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フィールドワークツールとしてQGISを使う

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本稿は、2022年5月24日開催の北海道博物館協会学芸職員部会オンライン研修の発表原稿を文章化したものです。QGISを利用してフィールドワークの成果を整理し、分析する作業実例を紹介します。

フィールドワークで取得する情報は、紙の図面、デジカメの写真、GPSの位置情報など、アナログとデジタルの情報が混在しています。フィールドワークで取得されるこれらの情報は、全て位置情報と関わりがあります。GISをフィールドワークのツールとして利用できれば、フィールドワークで取得された情報の活用が大きく広がります。

フリー・オープンのQGIS

フリー・オープンソースソフトウェアのQGISは、豊富な機能と簡易な操作性が魅力です。特に地理情報の閲覧に関する操作性が高く、複雑なデータをウェブ地図のような操作感で扱うことができます。また、GDAL/OGRのようなGISライブラリの機能やGRASS GISやSAGA GISのような本格的なGISの分析機能を利用して、高度な分析を行うことも可能です。

現地計測

フィールドワークの現場では、方眼紙、メジャー、コンパスなど昔ながらの道具を利用します。行政の発掘調査などでは、トータルステーションのように計測結果をデジタルデータとして取得する方法もさかんですが、私が主に行っている山中での個人的な調査ではトータルステーションのような高価な機材やRTKのような高精度の位置情報を利用することはできません。

位置計測は、ハンディGPSやスマートフォンのGPSで作成した基準点をもとに行います。

方眼紙、メジャー、コンパスを使用した現地計測

位置計測のもっとも簡単な方法は、調査区域にメジャーを一本張り、これを基線にします。基線の一方の端点を基準点とします。スマートフォンを基準点において、座標を取得します。次に、方眼紙に磁北を記入します。いわゆるオリエンテーリングコンパスと呼ばれるものを利用します。

あとは、昔ながらのメジャーとコンベックスを利用した作図を行います。

基線・基準点・方位角

図面には、基線、基準点、方位を必ず記入します。位置の分かる点が1つと方位があれば、図上の任意の点の座標を求めることができます。

現場で取得した紙図面

現場で作成した図面に少し手を加えます。磁北は真北に直します。道南では磁北は真北から西偏8度となりますので、記入した磁北から東に8度振ったラインが真北です。GPSで取得した基準点の座標はWGS84という緯度経度の座標なので、これを必要な座標系に変換します。座標の変換には国土地理院の変換サービスなども使えますが、私は座標変換にもQGISの機能を利用しています。

なお、自治体で利用される座標系は世界測地系平面直角座標系ですが、私は個人の調査では直感的に把握しやすいUTM座標系を利用しています。

Georeference(幾何補正)

紙図面に記入された座標をもとに、GISに図面を取り込む作業が幾何補正です。紙図面は正射投影図なので、最低3点あれば幾何補正できます。一方、航空写真は透視投影なので、単純な拡縮や回転では正射投影変換できません。また、古地図なども正確な投影図ではないので、航空写真と同様に歪みを補正する必要があります。

QGISには、さまざまな性質の画像に対応した投影変換手法が用意されています。紙図面の幾何補正には図を歪めず拡縮と回転だけを行う「ヘルマート」、航空写真や古地図のように、図に歪みがあるものは「多項式」などの投影変換を行います。

紙図面をQGISに取り込む

Georeferencerの機能を利用し、図中の3点の座標を指定して現場図面をGISデータ(GeoTiff)に変換しました。

紙図面をGPS軌跡の背景に

紙図面をGISに取り込み、現地でスマートフォンに表示させることで、以前の調査地に容易にたどり着くことができます。紙図面の幾何補正はフィールドワークの基礎となる作業です。

