいたほうがいいでしょう。
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複数の課題には因果関係があり、1つ1つ解決することができない場合がある
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数値目標(結果の質)を求められても、関係の質を変えることから始める
課題を1つ1つ解決するのも、数値目標を目指すのも、問題解決の方法として論理的には間違っていません。しかし、それ故に、結果の質を変えるような直接的な解決策が正しく見えてしまい、即効性のある解決策ばかりに取り組んでしまいます。特に、論理的な説明が求められる組織内部では、つい数値目標を設定してしまいます。
だからこそ、関係の質から始めることを常に意識する必要があるわけです。
ディスコース|意味を変えれば組織が変わる
しかし、関係の質を変えると言われても、何をしたら良いのか分かりません。そこで、組織開発理論を参考にしてみましょう。チームを小規模な組織と考えれば、チームへの直接適用は難しいとしても、参考にはなるでしょう。
組織開発には、診断型組織開発と対話型組織開発の2種類があります(中村, 2018)。診断型組織開発は、測定によって発見した課題を改善するタイプの組織開発です。対話型組織開発は、対話によって少しずつ人間関係と共通認識を変革していくタイプの組織開発です。
関係の質を変えるのであれば、後者の対話型組織開発を参考にすると良さそうです。対話型組織開発では、人間関係や共通認識の変革は、「ディスコース」の小さな変化の積み重ねによって起きると考えます。
「ディスコース」とは「言説」と翻訳されますが、実際には「言葉が暗に含む意味」といったものです。すなわち、小さな変化は、言葉の意味が変わったくらいでしかありません。しかし、この小さな変化が、組織に広く浸透したとき、大きな変化として観測されることになります。
何を言っているのか、分かりませんね(笑)
ではまず、ディスコースが変わるとはどういうことか、サスティナビリティを例に説明してみましょう。
「サスティナビリティ」の例
「サスティナビリティ」とは「持続可能性」という意味です。良くも悪くも「持続できる」という状態を表しているにすぎません。20年前は、そのような意味しか持っていませんでした。でも、現代では「サスティナビリティ」に「環境保全」という意味もありますよね。そして、それは良いものとして認識されています。
実は、「サスティナビリティ」という言葉は、最近10年間で急速にディスコースが変化した言葉です。
きっかけは、ハーバード・ビジネス・レビュー誌の2013年4月号の「持続可能性」特集でしょう。そして、ポーター教授の「CSV」(企業価値と社会価値の融合)の提唱によって、新しいディスコースの浸透が加速した気がします。「CSR」(企業の社会的責任)という言葉は1990年頃からありましたが、コストとしての慈善活動に終始し、事業と環境保護は別々の問題と考えられていました。
では、ディスコースが変わったことによって、何が起きたでしょう?
サスティナビリティを名目に「事業を通して環境保護を達成しよう」という企業が増えてきたと思いませんか?
そして、「企業はお金を稼ぐだけじゃだめだよね」という考え方が、社会にも受け入れられるようになってきたと思いませんか?
つまり、社会の人々の思考が変質し、企業の行動が変質してきているのです。
組織のディスコースを変える
サスティナビリティは社会レベルのディスコースで、社会全体の行動を変質させていました。しかし、ディスコースには、組織レベル、チームレベル、パートナーレベル、個人レベルのディスコースもあります。
上記を参考にすると、組織を変えるには、組織のディスコースを変え、会社と社員の関係の質を変え、社員の思考の質を変え、社員の行動の質を変える必要があることが予想できます。
組織のディスコースとは、いわゆる社内用語が典型です。社内用語とは、組織内でしか通用しない言葉、あるいは一般的な意味とは違う意味で使用される言葉のことです。例として、社内用語の意味が変わった場合について、考えてみましょう。
社内用語の意味が変わると、
- 同じ言葉を使っていても、意味するものが変わり、社員同士の会話の質が変わります。
- 会話の質が変わると、ほんの少しかもしれませんが、関係の質が変わります。
- すると、切り口が変わることで思考の質が変わり、行動の質も変わっていきます。
- これにより、社員の行動パターンが変わるので、結果的に組織文化が変わります。
つまり、組織変革の第一歩は、社内用語の意味(ディスコース)を変えることと考えられるわけです。
コーチング|組織開発コーチングを受けてみた
2020年、チームのメンバー3名で実際に組織開発コーチングを受けてみました。結果的には、とても良かったと思います。
当時、3名の内1名はチームに新しく入ったばかりのメンバーで、まだ距離を感じていたそうです。しかし、組織開発コーチングを受け終わったとき、チームメンバーになれたと思えたそうです。
詳しい内容はお伝え出来ないのですが、何かの役に立つかもしれないので、自分なりに整理したプロセスをお伝えしておこうと思います。
構えの質
対面した人物が戦闘態勢をとっていれば、おそらく敵対してくると伝わります。逆に、目を見て微笑んでいれば、もしかして味方なのかな?と思うのではないでしょうか。このように、身体の姿勢・構えは、人に意図を伝えることがあります。
身体の姿勢ほど分かり易くはないですが、心の姿勢、すなわち「心構え」も人に意図を伝えてしまいます。「敵か味方か」「拒絶されるのか受け入れてもらえるのか」といった構えが伝わると、相手も身構えてしまいます。
そのため、チームを作るには、「味方であり、受け入れてもらえる」ような心構えを持つ必要があります。そこで、私たちは、ワークショップにどういう姿勢で臨むのかを最初に取り決めました。例えば「言いたいことを好き勝手に言う」などです。
これは、自分達で決めることに意味があります。グランド・ルールのように、外部から強制されたルールに従うだけでは、心構え(本心)が変わらないからです。
理解の質
「無知の知」という言葉がありますが、私たちは上司や部下、あるいは同僚のことをどのくらい深く理解しているでしょうか?
