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Cloud to Ground: 新たなハイブリッドクラウド・プラットフォーム

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以下は、2019年5月20日時点に書いたものです。

イントロダクション

 現在、ハイブリッドクラウドが注目されている。ハイブリッドクラウドには新しさを感じないかもしれない。しかし、3大パブリッククラウド・ハイパースケーラーと呼ばれるAmazon AWS、Microsoft Azure、Google GCPが新たなハイブリッドクラウド・プラットフォームの提供を始めたことで、市場の注目を集めているのだ。

 Microsoftは2017年からAzure Stackを提供している。Azure Stackは、ハードウェアにインストールされた状態で提供され、そのハードウェアを自社のオンプレミスに設置すれば、オンプレミスでAzure Virtual Machines、Azure Storage、Azure FunctionsなどのAzureのサービスを利用できる。Microsoftに続き、2018年11月にAmazonがre:Invent 2018でAWS Outpostsを、2019年4月にGoogleがGoogle Cloud NextでAnthosを発表している。

 これらは、これまでのハイブリッドクラウドの考え方を大きく変える可能性を持っている。本レポートでは、Amazon AWS、Microsoft Azure、Google GCPを中心に、新たなハイブリッドクラウド・プラットフォームについて分析し、クラウド戦略で考慮すべき事項を明らかにする。

Cloud to Ground型ハイブリッドクラウド・プラットフォーム

 パブリッククラウドで提供されているクラウドベンダー固有のサービスの全てまたは一部をオンプレミスで実現可能にするプラットフォームを、ここではCloud to Ground型ハイブリッドクラウド・プラットフォーム(以下、C2G)と呼ぶ。

 C2Gを用いることで、パブリッククラウドで提供されている高度なサービスを簡単にオンプレミスに実現できる。また、パブリッククラウドとの連携も容易で、一貫した開発・運用方法でオンプレとパブリッククラウドを管理できるため、ハイブリッドクラウドがもたらすクラウド環境管理の複雑さを緩和できる。
 

C2Gのユースケース

 はじめに、Azure Stack、AWS Outposts、GCP Anthosがどのようなユースケースを提起しているかみてみよう。

C2G ユースケース
Azure Stack エッジおよび非接続ソリューション
規制要件を満たすクラウドアプリケーション
従来のシステムのモダナイズ
AWS Outposts 通信仮想ネットワーク機能 (VNF) 、ライブビデオストリームの処理と編集、高頻度取引プラットフォーム、産業オートメーション、およびローカルデータベースに依存するレガシーエンタープライズアプリケーションなど、ローカルデータ処理のニーズおよび低レイテンシーのためオンプレミスに留まるワークロード
GCP Anthos インフラストラクチャやアプリケーションの最新化

 これらは次の3つにまとめることができる。

物理的制約のあるシステム

 近年は、IoTの活用が進み、デバイス・センサーとパブリッククラウドの間にエッジコンピューティングが必要なケースが増えている。その主な理由は通信の安定性とレイテンシーである。

 船舶などの通信が安定しない状況では、通信が不安定なときはローカルで処理し、通信が安定したときにパブリッククラウドと連携するというユースケースがある。また、リアルタイム処理(10 ms)が必要な遠隔医療、産業ロボット、自動運転などでは、パブリッククラウドを用いた処理ではレイテンシー(遅延)が問題になり、パブリッククラウドだけでは対応できない場合はC2Gが有用である。

 このようなIoT、エッジコンピューティングを代表とする物理的制約のあるシステムでは、C2Gの活用が期待できる。

法規的制約のあるシステム

 法律や業界、企業の規制によって、パブリッククラウドに設置できない場合がある。

 例えば、欧州連合の一般データ保護規則(GDPR)に対応していないパブリッククラウドは、グローバルサービスには利用できない。その他、政府が保有する国民の個人情報など、規制によってパブリッククラウドで処理できない情報を扱う業務・サービスは多く存在する。

 このような法規的制約のあるシステムは、オンプレミスへの設置が余儀なくされる。その場合にも、パブリッククラウドの高度なサービスを簡単に利用したい場合はC2Gが有用となる。