デジタイズ

ここではラスタデータの紙図面をベクタデータに置き換える作業を紹介します。旧来の「トレース」(浄書)に相当する作業です。

こうした作業には、これまでは製図ペンやベクタイメージ編集ソフト(Adobe Illustratorなど)が用いられてきましたが、位置情報を持つ図面では積極的にGISを用いたベクタ化を行うべきです。発掘調査に用いる基準点の設置やトータルステーションの導入には数百万円単位の公費が投入されています。製図ペンやベクタイメージ編集ソフトを使うことにより、図面の位置情報が失われてしまうことは、データの再利用性を大きく低下させてしまいます。

紙図面のトレース

紙図面を背景地図としてトレースを行います。QGISによる描画の基本はノードを直線でつないでいくものですが、曲線を描画することも可能です。ベクタイメージ編集ソフトのような使い勝手の良さはありませんが、充分に実用に耐える操作性です。

F01_trace03.png

ベクタ化された図面

製図ペンやベクタイメージ編集ソフトでできることのほとんどはQGISで実現できます。もともと、考古学の図面はそれほど複雑な描画を必要とするものではありません。考古学的な成果に必要な情報を図に盛り込むための機能は現代のGISソフトには備わっています。

ベクタ化された遺構図

ベクタ化された遺構図面は等高線や河川のベクタデータと重ねて表示することで、情報量の多い図面となります。また、発掘調査成果は最終的に印刷原稿となるため、印刷に必要な品質を確保するためにもベクタ化は必須と言えます。

ウェブ地図で遺構配置図を共有

ベクタ化することでGoogle Mapに代表されるオンライン地図で図面を共有することも可能になります。

地形分析

QGISでは、標高データを元にして新たな地形指標を作成するためのコマンドが充実しています。QGISのデフォルトの機能として提供されているもののほか、GRASS GISやSAGA GISの機能を利用したものがあります。考古学的な分析で役立つ地形指標として、傾斜量や傾斜方位、曲率、日射量、湿潤指標などがあります。こうした地形指標は遺跡や遺構と地形との関係を読み解くために有用です。

複数の地形指標を重ね合わせて表示することで、CS立体図や赤色立体図のような新たな地図表現も誕生しています。

戊辰戦争の塹壕と傾斜量の関係

ここでは、北斗市二股台場の塹壕配置と傾斜量の関係に注目します。

二股台場は鞍部を挟んで南北の尾根に塹壕が分布します。このうち、北側尾根は新政府軍に向けた西側に急傾斜面があり、容易に攻略されない地形です。一方、南側尾根の西側は平坦地と緩斜面が広がり、相対的に脆弱であることがよくわかります。

この地形的な特徴を構築主体の旧幕府軍はよく理解しており、新政府軍をあえて南側尾根の平坦面に誘導し、北側尾根からの側面射撃によって撃退するような塹壕配置を実現しています。また、二股川渡渉を妨害するため、高所に塹壕を配置し、これにより新政府軍を二股川で分断し、局所的な数的優位を保つことを狙ったと考えられます。

ラスタデータの可視化

QGISによるラスタデータの段彩図は、非常に柔軟な設定が可能です。上の図では、介助者付きの車椅子が登れる限界勾配である8度と、その倍の16度、人間が固定なしでその場に留まれる限界の40度を基準に傾斜量を区分しています。

このような任意の区分の他、等間隔分類や、等量分類など数学的な区分も利用できます。

QGISに内蔵された豊富なカラーパレット

QGISには豊富なカラーパレットが内蔵されています。連続量を表現するためのカラーバレット、質的データを表現するカラーパレット、地形表現のためのカラーパレットなど用途に応じて選択することができます。

また、多くのカラーパレットはユニバーサルカラーに配慮されたものとなっていますので安心して利用することができます。

空間解析

QGISを利用して、より高度な空間的な分析を行うことができます。考古学用途に多く用いられるのは次のような分析です。今回は、可視領域分析の実例を示します。

  • 最短距離分析
  • ポイントパターン解析
  • コストパス解析
  • 可視領域分析

任意の点からの可視領域を計算

可視領域の分析はカシミール3Dなどのソフトウェアでも実施できる広く知られた分析方法です。QGISではGRASS GISのr.viewshedコマンドが利用できます。以下の3つの入力とオプションを指定することで、特定の地点の可視領域を計算することができます。