例えば、仕事上の態度・行動・言動から見えた人となりは、
プライベートでも同じでしょうか?
10年前も同じだったでしょうか?
私たちが理解した人となりは、その人の一面にすぎません。逆に言うと、理解していない面が必ずあります。もしかしたら、本人ですら理解していない面もあることでしょう。
もし、自分が理解できていないことを理解していない(無理解の理解)と、相手の言いたいことを自分の憶測で解釈します。すると、「本当はそんなことを言いたいわけじゃないのに・・・」と、コミュニケーションミスがおきてしまいます。
私たちは、ワークショップで、幼少期からの自分を振り返り、「過去何が好きだったのか」「何があったから今ここにいるのか」をお互いに話し、相互理解を深めました。
意味の質
人は、「意味がある」と思えばやる気が湧きあがってきますし、「意味がない」と思えば行動しないか、義務感で行動します。義務感で行動し続けると、次第に、意味が分からないままでも行動できるようになります。
「人生に生きがいを感じたい」などと思わなければ、個人的な意味はなくても良いのかもしれません。しかし、チームや組織で活動を行う場合には、意味は「やる/やらない」「良い/悪い」などの判断基準になるため、集団をまとめるために必要になります。
そのため、チームや組織では、メンバー同士で意味を(共有するだけでなく)揃えておく必要があります。判断基準がそろうので、メンバーが自律的に判断しても、全体の意思の方向性から大きくずれることはなくなります。
私たちは、ワークショップで「チームの最高の状態とは何か?」を話し合い、チームの存在意義をメンバーで揃えました。そして、それに合わせてチーム名を付けました。
会話の質
上記で紹介したように、たとえ同じ言葉を使っていても、その言葉の指す意味が変われば、会話の質が変わります。
あるいは、新しい意味に新しい言葉を付与することで、会話の質を変えることもできます。そのため、ローカル用語(社内用語、チーム内用語など)を作ることも有効な手段になってきます。
会話の質が変わると、関係の質が変わり始めます。
実践するには?
ここでご紹介したプロセスは、何もワークショップを開催しなくても、毎週の定例会議の30分を使って実施することもできます。皆さんのチームや組織でも、やってみてはいかがでしょうか?
注意点は、順序を守ることです。
敵対的な構えのままでは、相互理解に必要な背景情報は話せないでしょう。理解が浅いうちに意味を揃えようとしても、本心が分からず形だけ揃えることになりかねません。お互いに違う意味で認識したまま、新しい言葉を作っても、コミュニケーションミスは減りません。
ですので、まずは構えの質について話し合ってみてはいかがでしょうか?
まとめ
この記事では、人間関係に関するウェルビーイングを高めるために、成功の循環とディスコースの紹介をしました。そして、実際に私たちが受けた組織開発コーチングで起きたことを紹介しました。
成功の循環と対話型組織開発および組織開発コーチングのプロセスを統合すると、図4のような循環モデルになります。ここでは、これを組織変革モデルと呼ぶことにします。
組織変革モデルでは、思考の質から意味の質への矢印を追加しています。これは、新しい切り口が加わる(思考の質の向上)ことで、普段使用する言葉の意味が変わったり、新しい言葉が加わったりする(意味の質の向上)ことを意味しています。
この矢印を加えると、思考の質(切り口の多さ)、意味の質(社内用語の意味)、会話の質(社内コミュニケーション)、関係の質(人間関係)が循環します。この循環は、対話型組織開発が自動的に繰り返される様子を表しており、学習する組織の一形態の実現でもあります。
成功の循環モデルによれば、組織を変える時、結果の質から変えようするのは悪手で、関係の質から変えなければなりませんでした。一方、組織開発コーチングでは、構えの質から関係の質へと次第に変えようとしていました。このことから、図4は、右側の表層的要素からではなく、左側の深層的要素から取り組む必要があると言えるでしょう。
参照文献
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Kim, D. (1997). What is your organization’s core theory of success. The Systems Thinker, 8(3), 1-5.
https://thesystemsthinker.com/what-is-your-organizations-core-theory-of-success/ -
ジャルヴァース・R・ブッシュ (編集), ロバート・J・マーシャク (編集), 中村和彦 (翻訳) (2018). 対話型組織開発――その理論的系譜と実践. 英治出版
https://amzn.asia/d/83AjRJx -
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2013年04月号
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