モダナイゼーション

 モダナイゼーションは、もちろんユースケースの1つであるが、上記物理的制約や法規的制約がない場合にモダナイゼーションするのであれば、パブリッククラウドが第1の選択肢になる。したがって、C2Gのユースケースとは言い難い。

 しかし、C2Gはモダナイゼーションに貢献する。Azure Stackが示している次のユースケースをみてみよう。

image.png
出典: https://azure.microsoft.com/ja-jp/solutions/architecture/unlock-legacy-data/

 一番右側にあるオンプレミスのレガシーシステムとAzureの間にAzure Stackを設けている。つまり、レガシーシステムをリプレースするのではなく、レガシーシステムとパブリッククラウドの間の仲介機能としてC2Gを利用する。レガシーシステムのデータにパブリッククラウドから直接アクセスさせずに、モダンな技術を使い、セキュリティやスケーラビリティを持ち、アジャイル、DevOpsでパブリッククラウドと一貫した開発スタイルで開発することがC2Gによって可能になる。

 巨大で複雑なシステム全てをモダナイゼーションするのではなく、一部をモダナイゼーションする場合にC2Gは有効である。

C2Gのベネフィットとハイパースケーラーの狙い

 C2Gのベネフィットは、物理的制約や法規的制約のあるシステムでも、パブリッククラウドで提供されている高度なサービスを簡単に実現できることとモダナイゼーションを促進することにある。

 しかし、企業全体のIT戦略を踏まえると、さらに一歩進んだベネフィットがみえてくる。再び、Azure Stack、AWS Outposts、GCP Anthosの主張をみてみよう。

C2G ユースケース
Azure Stack 一貫したツール、エクスペリエンス、アプリケーション モデル
クラウド境界をまたいで同じ Azure サービスを実行する
1 つの Azure エコシステムでスピーディに稼働を開始する
AWS Outposts AWS をオンプレミスで拡張する
管理プレーンを選択する
フルマネージド型
将来性を考えたインフラストラクチャ
GCP Anthos 最新化する
ポリシーとセキュリティを大規模に自動化する
一貫性のある体験

 ここで重要なキーワードは「一貫性」である。AWSは一貫性という言葉は用いていないが、「AWSをオンプレミスで」というメッセージは、AWSと一貫性があることを示している。

 企業全体のコストのみを考えると、全てのシステムで統一したプラットフォームを採用した方が効率がよい。しかし、各ハイパースケーラーそれぞれの長所を取り入れるため、ベンダーロックインを避けるためなど、いくつかの理由でマルチクラウド化が進んでいる。しかし、マルチクラウドが進むと、運用は複雑化し、企業全体のITコストが高くなってしまう。そのため、一貫性を持った開発・運用を実現することが重要となる。

 興味深いデータがある。Gartnerによると、2020年までに75%以上の企業がマルチクラウドを採用する1が、企業のワークロードの80%は一つのクラウドサービスに集約される2という。この予測が正しいとすると、80%のワークロードを握る鍵はどこにあるか。

 Gartnerの予測では、世界のパブリッククラウドの比率は2017年に17%で、2022年でも28%に過ぎない3。当然、7割を占めるパブリッククラウド以外のトラディショナルITと一貫性を持たせることができるパブリッククラウドは有利になるはずである。ここに、ハイパースケーラーがC2Gを提供し、オンプレミスとパブリッククラウドとの一貫性を訴える理由があるだろう。

C2Gのサービス比較

 3大ハイパースケーラーのC2Gサービスを比較すると、Azureは先行してサービス提供を開始したこともあって、機能が充実している。C2Gにおいては、先行するAzureをAWS、GCPが追う形になっているといえる。

