みなさんは「インパクト評価」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。検索すると、「社会的インパクト評価」という言葉が出てくるのですが、これとは異なります。
私は2014年から2015年にかけて、イギリスの大学院で「国際開発のためのインパクト評価」というものを学びました。在学時は日本では「インパクト評価」という言葉をあまり聞かなかったのですが、その後、「インパクト・ベースド・ポリシー・メイキング」(EBPM)という言葉や、科学的根拠(エビデンス)に基づいた政策を実施すべきといったことを聞くようになりました。
「インパクト評価」とは、介入(政策・プロジェクトなど)とアウトカムの因果関係を統計的に検証する方法です。介入対象のアウトカムの水準が、比較対象よりも改善していれば、その介入は「効果があった」といえます。
ただし、プロジェクトの評価をする際、インパクト評価はコストがかかるため、あまり採用されません。その代わりに、介入対象者のみのアウトカムを事前事後で比較し、改善していれば、介入がアウトカムに貢献していると判断しています。しかし、アウトカムに影響をもたらすものは、介入だけではなく、経済的・社会的・政治的な様々な要因があるので、同一者の変化だけでは、介入の真の効果はわかりません。
衛星データの活用によって、このコストの問題を解決できるのではと、いつか実際にやってみたいと思い続けてきました。その機会を得られ、現在、高速道路建設事業のインパクト評価を検討しています。その検討プロセスも含めて、ご紹介していきたいと思います。
交通インフラ×インパクト評価
ただ、交通インフラのインパクト評価は難しいなと感じています。
その理由の一つは、規模です。「インパクト評価」は、介入を受けたグループ(人、施設、地域など)と受けていないグループのアウトカムを比べることが必要です。その際、両者の違いは「介入」だけ、その他の特徴は平均的に同じことが非常に重要です。「介入」以外の要因が異なると、比較しても、介入以外のその要因がアウトカムを改善しているといえてしまうからです。
インフラ建設の場合、対象地域が広いので、明確にこの「介入を受けていないけど、介入を受けたグループと同じような特長を持つと思われるグループ」を見つけるのが困難です。例えば道路の場合、一つの道路を建設したとしても、その道路が他の道路とのネットワークを形成する、というように、対象道路から離れていても「影響を受けていない」といえるのか、と感じてしまいます。
先行事例
過去の研究ではどうやってインパクト評価をしているのでしょうか。調べてみたところ、参考になりそうな論文をいくつか見つけました。
- 介入対象はインドの4大都市(デリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイ)を結ぶ高速道路にアクセス可能な市の企業、比較対象は他の国道沿いの市の企業
- 介入対象:19市に位置する企業、比較対象:18市に位置する企業(合計2109社)
- 介入対象は1969年以降に州間高速道路が建設された非大都市圏、高速道路が建設された郡に隣接する非大都市圏の郡、比較対象は1994年に州間高速道路が設置されておらず、州間高速道路が開通している郡に隣接していない非大都市圏の郡
- 介入対象は、新設した鉄道駅(10km以内)に近い村や町、比較対象はより遠い村や町。
- 介入対象は鉄道の影響を受ける地域(N=16)、比較対象は鉄道の影響を受けない地域(N=96)
過去の研究では、①対象の鉄道や道路から一定の距離内を介入対象、その範囲外を比較対象とする、もしくは、②対象の鉄道や道路ネットワークシステムの外側(他県等)を比較対象としています。
ただ、ある程度離れているといっても、対象の鉄道や道路からの影響を受けるのではないでしょうか。また交通ネットワークの外側というと、途上国の農村地域では、ネットワークが整備されていないところも見つけられそうですが、ある程度発展している国や途上国でも首都だと、そういった地域はないのでは…と思います。
実際の比較対象の探し方
上記のとおり、比較対象を見つけるのは難しそうですが、ベトナムのホーチミン市とドンナイ省をつなぐ高速道路のプロジェクト評価に携わっており、600億円という大規模な投資により建設されたものなので、説明責任という観点からも、「インパクト評価」を実施して、事業効果を厳密に検証したいと考えています。
対象の高速道路は、下図のホーチミン市とドンナイ省を結ぶ青い点線、「東西ハイウェイ」と示されているところです。この道路付近(あるいはそこに位置する工業団地や企業)を介入対象とし、ホーチミン市から西のロンアン省を比較対象とするのはどうかと考えています。
その場合、「比較対象の地域では、東西ハイウェイのような高速道路は建設されていないこと」が前提になります。
出所:ベトナム南部工業団地
下図は、ベトナムで建設された・建設中・建設予定の道路です。ロンアン省の地域では高速道路は建設されていないようですが、現地に明るいプロジェクト関係者に確認する予定です。
出所:南北統一から45年目を迎えたベトナムの大規模インフラ事業
衛星データ×インパクト評価
インパクト評価はコストがかかるため、あまり採用されないとお伝えしました。その主な理由は、大規模なサーベイが必要になるからです。介入対象と比較対象のアウトカムを比べる必要があるので、介入対象だけでなく、比較対象のデータも収集しなくてはなりません。
データ収集の前に、「効果がある」と判断できるような差を統計的に検出できるくらいのデータの数(サンプルサイズ)を確認します。どのくらいあれば十分なのか断言できませんが、私の経験上、介入対象と比較対象合わせて400くらいのサンプルサイズがあればいいのではと思っています。そうすると、400人分のアンケートを実施し、データを収集しなくてはならないので、大変な労力がかかります。
衛星データを使うと、その分のコストがかからないため、低コストでインパクト評価ができます。もちろん衛星データで代替できるアウトカムには限りがありますが、例えば経済活性化に関心がある場合、夜間光(経済成長と高い相関関係があると言われています)や土地被覆図(都市面積の算出が可能です)を使えます。
衛星データを使う場合、衛星データは単位がセルなので、分析ユニットはセルになります。イメージは下図の一番右(対象道路の周りのセルが介入対象)になります。世帯調査の場合、分析ユニットは「1世帯」となりますが、人の代わりにセル、つまり分析ユニットは「1セル」となります。
あるいは、介入対象をセルではなく、行政単位(村、町、市など)とすることも可能です。その場合、衛星データのセルを集計して、行政単位ごとの数値を算出するというひと手間が必要になります。
特にインフラ事業のインパクト評価は難しいなと感じていますが、衛星データを使うことで、コスト面の課題を解決でき、検討する価値があると考えています。比較対象の特定など課題はありますが、引き続き可能性を検証していき、インパクト評価を実現したいと思います。
途中までのご紹介ですが、また進捗をご報告いたします。
みなさまが普段関わっている業務に役立つことがあれば幸いです。
ご覧いただきありがとうございました。