  1. 入力値:標高ラスタ
  2. 視点座標:座標値を入力
  3. アイレベル:標高ラスタ面からの高さ(デフォルトでは1.75m)

可視領域から塹壕の機能分担を分析

例示したのは、二股台場北側尾根の塹壕からの可視領域です。急斜面の西側にはほとんど視界が効かず、鶉山道と南側尾根に広く視界が開けていることがわかります。この塹壕群は鶉山道や南側尾根に対する側面射撃を主たる目的として構築されたことを裏付けると考えられます。

印刷原稿の出力

発掘調査の最終成果品は紙媒体とすることが事実上義務付けられています1。また、配布資料や展示パネルなど、調査成果の活用は現在も紙媒体が主流となっています。

これまで、考古学では紙媒体作成のアドバンテージから、ベクタイメージ編集ソフトの利用が図面作成の主流となっていますが、データ流通の観点からは、特に商用のベクタイメージ編集ソフトの使用は必要最小限とする必要があります。もともと、商用のベクタイメージ編集ソフトは考古学成果の表現にはオーバースペックであり、ベクタイメージ編集ソフトを使わなければ表現できない考古学情報はありません。

QGISは印刷原稿作成のための機能も充実しており、発掘調査成果の表現には必要十分な機能を提供します。

印刷原稿のための出図機能

QGISには印刷用の組版を専用に行う「レイアウトモード」が用意されています。図と連動した方位記号やスケールなどはベクタイメージ編集ソフトにはない、GISソフトならではの機能です。グリッドラインも位置情報をもつラインを自動で生成しています。

連動する方位とスケール

図の縮尺を変えるとグリッドラインやスケールが自動的に変更されます。図を回転させると方位記号は連動して真北を指し続けます。

複数のデータを組み合わせた作図

レイアウトの機能を利用して、遺構図、等高線、道路、河川など複数のデータを重ね合わせて印刷原稿を作成することができます。

作図機能を利用した論文図版の作成

異なる地図を1枚の図版に表示させ、複雑な図版作成に対応します。ベクタイメージ編集ソフトのレイヤ切り替えの機能にも似ていますが、QGISではレイヤ構成を記憶させておくことができ、より汎用性が高いものです。

QGISで作成された論文掲載図版

考古学系雑誌に掲載された論文図版2です。QGISで作成された図版は論文や発掘調査報告書掲載図版に耐える品質であることがわかります。

フィールドワークとGIS

フィールドワークのツールとしてGISを利用するメリットは、図面や写真、GPSデータなどの調査データを一元的に管理できることです。また、すでに手元にあるトータルステーション取得データ、空中写真、古地図などの様々な成果物も地理情報をもつデータとして一元的に管理することができます。

それらの地理情報を用いた分析や図版作成を一貫したワークフローで処理することが可能です。たとえばトータルステーションで取得した遺構データを紙に出力しトレースするようなデータのロスを伴う作業工程は、本来あってはならないものです。GISの利用はそうした不可逆的なデータロスを生じさせない作業工程を実現します。

発掘調査データがJSONやSQLベースのデータベースに格納され、運用されることも大きなメリットです。商用のベクタイメージ編集ソフトはソフトウェアのない環境では動作しませんが、汎用性の高いオープンな規格のGISデータとして運用することで、誰でも研究成果にアクセスすることが可能になります。調査研究成果のアクセス可能性は、学問の真正性確保につながるとともに、研究成果の社会的貢献につながります。

業務で使うQGIS Ver.3 完全使いこなしガイド

QGISの利用方法については北海道庁の喜多耕一さんが執筆された「業務で使うQGIS Ver.3 完全使いこなしガイド」を参照してください。国内で発売された解説書としては、もっとも実践的で網羅的な内容となっています。

  1. 文化庁 2017『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について2』(報告),p12

  2. 石井淳平ほか 2020「北斗市二股台場の測量調査-箱館戦争戦跡の考古学的調査-」『北海道考古学』第56輯,pp35-54

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