Azure Stack AWS Outposts GCP Anthos
提供形態 ハードウェア・パートナー経由でハードウェアと一体で提供 AWSから直接AWS ハードウェアを提供 ソフトウェアで提供
制約 - AWSとのネットワーク接続が必須 GKE On-Premの動作にvCenter 6.5 が必要
コスト ハードウェア: パートナー固有
ライセンス: Azureと同等
未公開 100 vCPU blockあたり
月額$10,000の年間契約
機能 コンピューティング: Virtual Machines, App Service, Azure Functions
コンテナー: Azure Kubernetes Service (AKS)(予定), Service Fabric
IoT: Azure IoT Hub
セキュリティ: Key Vault
ストレージ アカウント: Blob Storage, Queue Storage, Managed Disks, Table Storage
データ: SQL Server 2019, SQL リソース プロバイダー, MySQL リソース プロバイダー
Amazon Elastic Compute Cloud (Amazon EC2), Amazon Elastic Block Store (Amazon EBS)
※RDS, ECS, EKS, SageMaker, EMR など追加予定
GKE, GKE On-Prem, Anthos Config Management
※Stackdriver, Cloud Build, Binary Authorizationとの連携が可能
マーケットプレイス 約203 不明
※AWS Marketplaceの多くを利用可能と思われる
54(k8sアプリ)以上
※GCP Marketplaceのk8sアプリは利用が可能。その他も利用可能なものがある
強み オンプレ中心のエンタープライズ領域への強いカスターマー/パートナーベース
先行開始によるサービスの成熟度
パブリッククラウドでのシェアの高さ
※Gartnerの予測では、大企業のAWS顧客の20%が2022年までにAWS Outpostsを利用する4
K8s, Istio など、Googleが開発し、高い評価を得ているOSS群
※エンジニアからの支持が得やすく、ベンダーロックインを警戒する顧客にもリーチできる
弱み サービスの革新性
※AWSのシェア、GCPのビッグデータ、機械学習の優位性、OSS戦略が目立つ中、Azureはプレゼンスにやや劣る
AWSハードウェア限定でAWSとの接続が必須という制約条件 ライセンスモデル、オンプレミスシステムのサポートなどのビジネス経験の低さ

3大ハイパースケーラーのC2G戦略

 ここで、3大ハイパースケーラーのC2G戦略を推察してみよう。

 Azure StackはMicrosoftが持つオンプレ中心のエンタープライズ領域への強いカスターマー/パートナーベースを活かす戦略と考えられる。オンプレ領域をターゲットとしたC2GでAzure Stackが先行したのも、Microsoftが他の2社よりもオンプレ領域を重要視している証左といえる。

 AWS OutpostsはあくまでAWSへの誘導だ。パブリッククラウドのシェアNo.1らしい戦略といえる。AWS Outpostsの場合のCloud to Groundは、クラウドにあったマシンがグラウンドに降りてくるというよりも、雲が地上まで伸びて覆ってしまうというイメージが近い。

 GCP Anthosは、Googleらしいオープン戦略だ。Googleはパブリッククラウドでもオープン性を強調し、実際、KubernatesやIstioなどをOSS化し、市場から高い評価を得て、デファクトスタンダードの地位を確保している。ベンダーロックインに苦い経験を持つ企業にはGoogleは魅力的に映るかもしれない。

クラウド戦略で考慮すべき事項

 クラウド戦略において、まず認識すべきことは、オンプレの全てをC2Gに置き換えることは、基本的にはできないということである。

 C2Gに置き換えることができない理由はいくつかあるが、移植性、コスト、人材・スキル、ベンダーロックインが挙げられる。これらを踏まえ、C2Gを活用できる範囲がどれだけあるかを見極めることが、はじめに必要となる。

移植性

 すでにトラディショナルITで業務・サービスを実現しており、メインフレームやSolaris OSで動作しているシステムなど、使用しているソフトウェアが対応していない場合はC2Gに移行できない。

 パブリッククラウド移行と同様に、システムの一部を置き換える「プラットフォーム再編」、ソフトウェアを買い直す「再購入」やシステムの設計を見直す「リファクタリング/再設計」をする必要がある5
長年改修を繰り返してきた大規模な基幹システムによっては、C2Gに移行することが非常に困難な場合がある。

コスト

 すでにトラディショナルITで業務・サービスを実現している場合、C2Gに移行するとコスト増となる場合がある。運用が安定し、アップデートが少ない場合は、C2GのコストがトラディショナルITよりも高くなるだろう。

 また、新規構築の場合も、既存のトラディショナルITに余剰リソースがある、C2Gの持つ高度なサービスを利用しない、構築・運用の集約による効率化などの理由で、C2GのコストがトラディショナルITよりも高くなる場合がある。

人材・スキル

 C2Gを活用するために必要なスキルは、トラディショナルITと異なる部分が多い。C2Gは、パブリッククラウドと同様のアーキテクチャー、API、運用管理が必要となる。

