1. 事業概要
現在、国際協力機構が実施したネパール「シンズリ道路の震災復旧」事業の事後評価を実施しています。
シンズリ道路は、首都カトマンズから南東をつなぐ、山間を通る道路です。
この道路は1995年に建設が開始され、2015年3月に完成しました。
しかし、完工直後の2015年4月25にマグニチュード7.8のネパール地震が発生し、道路の沈下、亀裂、斜面の一部崩壊など、同道路の約20箇所が想定外の被害を受けました。
この被害を受け、同道路の5箇所(下図の赤線部分)に地すべり対策工事が実施されました。
この復旧事業によって、シンズリ道路が継続して活用され、沿道地域の社会・経済活動が活性化することが期待されていました。
2. 調査結果
過去の事後評価報告書や現地調査時の周辺住民や自治体職員への聞き取りの結果、下図のような変化が起こっていることが確認されました。
特に、市場への交通アクセスの改善や沿道地域の商業活動の活性化について、周辺住民や自治体職員から以下のような意見を得ました。
市場への交通アクセス向上
- シンズリ道路の開通により、広範囲の市場にアクセスでき、需要に応じて農産物を供給することが可能になった。これにより、より高い販売価格を持つ市場を戦略的に選択でき、商品を高額で販売することができ、その結果、収入が増加した。(クルコットの住民)
商業活動の活性化
- シンズリ道路の開通により商店が増えた。バクンベテシは複数の自治体の連結点となり、農産物の売買ハブとなった。商業活動が活性化し、雇用機会も増加した。(バクンベテシの自治体職員)
- 道路に面していることで農作物(トウモロコシ、野菜、米など)の販売が容易になった。より多くの顧客が来店し、収入が増加している。(バクンベテシの住民)
- 2年前にシンズリ道路の沿道にレストランとゲストハウスをオープンし、収入が増加した。(ネパールトックの住民)
- シンズリ道路の開通以降、他地域からのビジネス参入が進んで商業活動が活性化した。(クルコットの自治体職員)
- シンズリマディまで生活必需品を買いに行かなければならなかったが、現在はクルコットにマーケットがあり、購入が容易になった。(クルコットの住民)
- シンズリ道路の開通以降、バルディバスは商品輸送の中継地となっており、商業活動が活性化した。(バルディバスの自治体職員)
- 10年前はジャナカプールまで生活必需品を買いに行かなければならなかった。今はマーケットがあり、生活が便利になった。(バルディバスの住民)
実際に、現地調査時に沿道沿いの町で建物が見られました。
一国の経済成長には様々な要因が影響しているため、シンズリ道路の整備のみで経済成長が実現したとはいえませんが、上記の通り、市場への交通アクセスの改善や沿道地域の商業活動の活性化を通じて、シンズリ道路整備が「経済活性化」に貢献していると考えられます。
一方で、少数のサンプルからの定性的なヒアリング結果による判断なので、信頼性・一般化に課題があります。
そこで、衛星データを活用して、事業が経済活性化に寄与しているか、確認したいと思います。
3. データ
3.1. データの種類
経済活性化に関して、代替変数として夜間光を使用しました。
夜間の光の量と経済成長率は高い相関関係が認められています。経済が成長し都市化が進むと、夜間の光の明るさも増加する傾向があります。ただし、シンズリ道路が農業を主産業とする地域に位置しているため、夜間光だけではその成長を正確に捉えられないリスクがあります。そのため、夜間光に加えて都市化の指標も使用することにしました。
都市化の指標として、建物のピクセル数を使用することにしました。土地利用のデータを用いて、建物のピクセル数を抽出しました。
使用した夜間光および都市化のデータは以下の通りです。
3.1.1. 夜間光
VIIRS Stray Light Corrected Nighttime Day/Night Band Composites Version 1
データ期間:2014-2023
解像度:500m
3.1.2. 都市化
Dynamic World V1
データ期間:2016-2023
解像度:10m
3.2. データの取得
Google Earth Engine(以下、「GEE」)とQGISを使いました。
手順は以下の通りです。
3.2.1. 夜間光
<道路周辺>
- 関心領域を設定します
- 事業実施前後の夜間光データをGEEにインポートします
- 夜間光の画像をエクスポートします
- QGIS上で夜間光量の変化を算出します
- QGIS上で変化を可視化します
詳細はこちらのリンクをご覧ください。
<沿道の町>
- 関心領域を設定します
- 夜間光のデータをGEEにインポートします
- GEE上で夜間光の経年変化をグラフ化します
- 夜間光の経年データをエクスポートします
詳細はこちらのリンクをご覧ください。
3.2.2. 都市化
<道路周辺>
- 関心領域を設定します
- 土地利用データをGEEにインポートします
- GEE上で建物の変化を可視化します
- 変化の画像をエクスポートします
詳細はこちらのリンクをご覧ください。
<沿道の町>
- 関心領域を設定します
- 土地利用データをGEEにインポートします
- GEE上で建物を抽出します
- GEE上で建物の割合を計算します
- GEE上で土地の変化を検証します
※別記事で近日中にアップします
4. 分析方法
事業対象地域における衛星データ(夜間光及び都市化)の実績値の変化を、空間的かつ時系列的に検証する方法を採用しました。
具体的には、シンズリ道路周辺の各指標の変化を空間的に可視化しました。
さらに、より詳細な検証のために、町から半径5kmの範囲内を1kmごとに区分し、各指標の変化を時系列的に描き出しました。
5. 分析結果
5.1. 夜間光
下図は、シンズリ道路周辺の夜間光の変化を可視化したもので、2014年と2023年を比較しています。シンズリ道路周辺の夜間光が増加しており、特にドリケル、シンズリバザール、バルディバスは他の町と比べて夜間光の増加が顕著であることが確認できました。