 また、スキルに加えて文化的な違いもあり、既存要員の再教育、新規雇用、組織再編を戦略的に実施する必要があり、短期的には解決が難しい。

ベンダーロックイン

 一度、特定のパブリッククラウドにデプロイしたアプリケーションを異なるパブリッククラウドに移行することは少ない6。Docker、Kubernetesなどのコンテナー技術やクラウドネイティブ・コンピューティング・ファウンデーション(CNCF)などの標準技術を採用することはある程度の手助けにはなるが、それでも困難だと認識すべきだ。

 2018年6月にGitLabがAzureからGCPに移行したことが話題になったが、クラウドに精通したGitLabでも、その移行は容易でなかったことが伺える7

 そのため、C2Gによって特定のベンダーに集約するとベンダーロックインされるリスクがある。

 次に、C2G以外の新たなハイブリッドクラウド・プラットフォームにも注目する必要がある。Microsoftは、Azure Stack HCI、AWSはVMware Cloud on AWS Outpostsなど、ハイパーコンバージド・インフラストラクチャー(HCI)用のプラットフォームを提供している。これらは、移植性の問題でC2Gを利用できない場合には有用な手段となる。既存資産にHCIが多いのであれば、考慮する価値がある。

 既にプライベートクラウドを保持している場合は、自社のプライベートクラウドはどのレベルを求めるのか、C2Gを導入する必要があるかを検討する必要がある。デジタル・ビジネスを志向するのであれば、HCIなどの仮想化技術を採用しているだけでは十分とは言えない。Gartnerは多くのプライベートクラウドはクラウドとは言えず、拡張性や柔軟性が不足していると指摘している8

 また、OpenStackなどの技術を用いて、高度なプライベートクラウドを構築している場合も、C2Gにシフトする選択肢も検討したい。高度で複雑なプライベートクラウドを運用していくことに困難を感じている場合は、C2Gが有力な代替手段となる。

 最後に、人材・スキルに触れておきたい。上述のとおり、人材・スキルはC2G導入の課題でもあるが、C2G導入によって人材・スキルをクラウドシフトするという考え方もある。現在、多くのマネージド・サービス・プロバイダー(MSP)は、従来のクラウドシフト・サービスに加えて、アジャイル開発、DevOps、マイクロサービス導入のサポートを強化している9。これらのサービスを活用しながら、組織の人材・スキルをクラウド対応させていくということも検討に値する。

まとめ

 C2Gは、パブリッククラウドが本格的にオンプレ領域に踏み込みはじめたことを示す注目すべきテクノロジーである。企業が求めるIT資産の開発・運用の一貫性の圧力により、C2Gのシェアはパブリッククラウドに波及するため、C2Gとパブリッククラウドの派遣争いに影響することは間違いない。

 IoTのさらなる普及によるエッジコンピューティングのニーズ拡大や、オンプレミスでのトラディショナルITにおけるモダナイゼーションへの要求が強まることによって、C2Gのニーズも高まる。現時点では、C2Gは未成熟なテクノロジーであるが、数年で成熟し、大規模なエンタープライズのクラウド戦略に必須の検討要素となるだろう。

  1. Gartner: "Market Insight: Cloud Shift — 2018 to 2022", August 2018, G00361452

  2. Gartner: “Technology Insight for Multicloud Computing”, 16 August 2018, G00357437

  3. Gartner: "Market Insight: Cloud Shift — 2018 to 2022", August 2018, G00361452

  4. Gartner: " Prepare for AWS Outposts to Disrupt Your Hybrid Cloud Strategy ", 14 February 2019, G00382576

  5. 6つの一般的なアプリケーション移行ステージ, https://aws.amazon.com/jp/cloud-migration/

  6. Gartner: “Technology Insight for Multicloud Computing”, 16 August 2018, G00357437

  7. GitLab: “We’re moving from Azure to Google Cloud Platform”, Jun 25, 2018

  8. Gartner: “Rethink Your Internal Private Cloud”, 30 August 2018, G00366250

  9. Gartner: “Market Trends: Competency in Professional Services for Agile Apps Gains Importance for Cloud Managed Services”, 19 March 2019, G00348206

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