また、下図は、各町での事業前期間(2014年と2017年の比較)と事業後期間(2020年と2023年の比較)の夜間光の増加量を比較した結果です。バクンデベシを除く全ての町で、事業が始まる前と比べて、事業が終わった後に、より夜間光が増加しています。
さらに、下図は、各町における半径1km、2km、3km、4km、5kmの範囲内での夜間光の増加量(2014年と2023年を比較)を示しています。ネパールトックを除く全ての町で、道路に近いほど、夜間光量が増加していることが確認できました。特にシンズリバザールでは、1kmの範囲内での増加量が最も大きいことが確認できました。
以上の結果から、シンズリ道路周辺の夜間光は2014年から2023年の間に増加したことがわかります。特にドリケル、シンズリバザール、バルディバスでは増加が顕著でした。事業後の夜間光の量は事業前と比較してほぼ全ての町で増加し、道路に近いほど夜間光が増える傾向が見られました。これらの結果から、シンズリ道路が沿道の町の経済活性化に寄与していると推測できます。
5.2. 都市化
下図は、シンズリ道路周辺の建物の変化(2016年と2023年の比較)を可視化した結果です。シンズリ道路周辺で建物数が増加し、特にドリケル、バクンデベシ、シンズリバザール、バルディバスの町周辺で、建物が顕著に増加していることが確認されました。
また、下図は、各町での事業期間前(2016年と2018年の比較)と事業期間後(2021年と2023年の比較)の建物の増加量を比較した結果です。ネパールトックとクルコットでは、事業が始まる前と比べて、事業が終わった後に、より建物が増加しています。 一方、バクンデベシとシンズリバザールでは、事業の実施後に特段の変化は見られませんでした。
さらに、下図は、各町における半径1km, 2km, 3km, 4km, 5kmの範囲内に占める建物の割合の変化(2016年と2023年を比較)を示しています。全ての町で道路から1kmの範囲内において、建物の割合がより増加していることが確認されました。
以上の結果から、シンズリ道路周辺では建物数の増加が見られ、特にドリケル、バクンデベシ、シンズリバザール、バルディバスの町周辺で顕著であることがわかりました。さらに、全ての町で道路から1kmの範囲内における建物の割合の増加が確認されました。これらの結果から、シンズリ道路が沿道の町の都市化に寄与していると推測できます。
5.3. 土地利用
シンズリ道路周辺では、事業後に建物が増えたことが確認されました。
さらに、どのような土地が建物に変わったのかを検証しました。
下図は、シンズリ道路周辺(沿道から半径1kmのバッファー)で2016年から2023年までの期間に、森林、農地、低木から建物へと変化したピクセル数を示しています。
これらの中で、最も多く建物に変わったのは森林であることが確認されました。
図8は、各町(中心から半径1km)で、2016年から2023年までに、建物に変わった農地、低木、森林のピクセル数を示しています。区間ごとに土地利用状況が異なるため、建物に変わった土地の種類にはばらつきが見られます。
第四区はネパールトックからバクンベデシ、ドリケルまでを結ぶ区間です。道路周辺の土地利用は基本的に耕作地です。そのため、耕作地(農地)が最も建物に変わっていると見られます。
第三区はクルコットからネパールトックまでを結ぶ区間です。クルコットからは森林保護区が始まり、次第に耕作地エリアに変化しています。森林保護区のため、木は伐採されず、代わりに低木が伐採されていると思われます。
第二区はシンズリバザールからクルコットまでを結ぶ区間です。道路沿いの土地利用は基本的に森林エリアです。そのため、シンズリバザールでは、木が最も建物に変わっていると見られます。
さらに、下図は、アルニコハイウェイ(首都カトマンズから北東へ進んで中国国境の町コダリに至る主要道路)の周辺地域(道路から半径1kmの範囲)で、2016年から2023年までの期間に、森林、農地、低木が建物に変化したピクセル数を示しています。アルニコハイウェイ周辺でも、建物への変化が最も多かったのは森林であることが確認できます。
以上の結果から、シンズリ道路周辺では2016年から2023年までの期間に、農地、低木木が建物に変化したピクセル数が増加し、特に木の変化が最も多かったことがわかりました。一方、町の視点から見ると、土地利用の状況により、建物に変化した土地の種類にばらつきが見られました。さらに、他の道路でも森林が伐採されて建物に変わっている事実から、シンズリ道路だけではなく、ネパール全体で森林エリアに囲まれた道路周辺では、森林が伐採されて建物が建てられていると推測されます。
6. まとめ
以上の結果から、シンズリ道路周辺地域での「経済活性化」が確認でき、また当該事業がその「経済活性化」に寄与していると考えられます。
これは、先述の現地調査時の聞き取り結果と一致しています。
このように、衛星データを活用することで、定性的な聞き取り結果を補完できたと考えます。
また、少数のサンプル結果からは一般化が難しいですが、衛星データを活用すれば、広範囲に分析することが可能なため、その事実は他の地域でも適用されるのか、あるいはその地域のみに限定された結果なのか、考察が可能です。
一方で、衛星データから道路建設による周辺の森林への影響が示唆されました。
定性的な聞き取りでは十分に確認できなかったことです。このように、衛星データから新たな事実が明らかになることもあります。
都市開発と自然環境の両立は難しい問題であり、さらなる調査と分析が必要です。本記事では詳細な分析は省きますが、将来的にはこの問題について深く探ることを考えています。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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